05:立って半畳、寝て一畳
ユリアさんとアルトさんに促され、私は部屋を移された。新しい部屋は端的に言えば、キッチンのないワンルームマンションみたいな部屋だ。トイレ、寝室、ユリアさんの部屋が付いている。
……部屋の数ワンルームの三倍だったね!
その部屋はお城の三階の奥まったところにあって、これは隔離されたなとピンときた。部屋に移動するのになかなかの距離があったが、誰ともすれ違わなかったので人払いもされていたんだろう。まあこんな怪しいのを放置しておくわけにもいかないのだろうが、それにしても高待遇だ。仮にドアの前に二十四時間見張りが立っていようと。
だって一人部屋だよ? メイドさんが付いてるんだよ? それにもちろん家具付きだったのだけど、そのどれもが洗練されていた。
天蓋付きの巨大ベッドも、クローゼットも、戸棚も、丸テーブルも椅子も、カーテンも、タペストリーもどれを取っても一級品だろう。一目見て上質なのだと分かるそれらは決して華美ではない。
リネンは滑らかでずっと触っていたいし、天蓋にはレースがふんだんに使われている。
枕が五個くらい置かれているけど、ここで寝るのは私だけだよね? 一つでよくね? そして枕カバーにもひらひらふりふりがついている。洗濯するの大変そうだな。まるで夢見る女の子のためのデザインのくせに、全くもって子供っぽくないってどういうことだろう。
正直寝るのをためらう。気を遣っていただくのはありがたい。でも私には畳に和布団で充分です。
ベッドサイドにはいわゆるサイドテーブルというやつが置かれていて、布が掛かっていた。裾に繊細なレース付き。多分手編みだね。上には小さなベルが置いてある。もちろんただのベルじゃない、持ち手のところになにかをかたどった細工がしてある。摘まんだら壊れそうだ。
素晴らしい金属加工技術を持った職人さんがいらっしゃるようで!
サイドテーブルの横にはクローゼット。実家にある私の服を全て吊るして掛けても、余りそうな幅がある。開けたらドレスが掛かっていたので速攻閉める。誰が着るのかなんて考えないぞ。よく見ると取っ手にはツタが絡まったような装飾が施されていた。乱暴なことをしない限り壊れないのだろうけど、少し当てただけで壊しそうなので二度と触りたくない。
それから洗面台が付いていたのだけれど、これはどういうことだろう。毎日お風呂は無理でも、水に不自由しない生活はなかなか期待できそうだ。水道技術の整備は衛生面に直結してくるので云々……。詳しいことは知らないけれど、感染症は少なそうかな。
というわけで以上が寝室。メインの部屋は丸テーブルと椅子、戸棚が置いてあるのだが、私はこれ以上深く考えないことにした。戸棚はまだしも机と椅子にまで深く意識を傾けてしまえば、まともに食事が取れない気がする。どの家具も木製なんだろうけど、確実に高級木材を使用しているだろうからね! 触れることにすらためらってしまえば生活できない。
床に敷いてある長い毛の絨毯のことも聞かないでほしい。これから毎日これを踏みつけて生活する私の気持ちにもなってみろ。
ところでどうして食事をこの部屋で取るのだと気づいたかというと、ユリアさんがカートを押してきたからである。確かに太陽が傾いてきているしお腹も空いているので、電気のないこの世界では丁度夕食時なのだろう。
さっきオートミール食べたんですけど、なんて文句を言っても仕方がないので部屋を眺めることに徹する。
しかし机と椅子を観察する前に料理に目を奪われてしまった。
これはなに?
フレンチはコース料理だ。ゆえにコースになっていないフレンチはフレンチじゃないのだろう。自分でも何が言いたいのかさっぱりだが察してほしい。
机に並べられたのはパン、スープ、ソースのかかったなにかの肉、彩りあふれるサラダ、それからよくわからないなにか。皿も器も透き通りそうなほど真っ白だ。洗練された感じで、そしてとてつもなく量が多い。
並べるのを手伝おうとしたら断られた。落としたら大変なことになるもんな。
全ての料理が並べられたところで、これまた持ち手に装飾の施された、おそらくシルバーかスズ合金であろうカトラリーを手に持ち、フレンチもどきに立ち向かう。
中世ヨーロッパの食事は手づかみだったと思うので、ここは近世並みにいろいろ発達していると見ていいのか。まあ理系にはどこからどこまでが中世かだなんて、分からないんだけれども。
本日のメニューは……多分説明されたんだけど、分かるわけがない。日本語でも分かったかどうか不明なので気にしないことにした。
フランス料理なんてもっとわかんないよね。なんたって、料理名に材料や調理法、ソースについての説明が入っているのだ。茶碗蒸しだってフレンチの魔法にかかればたちまち『白出汁を効かせた季節野菜と鶏肉の卵蒸し、三つ葉を添えて』なんて小洒落た名前になってしまう。これだけ聞くとなんの料理かわからない。
そういうことなので、とりあえずは食材を事細かに指差して聞いていく。身近な単語から攻めていく作戦だ。一回じゃ覚えられないから、これからほぼ毎食聞くことになるのだろう。聞いて、復唱して、少しでも記憶に残るようにする。
立て込んでて忘れてたけど今度こそ紙とペンを貰わないとな。
料理はなんというか、微妙だった。塩胡椒は偉大だ。出汁も偉大だ。そのことを大変に実感した
。ハーブ類のおかげで香りだけは良い。
頑張って食事をすべておなかに収める。やけに濃い味付けなので余計にキツい。白米が欲しくなる味と言えば分かるだろうか。
空のお皿を見ながら一息ついていると、デザートが出てきた。フルーツ盛り合わせだ。まじかよ。ブラッドオレンジみたいなものや、さくらんぼ、メロンが入っていた。よくある組み合わせだ。こっちもユリアさんに名前を聞くことは忘れない。そして無理やり詰め込んだ。
それから紅茶も出てきた。なんとポットから注いでもらった。家で淹れるときはマグにティーパック突っ込んで適当に淹れてたので感動。心を無にしてカップを手に取る。
正直なところ柑橘類を口にしたあとの紅茶は好きではないのだけれど、淹れていただいてしまった手前、少しづつ口に含む。紅茶は詳しくない。アールグレイ? アッサム? ダージリン? いずれにせよ凄い茶葉なのだろう。だって食事の時点でなんか凄かったし。
フルーティーな香りですねーとかなんとか言ってみたかったけれど、残念ながら全く分からない。だって果物のあとの紅茶ってめちゃくちゃ苦いんだもん。
ところでよくよく考えてみれば、茶葉を栽培できる環境がこの世界のどこかにあるということだ。大英帝国のように植民地を持っているのだろうか。それとも自国で?
抹茶や緑茶の作り方は知らないが、少し感動した。自分でどうにか研究すれば緑茶が飲める!
それに胡椒に似たものも、どこかにあるかもしれない。どうやって見つけるのかは考えてはいけないけれど。
「美味しかったです。コルマフエタ」
片付けもやんわり止められてしまった。そんなに信用ならないかな。
ユリアさんが部屋から出る前に、書くものが欲しいことを伝えた。ペンをもって書く真似ではうまく伝わらなかったので、手のひらに人差し指で書くジェスチャーをする。これだけ文明が発達していて文字がないなんてことはないだろう。紙とペンが高級品の可能性はあるけれど、何なら木炭でもいい。
木炭で思い出した。この部屋には暖炉がないけれど、この国は冬でも暖かいのだろうか。寒かったら嫌だな。
幸い私のジェスチャーは伝わったようで、ユリアさんは戻ってくるときに羊皮紙のようなものとインク壺、ペンを持ってきてくれた。初羊皮紙に少し感動しながら、フォークとナイフの呼び方や、家具の名前をメモする。
慣れないので大変に書きづらい。
数字についてもどうにかして聞いておくことにしたら、ユリアさんは私を見ていたずらっぽい笑みを浮かべたあと、桶に汲んだ水を見せる。
濡らしたタオル地っぽい布で体を拭き、ユリアさんが用意しておいてくれたネグリジェと呼ぶに相応しいもの身に着ける。正直めちゃくちゃ恥ずかしい。若干透けてません?
自分とユリアさんしか見ることはないので妥協だと思った。寝相は悪くないけど、それでも捲れそうだ。
おやすみなさいの挨拶を聞いて、すべすべリネンに潜り込む。
明日もきっと、私は異世界にいるのだろう。
手づかみの食事ではなかったことに安堵するマリナさんでした。