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就活市場と嘆き  作者: ずんだ
2/2

父と母がくれたもの

まずはメッセージから送ってみよう。


「かあちゃん。今電話していい?」


もう夜は22時前になっていた。

かあちゃんはパートで働いているのだ。

こんな夜遅くまで働いているということはないが、それでも明日の朝も早起きだということだけは確実に分かっていた。

それはとおちゃんの朝が早いからだ。


かあちゃんは出勤するとおちゃんより早く起き、弁当を作る。

掃除をする。飼い猫の面倒をみる。そしてとおちゃんを起こす。

大変だ。その時間は午前五時とかだ。

とおちゃんの職場が少し遠いから仕方はないのだが、そんな人を無理に付き合わせるのは心苦しい。



しかし俺の心にそこまでの配慮の余裕がなかった。

でなければそれでしかたない。俺が悪い。

そんなことを考えているとすぐに返信がきた。


「おん」

「どうしたん?」


なんだかほっとした。

でもなんて理由を付ければいいのか。

就活がうまくいかなくて死にたいから電話したいなんて言えない。



そうこうしていると向こうから電話をかけてきてくれた。

俺は急いでイヤホンを付けて電話に出た。


「どうしたんー?」



久しぶりに母の声を聞いたような気がする。

GWに帰ってたから1カ月前には聞いたはずなのに。

反射で泣きそうになる。


「すこし・・・話を聞いてほしくて」



言えた。でもやばい。連続して声を発そうとすると目頭が熱くなり始めた。


「うん。なんかあったん?」



「あの・・・、就活・・・が・・・うまくいかん・・・くて」



電話をかける前の「泣かないための対策」はまるで機能してくれず、かあちゃんの声を聴いたら涙しか出なかった。

こんなんじゃまずい。何事かと思われる。

俺は少し話を聞いてもらって気持ちに整理を付けたかっただけなのに。

「自分」が言うことを聞かない。

泣くな。泣いてもなんにもならないだろ。



「そうなんか。・・・まぁ大手いっぱい見てたもんな。あんなん相当な優等生じゃなきゃ難しいよー」



俺の涙声を悟ったかあちゃんは優しく声をかけてくれた。

そんな声を聴いたら涙が本当に止まらなくなる。




俺はマザコン野郎かもしれない。

そんな懸念はかなり前から自分の中にあった。


何か難しい決断に迫られるとすぐに母を頼った。

責任が自分にかからないからとかそういう理由ではない。

ただ母が言ってくれたことならたとえ失敗しても自分の中に後悔はないと考えていたからだ。


こんな他力本願やろうだから就職活動に失敗しても仕方はないのだ。

それに俺には兄と妹もいて、何かあるごとに彼彼女の顔色を窺って決断をするのが癖になっていた。


何もそれは彼らのせいではない。

ひとえに俺の心の弱さからだ。

自分の選択に自信なんて持てるわけがない。ダメ人間なんだから。




母に返事したくてもしゃくりあげがとまらず、うまく返せなかった。




「でも、そうなんか。おいのりめーるってのがいっぱい送られてくるん?」



「いや・・・、二次面接・・・が・・・うまく・・・いかんのよ・・・」



最初は何とか涙声を隠そうとしたが、もう無理だ。

というか心の中で咀嚼して余裕のある返事を返すようなことはできなかった。

もちろん、二次面接とか言われてもかあちゃんにはわからない。

就活の話なんてそんなにしてこなかった。


都合のいい息子だ。

自分がつらい時だけ頼って。ゴミ野郎だ。

ただ、自分の一番弱いところを見せられるのはこの母以外に考えられなかった。


「そっかー。○○は生真面目やからなー。そういうところを上手く伝えるのは難しいもんなー。」




涙が止まらなくなった。自分を知ってくれている人がいる。

当たり前のことのように思えることが今はどうしようもなくうれしくもあり、励まされもした。




その後も面接で笑われた話。その理由。

高いお金でいい大学にいかせてもらったのにそれを活かせていない事。

自分の中で引っかかっているもやもやが自然と口をついて出た。



それらの一つ一つを母は受け止めてくれた。

電話越し、少し遠いところにいた父もいつの間にか励ましてくれていた。



自分には自負があった。

いい大学に進学できた。父と母に親孝行できるような大学に。


しかし就活を始めてから違ったと思った。

いいとこに就職しなきゃ結局親孝行にはならないと。


自分にとって親兄弟はこの世のどんな存在よりも大切で、彼らのうち一人でもかけてしまうことがあるなら代わりに自分を殺してほしいと常日頃思っていた。



ただ両親は俺の「いいところに就職する」ことを応援していたわけではなかった。

俺が幸せになることを願ってくれていた。



当たり前だと思うだろう。

親はそういうもんだと。そう思うやつらは俺の仲間だ。でもそうじゃないような家庭があることも俺は上京してから学んでいた。


父はふざけて「お前が瓦職人になりたいって言っても俺は応援するぞ」なんて言ってくれた

瓦職人がどれほど大変な仕事かはわからないが、要するに「お前の学歴に期待して応援している訳じゃないんだぞ」というメッセージをもらえた気がした。



瓦職人が実は学歴社会なのかどうかはわからない。

しかし父と母が自分という人間を知ってくれているという当たり前の事実に安心した。


また、いいとこに就職したくていいとこに入学したという俺の下心もあけすけになっているような感じがして恥ずかしかった。




そんなこんなで午前2時になっていた。

幸い母は明日は仕事が休みだが、父は仕事があるのでどうせ5時起きに変わりはない。


「寝てもいいよ」といっても俺の身を案じてくれて電話を切ろうとしない。

うれしいことだ。だがこれ以上母に心配をかけてたまるか。


死にたいとも思った。

社会人になりたいのに仲間外れにされ続けるのはこの上なくつらかった。

まして俺は自信家でもない。

自分が大したことの無い人間だってことは自分が一番知っていた。

それを母は否定し、優しく慰めてくれたのだ。



俺はわざとらしくからあくびをし、眠いふりをした後一言、

「あー、おれもうそろそろ寝るねー。母ちゃんも寝よう。明日も面接あんねん。」



母も「あ、そうなんか。じゃあもう寝るか。あんま無理すんなよ。辛くなったらいつでも電話とかしてきてええからな。」と返してくれ、また目に涙が浮かんできた。

だがそこは譲らず「うん。ほんまにありがとう。おれ、もうちょっとがんばってみるわ」



電話が切れ、午前2時半。

もう一度泣いた。

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