表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第5話
26/33

運命の彼方へ(2)

昇降口にある下駄箱にまだ下履きがあることから校内にいることは確認済みである。携帯電話の番号やメールアドレスも知っている間柄だったが、どうせならば直接会って話がしたいと考えて昇降口で待つこと40分あまりが経過していた。校内において不良と言われている純にとって好都合なのは友達と呼べる者など無いに等しいために、一緒に帰ろうと声をかけてくる者がいないことだろうか。そしてさらに待つこと10分、何やら楽しそうな声を響かせながらやってきた目当ての人物西原さとみは友達である中原舞子と一緒だった。思わず舌打ちをした純はさとみが1人になるのは駅かなと思案しつつも声をかけるべきかどうか迷っていた。そもそも今日の目的は次の休みにさとみをデートに誘うことなのだ。最後の決戦を前にどうしても確かめたいことがある上に、死ぬかもしれない戦いに赴く前に自分の想いを確認することもその目的となっていた。かといって告白は頭にない。もし決戦に勝つことができればそうしようとは思っているが、今はただ勇気を振り絞って全てを忘れてさとみと同じ時間を共有したいという考えしかなかった。


「じゃぁ私、塾があるから先に行くね」

「うん、頑張ってね!」


なんと都合のいいことか、そう言うと舞子は早足で昇降口を駆け出していった。さとみはまだ上履きのまま去り行く舞子の背中に小さく手を振っている。このチャンスを逃す手は無く、昇降口から校内へと続くもう1つの通路に隠れるようにしていた純はさも偶然に出会ったかのように昇降口に立つと自分に気が付いたさとみに向かって小さく手を挙げた。


「あら、遅いんだね。今帰りなんて」

「あぁ、ちょっとヤボ用で」


本当はずっとさとみを待っていた純は実に素っ気なくそう言うとさっさと靴に履き替えた。それを見たさとみは小さくクスっと可愛らしい声を上げて微笑むと自分も靴を履き替えた。


「一緒に帰ろうぜ」

「うん」


断られたらどうしようかと思いながらも予定通りそう聞いた純はシミュレーション通りの返事にほっとしながらも緊張しないように気を付けながら校門を出る。午後5時を回っているせいか冬の日の入りは早く、もうかなり暗くなっていた。冷たい風が身にしみるが、そんなことを気にしていられない純はさっそくだが本題に入ろうとチラッと横目でさとみを見れば何故か偶然にも目が合ってしまった。


「最近調子はどう?」

「ちょ、調子って?」


目が合ったせいでしどろもどろになってしまった純は痛いくらいに高鳴る心臓のせいで固い決意も揺らぎそうになっていた。


「ここ半年ほど何かと忙しいってこないだ遊びに行った時に言ってたから」

「あ、あぁ、アレね・・・もうすぐ忙しくなくなる。っていうかさ、もうすぐ終わるから」

「そうなんだ」

「あ、うん・・・そう」


何を言ってるんだ俺はと自分を叱咤しながらも都合よく前回のデートの話題が出たためにこの流れを崩さないよう週末にどこかに出かけようと誘う決意を新たにした。


「ところでさ、今週末、暇?」

「うん、基本的に出かけないから」


そう答えるさとみの胸が一瞬高鳴ったが、もちろんそれが純の耳に聞こえるわけもなく、気付くことは無い。互いに好意を寄せながらも一方通行な想いを胸にしているせいかそのまましばらく沈黙が流れる。


「どっか行く?」

「そうね、いいわよ」


思惑通りOKを得た純は飛び上がりそうになる自分をクールに保つことに必死になり、方やさとみも嬉しさ溢れる想いをグッと堪えるようにしてみせる。校内でも優等生で美人のさとみが不良と呼ばれる一匹狼の純を好いていることなど誰も知らない。親友はおろか家族すらも知らない想いに胸を高鳴らせた清楚な美少女を横に、純はそのまま自然な流れで遊園地に行くことに了承をもらい舞い上がるのだった。


沈んだ心を癒してくれる存在はこの子ではないことはわかっていた。あれほどまでに情熱的にアプローチをかけ、付き合うことになった今でもその気持ちは変わらない。初めてのキス、そしてセックスを得て自然とこうなったわけだが、哲生の心にかかった雲が晴れることはなかった。恋焦がれていた存在をモノにしたから冷めてしまったということでもなく、一緒にいる充実感もそれなりに感じている。今や校内一の美少女と言われる美咲を彼女としたならば自分が目指す『無我の領域』に達するのではないかと思っていた。だが実際は辿り着くどころかどんどん離れていくような気がしてならないのだ。決戦まで後十日あまりとなり、自分の中にある恐怖心は日に日に大きくなっていく上に死への恐怖が常に付きまとっている。どんなに体を重ねようが愛の言葉を口にしようがそれが無くなることがないのだ。あれほど自信に満ちていた心が嘘のように弱気になったのは周人が原因だとわかっている。自分のプライドを粉々に打ち砕いた神崎によって圧倒的強さを体に叩き込まれた挙句、それを『負の気』のみで倒した周人。さらには先日の千早茂樹との死闘で目覚めた『無我の領域』による底知れぬ強さ、それが哲生を弱気にしてしまっていた。自分よりはるかに上に行った周人ですら『キング』には及ばないのは誰もが知る事実だ。ならばその周人ですら五分だと思える『四天王』最強の男に勝てるわけもないからだ。負ければ死ぬしかない状況、5人の仲間が各々1人で戦う状況になれば誰かに助けを乞うことも援護も期待できない。へたをすれば一撃で殺される危険性も含んでいるのだ。それでも勝てると信じてこの半年間戦い続けてきたわけだが、この土壇場になってこうまで弱気になるのは計算外でしかない。恐怖が恐怖を増大させ、悪循環となっているのはわかっている。だが、どうやってもその恐怖心を取り除けない哲生はその苛立ちを美咲にぶつけた結果あっけないほどに破局してしまったのだった。元々美形だが性格の軽い哲生とはつりあわないと言われていた美咲は素っ気ない哲生を見ても何も感じないどころか元々愛情などなく、ただ自分のプライドのために付き合ってきたようなもののために、とりあえずものに出来た哲生に対しての自身のプライドは守られた形となっていた。哲生は冷たい風に身を裂かれながらも自宅から少し離れた公園内にある小さな噴水から飛び出す水を生気のない目でぼうっと見つめている状態にあった。木のベンチに腰掛けてやや前かがみになりつつ冬の弱々しい日差しながらもその光をキラキラと反射させていた噴水から水が止まる。どんよりとした雲は哲生の心にかかった雲よりかは幾分明るいような気がするが、寒い空気は同じような感じだと自嘲気味に笑った。


「風邪引いちゃうよぉ?」


不意に背後からそう声をかけられた哲生は思いっきり体をビクつかせながらも凄まじい勢いで振り返る。その哲生の動きにビックリした顔をしているのはミカだった。白いセーターの上からピンクのコートを着こんだミカはホッとした表情を見せた哲生の顔色をうかがうようにしながらベンチの横へと回り込んだが、隣に座ろうとはしなかった。


「ビックリさせやがって・・・何か用か?」

「散歩してたら見かけただけだよ」

「このクソ寒い中に散歩って・・・相変わらず不思議少女だな」


苦笑しながらも横に座るように勧めた哲生に戸惑いつつもそっと端っこの方に腰掛けたミカは再び勢いよく水を舞い上がらせる噴水の方へと視線を向けた。


「十日後で全部終わる。十日後の夜、決戦だ」


哲生は眉間にシワを寄せた険しい表情のままでそう言うと小さなため息をついた。ミカは哲生の横顔をじっと見つめていたが、すぐに顔を伏せるようにして太ももの上で組み合わせた指をせわしなく動かすようにしてみせた。


「そっかぁ・・・恵里ちゃんの仇は討てそう?」


そっと探るような口調でそう言うミカの言葉に顔を上げた哲生は噴水を見てはしゃぐ小さな子供を見やりながらも険しい表情を変えなかった。


「無理だろうな・・・確かにシューは強くなった。俺なんかよりも遥か上の領域にな・・・それでも勝てないと思う」

「・・・そう」

「正直、俺も殺されるだろうと思うしな」


今までその胸に秘めながら仲間にすら口にしなかった本音を吐いた哲生は何故ミカにそれを告げたかを疑問に思いつつも深く考えずに暗い表情をしてみせた。恐怖心による『負の気』はその力を増大させることはなく、元からあった闘志すら吸い取ってしまっている。


「死なないって言ったのに・・・」

「撤回するよ」


泣きそうな声でそう言うミカに厳しい口調でそう告げた哲生はおもむろに立ち上がると苛立ちを表現したかのようにクソッと吐き捨てると足下にあった石を蹴り上げた。その哲生の行動に体を硬直させたミカは大きな胸の前でぎゅっと両手を合わせるようにしながら怯えた目を哲生に向けた。


「お願いだから死ぬなんて言わないで・・・」

「しゃーねぇだろ、事実なんだから」

「どうして?てっちゃんらしくないよぉ」

「ハッ!知るかよ」


もはや『負の気』が心を覆い、哲生から哲生らしさを完全に奪い去っている。勝てないという事実、死ぬという恐怖、周人に対する劣等感による負の連鎖が哲生から自信と冷静さを完全に消失させ、もはや自暴自棄にさせているのだ。どんな時でも自信たっぷりだった、余裕に満ちて冷静だった哲生を知っているだけに、ミカはこみ上げてくる涙をグッと堪えるように下唇を色が変わるほどに噛み締めた。


「どうしたらいいの?私にできることがあれば言って」


震える声でそう言いながら涙で一杯の瞳を哲生に向ける。その純粋な目を見て余計に苛立った哲生は心が痛むのを自覚しながらも睨みつけるようにしてミカの顔に自分の顔を近づけた。


「エッチさせろよ・・・そしたら死なないかもな」


ニヤリと笑う哲生からはいつもの軽い雰囲気は無い。その邪悪に満ちた表情からして本心なのかどうかもわからない言葉に激しく傷つき、胸が痛みながらも顔を伏せようとはしないミカはじっと哲生から目を逸らさなかった。


「いいよ。それで満足できるなら、死なないなら、私はいいよ」


小さく、儚く微笑むその笑顔はどこか悲しく見えた。その表情と言葉が哲生の中にあった苛立ちを急速に失わせ、冷静さを呼び戻していく。とんでもないことを言った自分に歯がゆさを覚えつつゆっくりとうなだれるようにベンチに腰を下ろした哲生はガックリと首を落としながら口の中いっぱいに広がる苦々しい味と胸の締め付けに苦しみながらそれを罰だと受け止めた。


「すまん・・・苛立ってたとはいっても言うべき言葉じゃなかった。ゴメンな」

「ううん、いいよ。今のてっちゃんって恵里ちゃんを亡くした直後のしゅうちゃんみたいだから、だからね・・・本心じゃないってわかってる」


そう言って微笑むミカはゆっくりと哲生の方に向き直るとうなだれている哲生をそっと抱き寄せた。突然の行動に戸惑いながらも優しさ溢れるその手つきと表情にされるがままの哲生はコートの上からでもわかるその豊かな胸の感触を顔に受けつつも、不思議なほどいやらしい気持ちや恥ずかしさを感じない自分を自覚した。聖母のごとき抱擁を受けながらしばらくそのまま動かない幼なじみに秘めた愛情の全てを注ぐミカはさらにその手に力を込めた。


「誰も死なないよ・・・だって、てっちゃんとしゅうちゃんだよ?凄く強いの知ってるもん。どんな時でも、今日まで死ななかったもん。だから大丈夫だよ」


優しいその言葉に涙がこぼれる。男が泣くのはみっともないというポリシーをもって今日まで生きてきた哲生は自然と流れる涙をそのままに自分の中の弱さも一緒に洗い流されていくのを感じるのだった。やがてミカが哲生を解放し、ゆっくりと立ち上がる。哲生の涙で濡れてしまったコートを気にすることなく自分を涙目で見上げている哲生に変わらぬ優しい微笑を見せたミカは少し明るくなってきた空を見上げるようにしてみせた。


「無事に全部終わったら、その時はエッチしようねぇ」


さっきまでの口調とは正反対の子供っぽい言い方でそう言うと、ミカは小さく手を振って噴水の方へと向かい、そのまま公園を出て行った。


「ありがとうな、ミカ。でも、お前を抱くには俺はちょっと汚れすぎてるよ」


見えなくなった背中にポツリとそうつぶやく哲生は日が差してきた空へと顔を向ける。不安は相変わらずだが恐怖心は幾分ましになっている。今見ている空同様、心にかかった雲にも少しながら日が差してきたような気がしてきた哲生は悩むのはやめて今は高みを目指して努力するしかないと自分に言い聞かせ、近くにいる親子連れが不審な顔をするのもお構いなしに気合を込めた雄たけびを上げながら公園を後にするのだった。


快晴のせいか気温も高くなった日曜日は絶好の行楽日和となっているにもかかわらず、部屋の机の上に置かれた携帯電話をじっと見つめている誠は今日何度目かもわからないため息を深々とついた。もうかれこれ1時間はこうしているだろうか。腕組みして携帯を睨みつけながら悩みに暮れている表情をさらに険しくしながら携帯を手に取り、『稲垣さん』と表示されたメモリーを出しては消してしまう動作をもう数えようがないほどに繰り返している始末だ。メールの経験はあっても電話をしたことがなく、メールといっても簡単なやりとりのみで終わっている。最終決戦を前に圭子に対して何らかの連絡を取りたいと思う誠だったが、気になる女性に対してこうまで消極的な自分に腹が立ちながらも先へと進めない自分が情けなくもある。だが常にちらつく死の影が誠に勇気を与えていた。周人が葵から得たメモを見て以来、夢にうなされるほど心が恐怖に支配されてしまっている。わけのわからない能力者に加えてその武器も気になるのがその全てだ。今まで戦った敵は皆普通の人間であり、一週間後に戦う相手は超能力を持ったいわば非人間というべき存在なのだ。本人も気付かぬうちにかけられた懸賞金も徐々に跳ね上がって今や3億円にもなる殺しのエキスパート、恐怖心を抱くなという方が無理というものだろう。だからこそ絶対に勝つという気持ちが欲しくて気になる存在、好きになっているかもしれない圭子とコンタクトを取りたいと思ったのだが、自分がここまでヘタレだとは思わなかっただけに苛立ちも募ってきていた。


「ええい、クソ!」


自分を奮い立たせるようにそう言うとメモリーを表示させ、そのままの勢いで通話ボタンを押した。プップップという独特の電子音の後、おなじみのコール音が左の耳にこだましていく。コール音の回数が増えるに比例して胸の鼓動もだんだん高鳴っていく。話すべき事も決めていたはずなのにすでに頭に無く、誠は汗ばむ手を気にしながらじっとその時を待った。


『はい』


澄んだ声は間違いなく圭子のものだ。誠は一気に高鳴る鼓動を押さえ込むようにしながらひとつ大きく息を吸い込んでから声を発した。


「あ、水原です・・・こんちわ。今いいですか?」

『こんにちは。別にいいけど、どうしたの?』


その言葉にホッとした誠は話す内容が頭から消えているために困惑したが、このまま流れに任せて会話をすることに決めた。


「その、別に用ってわけじゃないんだけど・・・何してるかなぁって思って」

『テレビ見ながらゴロゴロ・・・そういえば今日は週末なのに東京じゃないの?』


その言葉に来週決戦だと言うべきかどうか迷ったが、全てを知っている圭子に隠すこともないと判断した誠はそのことを包み隠さず告げたのだった。周人と哲生の同級生だからもしかしたら既に知っているかなと思っていただけに、あからさまに驚く圭子に困ってしまった誠だったがここで動揺すれば余計に心配させてしまうと考えて冷静さを装った。


「心配ないよ。みんなレベルアップしてるからね。相手の情報もバッチリだしさ」

『でも・・・』

「怪我はするけど死にはしないって」


そんな保証などないのに、むしろ死ぬ確率の方が高いのによくこうまで嘘がつけるなと自分で自分を責める。だが、逆に今の言葉を真実としなければならないという思いが胸に宿る。それは他のメンバーもそうだろう。ただ1人、周人を除いて。命を捨ててでも復讐を果たすと言っていただけに、いくら『無我の領域』に達したからといってその信念に微塵の揺らぎもないだろう。


『そうだね』


それを知っているだけに、圭子はそう言うだけで他には何も返さなかった。


「あつかましいかもしれないけど、全部終わったら、勝ったらさ、ご褒美にデートでもしてくれるかな?」


これは当初から言おうと思っていた台詞の中で一番言いにくい言葉のはずだったのにこうまでサラリと言えた自分が不思議でならない。他の言葉が全く言えていないのにと苦笑する誠は電話の向こうの圭子にそれが伝わらないように気をつけたが、少しドキドキしながら返事を待った。


『いいわよ。じゃぁ、無傷だったらそれに加えて高級料理をごちそうするわ』


くすっと笑った後でそう言う圭子の言葉に満面の笑みになる誠。もはや気になるではなく完全に好きになっているとは気付いていないせいか、有頂天になりながら無傷で勝つことを強く自分に誓った。


「じゃぁ楽しみにしておくからね」

『うん。ところでさ、水原君ってパソコンわかる?』

「え?まぁ基本的なことだけなら」

『よかったぁ・・・ちょっと困ってて、聞いてもいいかな?』


用件だけを伝えた誠はこれ以上は迷惑だろうと電話を切ろうとしていたのだが、思いも寄らぬ圭子からの質問に嬉しさを隠せなかった。面識も少ない自分にこうまで親しくしてくれることがたまらなく嬉しい誠は絶対に生きて帰ってくるという心を胸に電話ながら楽しい時間を共有したのだった。


一週間後に自分が戦うおそらく今までで最強の敵のことが書かれたメモを眺めていたせいか、どこか気分が優れない。『この世に斬れぬ物などない』とされる地上最強の剣『神剣フラガラッハ』は鉄やコンクリートさえたやすく斬り裂くことができるという内容に対抗策を見出せないまま、十牙は気分転換にと繁華街に繰り出していた。同じ剣士として剣を交えればその力量や強さも測れるものだが、鉄の木という特殊な木材で作られた阿修羅がいかに鉄に近い硬度を持とうとも触れれば斬られてしまうのではそれもできない。かといって攻撃をかわして反撃しようにも相手の持つ特殊能力は空間を1ミリ単位で認識できるとなれば十牙の剣すら刃が触れる1ミリの間合いを見切って攻撃されては手の出しようが無い。昨日は元服の際に授与された代々生まれた際に作られた真剣であり、『鬼神おにがみ』と名づけられた自分の分身を使うことも考えたが使い慣れた阿修羅をもって戦う決意を固めていた。しかし、もはやどうやって戦っていいかもわからずに途方に暮れる十牙はショッピングモールの中にあるフードコーナーのベンチに腰掛け、買ったばかりのコーラを片手に目の前にあるゲームコーナーをぼんやりと眺めていた。相手の剣が当たれば即座に致命傷になるのでは逃げるしかないという答えしか出ない自分が歯がゆい。舌打ちしながらまるで睨むような視線をレースゲーム機に映し出されているF1マシンに向けていた十牙は不意に横から差し出された掌に気付くまで少々時間を費やしてしまった。女性のものらしい柔らかそうなその掌から徐々に上へと視線を向けていく。ジーパンに白いコート、赤いセーター、そしてか細い首筋から顔を見た十牙は一瞬引きつった表情を見せた後、苦々しいものへと変貌させた。茶色い髪は胸元まであり、パーマによって内側にくるっと巻かれていた。流れるような前髪に薄いピンクのリップ、豪快に上げられたまつげ、なによりその大きめの目を特徴とした顔は十牙のよく知る美少女のものだ。物をねだるように手を差し出したままのその美少女はボケッとしたままの十牙に向かってにこやかに微笑みながら再度右手を突き出した。


「百円ちょうだい!」

「なんでオメーにやらなきゃなんねぇの?」

「もう!好きな子には優しくしないと嫌われちゃうぞ!」

「誰が誰を好きだって?」

「あんたが、私を」


にんまり笑うその美少女、千里の言葉にさすがの十牙も絶句した。細く鋭い目つきに細い眉毛の容姿、そのしゃべり方から学校内でも不良として恐れられている上に教師ですら怯える十牙を前にこういう会話ができる女子はこの千里しかいない。それにすぐキレる十牙がこうまで脱力し、絶句させられる相手もまた千里だけだ。


「お前に投資して何か特典が付くのかよ」


横目で睨みながらコーラを口に含む十牙はどうも調子が狂う千里を苦手としながらも何故か高鳴る胸の鼓動に違和感を持っていた。


「百円くれるごとにチューしてあげるよ」


その言葉に勢いよくコーラを噴き出す十牙は通りすがりの人たちや周囲にいる人たちからの冷ややかな視線と冷笑を浴びながらもゲホゲホとむせかえることしかできなかった。


「ったくあんたは・・・これで2度目だよ?」


そうあきれた口調で言いながらも赤いポーチからハンカチを取り出すと口元から服までを丁寧に拭いてあげる。むせて苦しい十牙は恥ずかしいと思いながらもされるがままの状態であり、それを悪くないと思う自分に戸惑っているせいもあって中々元に戻らない呼吸に苛立ちはじめていた。全てを拭き終えた千里が汚れたハンカチもお構いなくポーチにしまうのを見た十牙は少し複雑な気持ちながらも嬉しい気分になっていく。


「落ち着いたら百円ちょうだいね?」

「しゃーねぇな・・・それで今のはチャラにしろよ?」

「いいけど、いいの?」

「なにが?」


むせたせいでガラガラ声の十牙の質問を受けた千里は普通ににんまり微笑む。何故かその笑顔が不気味に感じられた十牙は次に口から出る言葉に身構えるようにしてそれを待った。


「チュー、一回減るけど」

「いらねぇし、百円しかやらねぇ!」

「・・・照れ屋さん!」


もはやガックリするしかない十牙は疲れた顔をしながら息を整えることに専念した。御手洗慈円みたらいじえんのことすら頭から消えてしまった今、もはや完全に千里のペースに引き込まれていることにも気付いていない十牙は残ったコーラを全て飲むと近くにあるゴミ箱へ向かって歩き出す。何も考えずについてくる千里を振り返ることなくカップを捨てた十牙が千里を無視してその場を立ち去ろうとした矢先、右腕を掴まれた挙句に無理矢理引っ張られてしまった。後ろにこけそうになりながら千里に引っ張って行かれる十牙はUFOキャッチャーの前まで連れてこられると再度手を差し出す千里を睨みつけたが、千里は実に涼しい顔だ。仕方なくむせかえって汚れた服を拭いてくれた分はお返ししておこうと財布から百円を取り出した十牙は差し出されたままの手にそれを置いた。千里は礼もそこそこにその百円を投入するとブタのぬいぐるみ目掛けてクレーンを動かしだす。腕組みしてそれを見ていた十牙がこれは取れそうにないなと思った矢先、予想通りブタは微動だにせず、何もゲット出来ずにクレーンは一人で戻ってきた。もはや怒りに満ちた目をブタに向けた千里はやれやれとため息をついた十牙の腕をまたも強引に掴むと奥に位置しているメダルゲームコーナーへとやってきた。何故か文句を言わずにされるがまま連れてこられた十牙に向かってにこやかに微笑むとアゴでメダル交換機を指し示し、お金を投入しろと目で訴える。さすがにバカらしくなってきた十牙が無視をすると今度は殺気に満ちた鋭い目を向けながら手を差し出した。


「誰がお前に付き合うって言ったよ」

「いいじゃん、可愛い私が喜ぶんだからさ」

「わけわかんねぇよ」

「テンが好きなの・・・だからお願い、今日だけは彼女だと思って、ね?」


上目遣いながら目をうるうるさせ、可愛らしい照れた仕草が十牙の心を打ち抜いた。大きく高鳴る鼓動、熱くなる顔、何より少し気になる存在になっていた千里のその言葉は十牙の中にあった何かを見事に貫き、大きくしてしまった。少し渋い顔をしながらも財布から三千円を取り出し、メダルに交換する。千里はそっと十牙の腕に自分の体を寄せながらセーターの上からでもわかる膨らみをそこに押し付ける格好を取った。紅潮した顔を千里に向ければどこかはにかんだ顔をしているではないか。ますます高鳴る鼓動に戸惑う十牙だったが、次の瞬間我に返ることとなる。


「さっ!とっとと行くわよ!メダルを倍にしに!」


メダルが出た直後、即座に気合十分な顔に変化させると、今十牙が交換したメダルの入った入れ物を手にさっさと奥にある競馬のゲームへと向かっていった。まんまとしてやられてしまった十牙はその場でわなわなと震えつつ怒りに満ちた目をしながら大股でズカズカと千里に迫る。


「テメェ!」

「さっさと座る!んでこれ入れる!で、選ぶ!急げ!」


血走った目でそう言う千里からメダルを5枚渡されて2人掛けの椅子の隣に座るよううながされた十牙は怒りもどこへやら言われるまま素直にメダルを投入する。何故こうまで千里にいいように仕切られるのかはわからない十牙だったが、その後さらに二千円を費やして2時間以上もメダルゲームをするハメになるのだった。


遊園地は快晴のせいでいつもより暖かいせいか多くの親子連れやカップル、若者たちでごったがえしていた。冬の遊園地ならば少しは空いているだろうとのもくろみも崩れた純とさとみの2人だったが、お互い普段には見えていない部分が分かったりして並んでいる待ち時間すらも気にならない状態となっていた。普段は大人しく清楚なさとみは意外に絶叫系に強く純を驚かせた。そんなさとみは普段は寡黙でクールな面を見せている純が意外によくしゃべり、雑学に長けていることに驚きながらもそれを知ったことが嬉しかった。お互いに好意を抱きながらも片思いとなっている2人は様々な乗り物を通じてその心の距離を随分と縮めているのだった。お昼はさとみが作ってきたお弁当があるために適当な場所を探した2人はレールの上を走る自転車の乗り物を上に見ながら芝生の上にシートを敷いて腰を下ろし、すぐ目の前にある大きな池のど真ん中に設置されている噴水を見ながら弁当を広げていく。風もそうないために過ごしやすいと感じる純は広げられたお弁当に目を見張った。バリエーションも豊富な上にかなりのボリュームがあって美味しそうだ。何より見た目も豪華で食欲をそそられる。


「凄いね・・・これ全部1人で?」

「うん。お料理好きだから」


にこやかにそう微笑むと買っておいたペットボトルのお茶を差し出す。感心したように弁当を見渡しながらもお茶を受け取った2人の雰囲気は初々しいカップルのそれと同じ状態だ。純はさとみに勧められてその種類も豊富な弁当に箸を入れた。見栄え同様味も抜群であり、こんな手料理を毎日食べられたらどんなに幸せだろうかと考えを巡らせたところで来週に迫った決戦のことを思い出してやや表情を硬くした。そんな純の様子を見ていたさとみは料理の味が口に合わなかったのかなと心配になりつつその疑問を口にした。


「どうしたの?味が合わないかな?」

「あ、いや・・・凄く美味しいよ、ホント!」

「そう?ならいいんだけど。なんか様子が変わったから・・・」


そう言われた純は少々バツが悪そうな顔をしながらも焼き加減も抜群な卵焼きを頬張った。甘い味を噛み締めながら、もしかしたらこれが最後のデートになるかもしれないという思いが頭をよぎる。けれど今はそれを忘れよう、今日だけは全てを忘れて楽しもうと決めた純は昼からどれに乗るかを相談しつつ美味いを連発してさとみの表情を緩めさせるのだった。美味しい料理は楽しい会話を弾ませていったが、そこで肝心なことを聞き忘れていることに気付いた純はとりあえずさりげない風を装いながらその話題を口にした。


「西原ってさ、一人っ子だよな?」

「うん。お母さん、私を生んだときに子供が産めなくなっちゃったから・・・」

「悪いこと聞いちまったな・・・ゴメンな?」

「ううん、いいよ」


にこやかに微笑みながらそう言うさとみの言葉を聞きながらやはり来週戦う相手である西原さとるはよく似た名前ながら赤の他人であることにほっと胸を撫で下ろした。


「どうしてそんなこと聞くの?」


お茶を一口飲んでからそう聞いてくるさとみに一瞬どう切り替えそうか悩んだが、ここは再確認も兼ねてはっきり答えることにした純はエビフライをつまみにかかった。


「知り合いに西原さとるってのがいるからさ、もしかしてって思っただけだよ」

「へぇ、なんかお兄さんか弟みたいだね」


可愛らしい声でくすくす笑いながらそう言うさとみにそうだなと答えた純はやはりさとみとは無関係だとわかってほっとした。それ以降はそのことを忘れて会話を楽しんだ純とさとみは弁当を食べ終えるとゴミを捨ててから近くにあるミラーハウスへと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ