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くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第2話
9/33

この命捨てても(3)

それからまた丸3日学校を休んでいた周人が久々に顔を出したものの、近寄りがたいオーラと表情に圭子ですら声をかけられずにいたのだった。日を追うごとに愛想がなくなり、表情もなくなっていく周人に対してどう接していいかすらわからなくなっていくのだ。恵里を失った直後は、それこそショックで感情を失ったかのような状態であった。だが、それでも徐々に前向きな姿勢になっていた周人に以前のような温かみを感じていたのだが、今はそれが全くなくなっている。もはや周人という人物がわからなくなってきた圭子の気持ちも重く沈んでいくのだった。それでもまだ周人に対して好意を抱いている自分が少々疎ましい圭子はしばらく周人との距離をあけるかのように無意識のうちに行動してしまっていた。結果、周人に声をかけるのは学校でもミカと哲生だけになっていたのだが、哲生に対しても素っ気ないせいか、その距離は少しずつながら開いていくようになってしまっていた。夕暮れ時の屋上が赤く染まる中、その朱に染まる世界にたたずむ周人は悲しげな表情を浮かべながら沈みゆく太陽をぼんやりと眺めていた。こんなに鮮やかに赤い世界、雲の縁は燃えるようにオレンジに輝き、灰色のコンクリートが赤みを帯び、世界の全てが赤に侵食されているこの世界にあってその景色すら黒ずんで見えてしまう。恵里という輝きを失った周人にとって、世界の全てが歪み、黒味がかって見えているような感覚を得ていた。


「よぉ」


そう背後から声をかけられても顔を全く動かすことはない。だがそんなことは予想の範囲内だったのか、声をかけた主である哲生は浮かべた笑みをそのままに朱色の世界をまぶしげに見ながら周人の真横に並ぶと手すりを背にして立つのだった。


「最近学校に来ない日が多いと思ったらどこぞへフラフラ出かけてるって聞いたぞ」


真っ赤に燃えながらゆらめく太陽が山の裾野にその一部を欠けさせながら地面に吸い寄せられていく。周人が見ているその景色とは真逆の位置にある空は藍色の雲の縁を赤に燃え上がらせながらも確実に夜の到来を告げる闇の進入を告げていた。


「ま、どこへ行ってるのかはだいたい想像はつくけど、やめとけ」


藍色の空を見上げるようにする哲生は手すりに肘を乗せる形で首を真上へと向ける。赤と藍が織り成す色合いは夜と昼との境目が今だと教えているようだ。


「確かに理不尽だとは思うけど、それでお前がどうこうして恵里ちゃんが喜ぶか?」


上げた首を真横に向ける哲生の口元からは笑みが消えていた。いつになく真剣な顔つきの哲生の方をゆっくりと見やった周人の目はぞくりとするほどの冷たさを持っている。


「喜ぶ喜ばないは関係ねぇよ。これはオレの気持ちの問題だ」


そう言うと周人は踵を返し、屋上の出入り口となっているベージュ色した扉のみが出っ張ったような造りの場所へと歩き始めた。


「犯人を殺しても、彼女は戻ってこないぜ?」


その一言に一瞬だけ歩みを止めた周人だったが、またすぐに歩き始めた。藍色が黒に変わる景色に溶け込むかのように、周人の体から発せられるオーラもまた黒く見える。代々気を操る家系に生まれた哲生もまた気を操り、感じ、力へと変換できる。その哲生から見える周人の気は闇よりも濃い黒であった。


「そんな『負の力』で何ができる・・・」


閉じられたドアが閉まる音にかぶさるように哲生のつぶやきが漏れる。ため息にも似たそのつぶやきの後、その姿を半分近く大地に埋めた太陽の方を振り向こうとした矢先、つい今しがた閉じられた扉が開く音にその動作を中断した哲生はそこからひょこっと顔だけを出したミカの姿に驚きつつも小さな微笑みを浮かべた。そんな哲生を見たミカはどこか緊張した感じの表情を浮かべつつやや早足で哲生のすぐ目の前までやってくるとどこかモジモジしたような仕草で下から哲生を見上げるような態勢をとった。


「しゅうちゃんと、話、してたの?」


聞きにくそうにしながらもそう訊ねるミカに笑みを消すことなくうなずいた哲生は日焼けしながらも白い肌を朱に染めたミカを見て図らずも胸の奥で何かが疼くような感覚を覚えていた。だがそれも一瞬のことであり、不安と好奇心が入り混じったような顔をしているミカから視線を外し、グレーの上から薄い赤色を塗りこんだようなコンクリートの床に見やった。


「あぁ・・・まぁ、そうたいした話じゃないけどさ」

「しゅうちゃん、止められそう?」


わざわざ言葉を濁したにも関わらずズバリそう言い当てるミカに驚きを隠せない哲生だが、超天然の性格をしているミカが時折凄まじいまでの洞察力を発揮することは知っている。小さい頃、それこそ幼稚園以前からの付き合いであるミカのこの性格は周人と哲生にはよく理解できている。


「・・・止められねぇな、ありゃぁ」

「そぉ・・・」

「今のあいつは生きながらにして死んでるようなもんさ・・・生気すら復讐の力に還元してやがる」


ため息混じりにそう言う哲生の表情が厳しいものに変わる。哲生の言う『負の気』というものがどういうものか理解しているミカも表情を曇らせ、視線を下に落とした。


「発見当時は泣いたけど、通夜でも葬式でも泣かなかったからな・・・その反動が『負の気』になっちまったんだろうけど、アレじゃ復讐を遂げる前にやられるか、ヘタすりゃ殺されちまうわな・・・ま、自業自得っていやぁそれまでだろうけど」


警察が捜査を打ち切り、恵里の遺族がそれを了承したという話は哲生も聞いている。確かにそれは理不尽で、どうしようもない怒りをたぎらせても仕方のないことだ。だが、警察の介入すら阻止できるほどの相手をたった1人で探し、殺そうとしてもそれは不可能だ。頭の切れる周人がそれをわからないはずはないだろうが、復讐にとらわれた今の心境ではその事実すら心の奥底に追いやってしまっていると分かる。怒りや憎しみは時に絶大な力を与えてくれるのだが、冷めればもろくなる。怒りほど熱しやすく冷めやすいものはないのだ。そしてその怒りが冷めた時、復讐心が打ち砕かれた時に周人がどうなるかは予想にたやすい。だからこそ今、そうなる前に止めたかったのだ。


「しゅうちゃん、泣いてたよ・・・」

「え?」


視線を落とし、目を伏せがちにしたまま、ミカはつぶやくようにそう言った。これまで誰にも言うまいと心に決めてきたのだが、哲生には、親友であり最大の理解者であって欲しい哲生にだけは告げておくべきだと判断したのだ。あの夏の日、自分の胸で子供のように泣いた周人が前を向いて歩き出そうとしたその事実だけは伝えるべきだと。


「お葬式の次の日、偶然会ったんだけど・・・その時に」


搾り出すようにそう言うのが精一杯なのか、ミカは下を向いたまま肩を震わせていた。


「泣いて、泣きじゃくって、そんでようやく前に向き始めてたのに・・・しゅうちゃん分かってるよ。こんなことしても恵里ちゃんは喜ばないって・・・でも、そうせずにはいられないんだよ」


誰にも何も言わず、家族が風邪だと偽っている周人の不登校の真相を誰よりも早く見破っていたのはこのミカなのかもしれない。それでも何もしらないフリをして今日まで耐えてきた。それが周人に警察の捜査打ち切りを告げた自分の責任だとしてその悩みを抱えてずっと今日まで過ごしてきた。その想いが涙となって溢れてくる。


「ホントはね、私も止めたい・・・もうやめてって言いたいよぉ・・・でも、恵里ちゃんとしゅうちゃんを出会わせたのは私だから。捜査の打ち切りをしゃべったのは私だから・・・恵里ちゃんがどんなにしゅうちゃんを好きでいたか、しゅうちゃんがどんなに恵里ちゃんを好きでいたか知ってるから・・・だから私は・・・私には、止められないの・・・」

「ミカ・・・」

「しゅうちゃんの気持ちも分かるから・・・私だって、犯人を殺したいもの」


ギュッと拳を握る手の色が変わっている。復讐にとらわれている周人を止めたいと思いながらもどこかで復讐を遂げて欲しいと思うジレンマを抱えていたミカは涙に濡れた顔を上げた。夕闇が覆い始めた世界にたたずむミカは儚い幻のようにたたずんでいる。哲生は辛そうな表情をしながら涙を流すミカをそっと優しく抱きしめた。思いも寄らぬその行為におもわず心臓が高鳴るが、ミカはそのまま哲生の胸に自分の顔を埋めて声を出して泣いた。


「そうか・・・泣いてたのか」


優しくミカの背中を叩いてやりながら苦々しい表情を浮かべることしかできない哲生は辺りが暗くなるまでミカを抱きしめつづけたのだった。そしてようやく泣き止んだミカが顔を上げる。涙でキラキラ輝く瞳に思わず吸い込まれそうになる哲生は不思議とドキドキする胸の鼓動に戸惑いつつも優しい笑顔を見せた。ミカはそんな哲生の表情に大きく脈打つ心臓を抑えるようにその愛しい人の胸から離れ、ごしごしと手で目をこすった。


「ありがと・・・」

「あ、いや・・・・」


お互いにそう言うのが精一杯なのか、しばらくの沈黙が流れる。


「てっちゃん・・・」


その沈黙を破って、ミカがゆっくりと口を開いた。


「お願い、しゅうちゃんを助けてあげて・・・できるなら止めて欲しい。でも、無理なら、せめてしゅうちゃんが怪我しないように、死んだりしないように守ってあげて」


すがるような気持ちが全身に出ているミカは両手を胸の前で組み合わせ、祈るような仕草を見せながら哲生にそう哀願した。その思いを受け取りつつも、果たしてどれが最良の選択なのかを考える哲生だが答えはもちろん『やめさせる』だ。だが今の周人がやめるはずもなく、かといって復讐に手を貸す事もどうかと思う。だが、ミカと同じで止めたい気持ちが強い哲生はまだ赤みを残した西の空を見やりつつ小さなため息をついた。


「説得するだけ説得してみる。けど、手を貸すかどうかははっきり言ってわかんないからな」


素っ気ない言い方だったが、そこに込められた感情はミカにもしっかりと読み取ることが出来た。


「うん!ありがとぉ!」


子供のように大きくうなずいたせいで大きな胸も揺れる。普段の哲生であればミカに関しては全く興味がなく、そういうことすら目に入らないのだが今は何故かそれを凄く意識してしまった。もう一度抱きしめたい衝動を必死で抑えつつ、無愛想な感じで『あぁ』とだけ返事を返すのが精一杯だった。


夜の帳が下りながらも昼のごとき明るさを持つ大都会東京。ビルの窓から漏れる明かりに色とりどりに瞬くネオン、車のライト、店舗が存在を示すライトアップ、それらが闇を引き裂くようにして空間を形成している。人の波が漂い、欲望が渦巻き、活気に満ちた声が上がる。だが、それはこの街が見せる表の世界のごく一部でしかない。その真の姿は闇。夜の闇より濃い黒に覆われた闇であった。光と闇が一体となって存在している日本最高の大都会に、ここ最近ある噂が立っていた。チームやリーグと呼ばれる集団を形成する若者たち、俗に言えば不良やヤンキーなどと呼ばれるその若者たちが多く棲息している東京でも特に有名なのが5つの街を支配しているチームであり、その5つのチームが都心のヤンキーたちを率いているのだが、そのチームのメンバーがたった一人の少年に倒されているというものだった。ここ最近でリーダーが入れ替わった渋谷クローサーは高速の蹴り技を持つそのリーダー黒崎星くろさきせいが率いている平均年齢十八歳の若いチームだ。あまりに強く、あまりに暴力的なために空手界を追放された村上シンジ率いるのは新宿ブレイカー。少年院を何度も出入りし、ヤクザの勧誘を蹴ってヤンキーたちを率いてあっという間に池袋を統一した高木浩が作り上げた池袋ルシフェル。そしてその暴れっぷりからクラッシャーの異名を取る岡本英二率いるクロノアが品川をまとめ上げている。最後の1つ、上野にもチームがあり、今現在有名なのがその5つのチームだ。チーム、いわゆる街ごとでいさかいもなく上手く関係を築き、麻薬や売春、暴走行為に至る闇の部分も支配しているせいか、巷で騒がれているほど治安が悪いということはなかった。それもこれも、その5つの街を仕切っているチームの各リーダーですら及ばないという実力を持つ七人の男たちが常に目を光らせているからだという噂もあるのだが、真相は闇の中だ。もちろん、そのリーダーたちはその七人を知っているのだがあえて口にするようなことはしなかった。もし問題を起こしたりすればその七人が動き、あっと言う間にチームが潰されてしまうからだ。つまりは街での大きないざこざ、ヤクザとの抗争やチーム同士での争いはチームの解散のみならず命にすら関わってくるということに他ならない。なのに、ここ半月ほどで新宿、池袋近辺でチーム員のみならず多数のヤンキーたちが一人の少年に倒されているという異常事態が多発していた。時には十人以上の人間を相手にわずかな時間で、しかも一切の怪我を負うことなく倒しているという。そして今日もまたその少年が出現したとの情報が夜の池袋を駆け抜けた。とある雑居ビルの裏にある駐車場で十二人が倒されたという噂はすぐさま池袋はおろか新宿、渋谷、品川を駆け巡った。倒されたのは池袋で小さなチームを組んでいるヤンキーたちであり、そのチームを支配下に置いている男たちは躍起になってその少年を探しているという話もすでに飛んでいるぐらいだ。


「『ヤンキー狩り』だ!梶村ビルの駐車場に出たらしいぞ!」


騒ぐ8人の男たちを見やる黒いTシャツにジーンズ姿の男は肩まで伸びた茶色めの髪をかきあげるとその男たちに向かって歩き始めた。


「あのさ・・・その『ヤンキー狩り』っての?そいつがいるそのなんとかビルってどこにあんの?」


両手をジーンズのポケットに突っ込んだままそう言う長髪の男は殺気めいた目をしている8人を前にしてもその飄々たる態度は崩さない。


「あぁ?なんだお前?」

「まぁ、観光客みたいなもんさ・・・で、どこに行けばそいつに会える?」


どこかヘラヘラした態度が癇に障る。じわじわとその男を取り囲むようにしてみせる8人は威嚇をするような鋭い視線を浴びせかけるが、やはり男は薄ら笑いを消さない。


「うるせぇよ!消えなって!」


『ヤンキー狩り』の噂のせいか、血走った目がその興奮状態を物語っていた。鼻先まで近寄ってきた二十歳前後とおぼしきその男がほぼ同じ視線の長髪の男にガンを飛ばす。だが男は小さく鼻でため息をつくとうなじを掻きながらうっとおしそうな表情をするだけだ。それがますます男の苛立ちに火を注ぐ。


「ま、いいや。あんたらの後ろから付いていくから」


長髪の男がそう言うなりさっさと行けとばかりの仕草を取った瞬間、怒りをみなぎらせた男の拳がその顔面に突き刺さる、はずだった。タイミングも完璧だったその拳は宙を漂い、何故か月の昇った夜空が見えたと思った瞬間、背中から固いアスファルトの地面に叩きつけられた。呼吸ができずに悶絶する男を見下ろしつつ、長髪の男もまた不思議そうな顔をしている。何が起こったかはわからないが、今、自分が冷たい地面に転がることになったのはこの長髪の男が何かをしたに違いない。その証拠に仲間たちが一斉にナイフなどの武器を取り出している姿が見える。


「やれやれ・・・東京ってのは可愛い子が多いけど、それとは別になかなか物騒だな」


長髪の男はうんざりしたような口調でそう言うとナイフを突き出してくる明らかに中学生と思える少年を見ながら困った顔をするのだった。


情報が巡るのが思いのほか早かったのはその存在がかなりの噂になっているという証であろうか。もはや最初に倒された人物が誰だかわからないほどの人間がそこに倒れていた。確実にどこかの骨が折れていると分かる者が大半であり、中にはうめき声すら上げない者もいる。血を吐き、流し、気を失っているのは男、とりわけ少年が多い。折り重なるようにして倒れている男たちの中でただ1人立っているのは長めの前髪によってそのギラついた目の光を覆い隠そうとしているように見える少年であった。白いTシャツは返り血で点々とした赤いシミが入っており、両手の拳からも血が滴っている。もちろんそれは少年が流したものではなく、その拳によって叩きのめしてきた今倒れている者たちのものである。少年は鋭い目つきに殺気を加え、周囲を取り囲んでいる七人の男たちを睨みつけていた。それぞれ金属バットやナイフ、警棒が手に持たれているのだが誰も襲いかかろうとはしていない。はぁはぁと息をしながら自分の中の恐怖感と必死に戦っているのか、少年の動きにのみ注目するのがやっとだ。


「もう一度聞く。『キング』ってのはどこにいる?」


『キング』という言葉に込められた憎しみは事情など全く知らない男たちにも恨みがあることが手に取るように分かる。


「『キング』なんて知らねぇって言ってんだろうがっ!」


ついに堪えきれずに一人が金属バットを手に襲い掛かった。だがやはり少年は難なくそれをかわすと目にも留まらぬ速さの蹴りを男の顔面に炸裂させた。鼻血を飛び散らせながらバットを手放すその手を取り、これまた風を舞い上がらせつつ強烈な背負い投げを放って背中から硬い地面に叩きつける。血反吐を吐いて動かなくなった男を見たせいか、仲間たちは今いる位置から一歩下がることしかできなかった。


「・・・・なんなんだ、こいつは」


声が震えているがそれを笑うものなどこの場にいない。残った6人が6人共同じことを考えているからだ。既に二十人近い人数を相手にしながら受けたダメージは無し、そして相手は全て瞬殺とくればその強さのレベルが自分たちとは比べものにならないことぐらいは分かる。だが、この街にいる者として、小さいとはいえチームに所属しているというプライドが引くことを許さないのだ。3分ほどの膠着状態となった静かな駐車場で少年がついにその一歩を踏み出すことによって膠着を破る。思わず一歩引いた男たちだったが、何者かが自分たちの間を背後からすり抜けるようにして少年のすぐ目の前に立った。これまでまったくの無表情、いや、怒りを見せていたその顔つきが弱くなり、驚きに変わるのを不思議そうに見ながら男たちはどこか安堵した気持ちになっていくのだった。


「やっぱお前か・・・噂の『ヤンキー狩り』ってのは」


夜でも茶色いとわかる髪は長く、肩まである。黒いTシャツにジーンズ姿のその男はやれやれといった口調同様に表情もまた困ったような何とも言えない表情をしていた。


「テツ・・・」

「派手にやらかしてくれちゃって・・・とりあえず話がしたい」


親友である哲生を前にしても全く衰えない殺気だが、哲生はそれすらものともせずに普通に立っている。じっと自分を見つめるその表情は砕けているが、いつになく真剣な様子は掴み取れた周人が渋々ながらそれに従おうとした矢先、大人数の足音が近づいてきたかと思うと十人以上の武装した男たちに取り囲まれてしまった。最初にいた6人を合わせればざっと二十人はいる。よく見れば、その中にはさっき哲生がのした男の姿もあった。


「このやろう、ナメた真似しくさりやがってぇ!」


短い髪を逆立てたピアスだらけの男が大きなサバイバルナイフを手に哲生に襲い掛かった。


「シュー、俺はお前を止めに来たんだ」


実に普通な口調でそう言いながらも上半身を逸らしてブリッジのような態勢を取りつつ突き出されたナイフをかわすとそのまま足が地面を蹴って一回転しながら強烈な蹴りを相手の後頭部に叩き込んだ。一瞬にして意識を奪われた男が倒れるのを見ることなく綺麗に着地を決めた哲生は乱れた髪をかきあげながらさっきと全く同じ位置に立っていた。


「前にも言ったけど、こんなことしても何の解決にもならないと思うし」


そこまで言って空中に身を躍らせ、警棒を振りかざしてきた男二人の顔面を同時に蹴りつけて着地と同時に足を払って地を這わせる。


「恵里ちゃんも喜ばないと思う」


膝を曲げて着地しながらさらに襲ってきた三人の攻撃をまるで神技のごとき動きで全てかわしていく。横なぎに振られた金属バットをジャンプしてかわし、背後から殴りつけてきたこれまた金属バットの上に一旦左足を置いて軸にし、最初に攻撃してきた男の顔面を蹴りつける。そのまま空中で一回転した状態で着地を決めたのち、背後から攻撃してきた男の手首を掴んで捻り上げながら逆関節を極めて投げを放った。腕が折れる音と後頭部が叩きつけられるのはほぼ同時か。うめく男たちを見ることなく


「まぁ、なんだ・・・細かい話は」


と、そこでまた話を切ると殴りかかって来た男たちの手首を掴みながらいとも簡単に投げ飛ばしていく。しかもただ投げているのではなく全てが関節を極め、投げながらにして折っているのだ。そうして3分もすれば倒れている人間の数はさっきの倍になってしまった。残った2人の男はその圧倒的な哲生の強さにどうしていいかわからず、ただ呆然とその光景を見ることしか出来なかった。


「後でゆっくりとな」


さっきの言葉の続きを言う哲生に向かってため息をつく周人は残った2人を睨むようにしてみせた。


「なんなんだ・・・これは・・・・手品か?」


人間がこうも簡単に投げられるのかというぐらいの技に感心するやら恐怖するやら。持っていた武器も投げ出して逃げ去る男たちを見ることなく歩み寄ってきた哲生は倒れながらにして尚攻撃をしようとしてくる者に蹴りを喰らわせつつ周人のすぐ目の前に立った。


「ま、ここは落ち着かない・・・さっき向こうに公園を見つけたからそこで・・・」


そう言いかけた哲生の言葉が止まる。轟音を立てて止まるバイクが発するライトをまぶしそうに見ながら振り返れば、そこには2人の大男が立っていた。


「夜中に轟音は近所迷惑だぞ」


エンジンを切らずにバイクを降りた2人を見ながらも余裕の言葉を投げる哲生だが、倒れている人間をお構いなしに踏みつけながら近づいてくるその大男が今さっきまでの男たちとは違うレベルの強さだということは理解できた。


「『ヤンキー狩り』が1人じゃないとは思ってたが・・・やはり仲間がいたか」


丸刈りに近いいわゆる五厘刈りの大男が5つのピアスをブラブラさせながら体を揺するようにして目の前に立つ。もう1人はその男から2メートルほど後方にたたずんでいる。


「いや、俺は仲間じゃないぞ。友達だが無関係だ」

「嘘つけ!こいつも仲間です!こいつに何人もやられてる」


さっき逃げた2人がいつの間にかそこにいてそう叫んだのだが、その存在はバイクのライトと轟音で気付かなかったのだ。哲生はバツが悪そうな顔をしつつもどうするかを思案していたが、背後で周人が五厘刈りの男に問い掛けた。


「『キング』を知っているか?」


聞いたこともない言葉に首を傾げる哲生だが、それが恵里を殺害した犯人だと察するまでそう時間はかからなかった。


「知っている、と言ったら?」


その言葉を聞いた瞬間、周人は一気に男との間合いを詰めた。まさに電光のような動きで。


「あ、こら、シュー!」


哲生が叫ぶがもう遅い。周人の拳が五厘刈りの男の腹にめり込む。だが鉄板を叩いたような感触が残るだけで手ごたえがまるでなかった。その証拠に男はその巨大な拳を風を唸らせながら周人の顔面めがけて振り下ろした。ボッという音を残して空を切り裂く男の拳。周人は半身になりながらその拳を避けると同時に地を蹴って大男のこめかみに右足のつま先をめりこませ、そのまま空中で体をコマのように回転させながら着地することなく左足のかかとを全く同じ個所にめり込ませた。さすがに目の前が真っ暗になる男だがなんとか倒れるのを踏ん張るのが精一杯だ。その証拠に最初の一撃と同じパンチを腹部に喰らい、今度は口から泡を噴きながらその巨体を黒いアスファルトに倒れこませた。背後にいたもう1人の大男、顎鬚をのばしたその男が怒りの反撃に転ずるも、哲生に膝を蹴られて前のめりになったそこに周人の蹴りが顔面に炸裂、そのまま自然な形で前に倒れこんだ。周人は最初に倒した五厘刈りの男の胸倉を掴み上げるとその大きな顔を覗き込むようにした。


「『キング』はどこにいる」

「し、知らねぇんだ・・・・名前は、存在は知っていてもどこにいるかは・・・知ってるのはヤツの側近の四天王ぐらいだ・・・」

「役立たずが」


苛立ちを言葉にするかのようにそう吐き捨てると、周人は男の顔面に拳をめり込ませた。陥没した鼻から血を流しながら気絶した男を解放すると疲れたような顔をしている哲生を見やる。


「『ヤンキー狩り』には仲間が・・・仲間がいたんだ!」


悲痛な叫び声を上げながら走り去っていく2人を追うこともできない哲生は駐車場を出て2人の姿を目で追うが既にそこには誰もおらず、夜の闇が支配している黒を切り裂く街灯が明滅しているばかりであった。


「こら待て!仲間って・・・違うぞ!」

「こういう噂は広まるのが早いぜ」


言いながら駐車場を出る周人に向かってため息をつく哲生はうめき声を上げている男たちを一旦振り返る。三十人近い人間が折り重なるそれはまるで地獄絵図のようだが、その半分は自分がやったことだった。


「まったく・・・お前を止めに来て俺までケンカするハメになろうとは・・・トホホだぜ」


勝手にやっておいてそれはないだろうと思う周人だが、何も言わずに歩きつづけた。頭を掻きながら困った顔をする哲生はさっさと前を歩く周人の後を追うようにしながらどうしたものかと途方に暮れるのだった。


「お前、いつもこんなことしてたんだな・・・」


住宅地の一角にある人気のない公園には街灯も1つしかなく、申し訳程度のその明かりがかろうじての小さな光を灯しているに過ぎない。頭上の雲が厚いのか月はおろか星すら見ることができない状態だった。2人は一つしかないベンチではなく、小さな青いすべり台がある砂場の枠に腰掛けながらさっき買った缶ジュースを飲んでいた。あれから周人が近くに止めていたバイクを取った後、2人乗りして郊外まで出たのだった。やはり都内中心部、山手沿線では警戒網が張られているだろうとの判断だ。ここ最近で有名になった『ヤンキー狩り』は今日の騒ぎでまた一つ大きな存在となったことは間違いない。だが、それこそが周人の狙いだった。誰に聞いても『キング』の行方はわからなかった。情報を求めて東京に来たはいいが何の手がかりもなく、たまたま自分に絡んできた集団をのしたことからこういった騒ぎに発展していったのだ。特に鳳命が教えてくれた犯人『キング』こと久我晴海に関して知る者もなく、こうして名のあるチームのいる街で騒ぎを起こしていればいずれはその姿を見せるのではないかと思っていたのだ。だが今日までの中でその収穫はない。やはりチンピラ同然のヤンキーではなく、名の売れた、それこそ街をまとめるリーダーでも倒さないかぎり収穫はないと考え始めていたところなのだ。だが、周人はそれを哲生に説明することなく黙ったままジュースを飲んでいた。


「止めに来たってのは本当だ。まぁ少々やりすぎちまったけどな」


少々ではないだろうと思いつつ、やはり哲生は強いとあらためて認識させられた。しかも予測不可能な動きは周人が知る哲生を遥かに超えていたほどだ。


「オレはやめない」


そこだけはきっぱりと言い切った周人は一気にジュースを飲み干すと5メートルほど離れた網状になった鉄製のゴミ箱へと放物線を描くようにしてその缶を放り投げた。綺麗な弧を描いた缶は吸い込まれるようにカゴの中に飛び込み、金属音を奏でながら自分のあるべき場所に収まった。それを確認した周人がおもむろに立ち上がる。


「だろうな・・・止められないのはわかってる」

「ならもう来るな・・・帰れ」


素っ気ない一言だが、哲生はそれを全く気にすることなく悠然とジュースを飲んでいる。そして缶から口を離すと自分を睨んでいる周人を実に冷静な目で見上げるようにした。


「『キング』ってのは何者なんだ?」

「お前には関係ない」

「知る権利はあるさ。お前が死んだら俺がその仇を討たなきゃならねぇんだし」


しばらくの沈黙が流れる。死を覚悟の上での復讐だ。だが、死ぬ気など毛頭ない。あるのはただ恵里を殺した『キング』を殺すことのみ。


「死なねぇよ」

「そうかい・・・」


また沈黙。だが、周人はため息を一つつくと再度砂場の枠になっているコンクリートに腰掛けた。


「じいちゃんに聞いた・・・人類最強の男だって。日本の裏を統括する人間だとな・・・政府の飼い犬だから、人を殺しても無罪なんだとさ」


最後のフレーズだけにははっきりした憎しみが込められている。


「人類とはまたたいそうな・・・で、今現在、手がかりはそれだけかよ」

「あぁ」


グッと握った拳に力を込める周人の表情は険しいものだった。哲生はそんな周人の横顔を見ながら『負の感情』である怒りと憎しみの中に恵里を失った悲しみ、約束を守れなかった後悔を感じ取っていた。だが、その中にあって対極の感情である小さな愛情を逃さずに感じていた。


「なら1人より2人の方が何かと便利だろ?俺も手伝うよ」

「いらねぇって」

「お前は勝手にしろ。俺も勝手に、好きにするさ。けど、共同作業の方が捗るし、何より俺は役に立つぜ?」


男にウィンクされても気持ちが悪いだけだが、言っていることは正しい。戦力は多ければ多いほどいい。何より自分が認める強さを持つ哲生であれば何の問題はない。だが、これは周人の問題であって哲生は関係ないのだ。


「これはオレの問題だ・・・お前には関係ない」


それをはっきりと口に出した周人だが、その答えは哲生の予測どおりだったせいか効果はなかった。


「関係あるさ」

「関係あるって・・・」

「俺も恵里ちゃんを殺した犯人が憎い。あんないい子を暴行して殺しておいて罪にもならない・・・そんなバカな話があるかよ」


いつもは憎らしいほど冷静でありながらそれを隠すようにおどけた風にしている哲生が珍しく怒りをあらわにしていた。


「テツ・・・」

「『キング』に一発でもブチかましているお前の姿を見れば、俺の気持ちも晴れるさ」


そう言って微笑を浮かべる哲生の言葉に、周人は恵里の復讐を始めてから初めてのあの淡い微笑を浮かべた。恵里が一番好きだった周人のその笑みは一瞬でかき消えてしまったが、それが哲生を仲間と認めた証となったのは事実だった。

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