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くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第4話
23/33

再生する魂(5)

地元では有名な大きな病院の廊下にいる人間が皆黙り込んで道をあけるように白い壁際に寄っていく光景はどこか異様だった。全員が全員驚くような困惑したような顔をしている上に、泣きそうな顔をしている子供を親が抱き上げて逃げるように去っていくのは何故か。その理由は実に簡単である。ここ病院には全く似つかわしくない風貌の大男が肩で風を切るようにして廊下を闊歩しているからだ。短い髪を金色に染め、左耳には三連のピアスが赤、紫、クリスタルの順に輝きを見せている。眉毛も薄く、そして細いせいか普段から鋭い目がより威圧感をかもしだしているために常に怒っているように見えてしまう。光沢をもった紫色のハイネックにラメの入った紺色のジャケットを着ている上半身は筋肉の盛り上がりがわかるほどに窮屈そうな着こなしとなっているのだが、対照的に下半身はダブダブの黒いズボンに白い革の靴を履いていた。見るからにヤクザとしか思えない大男がとある病室の前で立ち止まり、そこに書かれている名前を確認してからノックもなければ挨拶もなしに勢いよく横開きのドアを開け放った。幸いと言うべきか4人部屋のそこには赤い髪の少年しかおらず、あとの3つのベッドには誰もいない無人となっているのだが入院患者はいるようで荷物やら薬などが確認できた。金髪の大男は大股でズカズカと赤い髪の少年、千早芳樹の前に立つとため息をつきながらズボンのポケットに両手を突っ込んで普段から鋭い目つきでジロリと見下ろした。芳樹は予期せぬ訪問者のその威圧的な目を受けて明らかに動揺し、また恐怖からか喉がからからになっていくのを感じるのだった。


「随分と派手にやられたもんだなぁ・・・芳樹よぉ」


体に似合った野太い声はイメージ通りかもしれない。何気ないその言葉に大きく唾を飲み込んだ芳樹の胸倉を掴み上げた男はそのままベッドから引きずり出すようにして右腕一本で芳樹の身体を宙に浮かせた。痛む体もなんのその、足をじたばたさせた芳樹は周人に折られた右腕を吊っている布すら取れるほどの勢いで胸倉を掴まれて息がまともにできない苦しさから逃れようと必死で暴れるのだった。男はそんな芳樹を見てフンと鼻で笑うと力任せに怪我を負っている芳樹の体をベッドに叩きつけた。折れた肋骨と右腕の痛みが全身を駆け抜ける。内臓にもダメージを受けている芳樹はあまりの痛みから吐き気を催しつつも恐怖に満ちた目を男に向けるのが精一杯だった。


「お前が手も足も出なかったという噂の『ヤンキー狩り』・・・こうまでお前にダメージを与えたそいつを見てみてぇな」

「な、なにも兄貴が動かなくても・・・」

「左手も使えなくしてやろうか?あぁ?」


唾がかかりそうになるほど顔を近づけてそう怒鳴った男は怒りに満ちた目を芳樹へと向けていた。それは弟をやられた兄の怒りではなく、芳樹自身に向けられた怒りである。


「オメェの汚点はチームの、ミレニアムの汚点だ。ナンバー2のテメェが負けたとあっちゃ、それはチームの敗北を意味しちまうんだよぉ!」


静かな病院に響き渡る怒声に何事かと看護婦がやってくるが男は無視したまま芳樹を憤怒の形相で睨んでいる。もはや言葉も発せずに怯えた芳樹は荒々しく息をするのが精一杯だった。


「『ヤンキー狩り』が狙ってたのは『キング』関係だけだと思ってたんだが、まぁ、こうなっちゃ仕方がねぇ・・・この俺がぶちのめしてやるぜ」


そう言うと男は芳樹に背を向けると怯える看護婦を突き飛ばして病室を後にした。尻餅をついた看護婦が泣きそうになるのを見つつも何も言えない芳樹はしばらくの間放心状態でいたのだが、痛む身体を癒すように深くベッドに沈みこませるのだった。


年が明け、新たな1年が始まるというのに新鮮な気持ちになれない周人は自室にいるのも落ち着かずにフラフラと町へ繰り出した。神崎、里中といった『七武装』との戦いによる傷やダメージもようやく癒えたとはいえ、体のキレはいまだに戻っていない。蹴りにしてもパンチにしてもバランスがよくないのはまだそのダメージが完全に抜けていないせいだと思っているが実際は違うのだ。神埼戦で見せた『負の気』による爆発的な意思の力で無理矢理引っ張り出した力を意識するあまり精神と肉体との連携が上手く取れていないのがその原因だった。だがそれに対する自意識がないためにすぐにまたキレが戻るだろうという楽観的な考えをもってしまっていた。仲間たちとの初詣の申し出を断り、一人自宅近くを流れる川面を眺める周人は恵里のことを思い出しながら雲が多いせいで弱々しい冬の太陽の光を受けてキラキラ輝く水面にあの愛らしい笑顔を重ねて見せた。色あせることのない思い出の中の笑顔だが、できることなら新しい笑顔が欲しい。新しい会話をしたい、新しい思い出を作りたい、ずっと一緒にいたいと願うそれはもう絶対に叶うことのない夢でしかない。あの時約束を守っていれば、いや、そもそもあの学校行事に参加していなければこんなことにならかったという自責の念が周人の心を縛り付けている。守ると約束したにもかかわらずあの場で『キング』に恐怖し、逃げられてしまったという事実もまたそれに追い討ちをかけているのだ。だからこそ、『キング』を殺してその罪を償わせるという想いが強くなって心の闇を大きくしてしまっていた。


「この命を捨ててでも・・・オレは絶対に『キング』を殺してやる」


憎しみのこもった声でそうつぶやく周人の表情は悪鬼か獣か、怒りに満ちて水面を睨みつけるのだった。


その日は成人の日であり、おおよそその髪型に似つかわしくない羽織り袴やスーツ姿の青年たちや茶色い髪を巻き上げたようないかにも振袖には似合わない格好をした艶やかな女性たちが街を闊歩している。プリクラには長蛇の列が出来、通りのど真ん中にもかかわらず平気な顔をしてスマホで自分自身を撮りまくる姿は日本の将来をになう若者とは思えぬ乱交ぶりとなっていた。おそらく今年も各地で羽目を外したバカな若者たちが何かしらの事件を巻き起こすだろう成人式にはまだ早い5人の少年たちが歩いているのはそんな街の喧騒から離れた東京湾に沿った形で設置されている大きな木材置き場だった。ただ木材置き場といっても海に浮かぶ丸太がズラッと並んでいる程度で陸のコンクリート上には赤い大きなクレーンと倉庫、そしてコンテナが少しあるぐらいでその広大な土地を使いこなせていないとしか思えない。そんな広い土地を見ながら海の向こうに見える景色、薄暗い夕方とあってネオンの光が目立ち始めた綺麗な夜景をぼんやりと見ていた5人の中の1人、周人は轟きながら近づいてくるかなりの数の爆音を耳にしてゆっくりと振り返った。昼過ぎに東京へとやってきた5人を待っていたのは街のいたるところに貼られたビラだった。もはや各街を仕切るチームは解散状態となっており、無秩序、無法の地域となっていた街はそれらを裏から統制すべき『七武装』もすでに5人を失っては機能するはずもない。もはや崩れた体制はヤクザや闇組織がしのぎを削って支配権を得ようと躍起になっており、『キング』の威光すらかすむ状態となってしまっていた。たった5人によってこうまで体制が崩壊するとは誰も思っていなかったせいか、散り散りになったチーマーたちは行き場を失ってさらに治安を悪くしていた。かつてはそんなチーマーや組織による統制が敷かれていたせいでもはや形だけとなっていた警察機関もこういう場合の対処ができずにおろおろするばかりで治安悪化に一役を買ってしまっているのもまた事実だ。だからか、奇妙な張り紙が都心を中心にあちこち貼られた上にその噂が立っているが、皆知らん顔をしているのだった。


『ヤンキー狩りへ、木更津の資材置き場に来い!』


そう書かれた紙にはミレニアムを現すマークが添えられ、それが挑戦状であることは一目瞭然だ。場所によっては壁やガードレールにペンキで書かれているぐらいの規模からして噂にならないほうがおかしい。何も知らない者たちはこれも成人式でハメを外したバカな若者の仕業と決め付け、かといってそれに興味を惹かれてわらわらと見物になど行けば自分たちの身が危険だと知っている者も無視を決め込む。絶対無敵と言われる噂の『ヤンキー狩り』率いる5人の強さはもはや伝説であり、ミレニアムの総長『金色の野獣』こと千早茂樹の強さも『七武装』を超えるものとして有名だ。それに総勢200人からなる日本最強の暴走族集団であるミレニアムに睨まれてはこの街にいられなくなる可能性も高い。どこにも何者にも属さない信念を持つミレニアムは『キング』たちですら一目置く存在であることも有名な事実だった。そしてそんな紙を見た周人たちは迷わず木更津へと向かい、今に至っていた。凄まじいライトの数が材木置き場を目指して突き進んでいる光景は圧巻だ。明滅するものや明らかに違反とわかる色とりどりの輝きに目を細める中、十牙は阿修羅を左手に持ち、誠は短くしていた如意棒を2メートルほどの長さにした。純は靴ヒモを結び直し、哲生は頭を掻きながらバイクの接近とは間逆である対岸の夜景を見ている。そして周人は何をするでもなくただ近づいてくるバイクの群れを表情を変えることなく見つめていた。やがて背後を海に20メートル四方ぐらいのスペースを置いて目の前で半円を描く形で逃げ場を無くされた5人だったが緊張感も緊迫感もない様子でぐるりと爆音を響かせた総勢100近いバイクにまたがったなんとも形容しがたい格好をした軍団を見渡した。やがてそんなバイクの群れが1つの道を作り始める。半円の一角からバイクが器用に通りを形成するかのように何もない空間を作り始めたその向こうから一人の男がゆっくりと歩いてくるのが確認できた。無数のバイクのライトに照らされて容姿や格好はわからないが、かなりの巨体をしていることだけははっきりと見て取れた。


「演歌歌手みたいな登場だな」


この状況下での哲生のつぶやきに十牙は笑みを見せ、誠が呆れる。肩で風を切って歩くその男は革のジャンパーの下は黒のタンクトップのみであり、迷彩模様のズボンにブーツを履いていた。髪の毛は短く金色に輝き、左耳についている3つのピアスがそれぞれバラバラの色をきらめかせている。鋭い目つきを周人に向けた男はその大きな体を停止させ、丸太のような腕を組んで5人を見渡した。


「さっきの撤回・・・傭兵だ」


その言葉にうなずいた十牙に苦笑した純だが、男から発せられる闘気というべきものをビリビリと感じていた。神崎や今まで戦ってきた者にあった殺気ではなく、それはまさに闘気だ。


「こいつ、強い!」


思わず口にした純の言葉に全員が真剣な目をする中、男は周人を睨みつけたまま2、3歩歩み寄ってきた。


「オメェが『ヤンキー狩り』だな?」


体とマッチした野太い声に周人は何の反応も見せずにたたずんでいるのみだ。だがさっきまでとは明らかに違う殺気を放出しているせいか、男はにんまりと歯をむき出して笑った。


「ウチの特攻隊長をヤってくれたそうでな・・・俺がオメェを倒しに来た」

「あんたは?」


高らかにそう言う男に発した周人の言葉に周囲から罵声が飛んでくるが全く表情を変えることがない。その堂々とした態度を気に入ったのか、男はさらに凄惨な笑みを浮かべるのだった。


「俺はこのミレニアムを束ねる千早茂樹だ」

「なるほど、こないだのあの赤髪は弟か」

「そういうこったな」

「なかなかの根性だった。場数を踏めばかなりのものになるだろう」


その言葉に茂樹はおろか哲生たち4人も驚いた顔をしてみせる。これまで周人が相手を評価したことはない。はっきりいって弱いと思えるほどあっけなく周人に倒されたのだが、あの根性は確かに評価できると思う。だが『キング』以外に興味がない周人がそう口にした事から芳樹の根性が周人の中の何かを揺さぶったのだろう。そう思える哲生はその心がある限りは『負の気』を昇華できる可能性がまだかすかに残っていると信じたくなった。


「なるほど、強ぇなぁ・・・あいつじゃ勝てねぇわけだ」


思いも寄らぬ茂樹の言葉に仲間たちからどよめきが起こる。茂樹が相手を認めることなど滅多にないというか、古参の者ですらまず聞いたことがない。そんな自分に動揺を見せる仲間を振り返った茂樹は爆音に負けないほど大きな声を張り上げて言葉を発した。


「お前らは絶対に手ぇだすな!こいつとはサシでやりてぇ!」


その声に雄たけびを上げて応える仲間の声援を受け、芳樹は0度近い気温の中、革ジャンを脱ぎ捨てて近くにいた仲間の方へと放り投げた。周人は無言のままコートを脱ぐとそのままコンクリートの上に落とすように置いてから茂樹の方へと歩いていく。ハイネックのタートルにぴっちりした綿のパンツを履いた周人は見るからに寒そうな格好の茂樹と5メートルほどの距離をおいてたたずむと目つきを鋭くして殺気をさらに膨張させた。


「ヘタをすると負けるぞ・・・あいつは神崎よりも強い」


殺気ではなく闘気を身に纏った茂樹を見てそうつぶやいた哲生は腕に鳥肌を立てていた。他の3人もそれを感じているのか、やや緊張した面持ちをしていることから茂樹の強さが本物であることを照明していた。


バイクのライトが照明代わりとなっているせいか、睨み合う周人と茂樹、そして哲生、純、誠、十牙の姿までもがはっきりと見えていた。今いる場所から現場までは距離にして約500メートルは離れているのだがこうまではっきり見えることに驚きつつも最新型高性能望遠カメラの素晴らしさには感動すら覚えている。地上40メートルの高さにある巨大な赤いクレーンの運転席内に『破滅の魔女』千江美と『冷血の魔女』緑が、その運転席をぐるりと取り囲む形で外にある心ばかりの踊り場、1メートルほどの高さを持つ分厚い鉄板の柵があるとはいえ幅が30センチ程度しかない網状の鉄板の上に腰を下ろしている命知らずは『鮮血の魔女』桜と『沈黙の魔女』葵だった。この高さから見物することは昼間の時点で決まっていたせいか、寒さ対策をしっかりとした服装に加えて手袋やマフラー、そしてカイロも忘れていない。時折吹きすさぶ海からの突風にクレーンが揺れるのもお構いなしの4人の顔は不気味な物体で覆われている。顔の上半分を覆う形で緑色した奇妙な双眼鏡というべき物、いや、双眼ではなく単眼、つまり顔の中心付近に大きな1つの丸いカメラのレンズのような物体が取り付けられた物をベルトで固定しているのだ。顔に密着している部分は空洞となっているために目に負担はない。というよりもそれをつけているからといって何ら不便なことはなく、逆に遠くにある物体がまるで自分の目で直接見ているように鮮明に見えるのだ。緑が友人、というよりは肉体で結ばれた友人である自衛官から借りたその高性能望遠カメラでまるですぐ目の前で火花を散らしているかのような周人と茂樹の様子を見ているのだ。


「この結果次第では彼らは『四天王』と激突ね」

「でも、野獣は強いわ」


神崎ですら手を出さない存在、千早茂樹。その強さは『四天王』に匹敵し、またその『四天王』が一目置く暴走族の中ではカリスマ的存在である。ヤクザが欲するほどの度量と統率力、そして実力を持つ茂樹と周人が戦うことは予想していなかった。どこにも何者にも属さない集団のほんの一部の人間が無意味に周人に絡まなければこうはならなかった。そして茂樹はそれを知らない。5人の新入りたちが名をあげようと周人にケンカを売り、のされ、彼らが芳樹に対して『ヤンキー狩りにケンカを売られた』と偽りの報告をして助けを求めたのがことの発端だ。だが、この戦いは他の暴走族にとっては実に好奇心をかきたてられるものだった。すでに芳樹が敗れたということは広まっており、これで茂樹も倒されればミレニアムの統率力は乱れるだろう。そうなれば一気に攻勢に転じれば日本全国に自らの名を知らしめる絶好の機会となるのだ。


「さて、見せてもらうわよ・・・この特等席から、あなたの戦い振りをね」


静かにそう言う桜の横で無表情、といってもカメラで顔が見えない状態の葵は周人の復讐の理由を知っているだけにやや複雑な心境でその光景に見入るのだった。


先に駆けたのは周人だった。驚異的な速さで一気に間合いを詰めて来た周人に向かって横殴りの拳を風を伴って唸らせる茂樹のその一撃に対して体を回転させながら避けつつ、周人は渾身の力で回し蹴りを放った。神崎戦で見せたあの動きほどではないにしろ、キレのなかった体が嘘のように動いていく。電光石火の蹴りを見舞った周人がその手ごたえの無さというよりはありえないその衝撃に目を見開いた。なんと高速で蹴り出した右の足首を茂樹によって掴まれていたのだ。その巨体に似合わぬ早業で周人の蹴りを片手で掴んだなんという反射神経か、そのまま足を掴んだ状態で一本釣りのような格好を取りながら周人を投げ飛ばしたその怪力も驚嘆に値した。だが周人もまたありえない姿勢で飛ばされつつも地面と空とを見て上下を確認し、即座に空間を把握したのはさすがだ。だが着地を決めようとしたそこに大きなモーションをしながら拳を見舞う茂樹を見てはバランスを崩しても仕方がない。ただでさえ上下逆さまの状態で空中にいれば逃れる術などないはず、そう思った茂樹の拳だが、空を切ったのはどういうわけか。インパクトの瞬間に上体を目一杯反らせ、そのタイミングをわずかにずらせた後で茂樹の腕に手を乗せてバランスを取り直して着地を決め、そこから踏み込んで腹部に打撃を叩き込む。だがまるで鉄板を叩いたかのような衝撃に苦悶を顔に出しつつ、岩がせりあがるような感じで上昇してきた膝から逃れようと上体を反らせにかかった時、茂樹が周人の後頭部を押さえ込んだために身動きが取れず膝が顔面を捉えに迫ってくる。茂樹が直撃を確信した刹那、周人は両手で顔面をかばうようにしてその膝を受け止めた。頭を押さえつけられているおかげで足が踏ん張る力を増し、その結果豪快な膝蹴りを受け止められたのだ。華奢な体のどこにこれほどのパワーがあるのか、そのまま茂樹のわき腹に肘を入れに行こうとしたが茂樹は怪力に任せて周人の両腕を掴んで持ち上げるとまたも軽々しく空中高く投げ飛ばす。しかしそれはフェイントだった。周人が空中を舞うタイミングを計っているのを見切った一瞬で掴んだ腕を放さずにそのままコンクリートの地面にその体を叩きつけたのだ。


「ぐはっ!」


予想と違ったせいで背中からモロにコンクリートの地面に叩きつけられた周人は苦悶の嗚咽を漏らす。そんな周人に追い討ちをかけるように巨大な足で踏み潰しに掛かるが、周人はダメージもなんのその逆立ちをする格好を取って両手で地面を跳ね上げて両足をそろえた蹴りを茂樹の顎に喰らわせた。そのまま一旦後方に飛んで間合いを計る周人の口からは先ほどのダメージを知らせる血が流れている。一方茂樹もまた口の端から血を流しつつ悪鬼のごとき笑みを浮かべるのだった。


「いまだかつてない恐怖、そして歓喜ってヤツを感じるぜ」


血を拭うことなく笑う茂樹に言葉を失うのは哲生たちか、暴走族か。


「あぁ、もうなんかアレだなぁ・・・本気で目いっぱい力を出せそうだ。生まれて初めて本気でな」


コンクリートに体を叩きつけた相手がいまだに立って自分を睨んでいると事実が茂樹の中に恐怖と歓喜を呼び起こしていた。茂樹は肩で荒い息をしている周人に向かって突っ込みながら体を掴みにかかる。だが周人は掴みに来た両腕を左右同時に蹴り上げた。瞬きするほどの違いしかない差でやってきた蹴りに驚愕しながらも、対処するように大きな足を振り上げる。その動作を見て蹴りを中断した周人が顔を逸らせてその蹴りをかわした刹那、避けたその足が突然急降下して周人の右肩を直撃した。29センチの巨大なブーツのかかとがめり込む物凄い衝撃を受けながらも茂樹のわき腹を蹴りつける周人。だが強靭な肉体を誇る茂樹に満足なダメージとならず、舌打ちをしながら大きく後方に飛んで着地を決めた刹那、迫る茂樹の足下に自身の右足を地面に穴をあけるかのごとき勢いで叩きつけ、その勢いを利用して背中の後ろから拳を投げるようなモーションを取った。茂樹はその動作に直感的な悪寒を感じ、殴りにかかっていた拳をそのままに動きを中断させて力いっぱい握りしめ、拳が当たるであろう腹部をかばうように全身に力を込めた。腹筋が鉄と化し、こめかみに青筋が立つほど力を込めたその腹部に周人の拳が叩きつけられる。ズドンという衝撃に茂樹の巨体が揺れた。一瞬両者の動きが止まり、沈黙が流れる。しかしそれは1秒もない時間であり、先に動いた茂樹が右の拳を大きなモーションで下から振り上げて周人の体が浮き上がるほどのパンチを腹部にめり込ませた。その一切の手加減がない一撃を受けた内臓が口から飛び出るような感覚に襲われつつ吹き飛ぶ周人は背中から落下するとそのまま地面を転がって囲いを作っているバイクの前輪付近までやってきた。背後で巻き起こる罵声を背中で浴びながら膝立ちになる周人は口から大量の血を吐きつつも茂樹を睨みつけたが、追撃をしてこない茂樹はやはり耐えたとはいえ『天龍昇』の威力は完全に殺せなかったのか、その場で腹部をさするようにしながら同じように周人を睨んでいるのだった。周人は今の一撃で折れた肋骨が内臓に突き刺さっていないことに安堵しつつ、この強敵を前に何故かワクワクするような妙な感覚に襲われるのだった。それは折れた肋骨の痛みすら薄れさせるほどに大きくなっていく。


「全力を出せるってのがこうも楽しいなんてなぁ!楽しいぜ!」

「そうだな」


仁王立ちして笑う茂樹の笑みは心底嬉しそうな子供のそれになっていた。周人はフラつきながらも立ち上がると口元の血もそのままに同じような笑みを浮かべる。それは今までの悪鬼のような笑みでもなければ寒気を伴うものでもない。こちらもまた楽しさを表現したような笑みであり、恵里を失って以来見せたことのない笑みでもあった。

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