#1−2 保子さんはよくできた人?
玄関から部屋の中に場所を移して、僕と保子さんは座卓越しに向かい合った。
南向きのベランダに面した窓から光が入ってくるので、室内は明るい。
9畳ほどの部屋に置いてあるのは、ベッドとパソコンデスクに、大きなラックがひとつ。ラックは衣装棚と小物置き場を兼ねている。
壁側には作り付けのクローゼット。
あとは今、座っている座卓にクッションぐらいか。
なるべく余計なモノを持たないように生活しているのだが、少々殺風景かもしれない。
座卓越しに見る保子さんの姿は、玄関で見たときと変わらず美しかった。
艶やかな黒髪。長いまつげ。若干つり目気味の大きな瞳。
なめらかな白い肌。華奢な首筋に、細い腕。
座っていても、背筋は自然にすっと伸びている。
ふたりともクッションに座って一息ついたところで、僕はおもむろに切り出した。
「えーっと、改めまして、あなたのオーナーの井上悠一です。我が家へようこそ。これからよろしく。保子さん」
「こちらこそ、よろしくお願いします。悠一様」
そう言って、保子さんは頭を下げる。
落ち着いた声だ。聞き取りやすい。
座って礼をする所作も美しい。
見れば見るほど、最近のアンドロイドはよく出来てる……。
しかし、さすがに『悠一様』というのは勘弁してもらいたい。
家の外で客という立場なら、様付けもありだが。
家の中で『悠一様』なんて呼ばれるのは、どうにも落ち着かない。
「えーっと、とりあえず、『悠一様』はやめて欲しいかな……」
「わかりました。でしたら『悠ちゃん』で」
いきなり、真顔でとんでもないことを言い出す保子さん。
思わず吹き出しそうになった。
いや、なんでそうなった!?
「冗談です」
僕の動揺を見て取った彼女が、すかさず冗談だと告げてくる。
真顔で。
「アンドロイドって、冗談とか言うんだ……」
「最新型ですから」
思わず漏らしたつぶやきに、彼女はそんな風に返してきた。
先ほどの真顔ではなく、どこか得意げな表情だ。
……表情豊かだな。アンドロイドのくせに。
「しかも真顔だった」
「お気に召さないのであれば、次からは変顔にしますが」
「違う、そういうことじゃない!」
いかん、思わず全力でツッコミを入れてしまった。
何だよ変顔って!
というか、変顔できるんかい!
最新型のアンドロイド、すげぇな!
「ふふふ。冗談です」
そう言って笑ってみせる保子さん。
……かわいい。
普段は美人だが、笑った表情はとてもキュートだ。
なんかもう、アンドロイドがどうとか、どうでもよくなってきたかもしれん。
「さすが最新型……」
「ふふ。よくできてるでしょう?」
「まったくもって」
その後結局、呼び方は『悠一さん』に落ち着いた。
何事も普通が一番である。
しかし、まさかいきなり冗談を飛ばして来るとは。
いい意味で予想外だ。
受け答えも、確かに人間と変わらないレベルのようだ。
この様子なら、普通の人間と思って接すればいいだろう。
あまり気を使わずに済みそうだ。ありがたい。
遠慮なく、あれこれ家事をお願いするとしよう。
我ながらこれは、いい買い物をしたんじゃないかな。
それにしても、なんだか早くも保子さんに主導権を握られているような……。
最近のアンドロイドは、ほんとよくできてるわ……。