02 男に生まれたかった!
「誰だ!? お前!」
ギロ、と立ち上がったティアスに睨まれる。
これもマンガの通りだ。
「わ……オレ! ルメリ!! おじさん、オレに魔法を教えてくれ!!」
「はぁ?」
私と言いかけたが、男の子のふりをして、言い出した。
茂みから飛び出して、もじゃもじゃ師匠ことモーアさんの前に立つ。
「オレ、勇者王になるんだ!!!」
「「は……?」」
そういう運命にあると強く信じているし、夢なのだから全力で叶えてやると思っている。
村の人にこれを言うと大抵笑われてしまうが、それでも言い続けるのが主人公だ。
二人は、呆れ顔になった。
「急に現れてなんなんだ……お前……。オレはそのガキを面倒見るだけでも手を焼いてるんだ」
「弟子にしてくれ!!」
「断る!! そっちのガキで手を焼いてるって言ってるだろうが!!」
ギロリと、ティアスよりも怖い顔で睨み下ろすモーアさんが怒鳴る。
ひゃーあ、モーアさんが怒った! マンガの通りだ!
嬉しくて、ケラケラしてしまう。
「弟子!!」
「断るっつってるだろうが!! ちっ! お前どこから来た。山の麓の村で一番近いのは……マーフ村か。さっさと帰れ!」
「弟子になるって決めた!」
「知るか! お前の決定なんて!」
ガシッと、モーアさんの足にしがみ付く。
グルルッと唸るようにして睨み下ろしながら、モーアさんは足を左右に振って、私を払おうとした。
「マーフ村には、攻撃魔法を持ってる人も、使う人もいない! あの爆発の魔法を、簡単に防いだおじさんの弟子になる!!」
「だから、オレの知ったことじゃねぇよ!!」
さらに、激しくしがみ付く足を左右に揺らすモーアさん。
「退けよ! ガキ!! このクソオッサンをぶっ飛ばす!!」
「同じ子どものくせにガキ呼ばわりするなよ!!」
ティアスが私に向かって言ってきたものだから、カチンときて怒った。
「【鑑定】」
キュインという音を耳にして、ティアスを振り返った顔を上げれば、モーアさんが手を翳している。淡い光の円が浮かんでいた。それを覗き込んでいたモーアさんが、表情を歪ませる。
モーアさんの生活魔法【鑑定】で、私の鑑定をされているのだ。
「生活魔法【鑑定】は、その対象を鑑定する魔法だ。人間の生まれ持つ魔法が何かもわかる」
【鑑定】について説明をしたあと、モーアさんは翳した手を下ろす。
「お前の魔法は、生活魔法【水】のただ一つ。攻撃魔法を持ってもいない。その魔法では勇者王どころか、勇者は無理だ」
はっきりと、無理だと断言された。
これも、マンガの通りだった。
違うことを、少し期待していたのだ。
マンガの通りではない、特別な魔法を宿していることを。
女の子だから、それくらいのハンデが欲しかったものだ。
グッと口を紡ぐ。
そんな私の帽子を、ひょいっと取り上げたものだから、「あ!」と声を上げた。
「女なら、なおさらだ」
これはマンガになかったセリフだ。
「お前、女だったのかよ」
ティアスも、マンガにはないセリフを私に向ける。
帽子被るだけで誤魔化せていたのに、【鑑定】でバレたのだろうか。
むっすりと膨れっ面をする。風船のように。
「勝手に決めるな!! やってみなきゃわからないだろ!! 勇者になって、それから世界中を冒険して、勇者王になるんだ!!!」
このセリフも、マンガにあったことをよく覚えている。
夢に真っ直ぐに突き進む主人公らしい発言を素でするから、女の子でも主人公なのだと実感した。
「だが、生活魔法は戦闘に不向き。冒険って言うのは、危険なものなんだよ。危険を冒す。それが冒険だ。基本、戦闘が出来なきゃ、乗り越えられない。それに男のふりをしたってことは、自分でもわかってんだろう? 女には無理だって」
痛いところを突かれる。
モーアさんは、淡々と諭すように言い放つ。
冗談でもからかうでもなく、真剣に事実を言い放つものだから、私は泣いてしまった。
「うっ、うっ、うわあああん!」
「「!?」」
「私だって!! 男に生まれたかった!!!」
べそかきながら、声を上げる。
「名前はルメロで!! 魔法だってかっこいいのが欲しかった!!!」
「うるせーよ! 泣くな!! これだからガキは……嫌いだ!」
ティアスに怒鳴られて、ピタリと私は泣き止む。
同じ子どもなのに、まだガキ呼ばわり。むかっ。
「でもっ!」
それでも、私はモーアさんに向かって言った。
「お母さんに産んでもらった恩がある!! お母さんにもらった名前だ!! お母さんにもらった魔法を最強にして、私は強くなって勇者になるんだ!!!」
胸を張って、言い退ける。
まだ涙が目尻に残るけれど、もう溢さないように堪えた。
「お母さんは死んじゃったけど、言ってた……勇気があるなら勇者になれるって! 勇気なら、誰にも負けない!! どんな冒険にも挑んで、勇者王になるって決めたんだ!!!」
夢は叶えるものだ。譲らない。これが私の突き進むべき道なのだ。
だって主人公だし、私自身だってそう決めている。
突き進むべき道に、仲間がいるんだ。彼らと出逢ってさらに強くなる。
その前に、勇者になれるように、強くならなくちゃ。
「……はぁ、わかった。弟子だな。認めてやるが、女だからって容赦はしないぞ。厳しくするから覚悟しろ」
「!!」
モーアさんが折れて、弟子入りを認めてくれた。
ぱぁああっと目を輝かせる。
「よろしくお願いします! もじゃもじゃ師匠!!」
「モーアだ!!」
「モーア師匠!!」
もじゃもじゃ師匠ことモーアさんの元に、弟子入り成功。
よし、スタートラインに立てたぞ!
これから、過酷な修行をすることになる。マンガのように、いや、女の子だからそれ以上に強くなってやる意気込みだ。
「へっ! 勇者王の元弟子が、女のガキを弟子にするなんてな!」
ティアスは嘲る。
「えっ!? もじゃもじゃ師匠、勇者王の弟子だったのか!?」
「モーアだって言ってんだろうが!!」
そう言えば、そうだった!
さらに目を輝かせる私に、クワッと怖い顔を向けるモーアさん。
そんなことより、勇者王の話が聞きたい私は、怯えない。
「オレの師匠……勇者王の話はいいんだよ……」
そう言えば、モーアさんが勇者王の話をすることは、あまり描写されていなかったっけ。もう勇者王は、亡き人だ。だから、どこか寂しそうな顔をするモーアさん。
私は、グッと口を紡ぐ。
「勇者として活躍してたが、今はガキのお守りをするただの小汚いオッサンだ!」
ティアスの右手に、ボッと火が灯る。
そのまま、突き出したものだから、火が渦を巻きながらモーアさんに向かう。シャツの襟を掴まれたかと思えば、モーアさんの後ろに放り投げられた。
また森から伸びた枝が盾となり、火を防ぐ。
火と木。圧倒的に相性は不利なのに、モーアさんは負けていない。
「その程度で、勇者になれると思うなよ。ティアス」
「っ! なんで燃えねぇんだよ!! 木のくせに!」
「単純な話。オレの魔力量が、お前に勝っているからだ」
鞭のように木の枝はうねり、ティアスを弾き飛ばした。
またもや、地面を転がるティアス。
「いくら派手な火を放っても、マッチの火程度の魔力量で、オレの盾は燃えない。ルメリだったか? いいか、覚えておけ。魔力量を増やせば、お前の言う通り、生活魔法でも“最強の魔法”になれるかもしれない。魔力は、鍛えれば増えていくものだ。先ずは身体と魔力を鍛えるんだぞ」
「あ、はい!! 鍛える!! 何からすればいい!? もじゃ……モーア師匠!!」
「この先が山の頂上だ。そこに上がっていけば、年中紅葉がなっている木がある。一枚拾って来い。そうだな、だいたい二十分で戻って来いよ」
「わかった!!」
「これは修行だ、悠長に歩くな……って話を最後まで聞け!!」
これもマンガの通りだ。
モーアさんの話を最後まで聞かずに、頂上の紅葉を目指して走り出した。
山だから、そう簡単には登れない。デコボコの登り坂だ。
それでも運動神経には恵まれているので、駆け上がる。物心ついた頃には、すでにこの山の麓の森に入っては遊び回っていた。丈夫さはある。すっ転がっても、大丈夫だ。
流石にここまで奥まで来たことはないから迷いそうだが、目指すは頂上だから迷子にはならないだろう。
帰りはどうかな……。真っ直ぐ、降りればいいっか。
ガサガサッと、別の茂みが揺れたかと思えば、そこからティアスが飛び出してきた。
「競走しようぜ、泣き虫!」
「泣き虫じゃない!!」
「泣いてたじゃねーか」
「将来、勇者王になるルメリだ!!」
「ハン! それはどうかな! 勇者王になるのはこのオレ、ティアスだ!!」
「私がなる!!」
「オレがなる!!」
言い合いながら、山を駆け上がっていく。
流石に、頂上へ着く頃には、呼吸困難並みに息が乱れた。
それはティアスも同じだ。でも落ちている紅葉を一つ手に取ると「先に行くぜ」と引き返した。
あーっと言う余裕もなく、私はゼェゼェと息を吐きながらも、紅葉を一つ拾って追いかける。
そこは、一本の紅葉の木が立った山頂は、真っ赤だった。
落ちた紅葉が、多く敷かれている。特別な紅い山頂だ。
いつか、私はここで……ーーーーーー。
「負けないぞ! ティアス!!」
やっとティアスの姿を見付けたけれど、転ばないように滑るように駆けるも、慣れた様子のティアスに勝てなかった。
全力で降りたが、先に着いたのはティアス。
バタン、と倒れてしまう。
「負けたぁー! 喉渇いたぁー。飲もう」
ん。と紅葉をモーアさんに渡してから、地べたに座って両手を合わせる。
こういう時に飲み水を出せるから、便利な魔法だ。
生活魔法と言うだけあって、生活でも活かしている。
日頃使うことを、心がけていた。だって使えるのは、この魔法だけだ。母親から授かったこの魔法を最強にするつもりだから。
ぷくっ、と水玉が現れる。それをパクンと食べるように口に含んだ。
ちょっと冷たさを感じる水が喉を通って潤してくれる。
「普通に考えて、生活魔法が【水】なのは恵まれている方だ」
紅葉を受け取ったモーアさんは、それをくるくると回しながら言う。
「大抵、魔法は遺伝する。母親も【水】だったんだな?」
「うん!」
私は頷いて、また水を出す。
すると、横からパクンと食べられてしまった。犯人はティアスだ。
「勝手に飲むなよ!!」
「へへん! お前はオレより下なんだよ!」
「知るか!! 返せ!!」
「返せるか!! バカか!」
「バカじゃない!!」
ティアスの頬を摘み引っ張り、押し倒した。ティアスも負けじと押し退ける。そんな私達の喧嘩を見て、モーアさんは疲れたため息を吐いたのだった。