07:873kcal
さてさて只今異世界三日目のランチタイム。メニューはチキンのサンドイッチだ。鶏、豚、牛、羊くらいなら味の違いはわかると思っているのだが、いかんせんここは異世界。もしかすると鶏の味、食感のする哺乳類でしたなんてこともあり得るわけで。
それにしてもさすがに慣れない場所で独り……いや、優しいメイドさんはいるけどね? 言葉も通じないというのは、自分で思っている以上に負担なようだ。正確な時間は分からないが爆睡していた。多分起きたら十時とかそんなだった。太陽の位置から判断して。
ユリアさんが私を起こさなかったのは優しさゆえか否か、とまあそれは置いといて。
朝起きて着替えたあとホットミルクを頂き、昨日用意してもらった絵本を読み聞かせてもらった。それからようやく食事。それがこれ。つまりこの食事は朝昼兼用ということだ。そもそもいつも食べているお昼ごはんが朝晩の食事に比べて少ないことから、ただの軽食という可能性もある。日本も昔は一日二食だったわけだし。
ということで無駄にした午前中を取り戻すためにも、午後から翻訳の続きをしようと思う。けれど私の英語力ではどこまで対応できるのかわからない。早めにこちらの言葉を習得しないとすぐに暇になってしまうかも。
『今日はお天気がいいですから、一階のお部屋なら外で食べられたんですけどね』
ユリアさんが嬉しそうなので、私も笑顔で返した。めちゃくちゃ美味しいですよ! シェフの方によろしくお願いしますね!
『お部屋を移れないか陛下に掛け合ってみますね、もしくは私の領地にお招きする許可を』
食後、私だけ椅子に座って呑気に紅茶を飲んでいるなんて申し訳ないので、ささっと飲み干してしまう。
ユリアさんっていつも立ちっぱなしのイメージが強いんだよね。絵本の読み聞かせしてくれる時と、昨日、私が翻訳の作業してる時は、離れたところにある椅子に座ってたけど。
食後はソファでくつろいで胃を休める。ここの料理は美味しいし量もあんまりないんだけど、こってりしてる気がするんだよね。大して動かないからあんまり高カロリーなものはぜひともご遠慮したい……と言いつつも、おやつまでしっかりいただきます。
そう、なんとここ、一日三食のみならず、おやつも出るんだよね! 昨日も作業中にプチフルールやらなんやらがテーブルの上に並べられたので、ついつい食べてしまったのだ。糖分補給は大事なのだ。
いそいそと筆記セットを取り出して、今日の作業を開始する。慣れない筆記具だけど、昨日よりかはスムーズに文字が書けるので良しとしよう。いつか鉛筆より手に馴染むようになるのかな。
こっちの文字の解読方法が載ってるかも、なんてことを考えると、作業がはかどる。ただ三ページ目以降は日記にすり替わっていたので、さらっと読んで気になるとこだけ訳したほうが早いかな?
『はかどっているようでなによりです』
声の主はアルトさん。いつの間にか入ってきたようだ。
『マリナ様の集中力はすごいのですよ! わたくしも見習わなくてはいけませんわ』
『殿下の集中力も並外れていると思いますが』
『せっかく爵位持ちになりましたのに、どなたも呼び方を改めてはくださらないのよ』
『イソパラノル女侯爵というのは、まだ呼び慣れないからでしょうね。それに先代イソパラノル侯爵はかなり長い間、お元気にしていらっしゃいましたから。そちらの印象のほうが強いですし』
『八十歳を過ぎても元気に社交していたなんて、信じられませんわ。養子を取って、さっさと隠居してしまえばよかったのに』
ユリアさんとアルトさんは、やっぱ付き合ってるのでは? 一日中ユリアさんを独占していることに、少し罪悪感を覚える。今は二人で心ゆくまでお喋りしてもらおう。どうせ私にはまだ言葉がわからないんだし。
『ですがそうなれば、殿下が爵位を継ぐことはなかったでしょう。良かったのではないですか?』
『それもそうですわね』
アルトさんと話しているユリアさんは、とても嬉しそうだ。
『そういえば、結局星読みの見解はどうなのです?』
『ユグダの森は引き続き捜索されていますが、他にいとしごらしき人物は見つかっていません。それでも今回はあまりに異例ということで、彼女は適当な身分を与えられて殿下の管理下に置かれることになるかもしれません』
『あら、わたくしの?』
『国の管轄となると反対なさるだろうとの陛下のご意向ですよ』
会話内容が分からないことがもどかしい! 何の話をしているんだ!
『陛下といえば明後日、マリナ様にお会いするお時間を取っていただきましたのよ。ご存知です?』
『はい、その話も伺いました』
『マリナ様は浪費家ではなさそうですし、むしろ勤勉で謙虚な印象さえ受けます。なにかすごいものを秘めている気がするのです。もっと広々とした場所でご自分のしたいことを追求していただきたいですわっ』
ものすごく長いセリフを一息に言い切るユリアさん。顔がキラキラしている! あれか、デートのプランニング中か!?
いや、さすがに真面目なユリアさんのことなので、一応お仕事中なわけだから世間話に留めているだろう。本当になんの話をしているのやら。
『ああ……彼女は殿下と同類なのですか』
『どういう意味ですの?』
『いえなんでも』
気づけば手が止まっていたので、焦って動かす。二人の話はまだ終わらなさそうだ。
『マリナ様、おやつにしましょう』
『おや、随分と進んだようですね』
やってきました、おやつの時間! 筆記具をまとめていると、アルトさんが手元を覗き込んできたので紙を渡した。
『少なくとも二種類の言語……』
難しい顔をしているアルトさん。もしかして字が少し大きかったかな? まだ羽ペン使いが下手くそだから、小さく書こうとすると文字が潰れてしまうのだ。紙がもったいないけど許してくださーい。
『伯爵もいかがです?』
『いえ、殿下の淹れた紅茶というのは恐れ多いので……』
『気にしなくてもよろしいのに。前回も飲んでくださりませんでしたよね』
ユリアさんジト目発動。全然話が読めないけど喧嘩かな?
『……ぜひともご一緒させていただきたく』
アルトさんは帰ろうとしていたけれど、ユリアさんのジト目に負けたようだ。異分子が混ざっていようとも、恋人同士の時間は大事だからね。
アルトさんが帰ったあともユリアさんはご機嫌だったので、これからもアルトさんには定期的に来ていただきたいと思った。
妙に気合が入っているようにも見えるので、デートの約束も取り付けたのかもしれない。まだ出会って数日だからなんとも言えないけど!
『明日は陛下に謁見ですのよ! ドレスも急ぎで用意させたので、マリナ様にお着せするのが楽しみです』
一人で私の面倒を見ていたらデートにも行けないだろうから、ぜひとも代理をたてていただきたいところだ。というか着替えとごはん持ってきてもらう以外は、基本自分でできるんだけど。
「ユリアさん、デート楽しんできてくださいね」
『ええ、おやすみなさい。マリナ様』
月明かりに照らされたユリアさんの表情は、とても穏やかだった。
おやつのことです。