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04:とある給仕の泣きたい話

 宰相スルファミド侯爵、近衛騎士団団長ノックス公爵、宰相補佐官インゴノール伯爵、そして極み付けに国王陛下。


 とある給仕人は、この豪華ラインナップを見て泣きたくなった。新人の自分がこの方々にお茶を出すなど、恐れ多くて無理だ。いや、そんな泣き言は許されない。他の誰も手が空いていないそうなので、自分が行かねばならぬ。


 というかこういう雲の上の方々にお茶を出す仕事って奪い合うものだと思ってた。神々しすぎて眼がつぶれるから嫌って。私も嫌だ。

 給仕の仕事は本来もっと細かく分けられており、お菓子を出す係、湯を入れる係、お茶を継ぐ係などがあるが、今日は自分一人で行わなくてはいけないのがとても憂鬱だった。


 震える足を叱咤して、彼女が心のなかで悪態をつきながらカートに手をかけたその時だった。


「お貸しくださいな」

「は……」


 最近侍女の真似事を始めたとかいうアユリアナ王女殿下が、どこからともなく現れた。メイドの手からやんわりとカートを引き剥がし、紅茶をカップに注ぐ。その仕草は洗練されていて非常に優雅だ。

 カップとソーサーが高貴な方々の正面に置かれる。給仕人は王女殿下にはそんなことをさせるべきではないと分かっていたので、泣きたくなった。


「なぜお前が」

「あら、紅茶をカップに注ぐ程度、造作もありませんわよ」

「俺とお前以外気にして飲めないだろう」

「気にしなければ良いのです」


 それは無理な話だろう、現に宰相と宰相補佐官の顔は引きつっていた。しかし王女はどこ吹く風だ。


「それよりなぜここにいる」

「星読みが慌ただしくしていましたので、問いただしましたの。テヤ神のいとしご……ああ、まだそうとは決まっていないんでしたか。彼女をわたくしに任せていただけませんこと?」

「は?」

「王女殿下、さすがにそれは……」


 宰相がたしなめようとする。しかし王女の声にやんわりと遮られた。


「いとしごであれば王妃の座に相応しいでしょう。ただの異世界人であっても然り。彼らは知的財産となり得る可能性だって秘めています。彼女の素性がはっきりするまでは、存在はできる限り秘匿しておきたいでしょう。それならばわたくしが身の回りのお世話を務めるにはうってつけですわ」


 王妃、と聞いて宰相は黙った。この王、三十を過ぎても女の影がないのだ。もちろん公爵家から伯爵家に年ごろの娘がいないわけではない。他国との政略結婚も持ち出されたが、有耶無耶になった。挙句の果てには男色家だとかいう、不名誉な噂まで立つ始末。


 補佐官は難しい顔をしていた。確かに素性の分からないものを王妃に、というのは不安だ。だがそれを聞いていたメイドは、国王陛下に伴侶が決まるならば、世継ぎのことで国民が不安に思うことはないだろう、と安心した。


「それからお爺様の爵位を、わたくしが継げるようにしてくださいまし」

「何を考えているかは知らんが、お前は今の所王位継承権第一位だぞ」

「継承権は放棄します。王女の肩書はそうはいかないことは心得ておりますゆえ、ご安心を。王女が客人のお世話とは外聞が悪くございますが、侯爵家次期当主であれば比較的マシですわ」

「マシでもなんでもない。まあ爵位に関しては女でも継承できると決まれば、あの爺さんはすぐにお前に継がせて隠居するだろうよ」

「それは好都合ですわね。イソパラノル侯爵家当主は王家と血縁関係がございますから、国賓級である異世界のお方をおもてなしするのに、異論などございませんでしょう?」


 異論を認めないだけだろうが。まあ侍女ではまずいが、おもてなしという言葉に言い換えれば確かにましである。こうなると誰にも止められないことはわかっているので、国王は諦めることにした。

 ここで退席されて、勝手に異世界人のところへ行かれる方が不味い。


「……判った。お前に異世界の者の世話を一任する。侍女頭に部屋を整えさせておけ」

「仰せの通りに」

「近衛騎士団員には緘口令を敷く。移動時にはノックス公爵、人払いを」

「御意」

「異世界人の生活予算の管理はインゴノール伯爵に一任する」

「畏まりました」


 宰相がひとり遠い目をしていた。アユリアナ王女が王位継承権を放棄するということは、この国王が世継ぎを作らねば現王家、すなわち現王朝が廃れるということだ。後継者争いが勃発する。まあ、王女に子供ができれば、その子供に権利が発生するのだが。それに女が爵位を持つなど前代未聞なのだった。


 しかし王女は女だてらに社会問題をさらっと解決してしまった前例がいくつかあるので、爵位は褒美として特別に遣わせばいいだけの話だった。初めは王女が政治に口を出すことに渋い顔をしていた宰相も、今では何も言わないのだ。それくらい敏腕なのである。ちなみに国王ははじめから説得を諦めている。


 給仕人は扉を開け、王女殿下を見送った。同時に退出したのは騎士団長。騎士団長は王女の婚約者候補に挙がっていたこともあり、それなりに仲は良いようだ。何かを話しながら出ていった。


 給仕人は、王女が騎士団長に兵法を学んでいることなど知らない。現に今話しているのも、南東の国境沿いの戦線についてである。少なくとも淑女の振る話題ではない。近衛騎士団は王の身辺警護であるから、地方のことまで知らない者も多いが、騎士団長は把握していた。なぜなら答えは単純だ。王女が知りたがるからである。


 なお国境沿いの戦線に向かうのは兵団である。兵団長である将軍は伯爵家の三男で、実力で一代限りではあるが侯爵の位をもぎ取った強者だ。ついでに彼は先進的な考えをしているから、破天荒な王女に対して寛容である。

 それでも民の前では威厳を持った態度で居てほしいという意見は騎士団長と共通であった。兵団には市井の出も混ざっているのだ。今のところ世の中は安定していて、反王家派は存在していないが、流石に王女は破天荒すぎた。


 その天真爛漫な様は王女を見ていればよくわかる。例えば王城とはいえ侍女の一人も付けずに歩き回る王女であるから、本人が気づかないところで常に五人ほどの護衛が控えている。

 護衛をあからさまに付けておくという話も上がったが、王女は一人で着替えたいしドアは自分で開けたい人種なので結局有耶無耶になった。この兄妹、自分に都合の悪いことは何かと有耶無耶にしがちである。


 今では式典の時や他の貴族の出席する会議のみ、王女の同意の下形式的に侍女がつくという有様である。

 ローレンツ王国の王女は立派な行き遅れの二十三歳になっても、好奇心を失わないのだ。


 次に宰相補佐官が退出した。彼は少し思うことがあり、先に外に出た二人を呼び止めた。


「王女殿下、お話中のところ申し訳ありません。異世界の方について少しお話があるのですが……近衛騎士団長も宜しいでしょうか」

「なんでしょう」


 返事をしたのは王女の方だった。しかし騎士団長も黙って立ち止まる。


「異世界の方は女性なのですが、我々が保護した際、男装をしていました」

「あら、それなら一応男物の衣装も用意させておいたほうがよろしいわね。私にはそれだけかしら」


 宰相補佐官が返事をすると、王女はさっさと行ってしまった。王女が侍女をつけない理由の一つに、王女は私生活で平然と男性並みの速度で歩くので、侍女がついていけないからというものがある。そもそも時に護衛すらも巻いてしまう王女についていける侍女などいない。


 よくもまあ、あんな長いスカートであんなに早く歩けるものだと補佐官は思った。


「異世界の方のことで私に話とは」


 騎士団長は王女が角に消えてから口を開いた。彼はよくできる男だから、注意事項と言うのは護衛上の注意かなにかだろうなと思った。言葉の通じないという異世界人からの要求ではなく、精々ここに連れてくる行程で気がついたことだろう、と。


「彼女は市井の女性のように手にあかぎれが無く、身なりからもそれなりの身分があったと考えられます」


 しかし、宰相補佐官の話は騎士団長の想像の斜め上を行った。


「ただ、変わった箇所にタコがありましてね。右手中指の第一関節と爪の間あたりに……ここですね、それから同じく右手なのですが、親指と人差し指の付け根にも。なにをしたらこんなところにタコができるのかはわかりませんが」

「ほう」


「なにかしらの武術を修めていた可能性は捨てきれませんので。何か分かればお教えいただきたい」


 そんなところにタコがあることをどうやって知ったのか気になるところではあったが、騎士団長は面白い話を聞いたと言って立ち去った。

 宰相補佐官もまた、予算をまとめるために足早にその場を去ったのであった。


 国王と宰相はまだ話すことがあるようで、執務室へ続く扉へと消えていった。


 給仕人は扉を閉め、案の定王女殿下と国王陛下以外の誰も手を付けることのなかった紅茶を回収して机を吹き、部屋を跡にした。


 後には彼のため息が残された。

貴族、ましてや公爵が騎士団にいるのは変な感じがしますが、異世界あるあるで乗り切りましょう。

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