#1−1 保子さんがやってきた
「はじめまして。吉田製作所から来ました、保子と申します。本日から、どうぞよろしくお願いします」
土曜日の昼下がり。
インターホンが鳴ったのでドアを開けると、玄関先で待っていた女性から丁寧なあいさつを受けた。
非常に整った顔立ちの女性だ。
長いまつ毛に縁取られた両目は大きく、若干つり目気味。
視線からは明確な意思が感じられ、姿勢の良さとあいまって凛々しい印象を受ける。
艶やかな黒髪は肩の上でひとつにまとめられている。
襟元から覗く肌は瑞々しく、色白できめが細かい。
和服が似合いそう、とでも言うべきか、なで肩でスレンダーな体型をしている。
腕も腰も細く、華奢な体つきだ。
それにしても美人だ。
目鼻立ちがすごく整っている。
女優さんとかモデルとか、画面を通してしか見たことがないレベルだ。
これはすごい。
というか、まるで人間と見分けがつかない。
最近のアンドロイドはよくできているとは聞いていたが、まさかこれほどとは——。
○■○■○
家庭用アンドロイドを購入することに決めたのは、半年ほど前のことだった。
貴重な休日の午前中、洗濯機を回しつつ皿洗いを終え、部屋に掃除機をかけようとしたところで、僕は不意に思いついた。
「そうだ。アンドロイドを買おう」
僕はひと通りの家事は自分でできる。
大学時代から一人暮らしで、炊事、洗濯、掃除、どれも自分でやってきた。
あまり仕送りが多い方ではなかったので、節約もかねて食事はずっと自炊。
洗濯も掃除も、文明の利器(家電)を使えばどうということはない。
仕事が忙しいと、平日はなかなか掃除ができないこともある。
とはいえ、それも大したことではない。
「土曜日の午前中は掃除」と決めておけばいいだけだ。
風呂は入るたびに洗うのを習慣にすれば、常に綺麗な状態を保てる。
しかし、まったく問題がないかというと、そうでもない。
面倒だし、時間を取られるのだ。
僕は一通りの家事はできる。
できるが、しかし、家事が好きなわけではないのだ。
できればやりたくない。
可能であれば、誰かにやってもらいたい。
できればもっと、別のことに自分の時間を使いたい。
家事代行サービスの利用を検討したこともあるが、結局利用はしなかった。
なんというか、家に他人を上げるのが面倒なのだ。
お金を払って家事を頼むとはいえ、やはりどうしても気をつかう。
代行サービスの人を上げてもいいように多少、部屋を掃除しておく、なんてことになっては本末転倒だ。
それに、貴重品をどこに置いておくのかという問題もある。
基本的には信用できる人が来るはずとはいえ……自分の性格的になんとなく落ち着かない。
その点、家庭用アンドロイドなら安心だ。
技術の進歩により、もはやアンドロイドは実用化の段階にある。
5年ほど前から業務用途でじわじわと普及しはじめ、今ではすっかり都会の夜間業務を支える存在となっている。
「人間であること」が重要な営業や販売では、さすがに人間が仕事をしている。
それは昔と変わらない。
しかし、「人間っぽい姿でルーチンワークをこなせること」が求められる仕事は違う。すでに夜間業務は、ほとんどアンドロイドが務めている。
業種によっては、とうとう昼間の業務にも進出し始めたそうだ。
現代のアンドロイドは、もはや外見的には人間とほとんど見分けがつかない。
体外に露出している部分(肌、毛髪、爪、目、口)のすべてに生体部品を採用し、関節や骨格も人体を忠実に再現しているからだ。
内部部品は定期的なメンテナンスが必要だが、それも数ヶ月に一度で十分とのこと。
ソフト面では人工知能の進歩により、あいまいさや矛盾をうまく解決できるようになった。
そのため、ある程度のことは自分で判断し、ごく自然な受け答えができる。
アンドロイドの進出が始まった業界では「下手な新人を雇うより、アンドロイドを買った方がよっぽど使える」なんてブラックジョークが聞こえて来るとか。
なんとも恐ろしい話だ。
そうして業務用アンドロイドが普及していったことで、量産効果によってアンドロイドの価格はじわじわと下がりつつある。
最近ではようやく個人にも手を出せる価格になり、『家庭用アンドロイド』の販売が始まっているのだ。
業務用として実用化されているほどだから、現代のアンドロイドは家事をこなすくらいどうということもない。
生体部品を維持するために多少の食事を必要とすることから、味覚をちゃんと備えている。なので料理もできる。
アンドロイドの活躍の舞台は、業務用から、今や家庭用に移りつつあるのだ。
ご家庭の奥様方が家事労働から解放される日は近い——。
就職して5年、僕は特に散財するでもなく貯金してきたので、幸いお金にはかなり余裕がある。
ここらでひとつ、「自分の時間を買う」という意味で家庭用アンドロイドを買うのも、悪くない選択肢かもしれない——。
僕は、家庭用アンドロイドを買うことに決め、2ヶ月ほどかけて情報収集をした。
個人が手を出せる価格になったとはいえ、まだまだ決して安い買い物ではない。
国内外のメーカーのホームページを見比べ、大手メーカーのショールームにも足を運び、僕は各社の製品を比較していった。
慎重な検討の末、僕は「会社規模は小さいが高品質なアンドロイドを製造している」と評判の国産メーカーの製品に目をつけた。
そして、ついに1体のアンドロイドを発注したのだった——。
○■○■○
発注から4ヶ月、そんなこんなで本日、購入したアンドロイドが納品された。
……というか、歩いて我が家にやってきた。
いやー、それにしてもこれはすごいな……。
美人なのはもちろんだが、見れば見るほど、人間にしか見えない。
「見た目に関してはもはや人間とほぼ同等」とは聞いていたが。
まさかこれほどとは。
確か、生物らしい『ゆらぎ』も再現しているんだったか……。
見分けるには確か、瞳の奥を覗くのだったかな?
よーく見ると、光学系の部品がわずかに見えるらしいのだが……?
「あの」
どうにかして光学部品を見出そうと、瞳の奥をじーっと見つめていたら、不意に声をかけられた。
意識外からの問いかけに、思わず数度瞬きをしてから、目の前の彼女——保子さんに意識を戻す。
彼女はやや戸惑った表情をしていた。
「あの、そろそろ上がってもいいでしょうか?」
……はっ!? そうだった!
最新型アンドロイドの出来に目を奪われるあまり、すっかり忘れていた。
彼女は今日から、我が家の住人(というか、住アンドロイド?)になるのだ。
いつまでも玄関先で見つめ合っていても仕方がない。
家に上がってもらおう。
「あっはい。どうぞ上がってください。えーっと、あなたのオーナーの、井上悠一です。これからよろしくお願いします」
「はい、悠一様。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
そんなわけでこの日から、アンドロイドの保子さんと僕のふたり暮らしが始まったのだった——。
4コマ漫画のようなノリで、ちまちま更新していきたいと思います。よろしくお願いします。
ちなみに、「保子さん」の名前には「ヒト(イ)とロボ(ロ+ホ=呆)の間」という意味を込めてたり。