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08:必要条件十分条件

 ローレンツ王国王女アユリアナは、実に美貌の姫君であった。周辺諸国のあらゆる年齢層の王族が婚約を取り付けようとする程である。

 そもそもローレンツ王国は大陸の中でも比較的豊かな国土を持ち、産業も発達している方である。特に織物の技術は大陸一だ。つまり他国からしてみれば仲良くしておくに越したことはない。それに血の繋がりともなると、喉から手が出るほど欲しい。しかもローレンツ王国では王女にも王位継承権が与えられるのだ。


 よって侍らせるのに不足はないほど美しく、王位継承順位の高いアユリアナ王女は最高ランクの物件だった。それにかの王女は謙虚で思慮深く知的で、かつ慈善活動にも力を入れていて国民からの人気も高い。そんな噂が彼女の価値をより一層高めた。


 単に王女は公的な場では余所行きの顔をして、王家の顔に泥を塗らぬよう努めていただけである。要は彼女の正体を知らない貴族や他国の王族と、今後流行りそうな事業について話し合ったり、災害復旧の解決策について議論したりしなかったりということだ。尤も一部の貴族にはそういうことに興味があることを見破られて、結局素で相手をしている。ノックス公爵がいい例だ。おかげで彼は兵法について教示しなくてはいけなくなった。


 夜会では他の女性と同じように最新のドレスや芝居の話に花を咲かせ、詩について語り合った。王女の男性と卒なくダンスをこなし、どんなにくだらない話にでも相槌を打ち、簡単な領地経営の話であれば返答した。王女が本気を出すと、男性側の面子が潰れてしまうからである。


 彼女は高慢な貴族の自尊心を守ってやるためになかなか苦労した。なにか聞かれたらまず初めに、誰でも思いつきそうな意見を述べる。大抵の男性はそこで、女の考えることはまあそんなものだろうと鼻で笑いながら否定する。因みに彼らが一番最初に思いついたのもその案である。

 王女はそうですかなどとてきとうに返事をし、できる限り自国の民の力になりたいので少し考えさせてくださいと言う。もちろん解決策などと問題提起された時点で思いついている。家柄が重視される上に男尊女卑の社会である以上、女性はあまり賢いところを見せないほうがいいのだ。


 そして考え込む素振りを見せた後、たった今思いついたかのように別の案を述べる。一部が不完全ではあるけれど遥かに有用な解決策だ。

 間違えているのはもちろんわざとだが、そんなことを知りもしない男性は唸るしかない。間違っているところを指摘して揚げ足を取り、退く。面白半分で王女に意見を求めた挙句返り討ちにされた殿方は数知れず。


 先代国王は王女を他国に嫁がせるわけには行かないと考えた。国力が高いローレンツ王国は、他国に媚びへつらう必要はない。政治の道具なんかに利用して自由を失った王女は壊れてしまう。

 それに王女が誰かと婚約しても、他の候補者が簡単に引き下がるとは思えなかった。戦争だけは避けたいのだ。一人の女を巡って大陸が火の海になるなど、芝居でもないのだから洒落にならない。そしてもっと恐ろしいことに、そういう事態が起こり得るのだ。


 教会に入れることも憚られ、結局国内の貴族と結婚させることになった。王族を迎え入れることは名誉であったから、王女に相手を選ばせればいい。

 彼女はノックス公爵の絵姿を指して一言、「この方であればきっと私に領地経営の一端を任せてくださいますわ。新しい事業を始める許可もくださるでしょうし、良いビジネスパートナーになれます」


 王は王女を嫁がせることを断念した。


 喜んだのは情けないことに、当時王太子であった彼女の兄である。音楽、絵画、服飾、インテリアに庭園。王女のセンスはなかなか悪くなかったので、王太子は自分に一存されていた仕事の一部を王女に任せていたのだ。本来ならば王太子妃なり王妃なりが担うのであろうが、残念なことに王太子は独身、そして彼らの母である王妃のセンスはあまり宜しくなかった。ついでに王女の感性が飛び抜けていた。


 全ては王女が十三歳のとき、兄である王太子が菓子類をチラつかせ王女に仕事を手伝わせていたことが原因だ。書類の仕分けくらい文官にやらせればいいのだろうが、自分のペースで仕事をしたい王太子は当時文官を苦手としていた。結果、王女はメキメキと頭角を現してしまうこととなる。国王は王女が男に生まれていればと嘆いた。


 そんな国王は六年前に亡くなった。彼が崩御する前に、女も文官として働けるよう法律を作ってあればよかったのだが世の中甘くはない。大臣たちは王がこのまま世継ぎを作らず、王女が本当に文官になることを恐れた。


 無益な攻防が繰り広げられた結果、現在アユリアナ王女二十三歳。立派な行き遅れである。




「結婚する気はないのか?」


 早朝の王城、とある部屋で会話しているのは、この国で最も尊き血を引く二人の男女。


「女性に養われることに劣等感を感じない男性なら、惹かれないこともありませんわ」

「子どもを産むことが女の喜びかと思っていたんだが」

「子どもだって人間でしょう、結局は性格の相性ですわ。お兄様こそお世継ぎをお作りにならないのです?」

「やめてくれ、毎日のように同じことを言われているんだ」

「五人も作れば一人くらいは男児でしょう。さっさと玉座を降りないと、余生がなくなりますわよ」


 イソパラノル女侯爵は、今の生活を大いに楽しんでいた。異世界人、マリナ・シミズにこちらの言葉を覚えてもらって、未知なる知識を教えてもらいたい。女領主の向上心と探究心は収まる気配を見せない。

 彼女には結婚願望はないし、やりたいことがとにかく沢山あるので家に縛られる気もなかった。まさに地球の現代社会に生まれるべき人材であった。


 壁沿いに控えている給仕人や騎士からしてみれば、朝からなんという話をしているのだとなるのだが、実を言うといつものことで慣れっこだ。何と言ってもこの二人は好きなことだけをしていたいので、自然と面倒な役割を押し付ける先を求めてしまうのである。


「公爵家なり侯爵家なり、長女から次女三女まで、貴族の子女はわんさかいるではありませんか」

「父親の権威が強くなりすぎないように考える必要があるんだ。わかるだろ?」

「わかりますけど、今現在これといって脅威になりそうな、力のある貴族はいないように思います。他国の王侯貴族との繋がりも大切ですわよ」


 世継ぎの話から逃げたい国王がティーカップに手を付ける。絵をつけたのは女侯爵自身。


「これお前が描いたんだったか」


 国花が、白地のカップからソーサーにまで美しい色合いで見事に咲き誇っている。淡い青色の小花はひょっとすれば本物よりも美しかった。売りに出せば王女が描いたという付加価値も上乗せされて、かなりの値がつくだろう。


「ええ、思いのほか簡単だったので、ついでにビジネス化いたしましたの。貴族や裕福な商人のご子女に人気ですのよ、ご両親の結婚記念日やお友達の誕生日にプレゼントするとかで」

「貴族令嬢が絵付けを……」

「私は自分で絵をつけましたけど、さすがに図案を職人に渡して再現させるだけに留めていますわ」


 それでもなかなかの発想力である。儲けた金は別の事業の資本金にしたり、領地の整備に回したりするつもりらしい。既にそこそこの貯蓄があるはずなので、イソパラノル領は国でトップクラスの発展を遂げるだろう。


「そこでマリナ様をわたくしの領地にお招きしたいのですけれど」

「は?」

「すぐにとは言いませんけど、せめて一ヶ月後には。私がおもてなししてよろしいんでしょう? それでしたらどこへお連れしてもかまいませんわね? マリナさまには謙虚で勤勉な印象さえ受けますから、きっと今までのテヤ神のいとしごはまがい物だったのですわ。記録によれば彼女たちはそろって浪費家でしたもの」

「いや待て待て、理由は。確かにお前に一任することには舌が、話の繋がりが見えん」

「あの部屋は狭いです。それに箝口令を敷いても、結局人の口に戸は立てられないですわ。マリナ様は中途半端な存在ですから」


 食えない笑みを称える女侯爵に、ため息をつく国王陛下。

 彼が妹のイソパラノル女侯爵、もといアユリアナ王女殿下に勝てないというのは、宰相や文官の間ではもはや周知の事実だ。

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