ファンタジーの世界へようこそ!
よろしくお願いします。
「初めまして、橘 巳月と申します。この度愛芽さんにお許しをいただきまして、昨日より晴れてお友達となりました。コレに私の細かな履歴が書かれております。けっして怪しい者ではございませんのでお友達として愛芽さんとおつき合いさせていただくこと、ご家族の方々にもお許しをいただきたいとーーーー」
諭吉( ウチの犬) の散歩に行っていた両親と出際に遭遇してしまって今、女神の微笑みで売り込む巳月さん。
マジでした。イヤ、まさか本気で親に挨拶なんて、だって友達だよ?なんで親の了承がいるの?いつの時代よそれ!
巳月さんの勢いに私も親も呆然と立ち尽くしてます。
諭吉は巳月さんの足元で匂いを嗅いでます。
車の中で久兵衛はハンドルを持つ手の上に顎を乗せてぼぉーっと前方を見てます。
「ーーーーですから娘さんとお付き合いさせていただいてよろしいでしょうか?」
うん?一部だけ聞くとなんだかおかしいぞ?
「…………はぁ、まぁ、愛芽が良いなら私達がとやかく言うことも無いと思いますが、わざわざ御丁寧に有難うございます。」
と言ってお父さんとお母さんがお辞儀する。
「ーーー何の挨拶なんだか。」
運転席が左ハンドルだから久兵衛の呟きがすぐ脇に立つ私にバッチリ聞こえた。
ほんと、私もそう思う。
「本日は【チューチュー王国】へ愛芽さんと行って参ります。それでお聞きしたいのですが、愛芽さんの門限は何時になりますでしょうか?昨日こちらにお送りしたのが二十時三十五分でした。門限が二十時三十分であるならもしや愛芽さんに門限を破らせてしまったのではないかと思いまして。前以てご自宅に連絡させていただくことも怠っておりましたし、私の不徳のいたすところとで大変申し訳なくーーー」
「いえ、門限は明確に決めてはおりませんので、まぁ世間一般の良識ある時間に帰ってこればウチはやかましくは言いませんから。」
さすがに連絡なしで日にちを跨ぐとお母さんのカミナリが落ちるけどね。
「では送る前にお家に連絡することにいたします。」
お辞儀する姿も美しい巳月さん。周りにキラキラエフェクトまで見えちゃう。
と、見惚れているところに地を這うような声が横から聞こえた。
「ーーーーーーーーーー遅い。」
久兵衛の低い呟き?が一瞬にしてこの場を凍結させ、何故か諭吉も身体を震わせている。
気を取り直した巳月さんが再度輝く笑顔を見せながら、
「では、お父様お母様、行って参ります。」
「えっ、あああ、よ、よろしくお願いします。」
「………愛芽、ご迷惑おかけしないのよ。」
「……………」
迷惑って、私は小学生かっ!
そして、やって来ました!【チューチュー王国】
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大きく掲げられた看板に気分は上昇!
「だよなぁ、」
後ろから久兵衛のウンザリとした声が聞こえた。
「まぁクリスマスだから仕方がないわね。」
そう。周りには人、人、人の波が一定方向に向かっている。
もちろん私たちもその一部だ。
「家族連れよりもカップルが多いのもクリスマスだからでしょうね。」
ふふふっと嬉しそうな巳月さんが私の頭をスリッと撫でる。
「あ〜〜っ、だから嫌なんだ。面倒くさい。オイ!チビ!ウロチョロするなよ。いなくなったら置いて帰るからなっ!」
チビって!
「バカなこといわなでっ!大丈夫よ、メイちゃん。私と手を繋ぎましょう。」
そう言って私の右手を掬い上げギュッと繋がれた。
またまた恋人繋ぎで!
「えーーーーっと、巳月さん?手を繋がなくても巳月さんも久兵衛さんも大きいのですぐ見つけられるので大丈夫だと思いますよ?」
そう、二人とも背が高い。群衆の中からニョキッと飛び出てる。まるでトーテムポールのように。
そう思ったら顔がニヤついてしまって
「オイ、ふざけたこと考えてんじゃねーぞ!」
と言いながら久兵衛にカスッと後頭部を叩かれた。
「久兵衛!!」
巳月さんに手を引かれて腕の中に囲われた。
カシミアコートの上質な肌触りと柑橘系の良い匂いにホンワリして久兵衛の暴挙も瞬殺で記憶から排除されちゃう。
「メイちゃんに乱暴は絶対にやめて!女の子なのよ!こんなにか弱いのよ!久兵衛の所為でお友達解除になったらどうするの!」
ギュウって抱きしめられて巳月さんの体温をコート越しに感じてしまって、私の体温が急上昇する。
同性同士で抱き合ってときめく私って!!
「昨日も言ったけど、他の人と同じような接し方をメイちゃんにしないでちょうだい!いい?メイちゃんは私がお願いしてお友達になってもらったの!久兵衛がいつも蹴散らしてる輩とはまったく違うのよ!」
「オレも昨日言ったと思うが、人間なんてなぁほとんどの奴が外面と内側は違うんだよ。コイツの外面しか見ていないお前にコイツの本当がわかんのかよ。昨日や今日知り合ったばっかで、コイツの何がわかんだ?」
「だから言ったじゃなの!そのためのお友達からなの!なのに久兵衛が初めから威嚇なんてするから!」
なんか………ごめんなさい。私の所為?ぽいけど?えっ?でも私そんなに謎な人間じゃないよ?どこにでも居るフツーの大学生だよ?
「ーーーーオレは、お前の盾だ。どんな人間であれ巳月に近づく奴は最初から疑っていく。だからコイツも例外じゃぁ無い。」
「他の人とメイちゃんを一緒にしないでちょうだい。」
「だから!何でそんなことが言えんだよ。」
「わかるわよ!ずっと見てたもの。」
「離れた窓からな。そんなん眺めていたのとかわんねぇだろ。」
「あっ、あのっ!とにかく歩きましょう!」
道の真ん中で立ち止まって言い合いしてるから、後方から来る人達が左右に分かれながら好機の視線をぶつけてくる。
そうだよね。美男美女が道の真ん中で言い争ってるんだから。想像力を掻き立てられるでしょう?
そして美女の腕の中のモブを見てさらに驚愕。
でも取り敢えず恥ずかしいので見上げて巳月さんに訴えてみた。
すると久兵衛が舌打ちして歩き出す。
「ごめんねメイちゃん。」
ゆっくりと腕を解きながら巳月さんが小さく息を吐き困った表情を見せる。
「久兵衛さんは私が巳月さんとお友達になるのは反対なんですね。」
私の言葉で巳月さんの眉間のしわが深くなった。
「私が得体のしれない人間だから?」
「得体が知れないなんて!そんなこと言わないの。メイちゃんが普通よりも少しドジでお人好しで流されやすいってことは私も久兵衛もわかってるから。違うのよ。久兵衛が言うことは。」
「違うんですか?」
だって私が言い合いのおおもとだったでしょ?
巳月さんが私の背に腕を回して歩くのを促す。
「確かにメイちゃんの話からだけど、久兵衛が言ってるのはメイちゃんに限ったことではないの。」
少し前を歩く茶色い癖毛頭を見て柳眉な眉を下げる巳月さん。
「私がこんなだからいろんな人がね、来るのよ。そんな人達を久兵衛は誰彼構わず牽制するの。その人に悪意があろうと無かろうと。私に近づけないために。」
「近づけないように………ですか。」
そっかぁ、巳月さん美人だから私にはわからないようなことに巻き込まれて嫌な思いいっぱいしたんだね。
じゃぁ久兵衛は悪い人たちから巳月さんを守っているんだ。
………うん?待って。
「久兵衛さんは巳月さんの彼氏さん?」
すると巳月さん、頭と両手を振って全力で否定してきた。
「ないから!!それは絶対にないから!!私はメイちゃんが好きなの!!」
「うぇっ?!みっ!巳月さん?!」
声が大っきい〜〜ですぅ!
「メイちゃん!私はメイちゃんが好きなの!そこは信じて!」
勢いで抱きつかれて声にならない悲鳴を上げる私!
無理無理無理無理っっっーーーーー!!
私は平凡なモブで女子大生でそちらの世界に踏み込むなんてとんでもなくって、だからやっぱりフツーに男性がよくって、結婚もフツーにして子供は二人ぐらいで、できれば専業主婦がよくって、それから、それからーーーー
「おまえら目立ちすぎ。」
ゴンって巳月さんの身体から振動が私に響いて、見上げれば後頭部を片手で押さえ苦悶に歪む巳月さんの美しい顔がとても近くにあって!ぎゃ〜〜〜っ!
「オラ、さっさと行くぞ。」
スタスタと行ってしまう久兵衛に私は心の中で叫んだ!
何してくれてんのよっ!久兵衛ーーーーーっ!
ーーーーそれから。
何事もなかったように私たちはアトラクションに乗りまくった。
いや乗りまくったと言うのは語弊があるかな?
クリスマスで人が溢れていて、それはもう乗るもの全てビックリするような待ち時間が張り出されていてその待ち時間に費やす方が多かったように思う。
それでも主要なアトラクションは午前中に三箇所巡り、お昼はいつの間に予約したのか、隣接するホテルで豪華なランチをご馳走していただきました。
午後もアトラクションに乗るために行列に並んだり、人で溢れるショップに突入したりパレードを見たりともっぱら巳月さんに引っ張られるかたちで廻った。
そしてわかったことが巳月さんは絶叫系が大好きで久兵衛は全く無理だと言うこと。
乗り物が揺れて映像が目まぐるしく変わる物もダメ。
あの久兵衛が魂を飛ばして放心していたんだからよっぽどダメだったんだろう。
そんな久兵衛の姿にちょっと優越感感じたのは絶対秘密。
今まで家族や友達と何度か来ていたけど、今日はその中でもサイコーに楽しかった。
帰る時間が迫れば余計にもっとこの時間が続けばいいのにって思ってしまうぐらい勿体なくて。
そして空が濃いオレンジ色に染まるころ、そろそろ帰ろうかとなったときに巳月さんが大袈裟に手を一つ叩いた。
「じゃぁ最後にとっておきの場所に行きましょう!」
巳月さんの女神の微笑みが私に向けられる。
「オレ、車まわすから正面でな。」
若干よれた後ろ姿を向けて離れていく久兵衛。
「何処に行くんですか?」
「お昼にランチしたホテルよ!」
「ええええええっっ?!」
待って!嘘でしょ?
「みみみみ!」
「さぁ!急いで!」
そう言って私の手を取って嬉しそうな顔で歩き出した巳月さん。
「ああああ、みみみ、つきさん?!どうして?ホテルって!」
「それわぁ、着いてからのお楽しみっ!」
歩幅大でスタスタ歩く巳月さんに対して、ほぼ小走りで着いていくコンパス短めの私の息が上がるのはすぐだった。
エレベーターに乗って息を落ち着かせていると、
「ごめんね、あともう少し頑張って。メイちゃん。」
繋いだ私の手をポンポンと叩き巳月さんが言う。
エレベーターが到着の音を鳴らし扉が開いた。
引っ張られるように歩き出して、巳月さんがいくつも並ぶ扉の一つで止まって素早くカードキーで解除する。
「さぁ、メイちゃん今日最後のサプライズよ。」
部屋に一歩入るとーーーー
「スゴイ………」
明かりのない薄暗い部屋。正面にはめ込まれた大きなガラス窓。
そしてその向こう側。
沈んだ太陽の残り日が色濃く空の裾を染め、それを覆い尽くすように迫る群青と濃紺の空と、浮き上がるように美しく光り輝くイルミネーション。
今この一瞬一瞬がまるで奇跡のようで。
息すら忘れてしまいそうで、圧倒的な静寂に耳が痛いような錯覚さえおぼえるほど。
「これをね、見せてあげたかったの。メイちゃんに。」
「………すっごくキレイです。」
ホウっと息を吐いて目の前に広がる自然と人工物が融合する美しさにうっとりとして視線を外すことが難しい。
巳月さんに椅子を勧められたけど、この一瞬を逃すのが惜しくて、私は立ったまま刻々と変化する世界のことわりに見入った。
ありがとうございました。