#1−3 保子さんは料理もできる
「こ、これは……!」
薄く化粧塩が振られ、皮がパリッと焼き上げられた魚。
味の染みた具材に、ニンジンといんげんの彩りが美しい煮物。
細切りの油揚げと、透き通った大根が姿をのぞかせる味噌汁。
米粒ひとつひとつがツヤツヤと輝く、炊きたての白ごはん。
僕の目の前、座卓の上には、保子さんの手料理が並べられていた。
ゴクリ——。
ダシの香りを漂わせる作りたての和食を前に、思わず僕の喉が鳴った——。
○■○■○
時間は少しさかのぼって、時刻は午後の3時半頃——。
「悠一さん。お夕飯に、何か食べたい物はありますか?」
冷蔵庫の中を覗き込みながら、保子さんがそんな風に問いかけてきた。
納品初日の今日、保子さんはさっそく家事をこなしてくれていた。
部屋の中のことは、お互いの自己紹介を済ませた後で一通り説明済みだ。
といっても、1Kの賃貸アパートなので、さほど説明することも多くないが。
保子さんには家事全般を任せたい、ということは、もちろん最初に説明してある。
先ほどまでは、僕が朝のうちに干していた洗濯物を手際よく取り込み、ひとつひとつ丁寧に畳んでくれていた。
アイロンがけが必要なものは、夜の空き時間にアイロンをかける予定とのこと。
今は冷蔵庫の中身を見ながら、夕飯をどうするか考えているようだ。
身をかがめて冷蔵庫を覗き込む保子さんは、いつの間にか飾り気のない無地のエプロンを付けていた。
腰の後ろで紐をしばっているため、腰から胸までの身体のラインに沿って、エプロンが張り付いている。
スレンダーな体型が少し強調されて、腰の細さがよくわかる。
貧にゅ……じゃなくて、やせている女性が好きな自分としては、なんか、こう、とてもいい感じである。とても。
えーっと、それで何だっけ。夕飯の話だったか。
「ああ、夕飯ね。うーん。食べたい物か……」
食べたい物、食べたい物ねぇ……?
そういえばここ最近、『何が食べたいか』なんてあまり考えていなかったな。
いつも冷蔵庫の中身で、その日のメニューを決めていた。
そうか。
久々に、人(?)がご飯を作ってくれるのだ。
せっかくだから、自分では作らないような料理が食べたい。
自分では作らない料理というと……。
うーん。何だろう?
自分で作るときの夕飯は大抵、ごはんと八宝菜とか、カレー、親子丼みたいな、一品料理が多いような気がする。
あとは……お好み焼き、うどん、鍋料理、袋ラーメンとかか?
うーん。となると、自分では面倒だから作らないようなもの、ちょっと手間のかかるものが食べたいな。
単品だとメインディッシュにはならないようなもの……。
そう、例えば、煮物とか。
煮物いいな。煮物。何だか久しぶりに食べたくなってきた。
最後に食べたのは、たぶん実家に帰省したとき……かな?
あとは居酒屋のお通しくらいな気がする。
実家といえば、あとはやっぱり、味噌汁かな。
そういや実家を出て以来、味噌汁を作った覚えがないな……。
うん。そうだ。久しぶりに味噌汁が飲みたい。
あと、魚もあまり食べていないから、魚が食べたいな。
「えーっと、じゃあ、煮物かな。噛むとこう、素材の甘みを感じるようなやつ。あとは、味噌汁と、魚が食べたい」
「わかりました。煮物、味噌汁、魚ですね。お任せください」
そう言ってこちらを振り返り、保子さんは微笑む。
わずかに上がった口角が、なんだか少し、自信ありげに見えた。
そんなわけで今日の夕飯は、久しぶりの和食に決まったのだった——。
○■○■○
時間を戻して、夕飯の食卓。
僕の目の前には、随分と久しぶりな気がする、作りたての和食が並んでいた。
まずは、煮物。
醤油とダシの香りに混じって、ほんのりと酒の香りが漂ってくる。
具材は鶏肉、レンコン、しいたけ、ニンジン、ごぼう、こんにゃく、里芋、さやいんげん、油揚げ。
色合いからして、よく味が染み込んでいそうだ。
ニンジンの赤といんげんの緑が、見た目にも彩りを加えている。
次に、焼き魚。
ちょうど焼きたてなのだろう。うっすらと湯気が立ち上っている。
皮には程よく焦げ目がつき、パリッと焼き上げられている。
化粧塩の効果か、ヒレの部分もしっかりと形を保っているようだ。
皿の隅にはもちろん、大根おろしが添えられている。
そして、味噌汁。
味噌の香りが立ち、食欲を刺激してくる。
具材は細切りの油揚げと、薄く短冊切りにした大根に、細ねぎが少々。
程よく火の通った大根が、透き通った姿をのぞかせている。
最後に、炊きたての白ごはん。
米粒のひと粒ひと粒が、ツヤツヤと輝いている。
米本来の香りのせいか、気づけば口の中に唾が……。
これはもう、辛抱たまらん。
今すぐ食べねば。
できたてで温かい、今この瞬間に!
「いただきます」
手を合わせて食前の挨拶をすませたら、いよいよ実食の時間である。
まずは……やはり煮物からだろう——。
○■○■○
……うまかった。
保子さんの作った夕飯は、見た目から予想していた通り、実にうまかった。
煮物は、噛むと具材に染み込んだ煮汁が溢れ出てきた。
具材ごとの食感の違いを楽しむことができ、素材の持つ旨みや甘みもしっかりと感じられた。
焼き魚は火加減、塩加減が絶妙だった。
皮はパリっと身はホクホクで、思わずごはんが進んでしまった。
そして何より、味噌汁がうまい!!
味噌の濃さなのか、だしの取り方なのか、それとも具材の組み合わせなのか。
何が大きな違いを生んでいるのかは、正直よく分からない。
分からないのだが、なんというか、とにかくうまいのだ。
自分の味の好みに、ぴったりマッチしている……まさにそんな感じだ。
うむ。やはりこの買い物は正解だった。
おそらく他のアンドロイドでも、同じような料理は作れることだろう。
しかし自分としては、この味噌汁を食べられただけで、なんというかもう、大満足である。
保子さんが来てくれたのは、実はとても幸運なことなのかもしれない。
何の根拠もないが、なんとなくそんな感じがした。
「保子さん!」
「は、はい、何でしょう?」
いかん。美味しさのあまり、思わず声が大きくなってしまった。
驚かせてしまったのか、保子さんがちょっと身を引いている。
「これから毎日、僕に味噌汁を作ってくれ!」
「ふふふ。もちろんです。お気に召したようでよかったです」
そう言って料理を頬張る僕の様子を見て、保子さんは嬉しそうに笑っていた。
——いやー、それにしても、味噌汁がうまい!!
飯テロ回でした。
ちなみに、味噌汁の具が油揚げと大根なのは作者の趣味です。
汁物に入った、味の染みた大根がうまいんだよ!!