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くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第5話
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運命の彼方へ(4)

東京湾港第3区画。そう言われれば聞こえはいいのだが、実際は埋立地がそのままの状態で放置されているいわば広大な空き地でしかない。お台場等に代表される埋立地としての観光スポットや企業の社屋を建てるべく埋め立てられながらもそれはただ単に国の土地を開発してその費用を捻出するためだけの言わばフェイクに他ならない。そのせいかここは不良たちや暴走族の溜まり場として2年ほど使用されてきたのだが、ここ1年ぐらいは何故かそれもぴたりと止んでいた。周辺住人からの苦情を受けて警察が動いただの、再開発が始まるからだのといった憶測が飛び交ったのだが、実際はここの使用を『キング』が制限したためだ。政府がこの土地を新規開発地という名のタイトルで『キング』に制限させたその真の目的はここに高層ビル街を設置し、東京の裏社会の基盤にしようと考えたからだ。かなりの規模をもつ闇のネットワークを全て把握している千江美に加え、中国やアメリカのテロ組織やマフィア、闇の武器商人との流通経路を持っている『キング』や『四天王』の力でここにその拠点を置いて裏からの富を得ようと画策した。その結果ここを根城としていたヤンキーや暴走族を追い出したのだ。今現在その構想を練っている最中の空き地は飛行場ができるほどの広さを持つ面積を持ちながら雑草の生い茂った辺境の地というべき風景を浮かび上がらせていた。高層ビルの並ぶ世界に名高き超近代都市の隅にあるその空き地に、今、続々と爆音を響かせた奇妙な形状をしたバイクにまたがったこれまた奇抜な格好をした若者たちが集結しつつある。埋立地としてそのまま放置されていたせいか、ここと陸地とを結ぶのは5車線に及ぶ広さを持った橋げたが4箇所にあるのみだ。その橋を封鎖する形で数台のバイクが埋立地側で4箇所全てを占拠しており、もはや人1人として進入できないようにしているのはどういうわけか。爆音を響かせて縦横無尽に駆け回るバイクはライトを様々な色で明滅させ、大声を張り上げながら東の端辺りで大きな円を描くようにぐるぐると同じ所を回っているといった異様な動きを見せていた。そしてそれらバイクの作り出すサークルの中心にいるのは5人の若者だ。まだ少年のようにも見えるその5人だったが、サークルを形成している50台近いバイクに驚くどころかその円を形成している以外の百台はあろう爆音を響かせているバイクに乗ったヤンキーたちを見ても平然としているとは。今日は平均気温を大きく上回る暖かい一日だったこともあって、夜の十時過ぎだというのにそう寒さは感じなかった。2月半ばというのにこの暖かさは異常だろうが、今のこの状況の方がよほど異常かもしれない。バイクの作り出すサークルに囲まれている中の1人、黒いジャンパーにジーパン姿の十牙は右手に持った阿修羅を肩でトントンとしながらも頭上に浮かぶ月を眺めていた。千里に振り回された挙句に無理矢理キスされたあの日から千里とはまともに会話をしていない。意図的にそうしたのではなくたまたまそうなったのだが、今思えば一度ゆっくりと話をしておけばよかったなと後悔しているほどだ。それは何も今から始まる最後の決戦に際して自分が負ける、殺されるかもしれないという事からではない。自分の気持ち、千里を好きかもしれないという気持ちが本物かどうかを確かめておきたかったからだ。というのも、この一週間『無我の領域』を駆使すればするほど千里の顔が頭に浮かび、それが邪魔になるどころかますます力が発揮されていたからだった。もしも知らず知らずのうちに芽生えたかもしれないこの千里を好きという気持ちがあの力を生んでいるのであればこの決戦に際してそれが限界を超えた力をくれるかもしれないと思っているだけに歯がゆい気持ちになってしまうのだ。が、その反面好きだという気持ちを否定したい自分もいる。自分を恐れずにズケズケとものを言ってくる上にとことんまで自分をおちょくり、さらには思わせぶりな言動だ。だが何故かその千里の言うとおりに動いてしまう自分にも腹が立つだけに、自分が千里を好きで付き合った先がどうなるのかが手に取るように分かる十牙は小さくため息をつくと首を横に振った。そんな十牙を横目で見やる誠はまさかこうまで大軍団に包囲される状況を想像していなかったために歯がゆんでいた。少し早めに来たはいいがこうまで周囲に何も無い状況では隠れて待っていることもできない。そう思っていた矢先、一番に近くにあった橋から大量のバイクがなだれ込み、あっという間に橋を封鎖してしまったのだ。東から西に伸びるライン、つまりは陸地と埋立地を結ぶ部分から大量のライトを明滅させながら爆音を奏でる集団が姿を現した時点でこれが巧妙に仕組まれた罠だと理解したのだった。もちろん葵がこれを知っていたとは思えず、何らかの方法で今日のことを知った自分たち5人がここへ来るだろうと見込んでのこの状態なのだろう。それは情報をくれた張本人である葵を始めとした魔女たちもこの場に居合わせていることからも明白である。ここへ来たのと同時に姿を現した魔女たちに驚きながら舌打ちした誠は圭子との約束を守れそうもないと考えながらいまだ現れない『四天王』そして『キング』を待ちつつこの200人近い集団をどうするべきか思案に暮れるのだった。その誠の横では腕組みしたまままっすぐに前だけを見つめている純の姿がある。どんなに挑発的な言葉や視線を浴びせられようとも微塵の反応も見せず、ただ黙って前を向いている純は自分でも驚くほど心が穏やかでいるのだ。必ずこの戦いに勝利してさとみの元へ帰るという決意がそうさせている今の純はまさに『無我の領域』に目覚めた状態となっているのだった。それに気付いていない本人だが、たとえ相手がどんなに強大であろうとも絶対に負けない覚悟を持っているだけに、今、この絶体絶命な状況に置かれている中にあっても全くたじろぐことも無ければ危機感すら感じることもなかった。そしてそれはまた周人も同じである。ここへ来るまではついに仇が討てるといった気持ちと『キング』に対する恐怖心が入り混じった複雑な心境でいたのだが、今はただ『キング』を倒して恵里の復讐を遂げることしか頭に無い。そんな周人は味方であるはずの集団が形成している円の内側に立ちながら戸惑った表情を浮かべている『鮮血の魔女』である綾瀬桜に言葉を投げた。


「『四天王』、それに『キング』は?」

「さぁ・・・気まぐれだから。それにまだ時間には早いわ」


桜は少々緊張した顔をしながら肩をすくめるとチラッと千江美の方へと視線を走らせる。千江美はその視線を受けて小さなため息をつくとゆっくりと首を横に振った。そもそも十時にここへ来るよう指示したのは『キング』であり、それを受けた『四天王』から桜たちに対して少し早めに行くように言われて来てみればこれである。来たタイミングは周人たちと同じだが、まさか『キング』がこれだけの大軍団を用意していたことは知らなかった魔女たち4人は動揺を悟られまいと周人たちと睨み合っていた矢先にこれだけの大軍団に膨れ上がっているのだ。


「どうやら思うつぼってわけだ・・・俺たちは」

「そうなるわね」


哲生の軽口に微笑みながらそう言った佐伯緑はもはやなるようにしかならない状況を受け入れ、『キング』たちが現れるのを待つことにしていた。


「ややこしいことになったもんだぜ」

「そうね。でもこれが『キング』の力よ。『四天王』が相手をするかどうかは知らないけど、どのみち生きては帰れない」


緑は何故か疲れたような顔を哲生に向け、それを受けた哲生は乾いた笑いでそれを誤魔化すようにして前を向いた。それは緑から視線を外すための行為ではなく、これまで感じたことの無い巨大な『負の気』を感じたからだ。そう、あの神崎と戦った時の周人かそれ以上のドス黒いオーラが徐々にだが確実に迫ってきている。頬を伝う汗を無意識的に拭った哲生は結局この決戦までの間に『無我の領域』に辿り着くことができずに今日に至っているせいか、自分が弱気な『負の気』に心を支配されそうになるのをなんとか堪えているという感じだった。そんな自分の『負の気』すらかすむ強大なその黒いオーラは陸地からではなく埋め立て地の奥、つまりは先に海しかない方向からやってきていることに眉をひそめた哲生だったが、もはやそんなことなどどうでもいいような異様な雰囲気に飲まれている自分を叱咤した。


「来たわ・・・・」


葵の言葉と同時に円を描いていたバイクがその形を崩しつつも逃げられないように壁を作る。やってきた4人の男を見据える9人の背後に壁を作る形で並んだバイクは爆音を消し、ライトの明滅を止めた上で言い知れない緊張感をかもし出し始めた。エンジンのアイドリング音以外しんと静まる空き地の向こうからやってきた4人は皆ニヤついた顔をしてまず魔女たち4人を見渡した後、周人たち5人を見やるのだった。4人が4人とも凄まじい殺気を身に纏い、あの神崎や茂樹を遥かに超えた存在感を持ってたたずんでいる。知らず知らずのうちに流れる汗を感じることもできずにいる哲生、純、誠、十牙だったが、周人だけは実に涼しい顔をして4人を睨みつけていた。


「お待ちどうさま、かな?」


そう言うのは身長180センチはゆうにあろう巨体に赤い3連ピアスの大男である。髪は短いが黒色をしており、見た限りでは図体のでかいだけの普通の男だ。だが普通と違うのは全身から漂う巨大などす黒い殺気。おそらく普段からこうなのだろうこの大男は寒くないのかタンクトップに迷彩色のズボンといった夏のスタイルをしていた。


「『キング』は?」


まっすぐに目を見たままそう言った周人の言葉に歯をむき出しにしてにんまり笑う大男だったが、表情は笑っていなかった。


「威勢がいいな、小僧・・・お前は殺すには惜しいが、死んでもらう」


周人の質問にそう答え、その背後に立つ緑を見やった大男はどうやったのか力を込めたようにも見えないのに突然体中の筋肉を盛り上げるようにしてみせた。どこにも力を込めずにそんなことが可能なのかと思うが、それに関して何も言えないほど金縛りに近い状態になっていた緑は少し震えながら大きな音をたてて唾を飲み込んだ。この大男の強さはよく知っている緑だが、かつてこれほどの緊張感を見せたことは例が無い。つまりは多少なりとも周人たちの実力を認めているという証明でもあるその迫力に魔女たちは全員が緊張感を全身で表現していた。


「本気ね、信也」


何とかそう言葉を振り絞るのが精一杯の緑だが、誰も何の反応も見せなかった。徐々に大きくなっていくその黒いオーラを感じつつ、緑のそのつぶやきからこの大男が自分の相手となる大野木信也だと知った哲生は今の自分が勝てる見込みがゼロであることに絶望しつつも気を練ることは怠っていなかった。


「おいおい、ここまで来てビビってるんじゃないだろうなぁ?」


魔女はおろか哲生や純からも見られる緊張感を察して大笑いする信也につられたわけではないのだが他の3人も大笑いを始める。


「まぁ、しゃーねぇよな。俺たちは強いんだから」


そう言ってさらに笑う信也の言葉に怒りの表情を見せながら一歩前へと進んだ周人はみなぎる殺気を怒気に、そして闘気に変え、それらを混同した鬼気へと変化させた。


「ほぉ、さすがに『魔獣』は違うな。神崎や千早が負けるわけだ」


今までで一番大きな鬼気を放つ周人のそれを合図に十牙は阿修羅を持つ手に気を込め、誠は取り出した如意棒を2メートルほどの長さに変形させ、純はいつでも踏み出せるように軸足に力を込める。だが哲生だけはどうにもまだ心の準備が不足しているようであり、全身に気を込めるがどこか揺らいでしまっていた。そんな哲生を見てニヤリと笑った大野木の脇から奇抜な格好をした男が姿を現す。右半分の髪は長く肩まであるのだが、左半分はかなり短く坊主頭に近い。そして奇妙なのはヘアースタイルだけではなくその色だ。長い右側は緑、短い左側はピンク色をしているのだ。切れ長の細い目を光らせながら紫色のダウンジャケットを着たその男の右手に持たれた夜目にも鮮やかな金色の槍もまた目を引く。西洋の騎士が持つような長い円錐を描くその底面中心部から細く伸びた柄を持つ男はゆっくりと5人を見渡した後、千江美を見つめてから醜悪な笑みを口元に浮かべる。


「まぁけど、あいつらは二流だからな」


あれほどの強さを誇った2人を二流と言うこの男、大場圭介は右手に持った金色の槍を地面に突き刺すと首を回すようにしながらも5人から視線を外さない。


「だな。けど、ま、それを倒したこいつらが強いのは認めようぜ。今だけな」


かなり低いその声の主はギラついた目を5人に向けてから桜へと視線を走らせる。見た目はかなりの美形で髪は短く茶色をしたごく普通な感じの青年だ。だがその全身から発せられている『負の気』は普通ではない大きさ、濃さをもってねとついた感じを周囲に撒き散らせている。その気の持ち主である御手洗慈円みたらいじえんを見やった十牙は元々そう大きくは無い目を細めながらやや汗ばむ右手に持たれた阿修羅をグッと握りしめた。赤い色に金色の装飾が施された豪華な鞘を手にした慈円も十牙に気付いたのかニヤリとした笑みを見せる。思わず背筋がゾクリとするその笑みにこちらも笑う十牙。果たして慈円の右手に持たれた赤い柄の中に収められている『神剣フラガラッハ』の威力がどれほどのものかと思いつつも十牙は自分の中にある戦う意思を闘気へと変換していった。


「どうでもいいけどさ、さっさと終わらせて飯にしようぜ」


大野木、大場、御手洗の後ろで気だるそうに座り込んでいた『四天王』最後の1人西原さとるはその態度同様気だるそうな声でそう言うと疲れたようなため息をついた。


「身のほど知らずは軍団に任せてさ、女連れてさっさと行こうぜ。んで飯食ってセックスだ」


さとるはそう言うと大あくびをしてみせる。そんなさとるに苦笑する大野木とは対照的に表情を曇らせた御手洗と大場は頭をぼりぼり掻いているさとるの方を向くと深々とため息をついた。


「それもいいけどさ、もうちっとやる気出せよなぁ・・・」

「え?あ~・・・そうだな」


大場にそう言われたさとるはまるで老人のようによっこらしょと言いながら立ち上がると少し長めの前髪をかきあげた。そんなさとるを一切見ることがなかった大野木が9人を見渡すようにした後、その大きな手を頭上にかかげた。それが合図だったのか、再びバイクが走行を開始し、各々手に武器が持たれる。一気に緊張感が増す周人たちを無視して『四天王』たちが自分たちの彼女に向かってこっちに来るように手で合図をした時、遠く500メートルは離れている橋げたの方で大きな声と爆音が響き渡った。それは怒声であり、歓声でもある。あまりに異様な感じを受けた全員がそちらを振り返れば砂塵を巻き上げながら無数のライトがこっちに迫ってくるではないか。『四天王』が引き連れてきた一団を蹴散らしながら1台の大きなバイクが周人の近くで動きを止める。そのバイクにまたがった人物を見た魔女たちは驚き、『四天王』たちは困惑、そして周人たちの顔に笑みが浮かんだ。


「借りを返しにきたぜぇ!木戸ぉ!」


野太い声でそう言うのは背後で乱戦を開始したミレニアムを引き連れてきた千早茂樹だった。


茂樹を守るようにしてやって来たバイクを降りたのは3人。そのうち1人は芳樹であり、向かってくる2台のバイクを持っていた金属バットでなぎ倒していく。


「お前・・・なんで」

「借りを返すって言ったろ?それにお前が勝てば俺の負けにも格好がつく。負けは納得しているし、負けてすがすがしいなんて気持ちは生まれてこのかた感じたこともなかったぜ・・・だから来た。それが理由だ、不服か?」


そういって口の端を歪める茂樹は自分を睨む大野木を見やった。


「どこにも何にも属さないんじゃなかったのか?」

「あぁ・・・けど、人として借りは返すタチなんでな」


『キング』に次いで二番目に強い男を前にしてもたじろくこともしない茂樹は襲ってくるナイフや警棒を持った男たちをあっという間に叩きのめしながら周人の方へと顔を向ける。


「横浜に行ってる連中以外かき集めてきた!ザコは引き受けたからよ、思う存分暴れろや!」


その言葉に周人たちの士気も上がる。魔女たちは緊張しながら少し離れた場所に移動し、誠と十牙は武器を手に構えを取った。


「イライラするなぁ・・・こうまでムカついたのは久々だぜ」


怒りを全身で表現しつつ一歩踏み出す大野木だったが、その一歩のみで動きが止まる。いや、よく見ればあちこちで乱戦となっていた『キング』の軍団とミレニアムの動きも止まり、徐々にだが周囲は緊張に満ちてきていた。ビリビリと感じる『負の気』、いや殺気というべきものはこの世のものとは思えないほど強大で巨大だった。圧倒的なその威圧感はまだ姿が見えていないにしても大きすぎる。茂樹や哲生たち、そして魔女や『四天王』すら緊張している中、周人はじっと『四天王』の向こうからやってくる人影を凝視していた。そしてその全身からじわじわと殺気が満ちていく。茂樹と戦う以前のそれに戻ったかのような殺気を横に感じながらもそれすら霞む悪しき『負の気』を放ちながら迫る相手に知らず知らず震えている自分が信じられない哲生は一瞬にして喉がカラカラになるのを感じていた。そしてそれは純、誠、十牙も同じであり、茂樹もまた恐怖心が心を満たしていくのを否定しつつも噴き出す汗を拭うことができない。やがてやって来たその『負の気』の塊は『四天王』の少し後方で歩みを止めると周人に目を留めて歯茎を剥き出しにした笑みを浮かべて見せた。2メートルはあろう巨体はその殺気のせいかビルのように見える。太い筋肉質な腕は丸太のようであり、真冬にあってタンクトップ姿のその大男ははちきれんばかりの筋肉で満ちた厚い胸板を露出しながら窮屈そうに腕組みをしてみせるのだった。魔女たちは全身を揺らせて震え、『四天王』すら汗を流す。そこにいた誰もが身動きが取れず表情を強張らせる中、周人の放っていた殺気が闘気になり、怒気と合わさり、やがて鬼気となってタンクトップ姿の大男である宿敵『キング』の『負の気』とぶつかりあった。この状況で鬼気を放てる周人を凄いと思いつつ哲生たちが周人の顔を見やる。そしてそこにある信じられない表情に哲生たちは戦慄し、『四天王』すら驚きを顔で表していた。周人は笑っていた。目つきは鋭いまま、口元に笑みが浮かんでいるのだ。自分が持っている逃げ出したい気持ちが間違っているのかと思えるほどのその笑みを見た哲生はもはやその気持ちを打ち消すことに専念する。そしてゆっくりとした動作で腕を下ろした『キング』に迫る周人。愛する恵里を汚し、殺した憎き仇を討つ時がきた歓喜を胸に、今、周人の復讐は最終章を迎えたのだった。


『キング』に向かって駆ける周人を合図に、まず純が疾風のごとき速さでその後に続く。気だるそうにしながらも周人の後を追おうとしたさとるの目の前に立ちはだかった純はもはや自身最強の敵を前にしても恐怖や危機感もない自分に満足していた。この戦いに勝利してさとみと付き合う、それしか頭にないのだ。以前哲生が言った言葉、『好きな人とキスをしたい、抱きたい』という純粋な想いは『正の気』だというその言葉の意味を理解した純が身に纏っている気はまぎれもなく『正の気』であり、『無我の領域』に他ならなかった。


「お前の相手は俺だよ」

「そうか。ならとっとと始めようぜ、腹も減ったしな」


明らかにやる気のなさそうな声でそう言うさとるだが、全身から放たれている殺気は神崎をはるかに凌駕している。以前の純であればこれほどの殺気を受けてたじろぐところだが、その殺気に勝るとも劣らない『無我の領域』がもたらす鬼気が恐怖心を打ち消している。


「いくぜ」


純は低い声でそう言うと踏み出す右足に力を込めるのだった。


ゆっくり自分に近づいてくる十牙を見て薄く笑う御手洗は音も無く鞘からフラガラッハを抜き放つ。十牙は右手に持った阿修羅の切っ先を右下にしてややその歩みを早めると自分と相手の間合いがギリギリで離れている位置で立ち止まった。


「お前ごときが『剣王』ってのは気にいらないと思ってたからな、ちょうどいい」


御手洗はそう言うといきなり踏み込んでくる。その剣に斬れない物などないと言われているのを知っている十牙は飛び退く形でその一撃を避けるが、次々襲ってくる見えない刃をかわすのが精一杯だった。柄と鍔しか見えないその剣のリーチは鞘の長さを計算しての目測に過ぎない。だが剣に秀でた十牙は軽快な動きでそれらを全てかわしながらもどう攻撃していいかを思案するのを忘れない。避けるばかりでは何も始まらないのだ。


「いつまで避けてる気だ?」


笑いながらそう言う御手洗の剣速が上がる。だが冷静にそれを見切った十牙が右側に大きく飛び退いた瞬間、そこにバイクが走りこんできたために大きくバランスを崩してしまった。しかし今の十牙は実に冷静であり、バイクに体が当たるがハンドル部分に手をついて逆立ちしながらさらに大きく飛び退いた。御手洗はバイクもお構いなしに剣を振り下ろすが、そこに十牙の姿は無い。十牙はフラガラッハがバイクに当たった瞬間の隙をつこうと着地と同時に阿修羅で突きを放つ態勢を取るが、結局その突きが放たれることはなかった。何故ならばフラガラッハは構造も複雑なバイクなどそこになかったのようにして地面まで振り下ろされているのだ。御手洗は突きを放たずにその剣を見ている十牙に向かってニヤリと笑うとさらに剣を横薙ぎに振るう。またもや剣はバイクをすり抜けるようにして御手洗の腕と平行になるような形でその柄が存在していた。どう見ても真横に上げられた右腕に持たれたその剣の刃を見ることが出来ない。じっと目を凝らす十牙は目の前で4つになって崩れ落ちるバイクの方へと驚きの目を向けた。その切り口はあまりに綺麗であまりに凄惨だ。いくつもの部品、主に鉄で出来ているバイクがこうも綺麗に斬られるものなのだろうか。見えない刃を十牙に向けた御手洗は薄く微笑み、十牙はそんな御手洗を見てフラガラッハの構造を推理していた。そして自信に満ちた顔をしながらビシッと御手洗を指差す。


「ビームだな?それってビームサーベルだろ?」

「はぁ?」


さすがに今の十牙の発言には御手洗も動揺してしまう。本気か冗談かを表情から判断するが、どう見ても本気にしか見えずに思わずため息をついてしまった。


「ビームサーベルってことは、そのうちエネルギー切れを起こすか?」


真剣な顔をしてそうつぶやく十牙に対し、もはや返す言葉を失った御手洗はやや気の抜けてしまった自分を奮い立たせつつも今の芸当を見ても恐怖心を持っていない十牙に少々戸惑うのだった。


自分のすぐ脇を通り過ぎた周人に舌打ちしながら地面に突き立てていた槍を引き抜いて背後から刺し貫こうとした大場だったが、結局周人は自分の間合いから遠ざかってしまった。とはいえ、そのまま槍を投擲していれば重さ1トンにもなるそのミストルテインの槍は軽々と周人の胸に大きな穴を明けたのは間違いない。では何故彼が投擲しなかったかと言えば、答えは大場の背後から首筋を駆け抜けるようにして走った銀色の棒のせいだ。周人を気にしていたために予想もしなかったその一撃に対して首をわずかに傾けてかわした大場が忌々しそうにその棒を掴みにかかれば、そうはさせじと棒は元来た場所へと戻っていった。どういったからくりで伸縮しているかはわからないが、5メートルの距離を一瞬にして伸びて縮んだその銀色の棒を構えている少年っぽさを残した顔つきの誠の口は端をかすかに上げた薄い笑みを形取っている。2メートルほどの長さとなったその如意棒をくるくるとややゆっくりめに回す誠は目の前の強敵を前にしても勝つという意識しかもっていない。確かにさっきは『キング』から発せられた人間とは思えない威圧感、殺気に圧倒されていたが、それを受けて尚周人の顔に浮かんだ笑みによって金縛りにあっていた体は元に戻っている。


「なるほど・・・『魔獣』が『キング』に、お前らが俺らにサシで勝負かよ」

「そうなるね」

「フン!おかしな棒を使うようだが・・・俺の槍に比べればおもちゃだな」


そう言うと頭上で風を唸らせるようにしてぐるぐると黄金に輝く槍を回転させる大場。金と銀の渦が巻き起こる中、取り巻きの軍団は誰一人としてそこに近づこうとはしなかった。なにより、絶対的力を持ち、その殺気、存在感も人間を超えている『四天王』を前に、五分の気迫を持っている誠に言い知れない恐怖心を抱いているのがその理由だ。そして何の合図もなく、金と銀の閃光が夜の闇を切り裂いてぶつかりあうのだった。

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