その2
真夜中。ぎいっ、と廊下がきしむような音がした。
僕は自前の寝袋から飛び起きた。
(来たか)
ふすまを開けて、部屋を出る。
廊下に。
鎧を着た、武者の姿。
すらり、と腰の刀を抜く。
──カエセ……。
地獄の底から響くような声。
月の光を反射した刀が、ぎらり、と輝く。
上段から振り下ろされた刀は、僕の頭をかすめる。
──タカラヲ……カエセ……。
今度は横から。
一歩下がって避ける。
僕は軽くため息をついた。
「あのねえ」
鎧武者を見据え、僕は言った。
「いいかげん悪ふざけはやめましょうよ、徳一さん!」
「な、何を言う! わしは徳一などではない!」
鎧武者がうろたえている。
「ほら、その声がすでに徳一さんだし! バレバレなんですから、とっととその仮装取ってくださいよ」
鎧を取った徳一さんはしゅんとして僕の前に座っていた。
「由紀江さんから聞いてるんですよ。祖父の徳一さんが、何だか無茶苦茶な計画を立てているって。──ホラー仕立ての宿で人を集めて村おこしをしようとか、洒落になりませんよ。過去の因縁を捏造までして」
そう、徳一さんが僕に語った因縁話は全部嘘だ。郷土資料も調べて、ちゃんとそんな話が伝わってないことも確かめている。
「でもなあ。ネットでも怖い話とか都市伝説は流行ってるし、あんたみたいな若い人が来てくれたらと」
あんたネット見てるんかい。しかも怖い話系。
「かと言って、ホラーを仕掛けても来るのは僕みたいな物好きだけですよ。そんな奴は定着はしませんし、下手すれば遊び半分で村を荒らされますよ」
「……それでもな、見ての通りこの村は寂れきってしまっておってな。少しでも話題になってくれれば、戻って来る者もいるんじゃないかと思ってなあ」
「頼むから、現実を見てください。これは僕だけが言ってるんじゃなくて、由紀江さんも言ってることですからね。大体今回僕が来たのだって、由紀江さんに徳一さんを説得して欲しいと頼まれたからなんですよ」
「ユーチューバー辺りにコラボを頼めば……」
「ダメです!」
徳一さんは小さくなりながらも、あーだこーだと言い訳をしている。
……ダメだこりゃ。
僕は大きくため息をついた。