その1
無人駅を一歩出ると、閑散とした風景が広がっていた。建物より緑の割合が多い。どこもかしこも、木や草が生え放題に茂っていた。わずかに残った建物もどうやら全て空き家で、一部の窓はガラスが割れていた。
大学の先輩の由紀江さんに教えられた宿は、ここから少し歩くようだ。書いてもらった地図を頼りに行くと、大きな古民家に行き着いた。ここかな。古い家はひっそりとして、誰もいないように見える。
「こんにちはー……」
僕は恐る恐る家の敷地内に入って行った。玄関の引き戸を軽く叩いてみるが、反応はなかった。カギはかかってなさそうだ。一応由紀江さんには許可をもらっているけど、入っていいのかは迷う。
「あんたが、由紀江の後輩かね?」
いきなりかけられた声に驚いて振り返ると、にこやかな笑顔をした一人のお爺さんが立っていた。
「は、はい、そうです」
「由紀江から聞いておる。祖父の徳一じゃ」
言って、徳一さんはガラガラと引き戸を開け、先に立って歩き始めた。
「この村には宿がないんでな。うちの家をリフォームして、民泊施設にしようと思っとる。言ってみれば、お前さんはそのモニターじゃな」
「……お世話になります」
僕は徳一さんについて歩き始めた。
徳一さんに案内されたのは、六畳間の和室だった。台所は手直ししていて使えないと前もって聞いていたので、食事やお茶は自前で用意している。一泊だけだからいいけど。
「ほう、お前さん小説を書いておるのか」
「ええまあ。ネット上で細々とですけどね。いつもネタを探して回ってるんですよ」
それを聞いて、心なしか徳一さんの目がキラーンと光った、気がした。
「ならば、ここの家の過去の因縁の話をしてやろう」
むかしむかし。平家の落人がこの村に軍資金を持って落ち延びて来て、庄屋の家であるこの家に匿われた。その金に目がくらんだ村人達は、みんなで落人を襲い、殺してしまった。その落人の亡霊がこの家に現れ祟りを起こしたので、村人達はその霊を祀って鎮めたという。
「それから村は一時は栄えたが、今はこの通り、すっかり寂れてしまってのう。神社にお参りをする者もさっぱりおらん。……神社の通力がなくなり、出るようになったんじゃよ」
「出る……というと」
「地縛霊じゃ」
徳一さんはにやりと笑った。
「この家には、『いる』んじゃ。いにしえの亡霊がな」
そんなオカルトな余韻を残して、徳一さんは奥に引っ込んで行った。
「……さあて、と」
一人になった僕は、部屋を見回した。部屋にはあまり掃除が行き届いていない。ふと、床の間の掛け軸が何だか傾いてかかっているのに気づいた。直そうとすると、裏の壁に何かが貼ってあるような感触。めくってみる。
「うわ……」
そこには、よく言えば達筆、悪く言えばミミズののたくったような字で書かれた御札が貼られていた。
僕はそれをぺりぺりとはがしてポケットに入れた。
「……来るとしたら、夜、だな」
僕はつぶやいた。