天使消失(3)
結局ミカは何もできずにただ絶叫マシンを楽しんだにすぎなかった。2人きりになった観覧車の中で哲生はずっと誰かとメールをしていたらしい。翌日一緒に登校した際にそれを聞いた周人はガックリとうなだれたが、恵里との楽しい時間を過ごせたせいか満足度は高い。そんな周人をうらやましく思う反面、2人がうまくいけばいいのにと思うミカはそこにはあまり触れずにいようと決めたのだった。昇降口から階段を上ったところでミカと別れた周人は恵里と出会わないかなと淡い期待を寄せたがそれには裏切られた。だが同じフロアにいれば必ず会う事もあるとわかっているだけに緩んだ顔をした周人が席に着けば待ってましたとばかりに圭子が近寄ってきた。
「おいっす!どうだった、昨日は?」
まるで近所のおばさんのような口調をしながら当然のごとく机の上に腰掛けた。今日は太ももを出さずに足を組みながら顔を寄せて周人の反応を楽しむようにしてみせた。
「楽しかったよ。まぁデキは普通だったけどな」
「ミカは?」
「アホだよ、あいつは。結局遊園地を楽しんだだけ」
呆れ顔の周人の口調に圭子も苦笑を漏らした。どうせこうなるだろうとの予想が見事に的中しただけにもう笑うしかない。
「で、あんたは?」
「楽しんだよ」
「・・・彼女とも?」
「ん?あぁ、楽しく過ごしたぜ。なんていうか、おとなしくていい感じだったなぁ」
昨日を思い出しているのか自然と緩む表情は隠せない。チクリと胸が痛むのを全く表に出さない圭子は何も言わずに肩をすくめる仕草を取るだけだった。
「好きになったわけだ」
「ん~・・・好きかどうかはわかんねぇけど、また遊びには行ってみたいとは思うな」
素直に今の自分の気持ちを吐露した周人を見やった圭子は普通に机から降りるとひらひらと手を振ったのだが決して周人の方を見ようとはしなかった。そこに隠された複雑な乙女心を見抜けない周人は背中を見せたままの圭子から窓の外へと顔を向けた。
「よかったじゃん。なら今度は木戸君から誘うことね」
「メルアドも聞いたし、そうするさ」
嬉しそうにそう言う周人にベーッと舌を出してから自分の席へと戻っていく圭子の後ろ姿を見ることは無く、周人は恵里との思い出を振り返りながらニヤけた顔をするのだった。
その日は掃除当番ということもあって少々帰るのが遅くなった周人はあくびをしながら昇降口で靴を履き替えていた。人気が少ない中、さっさと帰ろうとカバンを担いだ矢先、9組の下駄箱前に立っている恵里を見かけて微笑んだ周人は自分に気づいてにこやかに微笑みかけてくれた恵里に近づいていった。どうやら向こうも1人らしく、周囲には誰も見受けられない。
「やぁ、昨日はどうも」
「こんにちは。昨日は楽しかったね」
「そうだね・・・・」
一緒に帰ろうと言いたい周人だがそれが言い出せない。自分でも情けないと思うのだが、断られるような気がして二の足を踏んでいるのだ。
「行きましょ」
ごく自然にそう言う恵里に嬉しそうな顔をした周人は恵里と並んで昇降口を出た。2人は昨日のことを振り返りつつ楽しい会話に花を咲かせる。恵里自身、自分でも不思議だったのが知らない男子が来るにも関わらず遊園地へ行こうと思った事、そして噂を立てられるかもしれないという意識をしなくてもごく自然に二人きりで一緒に帰れるという事、この2つだった。だが昨日の遊園地でのデートにおいて馴れ馴れしくもなく、かといって素っ気なくもない、自然な優しさも感じられた恵里は周人に対してかなりの好感を得ていたせいもあるだろう。そして今もまた周人は馴れ馴れしさを出してはいない。周人もまたそれは同じであった。圭子のような活発的で積極的な女子であれば男友達というべき感覚で自然に話ができた。だが女の子らしい恵里とこうまで仲良く会話ができる自分に戸惑いつつもそれを嬉しく感じる自分もいるのだった。お互い似た雰囲気を持っている2人は昨日知り合ったばかりとは思えぬ空気をかもし出しながら楽しいひと時を過ごしたのだった。そしてその日以来、2人はメールでのやりとりもするようになった。今日あったことなどを報告しあう程度のものだったが、それでも会話は弾む。下校も一緒になることが多くなる日々を過ごす中、季節は本格的な梅雨へと突入していくのだった。
降り続ける雨はもう3日以上止んでいない。街は傘の花でいっぱいであり、外へ出ることが苦痛に思えるほどだ。本当に夏がやってくるのかと疑いたくなるような日々の中、蒸し暑さのみがその予兆とばかりにアピールをしているのだがやはり青空を見ないことには実感がなかった。今日も窓の外に見える景色は灰色の世界だ。
「よく降るわねぇ」
「ん~・・・そうだな」
昼休み、いつものように周人のそばにやってきた圭子は珍しく周人の前の席にある椅子に腰掛けた。廊下の方へと体を向けて座った圭子の半袖シャツのボタンの隙間から下着が見えるのをチラッと見た周人だったが、それから2度とそこを見ることは無かった。
「最近、仲いいみたいじゃない?」
「誰と?」
「例の彼女とさ」
周人は窓の外で降りしきる雨を、圭子は教室の中を眺めているので視線は合わさらない。周人は肘をついた手にあごを乗せながらぼんやりと外の景色を見ているのだが、圭子は意識的に周人と目を合わそうとしていなかった。そこに隠された複雑な乙女心を知るはずも無い周人は軽く頭を掻くと正面を向いた。
「付き合ってるの?」
やはり教室の中を見たままそう言う圭子に対し、周人は無表情のまま付き合ってないとだけ答えた。
「そうなんだ・・・」
どこか寂しげな口調だったが周人は気づかない。
「今はまだ仲のいい友達ってところだな」
「好き・・・・なんでしょ?」
「お前には、お前だからこそ素直に言うけど、好きだ」
少し照れたような表情をしながらもしっかりそう言った周人をまっすぐに見た圭子は、自分にそう言われたかったと思いつつもごちそうさまとにこやかに返事をした。ズキンと痛む心を隠し、そういうことを言われるという周人から見た自分の立場を『男女を超えた親友』だと認識してさらに心が痛んだが微塵にも顔には出さなかった自分を誉めた。
「だったらさっさと告白しちゃいなよ」
「次のデートでする・・・かもな」
遊園地から一ヶ月経ち、2、3度デートを重ねてきた2人はお互いに好意をもっていた。周人は控えめな性格の恵里をリードし、恵里は周人に全てを任せている。仲がよくなってもお互いに相手を気遣う心を決して忘れない2人の関係はかなり良好だ。日に日にメールの回数、文章も多くなり、今では時折電話もしているほどにまでなっていた。周人の中で恵里の存在はどんどん大きくなっていき、時々誰かが先に告白をしてその男と付き合ってしまうのではないかという不安すら感じてしまうぐらいに好きだった。だが、いざとなると勇気が出ないのか、周人は前回のデートで告白しようと決めていたにも関わらず結局言い出せぬまま1日が終わってしまったのだった。そしてその日以来、次こそは絶対に告白しようと心に決めていた。モタモタしていて他の誰かに取られてしまうことなど耐えられないという思いが強い決心となっているのだった。
「とうとうあんたにも春が来るのかぁ」
「稲垣は美人だし、その気になったらすぐ彼氏ができるさ。もっとも、お前は理想が高いのがネックなんだろうけど」
「言っておきますけどね、私は理想が高いわけじゃなくって妥協したくないだけ」
「でもお前、タイプにうるさいじゃん」
「うるさいってもしれてるしぃ」
そういって膨れ面をする圭子に苦笑する周人は浅めに椅子に座るようにしてだらけた格好をしながら笑いを消すことなく圭子を見つめつづけた。
「例えば?」
そう言われた圭子は自分を見つめる周人を一瞬だけ見てから口を尖らせ、正面を向いて腰に手を当てながら偉そうな態度を取った。
「気さくで、顔はまぁ普通より上、でも一番大事なトコロはさりげない優しさを持ってる人・・・ってところね」
「ふぅ~ん」
今の言葉を疑ったようなその返事に周人を睨みつける圭子だったが、やはり気づいてはもらえないかとため息をついてその場を去っていった。まさか今の理想の男性像が自分を指しているとは思ってもいない周人は遠ざかる圭子の背中から窓の外の景色へと視線を戻すのだった。
梅雨の隙間をぬうようにして雲間から光が差し込んでいるものの、天気予報士に言わせれば曇り空だろう。だが今日のデートは室内がメインなために天気はあまり関係なかった。予定では本格的な夏を前にオープンした大型アミューズメントパークでボウリングをしたりゲームをし、カラオケに行った後で軽いウィンドウショッピングを楽しむことにしていた。夏を迎えればプールにでもと思う周人だが、心臓が弱い恵里から果たしてOKが出るかどうかは正直わからない。だが今までほとんど周人に任せっきりな恵里が反対意見を言ったことはなく、プールもOKしてくれると信じたい周人はその前にまず今日のデートで告白をしようと決めていた。今の関係は仲のよい友達、もしくはそれ以上なのだろうが恋人同士ではない。今思えばあの遊園地での出会いからもう好きになっていたのではないかと思える周人は今現在の心境として誰にも恵里を譲れないところまで気持ちが高まっていた。待ち合わせ場所である恵里の家の近くにある交差点に向かう周人はつい先日買ったばかりのバイクを走らせていた。十六歳になった際に免許を取得し、以来父親に交渉しつづけること1年、苦労の末にようやく承認を得て購入に至ったのだった。もちろん格好良さより値段を重視しために見栄えは普通だったが、メーカーやスタイルにこだわりのない周人にしてみればこれで十分であった。そして一番最初に後ろに乗せたい人はもちろん恵里に他ならない。周人はアクセルを開き、スピードを加速させながら待ち合わせの場所に向かって疾走するのだった。そして待ち合わせ場所で白とピンクのチェック柄のシャツにジーンズ姿のショートカットの少女の姿を目に留める。周人はその少女、恵里の脇にバイクを止めるとヘルメットを脱いで自慢げに笑って見せた。
「おはよう!」
「おはよう。ホントにバイク買ったんだね」
「そうさ。やっとこさだったけどね、はいヘルメット」
自分は青いフルフェイスのヘルメット、そして恵里には彼女の好きな色であるピンクのヘルメットを購入していた。周人にしてみればこのバイクは自分だけの物ではなく、恵里と一緒に走るための物である。恵里を好きになり、後ろに乗せて走りたいという願望を叶えるために父親の説得を根気よく続けたのだ。そして今、ようやくその願いが叶う。恵里は嬉しそうに手渡されたヘルメットをかぶると先に座った周人に続いてバイクの後ろにまたがった。
「恐かったら合図してね」
「うん」
ヘルメット越しのために声が大きい周人につられてか、恵里の声も大きくなる。そんな自分に笑ってしまった恵里に向かって笑顔を返す周人はヘルメットのせいでその笑顔が通じてないかとも思ったのだが、恵里にはしっかりとその表情が見えていた。
「行くぞ!」
「行こう!」
背中から手を回して周人のお腹辺りで手をギュッと組んだ恵里が体を密着させたせいで、そのふくよかな胸の感触が背中を直撃する。前を向いたまま正直にニヤける周人はアクセルを吹かせて交差点から大通りへと出て行くのだった。
出来て間もないせいもあるだろうが、その混み具合は殺人的だった。雨こそ降っていないものの天気が悪いことも重なっての混雑なのだろうが、それにしても異常なぐらいだ。どの店も遊園地以上の待ち時間を要求され、それだけでげんなりした気分になった2人はボウリングとカラオケをあきらめてゲームセンターへと向かった。地域ナンバーワンの敷地面積を持つと豪語しているだけあってかなりの広さを誇るそこは西館といわれる建屋の2階から4階までをも独占していた。1フロアがかなり広い上に全部で3階まであるこのゲームセンターは2階部分がメダルゲーム、3階がビデオゲームと体感ゲーム、そして4階がUFOキャッチャーとプリクラのフロアと分けられているのだった。まずは体感ゲームで遊ぶことにした2人はエアーホッケーで対決をした。その後はレースゲームや音楽ゲームをして楽しみ、2人は同じ時間を共有していることを心から楽しんだのだった。
「プリクラ撮る?」
「う~ん・・・どうしよっかなぁ」
大抵の提案には即座にうなずく恵里だったが、何故かプリクラにはあまり乗り気でない様子だった。そんな恵里を見た周人はさっさとプリクラを諦めるとメダルコーナーへ行こうと声をかける。
「メダルで遊ぶ?」
「メダルもいいけど、UFOキャッチャーしたいな」
またも珍しく自分から進んで意見を述べる。何度か遊びに行った中でこういうことが初めてな周人は妙な違和感を覚えつつも恵里の意見を尊重した。
「ごめんね、なんかわがままだったね」
上へあがる階段を行く周人の横でポツリとそうつぶやいた恵里は少し困ったような顔をしていた。
「いや、そんなことないよ。これからはもっとそういうことも言って欲しいぐらいだから」
「ありがとう。そう言ってもらえると楽になった。なんかさっき困った顔をしてたから」
「そう?いや、今までそんなこと言わなかったら、ちょっとビックリしただけ」
そう言って笑う周人に微笑を返す恵里を見ればやはりこの子の笑顔は最高だと確信できる。この笑顔が見たくて、頑張ってデートプランを立てている周人にしてみれば恵里の意見も聞きたかったのでそれはそれで結果オーライだ。そしてそれは恵里も同じだった。時折見せるあの微笑、本当の心からの笑みだと思えるあの淡い微笑がたまらなく好きな恵里もまた周人にはいつもニコニコしていて欲しかった。そしてその微笑を自分だけに向けて欲しいという独占欲も強くなってきており、自分でも内向的だと思える性格がこと周人に関しては積極的になりつつあった。
「プリクラ、嫌いだったんだ?」
「別に嫌いじゃないけど・・・今日は、ちょっと」
「都合いい日とかあるの?」
「そうじゃないけど・・・また今度ね」
意味ありげにそう言う恵里に首を傾げながらもこれで会話を終わらせる。曖昧な答えでも納得し、決して深くは追求してこない周人をいいと思う恵里は思わず触れ合った手にドキドキしてほんのりと頬を赤く染めた。そして周人も顔や態度に出さないものの、一瞬とはいえ触れ合ったその温もりに天にも舞い上がる気分になるのだった。
UFOキャッチャーがヘタクソな周人は散々たる結果だったが、意外と器用な恵里は目当ての物を確実に取っていった。もはや男としてのプライドがメラメラと燃え上がる周人だったが、それも空回りに終わってしまい結局何も取れず仕舞いだった。その後行ったメダルゲームのビンゴでいきなり百枚をたたきだした恵里とは違い、三十分もたずにスッカラカンになってしまった周人は恵里の好意でメダルを共有させてもらう始末。今日はいいところが無い周人はテンションが下がりまくったせいか告白しようと決めていた心すらグラグラと崩れかけている。そんな周人を慰めつつお昼ご飯を取ろうと西館最上階にあるレストラン街に向かった恵里の判断で一番早そうなファーストフードに決まり、空いた席を即座にゲットした周人は恵里の注文も含めた買出しに出かけた。情けない心で一杯の周人はこれで恵里の好感度が下がってしまったのではないかとマイナス思考まっしぐらだったが、当の恵里はそんなことなど全くなく、周人に対してより親近感を覚えていた。
「おかえり」
思ったよりも時間がかかってしまったことを気にしていた周人が食べ物を乗せたトレイを持って駆け寄ってくればにこやかにそう笑顔を振り撒いてくれる。待たせてしまったことを詫びる周人に向かって穏やかな顔をした恵里に感謝しつつ、やはりこの子とはずっと一緒にいたいと思うのだった。
「この後、どうする?」
「どこも混んでるだろうし・・・・どうしようか」
ポテトをついばみながら考え込む恵里を見ながら近くにめぼしいものが無いかを考える周人だが、このアミューズメントパーク以外に何もないことしか浮かばない。それは恵里も同じようで2人は同時にため息をつき、2人で笑いあった。
「木戸君の行きたいところならどこでもいいよ」
「オレの行きたいところかぁ・・・・そうだなぁ」
そう言って考え込む周人がプリクラと言わないかとドキドキしてしまう恵里だったが、やはり周人はそれに関して決して口にはしないでいた。
「あるにはあるけど・・・」
「何?」
「・・・電機ショップ。パソコンとか売ってるトコ」
何故か言いにくそうにしてからやや小さめの声でそう答えた。意外な場所を口にしたせいか一瞬キョトンとした表情の恵里だったが、すぐに微笑を浮かべてみせる。
「パソコン持ってるの?」
「お年玉で買ったんだよ。欲しかった最新のヤツ!」
まるで子供のように瞳を輝かせてそう言う周人に恵里もつられてにこやかになる。お互いにポテトを口に運びながらそのままパソコンの話へと移っていった。
「オレ、プログラム組んだりするの好きなんだ。だから将来的にはそういう仕事をしてみたいと思ってる。まぁどうなるかは全然わかんないけどさ」
メールや電話をやり取りするようになっている恵里だが、周人がパソコンを趣味にしているということは初耳なために同じ年齢で夢を語る周人を凄いと思える。自分はただ漠然と生きているというか、将来のことなど考えたことが無いことが恥ずかしく思えてしまった。
「だからそういうのを勉強するために専門学校に行きたいんだけど・・・親は大学に行けって言うしさ」
徐々に語尾が小さくなっていく周人に苦笑した恵里は何も言わずにただ黙って話を聞いているだけだ。別に意見を求めているわけでもない周人はそのまま続きを話し出す。
「たしかに大学も悪くないんだろうけど・・・目標もなしに行ってもなぁって。専門学校ならやりたいことを勉強するわけだし」
「自分が思うようにすればいいんじゃないかな?だって親のために学校に行くわけじゃないもの。自分のために行くわけだし、だったら自分がやりたいようにすればいいんじゃない?」
今まで黙っていた恵里がそう口を開く。その言葉は周人に衝撃を与えた。確かにそうだ、親や見栄のために進学するのではない。自分自身のために行くのだから迷うことなどないはずだ。迷っていた自分が恥ずかしいと思えるほど的確なその言葉に周人の心は決まった。恵里は自分が言ったその言葉が周人に大きな影響を与えたことなど露も知らずに飲み物が入った紙コップを持ちながらその可憐な唇にストローをくわえている。
「ありがとう。今の言葉で決心がついたよ。親にもちゃんとそう言う」
決意に満ちた目で恵里を見つめる周人の言葉に微笑みを浮かべた恵里は可愛い仕草でうなずいたのだった。
2人が向かった全国に店舗を展開している大型電機量販店は全国一の安さを掲げてCMもしているほどに品数も豊富ながら安い商品を提供していた。他社より安くしようとこの業界では値下げをもって人気を取ろうと数多くの販売メーカーが格安価格を提供しているのだが、やはり赤字には勝てずにそうそう大きくは下げることができないのが実情である。だがこの店だけは違った。安く売るかわりにお客を離さないサービスやポイント還元によるさらなる値下げも行なった結果、パソコンやデジカメ、家電以外のゲームソフトやDVDなどもよく売れているために赤字にはならなかったのだ。それに人気アニメなどのキャラクターグッズなど、電機製品に関係のない商品も三割引で販売しているため、こちらでも順調に売上を伸ばしてきていた。現に周人がパソコンを買ったのもこの店だ。2階建てながら1つのフロアが大きく通路も広いこの店は見やすいことでも有名であり、平日でもお客が切れることはなかった。周人は恵里を連れてパソコン関連の商品が並ぶ2階フロアへと向かった。様々なメーカーのパソコンが立ち並ぶ中、周人は小型のノートパソコンの売り場で足を止める。何も言わずついてきた恵里もまた周人が見ている黒い薄型のノートパソコンへと視線を走らせてみせた。
「こういうのでもよかったかなぁって、今更ながらに思えるんだよなぁ」
「買ったのって、どんなの?」
そう言われた周人は恵里を伴ってデスクトップタイプのパソコンが並ぶ通路に向かい、白い縁をした綺麗で鮮明な夕焼けを映し出しているタワータイプのパソコンを指差して見せた。
「これだよ」
「へぇ~、すごいね」
「なるべく性能のいいのを選んだんだ」
「性能って、どこを見るの?」
値段の横に書いてあるパソコンの性能を示した一覧があるのだが、パソコンに関しての素人である恵里にしてみればもはや暗号としか思えない数字やわけのわからない英語が並んでいるようにしか見えない。そんな恵里の様子を見た周人はなるべくわかりやすいようにその内容を説明し始める。
「メモリってのは記憶力でさ、この数字が多いほど記憶力がいい。で、CPUってのは頭の良さ。いろいろあるけどここに書いているのが今現在一番頭がいいものなんだ」
「へぇ~・・・このスロットとかって?」
「デジカメとかプリンターとかをくっつけることができる穴がいくつあるかってこと。これが多い方がいろんなものを一杯同時にくっつけられるんだ」
「OSは?」
「わかりやすく言えば学科かなぁ・・・理数系か文系かとか、メーカーで分類されてる。で、その中でもいろいろあるんだ。今はこいつが一番メジャーで最新バージョン」
パソコンのことなど全くわからなかった恵里だが、今の説明でそれとなしにだが理解は出来た。難しい専門用語ではなく一般的な言葉で説明してくれたことが何よりも大きい。
「木戸君、学校の先生になれそう。説明上手いよ」
「そうかな?」
「うん」
はっきり真剣にうなずく恵里に照れた顔を見せた周人はその後恵里からのいろいろな説明に答えながら全てのフロアを見て回ったのだった。
夕食はいつもごとくというべきかファミリーレストランだった。アルバイトをしていない小遣い制の高校生の台所事情ではこの辺が妥当なところだ。それでもやはり高めのステーキではなくハンバーグをオーダーする周人とビーフシチュードリアをオーダーする恵里。もちろんサラダバーやドリンクバーなど問題外だ。2人は安いわりには味の良いその夕食を楽しみながらあれこれと他愛の無い会話を弾ませる。初めて会ったあの遊園地ではそう可愛いとも思えなかった第一印象も覆り、今ではすごく可愛く見えている。たしかに恵里は可愛い部類には入るが、それでも学年で言えば平均よりやや上の方だろう。どちらかといえば圭子やミカの方が可愛く美人であり、その上には哲生が是非ともお近づきになりたい7人の美少女がいる。それらの面々に比べれば劣るだろう恵里だったが、その笑顔は彼女たちでも敵わないと思える愛らしさを持っていた。その笑顔が見たくて必死で笑わせる周人に、恵里もまた惜しみなくその魅力的な笑顔を振りまいた。やがて食事も終わり、きっちり割り勘で支払いを済ませて外へと出れば、空には何日ぶりかとなる月と星がその輝きをもって自己の存在をアピールしていた。この調子であれば明日は晴れそうだ。
「晴れたね。明日はこのまま晴れだといいね・・・」
「やっぱ雨や曇りよりも晴れが一番だよ」
「うわ!あそこ綺麗!」
そう言って指差した方向を見れば一本道の両脇に等間隔で並んだ木にクリスマスなどでよく見られる電飾が灯されていた。しかも色とりどりの光が明滅しているだけではなく、木の幹もまた発光しているのだ。どうやればこうなるのかはわからないがとりあえず近くに寄ってみるとその正体は実に簡単だった。立ち並んだ木全てが人工物であり、幹や葉自体が発光しているのだ。しかも道の縁も黄色いランプが灯されており、まるで滑走路のような状態で並木道が存在している。多くのカップルや家族連れがその光に見とれる中、そっとその木に触れて微笑む恵里に近づいた周人は嬉しそうにしているその姿にときめきを感じていた。今、ここでなら告白できそうな気がする。そう思う周人は少し恐い思いを引きずりながら恵里の横に並んで立った。
「すごいね・・・・綺麗だね」
そう言って微笑む恵里こそ綺麗だと思える周人はこの笑顔を独占したい、いつもそばで見ていたいという思いがフラれることの恐怖心を打ち負かしていくのを感じ取った。
「磯崎さん・・・」
「なに?」
木を見上げていた恵里はそのにこやかな表情のまま周人の方へと顔を向ける。思わずドキッとしてしまった周人だったが、告白の決心に加速をつけるその笑顔に微笑を返した。
「オレ・・・・オ、オレ、君が・・・・好きだ」
ドキドキが加速しすぎて何の前触れもなくそうストレートに言ってしまった周人はきょとんとした顔をする恵里を見て冷や汗をかいてしまった。喉が渇きながらもこのままではまずいと感じた周人だったが、そこから何を言っていいかわからないほど頭の中が真っ白になってしまった。
「ありがと。私も、木戸君のこと、好きだから」
「え・・・あ、そう。どうも」
別に表情を変えることも照れた感じも無くそう言う恵里の言葉にますますパニックに陥る周人は今の恵里の言葉がどういう意味かを必死で考えた。それは愛しているの好きなのか、それとも友達としての好きなのかがわからない。
「いや、だからそのぉ・・・オ、オレと付き合って欲しいんだけど」
緊張がありありの感じだが真剣な目つきで恵里を見つめる。ここでようやく笑顔を消した恵里もまた真剣な顔をしてみせる。その表情に生唾を飲み込んだ周人は飛び出そうなほど脈打つ心臓をどうすることもできずにただひたすらに返事を待った。長いようで短い沈黙の時間が過ぎ、恵里がゆっくりと口を開いていく。
「うん、いいよ。木戸君とならうまくいきそうな気がしてたし・・・私もあなたが好きだから」
はにかんだ表情をしながらもはっきりそう言った恵里はにこやかに笑っている。安堵からか、だらしがない表情をした周人だったが、徐々に嬉しさがこみ上げてきたために恵里同様にこやかに微笑んだ。
「じゃぁ付き合った記念にプリクラ撮りに行きたいな」
今日はダメだと言っていた本人である恵里の口から出たその言葉に驚く周人を見た恵里はここで初めて照れたような表情で顔を赤くした。
「でも今日は・・・」
「私、今まで撮ったことなくって・・・だから初めて撮るプリクラは彼氏とって決めてたから・・・」
その言葉、彼氏と言う言葉にニヤける周人だったが、恵里が何故プリクラを避けたかという理由がわかっただけに心のどこかにあったモヤモヤも吹き飛んで小さな微笑を浮かべるのだった。
「待たせちまったな」
「ホント、待った待った」
笑いながら言ったその『待った』という言葉の意味がプリクラを撮るまでの時間を意味するのか、はたまた周人からの告白を意味するのかわからなかったが、あえて何も言わない周人の口元に淡い微笑が浮かんだ。その微笑に笑顔を返す恵里はやはりこの微笑が一番好きだと自覚し、その微笑を浮かべさせた自分を誉めた。
「木戸君、大好きだよ!」
照れながらもはっきりそう言って微笑む恵里を無意識的にそっと抱きしめた周人はされるがままに抱きしめられつつもおずおずと背中に手を回す恵里の温もりを感じて充実感が心を埋めていくのを感じていた。
「オレも・・・ずっと一緒にいような」
抱きしめあったまま胸元でうなずく恵里を愛おしく思う周人は決してこの手を離さないと、何があろうともこの子の笑顔を守ろうと心に決めたのだった。人目もはばからず抱きしめあう2人を通り過ぎる人が見ていくのだが、そんな事など気にならない2人はお互いの温もりに満足感を得ながら決して離れまいと心に誓ったのだった。