SAKURA
途方に暮れるとはこういう状況をいうのだろうか。道路を隔てて桜の花びらが舞い散る公園を前に存在しているバスターミナルの前にバイクを止めた周人は手にした紙切れと目の前を走る道路とを交互に見ていた。その道路は真横の交差点とぶつかるようにして存在する縦に走る幹線道路と交差しているのが理解できている。が、そのメモの道路は十字に書かれた線でしかなく、その十字のやや左に重なるように四角が書かれて『さくら谷駅』と記されている実に簡略的すぎるそのメモを見ながら大きくため息をついた周人はヘルメットを被ったまま目の前の公園へと視線を戻した。緑豊かな高い木々が林のようになっており、その合い間をピンク色した桜の木が鮮やかな色合いで華を添えている。かなり大きい公園のようだが、目の前にある入り口はかなり小さい。柔らかそうな雲が青一色では寂しいだろうとばかりに空に色を添えているが、日差しはそれらをものともせずに燦々と降り注いでいる。4月に入ったばかりなので暑くはないが、風がない分やや不快な感じとなっていた。
「多分こっちだと思うんだけどなぁ・・・」
メモにひときわ大きな字で『さくら塾西校』と書かれている丸印の場所がどこかを探るように首を回すが、おそらくこっちであろう方向見ても目印になるようなものがメモに書かれていなために自信が持てないのだ。方角もなければ目印もなく、あるのは十字の線に四角い駅、そして巨大な印と字だけなのである。あとは下のほうに電話番号が書かれているのみだ。
「初めての土地にこの地図って・・・」
深々とため息をついた周人はメモを睨みつつ今に至る状況の発端を頭の中に思い起こすのだった。
一人暮らしをすべくワンルームマンションを借りた周人は少ない荷物の整理を終えて桜町随一の繁華街である桜ノ宮へと来ていた。周人のマンションから電車で20分程度の手ごろな場所にあるそこは私鉄やJRが交わるようにして存在している駅を周辺に一大繁華街となっていた。その繁華街は桜ノ宮の南に位置しており、北側は山となっていて住宅地が存在している。その繁華街の中にある一角には映画館やアミューズメント施設、そしてショッピングモールが入ったビルがあり、その中にある全国的に大型チェーンを展開している本屋へとやってきた周人はエスカレーターで目的地のある3階を目指していた。ここのビルの最上階には最近できたレストランがあって雑誌で紹介されるほどの味が評判になっていた。とりあえずそこには用がない周人は本屋へと入るとコンピューターの専門雑誌が並ぶコーナーへと向かった。かなり広いフロアなだけに、そこを探すのが一苦労だ。おかげで天井から吊り下がっている看板を目印に進む周人はそれに気を取られていたせいで人とぶつかってしまい、あわてて謝る始末。
「すみません・・・・・・え?」
「いや、こっちも・・・・あれ?」
お互いにそう言いあって目を丸くする。互いに見慣れた顔だが、まさかここでこういう形で再会するとは思ってもみなかっただけに戸惑いの方が大きかった。
「塾長!」
「木戸君!」
ほぼ同時にそう言いあうと自然に笑みが浮かんだ。1年前にこの桜町に引っ越してきた塾長こと大山康男はまさか周人がここにいるとは思っていなかっただけにその驚きも周人の倍以上である。逆に周人にしてみれば落ち着いたら連絡してみようと思っていた矢先の再会だけに、これは願ったり叶ったりでもあった。2人はここで雑談も何だということで同じフロアにある喫茶店へと向かった。康男は周人の雰囲気が元に戻っていることに安堵しながらも、その左頬の傷を見つつまだまだ自分が知っている周人には程遠いことも見抜いていた。もちろん康男は周人が復讐を果たしたことも知っており、変な言い方をすればその結果を見届けてから引っ越したといっても過言ではない。結局周人が入院している間に引っ越したために何の挨拶もできていなかったのだが、その分話も弾むのだった。康男はつい先日2つめの支部を開設したことを周人に告げた。周人の住むマンションの近くにさくら塾東校、そこが本部なのだが、それが存在しており、そこから電車で20分程度西行った所にあるさくら谷という場所に西校を作るまでに塾を成長させていたのだった。さらには周人の中学時代の後輩である2人も連れてきており、塾はかなり繁盛しているとの話も聞かされて嬉しさを噛み締める周人は生き生きとしている康男の顔を見て自然と笑顔になっていく。
「連絡しようと思っていたんですが・・・でもよかった、塾が軌道に乗っていて」
「ありがとう。君も少しだが元の君に戻りつつあるみたいだね、嬉しいよ」
そう言われた周人は苦笑してからコーヒーを口にした。意図的に変えようとは思っていないだけにそう言われると嬉しい反面、『魔獣』時代の自分がいかに印象が悪かったかを思い知らされて複雑な心境に陥るのだった。
「生活の方は落ち着いたのかい?」
「まだ来て3日ですからね・・・荷物の整理ができただけです」
「そうか・・・ってことはバイトとかも、まだ?」
そりゃそうだとばかりにうなずく周人に康男は目を輝かせてやや周人に迫る勢いを見せながら身を乗り出すようにしてみせた。周人は思わずたじろいでしまったが、康男が何を思いついたかは容易に想像できている。
「ならウチで講師として雇う!どうだい?」
「そりゃ願ったり叶ったりですけど・・・オレでいいんですか?」
「どこの誰だか信用がおけないヤツよりはよく知っている君がいいに決まってるじゃないか。君は真面目だし頭もいい」
それは買いかぶりすぎだと思うが、そう言われて嫌な気はしない。それに周人にしてみてもよく知っている康男の下で働ける方がいいと思える。2人の思惑が一致すれば交渉は成立したも同然だ。とりあえず簡単な面接兼説明を行なうために今後本部となる西校に来てほしいという話となった周人は康男の書いた簡単なメモを手渡され、3日後に来るよう言われたのだった。
「電話番号もあるし、かけてみるか」
すぐわかると言われて渡された簡素すぎるメモでは埒があかず、周人はズボンのポケットに入れておいた携帯電話を取り出した。だがそこでバスが到着したために一旦電話をポケットに戻すとバイクを移動させる。ちょうどロータリー脇にあるバス停の真横に駐車していたのでこのままでは邪魔になってしまうからだ。そのままバイクを5メートルほど移動させて交差点の手前に改めて駐車した周人は再度携帯を取り出すと、移動のどさくさでややくしゃくしゃになってしまったメモを開く。
「でもさ、それって絶対良くないよ・・・」
「なぁに言ってんだか。欲しいなぁって言ったら、あいつが勝手にくれただけじゃん」
「でもぉ~・・・わざと言ってるわけでしょう?」
「欲しいものを欲しいと言ったら勝手に買ってきてくれた。で、私にくれるっていうんだもん、貰ってあげないとね。それがわざとだろうが、買ってくれとは言ってないわけだしさ」
「そうだけどさ」
そんな会話をしている女子中学生か高校生とおぼしき2人組がメモを見ながら番号を打ち込んでいく周人の背後を通過しにかかる。ポニーテールの髪型に薄いオレンジのシャツを着た少女はなかなかの美形だったが、やや暗い表情がそれを台無しにしている感じか。方やパッと見た目も可愛らしく、そこいらのタレントやアイドルも顔負けな美少女は胸元まである髪をいじりながらつんと澄ました顔をして歩いている。一見すれば女子大生にも見える美少女は一瞬だけヘルメットをかぶったまま携帯をいじっている周人の背中に視線を向けたが、さも興味なさげに前を向くとつい今しがた赤に変わってしまった信号に舌打ちをした。
「だから美佐もさ、欲しいものがあるときは気軽に言ってよね」
「私はいいよ・・・」
「後悔してもしらないよ?」
そんな会話も耳に入らず、周人はヘルメットを脱ぐと携帯電話を耳に当てた。無意識的にやや長めの髪の毛を整えながらメモを目に携帯の呼び出し音に集中した。そんな周人の横顔を振り向いた美少女だったが、どうやら好みでなかったのかフンと鼻でため息をつくと青に変わった信号を見てポニーテールの少女の手を引きながら駅へと続く建物の中に消えていった。周人は風のいたずらによってメモの上に舞い落ちた桜の花びらに目を細め、もう一度公園の中から見えている桜の木へと顔を向けた。その瞬間、電話の向こうで康男の声がしたためにあわてて視線をメモに戻せば風に飛ばされて花びらが空へと舞い上がる。その花びらを追って顔を上げれば、澄んだ青い空が視界いっぱいに広がり、知らず知らずのうちに微笑を浮かべるのだった。
この街の名は桜町、運命の地
それは、様々な運命の絡む場所・・・出会いと再会の地
そして、全ての運命が集う場所
この街を舞台に、木戸周人の真の物語は、ここから始まる
「くもりのち、はれ」の前日譚にして、木戸周人の復讐の物語はこれでおしまいです。
本編を書いていた際に作った設定を広げて書いたのがこの作品でした。
あまり重い話にはしたくなかったこともあって、アクション重視にした経緯もあり、楽しんで書いたのは確かです。
この続きが本編になりますので、この作品を気に入っていただけた方でまだ本編を知らない方は、是非そちらもご覧いただければ幸いです。
http://ncode.syosetu.com/n8235ec/
10年以上前に書いた作品を少々手直ししつつ載せましたが、至らないところだらけだと思います。
それでも、ほんの少しだけでも心に残ればいいな、そう思っています。
ありがとうございました。




