03 仲良くなった!
「じゃれてないで、次は山の麓まで降りろ。今度は四十分以内で戻って来い」
しばらくして、私とティアスを引き離すと、次の指示をする。
「修行!」
私の意識は、すっかり修行へ。早速行こうとしたが、シャツの襟を掴まれて止められた。何かと、真上を見上げる。
「お前の保護者は、父親か?」
「父親はいない。お祖父ちゃんと暮らしてる」
「……そうか」
父親の話は、一切なかった。私は母親と祖父がいるだけで満足だったから、気にしたこともない。元々いないって、設定の主人公だ。
パッと離してくれたモーアさんは、しゃがんで私と視線を合わせる。
「その祖父に、弟子入りをしたことを話して来いよ」
「わかった!!」
元気に頷き、今度こそ、駆け出した。
「なんでオレが、また子どもの面倒を見ることに……」
その呟きを聞いていたのは、ティアスのみだった。
全力で駆け下りてマーフ村に戻った私は、貧相な村は転々と家が建っている。煉瓦の壁と屋根で出来た家は、少々ボロい。だが、見慣れたものだ。
その一つに飛び込むと、畑仕事を終えたお祖父ちゃんが笑顔で迎えた。
「ルメリ、早かったな。もう遊びは終わりか?」
「ううん! 私、山の中に住んでるモーアさんって人に、弟子入りしたって言いに来た!」
「弟子入り?」
「勇者だったんだって!!」
「そうか、勇者の弟子入りか。遅くならないようにな」
お祖父ちゃんと言っても、まだまだ若々しい肉体の持ち主。
自足自給の生活を支えてくれている。村では近所付き合いが良く、畑から採れたものから狩りで獲ったものや料理を、分け合う。そんな村の生活をしている。
お祖父ちゃんの名前は、ハビエル。村の皆に頼られる人だ。
短すぎる水色の髪は、お揃い。眉毛がすごく太く、キリッとしている。
私の夢を、笑うことなく応援してくれていると思う。
いつも笑って頷くから、子どものたわ言だと流しているのかも。
「はーい!!」
私はまた魔法で出した水を飲み込み、また山に駆け出した。
どのぐらいの時間が経ったか、わからないけれど、真っ直ぐにモーアさんの家に戻って来れたので、一息つく。そして、もう一度、水を出して喉を潤す。
モーアさんとティアスは、また対決していた。
ティアスの【火】を、モーアさんは【木】で払う。
「……羨ましいなぁ……ティアスの攻撃魔法」
「は?」
「だって、かっこいいんだもん!」
「へっ!」
動きを止めたティアスに、思ったことを話すと、胸を張っては鼻を高くした。そんなティアスを容赦なく、伸びた木の枝で叩き落とすモーアさん。
ティアスは「くっそー!」と地べたから起き上がって、悔しがる表情で睨み上げた。
「勇者を名乗っていいのは、十六歳になってからだ。十年早い」
「オレはもう八歳だ!! チクショウ!」
「よし、ルメリ。次は魔力を鍛えるぞ。今出せる全力で、【水】を使ってみろ」
「はい!」
怒るティアスを放っておいて、私に指示を下すモーアさん。
「そっか、勇者は十六歳になってからなんだ」
「そんなことも知らないのか。この国のルールだ。ただし、勇者と名乗るからには、責任を負うことになる。勇者として、恥じぬ言動をするんだ。勇敢なる者が、勇者と名乗り、そして冒険をする。諦めなかったら、それも叩き込んでやる」
「はい!」
「先ずは全力で水を出せ」
「むむむっ!!」
私は両手を合わせ、その間に水をぷくぷくっと出した。
全力で力んだが、せいぜい自分の顔の大きさの水玉が精一杯だ。
「……それが全力か。前途多難だな」
はぁ、と顔を押さえて、モーアさんは息を吐いた。
攻撃魔法ではなく、生活魔法なのだ。
レベルに置き換えれば、レベル0である。レベル1以下。だって攻撃のためにあるものではないのだから。
そして、攻撃魔法のレベルは、最低でもレベル10だ。
そこまで行くことは、前途多難。
「大丈夫! 鍛えて強くするから!!! 水を鉄砲のように飛ばしてみせる!」
「それまで面倒見るのはオレだろ……。水を鉄砲のように、か。そうか……考えておこう。先ずは、最初に身体と魔力を鍛える。腕立て伏せしながら、水を出せ」
「はい! うーむ……」
頷いて、腕立て伏せを始めた。
けれども、合わせた両手の間に集中しないと、水を出せそうにない。
「出来ないか。出来るまで、腕立て伏せを続けろ」
「はい!」
「お前、元気だな……ティアスと違って素直だ」
返事のいい私を感心したように、頬杖をついて見たモーアさん。
それに言葉で噛み付くのは、ティアス。
「ガキだからだろ」
「三歳しか違わないのにガキ扱いするんな!」
腕立て伏せをしながら、私は怒って声を上げた。
次の日から、朝は食事とお皿洗いをすませてから、山を登る。モーアさんに挨拶をして、また紅葉を取りに山頂へ行く。そして、山を下ってはまた戻る。それから水を出しながら、腕立て伏せなどの筋トレをする日々をした。
時には、ティアスと喧嘩をしつつ。
休憩に水を飲もうとすれば、横取りするから、私は頭から突進。三歳年上のティアスには、押し負けてしまう。ヤケになって腕を振り回して叩くも、深く被った帽子ごと引っ叩かれた。それの繰り返しである。
だいだい一月は経っただろう。
山登りが、楽チンに思えてきた。これくらいは軽くこなさなければ、将来の冒険に支障が出るだろう。女の子の身体なのだ。もっと努力をしなくては。
そう息巻いていた時に、彼と出逢った。
マンガの中で、もう一人の兄的存在になる少年。
紅葉の木の下に、彼はいた。
サイズの合わないワイシャツは腕を巻くって着ていて、ズボンもブカブカ。全体的にボロボロだけれど、美少年って顔立ちをしている。サラサラストレートな髪は、金色。瞳は青色。
「なんだよ、お前達」
ギロリと睨み付けてくる少年は、警戒心を剥き出しにしていた。
「お前こそ誰だよ! ここはオレのナワバリだぞ!」
「あんだと!? ガキのくせに!」
「ガキじゃねーよ! お前はいくつだよ!? オレは八歳だ!」
「オレも、八歳だボケ!!」
同じくらいの身長と体格のティアスと少年は、睨み合いながら口論を始める。私は、蚊帳の外だった。
ポカンとしていたけれど、少年の腕に焼印があることに気付いて、私は袖を掴んでよく見てみる。ダイヤのようなマークだ。
「わー! かっけー! これなんのマーク!?」
「っ!?」
バッと離れて少年は、右の腕を隠した。
「かっこいいもんじゃない! これは……のろいだ」
「のろい?」
「?」
のろい。呪いか。それを聞いて、やっと思い出す。
少年の名前は、アルマ。そして呪いと呼ぶ焼印は、盗賊の証。
アルマは、盗賊の子どもなのだ。
「……隠したいマーク……まさか、お前、盗賊じゃないだろうな!?」
ティアスが、私を庇うように片腕を伸ばす。
おお! いつも水を横取りするし、喧嘩もしているのに、流石は兄貴分!
ちょっと感動してしまった。
「っ……」
アルマは顔を背ける。顔色が肯定していた。
「行くぞ、ルメリ。盗賊と関わるな。オレは盗賊が大っ嫌いなんだ!」
ティアスが吐き捨てた言葉に、頭にきたのか、アルマは声を上げる。
「オレだって! 盗賊なんて嫌いだ!! 好きで盗賊の子どもになったわけじゃない!! 親は選べないんだよ!! お前らはいいよな!? 悪人の子どもじゃねーんだから!!」
しかし、地雷を踏んだのは、アルマも同じ。
カッとなったティアスも、怒鳴った。
「オレも盗賊の子どもだ!!」
「!!?」
「それも大盗賊なんて呼ばれた男の子どもなんだよ!!」
そう。ティアスは、大盗賊の息子だったのだ。
だから、アルマの発言は地雷を踏んだようなものだった。
大盗賊と謳われた男を倒し捕まえたのは、勇者だったモーアさん。
モーアさんは息子を押し付けられるように託されてしまい、現在に至る。
「だから、オレは勇者王になるんだ! 過去なんて眩むくらい、眩しい存在の勇者王になるんだよ!!!」
ドンと言い放つティアスは、すでに眩しいくらい強いと思うのは、私だけなのだろうか。
「別に関係ないだろ」
私はつい、ケロッと言った。
「ティアスはティアスだ」
「……!」
ニッと歯を剥き出しにして笑った私は、続けて胸を張って言う。
「勇者王になるのは、私だ!」
「! ……っ! オレだっつーの!」
「いや私!!」
「オレ!!」
「私!!」
言い合っていれば、笑い声が上がった。
アルマのものだ。
「あっはっはっ!! 勇者王だって!? すっげーな、お前ら!」
お腹を抱えて笑い転げるアルマ。嘲笑ではなく、ただ単に感心しているような笑いだった。
豪語している度胸に感心したのだろう。だって二人揃って、なるって言い切ったから。
「オレはアルマ! お前らの名前は?」
「言うか!」
「私はルメリ。こっちはティアス」
「言うな!」
べしっと頭を引っ叩かれて、帽子を落とした。
「あれ、お前、女の子だったのか」
「うん」
私は落ちた帽子を被り直して、アルマに手を差し伸ばす。
「え? なんだ?」
アルマはその手を見て、キョトンとしてしまう。
「盗賊の親から逃げてきたんだろ? 私のウチに来いよ!」
「えっ、いいのか?」
「他に行くところないでしょ?」
「……」
ぱぁああっと目を輝かせるアルマは、差し出した手を見つめてきた。
マンガでも、確かこうしてアルマに手を差し伸べていたっけ。
そうして、アルマは私の家に転がり込む。お祖父ちゃんは別に怒らない。むしろ歓迎してしまうはずだ。
「やめろよ! ルメリ! そいつ、盗賊だぞ!?」
「ティアスはティアス! アルマはアルマ!」
「ぐぅううっ!」
きっぱりと言う。
ティアスは同族嫌悪でアルマを嫌がるが、アルマだってティアスと同じなのだ。盗賊の子どもでも、大盗賊の子どもでも、関係はない。
「勝手にしろ!!」
プイッとそっぽを向いたティアスは、先に下りた。
手を掴んだアルマを両手で引っ張り立たせた私も、いつものように紅葉を拾って、山を下り始める。アルマもついてきた。
モーアさんの家のところに戻ると、まだむくれた表情のティアスとモーアさんが立って待ち構えている。
「どこの盗賊から逃げてきた?」
「誰だよ、オッサン」
「モーアだ。腕を見せろ」
「……」
嫌だと顔に出すアルマを尻目に、モーアさんは袖を捲り、二の腕の焼印を見た。
「もういいだろ! 無理矢理つけられたもんだから、見られたくないっ!」
振り払って離れるアルマは、私の手を引く。
「お前の家に匿うつもりなのか、ルメリ」
「大丈夫!」
「何を根拠に……」
「アルマは悪いやつじゃない!」
「だから根拠はなんだよ」
「カン!!」
そんなやり取りをモーアさんとしていれば、アルマが耳打ちしてきた。
「誰だよ、このもじゃもじゃのオッサン」
「モーア師匠。私とティアスは弟子なんだ。この人、勇者王の弟子だったんだって」
「ウソだろ」
「本当だと思う! 強いんだ!」
モーアさんを怪しむアルマに、私は自慢するように言ってやる。
魔法の相性が不利のはずのティアスに勝ってしまうし、私も挑んだことがあるけれど、全然相手にならない。
「師匠、一回家に戻って、お祖父ちゃんにアルマが住んでいいか聞いてくる!」
「……わかった、ってオレの返事を聞いてから行けよ!?」
モーアさんの返答を待つことなく、私はアルマと一緒に山を颯爽と滑るように下りた。
「へぇ、ここ、マーフ村って言うんだな。なんか……地味だな。退屈しそう」
「うん、退屈だよ。十六歳になったら、勇者になって冒険に行くんだー。お祖父ちゃんに話せば、家に置いてもらえると思う」
「……なんか、悪いな。今日会ったばっかなのに」
「こういう時は、ありがとうでいいんだよ!」
「……あ、ありがとう……」
照れた様子で、アルマはお礼を口にする。
言い慣れない言葉なのだろう。
家に帰ってみれば、お祖父ちゃんはお茶を啜っていたので、行く宛がないアルマを置いてほしいと頼んだ。
「そうか、仕方ないな。自分の家だと思っていいぞ、アルマ」
すんなり受け入れるお祖父ちゃんに、アルマは頭を深く下げてまたお礼を言った。
「あ、ありがとう、ございますっ!」
お祖父ちゃんは「金はないから、贅沢は出来んがな!」と豪快に笑う。
そう決して裕福ではないから、贅沢は期待出来ない。
でも、アルマも最初から期待はしていないだろう。
ちょっとそわそわした態度だったけれど、一晩一緒に眠れば呆気なく馴染んだ。
近所からお古の子どもの服をもらい、それをアルマは着た。
食事が済めば、私と一緒に皿洗いをし、掃除だって手伝う。
私が修行に行けば、アルマはついてきて、一緒に山頂を登り、山の麓まで駆け下りる。そして、一緒に鍛えた。
「えっ? ルメリは、生活魔法しか使えないのか!?」
水を出しながら、腕立て伏せもなんとか出来るようになった私に、アルマは腕立て伏せをしながら問う。
「それなのに、勇者になるのか?」
「そう!! 最強の魔法にして、勇者王になるんだ!!」
「……」
生活魔法しか使えない。でも夢は諦めない。
なれないなんて、誰が決めた? 誰が決めようと関係ない。
私が決めることだ。勇者王に、なる。
ティアスは、少し私に心を許してくれたようだ。大盗賊の息子だということを明かして以来、水を横取りするようなちょっかいを出してこなくなった。
それどころか、私の世話を焼こうとする。
こけてしまえば、手を差し伸ばしてくれて、遅れれば待ってくれるようになったのだ。
私と喧嘩しなくなったティアスは、代わりのようにアルマと喧嘩をするようになった。まだまだ二人は、仲良くはなりそうにない。
まぁ、そのうち、和解するだろう。確かそのはずだった。
一人また弟子が増えたような状況に、モーアさんは額を押さえていたけれど、見て見ぬふりをしておく。
兄的存在二人と出逢えたから、マンガの通り、私は二人を兄貴分として慕う。
「なぁ、ルメリ」
と思っていたのだけれど。
「将来、オレの嫁になってくれ」
唐突に、アルマが言い出した。
「え」
私はそれしか反応出来ずに固まる。
当然、マンガでは主人公は男の子だったから、こんなシーンはない。
あくまで主人公とアルマは、兄弟のような関係だったのだ。
満面の笑顔の美少年は、キラキラした目で私を見ていた。頬を赤らめて。
それを目の前で聞いていたモーアさんは、凄んだ形相でアルマの頭を掴んだ。
「今日からコイツはこの家で預かる!!」
モーアさんは嫌がるアルマを脇に抱えたまま、お祖父ちゃんに話して連れ帰る。
それはまた、マンガと違う展開で、私はポッカーンとするのだった。
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