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くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第1話
2/33

天使消失(2)

本格的な梅雨を前にしての最後の抵抗か、当日は快晴となった。だが夏を前にしていることもあり、暑さを感じずにはいられない天気なために周人は紺色のTシャツの上から白と水色のチェック柄の半そでシャツを羽織り、お気に入りのジーンズを履いていた。哲生は白を基調とした複雑な模様をプリントされたTシャツにジーパン、ミカは赤とピンクのシャツに白いスカート姿だった。遊園地へと続く道を行く3人は和気藹々とした感じで会話を楽しみながらかなり近くに迫ってきた観覧車や、ここの名物でもある座って乗る吊り下げタイプの超絶絶叫系コースター『デビルズヘブン』に興奮を隠し切れなかった。結局何故素直に哲生が今日のこの企画に参加したのかはわからず仕舞いだったのだが、哲生とのデートをメインに来ているミカのことを思えば何とか力になってやろうとの考えが先行しており、そう深く考えることはなかった。やがて人でごったがえす正面ゲートが見えてきた。そんな人ごみの中、ミカは恵里の姿を目に留めて男2人を残して駆け出していった。


「恵里ちゃん!おはよう!待ったぁ?」

「ううん、ついさっき来たところ」


そう言って可愛い笑みを見せた恵里は赤いポロシャツにジーンズといった格好をしていた。髪型は圭子に似たショートカットだが、茶髪ではなく黒を基本に、陽の光のせいか少しばかり茶色が混ざっている感じだ。2人の前にやってきた周人は全くの初対面ながらその髪型が恵里の雰囲気に合っていると思えた。そんな恵里は周人と目を合わすとにこやかな笑顔を見せ、思わず周人はその笑顔に見とれてしまった。確かに特別可愛いというわけではない。はっきりいって美人の度合いからいけば圭子、可愛さでいけばミカの方が上であると言えよう。だが、その笑顔は最初の印象を掻き消すほどの可愛さを感じさせた。


「磯崎恵里です。今日はよろしくお願いしますね」


実に落ち着いた口調もまたその雰囲気とマッチしている。どこかお嬢様タイプだなと思う周人は微笑をたたえながら自己紹介をした。


「木戸周人、11組にいるんだ。よろしく」

「佐々木哲生でぇす!よろしく!」


哲生の軽い感じの挨拶はいつもの通りだったが、2人の持つ柔らかい雰囲気が内心緊張していた恵里のそれを解きほぐしていった。


「じゃぁ行こうよ!混む前にめぼしいのに乗らないとねぇ」


ミカの号令にうなずいた3人はチケットを持っているミカに先導される形で着いていった。恵里はミカとならんで楽しそうに会話しながら哲生と周人の前を歩き出す。そんな恵里の後ろ姿を見ながらニヤつく哲生を横目に、周人はミカに対してどこまでフォローできるか自分自身で心配になってくるのだった。チケットを購入する人の列を無視してエントランスに来た4人は入り口にあるゲートでチケットを見せ、そこにいる係りのお姉さんに1日フリーパスを左手首に巻かれた。もちろん哲生はお姉さんにも愛想の良い笑顔を見せてさりげなく握手することも忘れない。そんな哲生を急かしながらゲートをくぐった周人はまずどうするかという意見を女性2人に求めた。


「最初は軽いのから行ってぇ、お昼頃に『デビルズヘブン』、最後は観覧車かなぁ」


そう言う意見に3人もうなずいた。もちろん『デビルズへブン』には周人と恵里は乗らないことになっている。


「恵里ちゃんはアレ系ダメなんだったっけ?」


『デビルズヘブン』を指差しながらすでに名前で呼ぶ馴れ馴れしい哲生にピクリと片眉を上げた周人は無表情のミカをチラッと見つつ、なんとか2人だけにしようと策をめぐらせる。


「はい。私、生まれつき心臓が弱くて・・・運動も水泳とかも制限されてるし、ああいう怖いのはダメなの」

「そっか・・・まぁこのシューもコレ系ダメだからな。その点オレとミカはこういうの好きだから2人で乗ってくるわ。その間お2人さんは軽いのに乗ってればいいさ」


意外にもほどがある言葉に驚きを隠せない周人を見た哲生は不思議そうな表情を浮かべている。そんな哲生に引きつった愛想笑いを見せながらどういう心境の変化かを探る周人だが、答えは全く見つからない。普通であれば恵里と一緒に残ると言うべきところだっただけに、周人の頭の中でクエスチョンマークがいくつも浮かんでは消えていた。


「手始めは・・・ああいうのだな」


そう言って指をさす哲生につられて3人が見たものはタコの形をした乗り物だった。足の部分がゴンドラになっており、タコが回転しながら足を上下させ、ゴンドラ部分もゆるやかに回転して動くのだ。これは絶叫系とは言えず、恵里も乗ろうとやる気になっている。10分ほど並ばなくてはならなかったが、待ち時間にしては少ないために4人はそこに並んだ。


「磯崎さんってさ、一年生の時は何組だったの?」

「1組。二年生になったら同じクラスの子が誰も一緒にならなかったんだけど、ミカちゃんがすぐ友達になってくれて」

「へぇそうなんだ。まぁ今日から俺たちみんな友達だしな」


周人の質問に答える恵里に向かってそう言う哲生だったが、やはりここでも首を傾げる周人。今までの経験からいって、必ずこういう場面では『今日から俺が恋人』だとか『俺と恋人になればいい』とか言うのが哲生だ。だが、そういった素振りも見せないだけに、周人は表情を曇らせるしかない。


「佐々木君って思ってたより普通だね」

「え?俺って普通じゃないわけ?」


その通りだと思う周人とミカは心の中でうなずいた。


「ごめんなさい。変な意味じゃなくって・・・噂だと女の子には誰でも声をかけるナンパな人だって聞いてたから」


噂ではなく事実だと思う周人とミカはここでもまた心の中でうなずいた。


「ん~、まぁなんていうかさ、所詮は噂!友達になろうと声をかけるんだけど、それが誤解されるんだよね」


誤解ではなくでたらめを言っていると思う周人は心の中ではなく、実際にうなずいた。それを見た哲生が目を細めて周人を見やるが、周人はそっぽを向いてその視線から逃れるようにしてみせた。


「今日から友達だね」

「そうだな。後でみんなでメルアド交換しような」


これまた『みんなで』という言葉に怪訝な顔をする周人。普通ならばやはり『俺と交換しよう』になるはずだ。腕組みしてそう考える周人を見やる恵里は不思議そうな顔をしながら小首を傾げてみせた。そんな恵里に気づいた周人は小さく微笑むとその視線から逃れるように順番の迫ったタコの乗り物の方へと顔を向けるのだった。


4人一緒に乗ったタコの乗り物を皮切りに自分の姿が様々に歪んで見える鏡張りの迷路を進むミラーハウス、どれだけ早く迷路を抜け出せるかを競う大迷路トライアル、そして2人乗りのブランコが空中高くまで舞い上がりながらグルグル回る大回転ブランコに乗った4人は恵里と周人も大丈夫と言った子供向けのジェットコースターにも乗ったのだった。心臓が弱いために絶叫系には乗れない恵里だが、元来そういうものが嫌いなわけではないために楽しんで乗っていた。逆に周人は子供向きとはいえ怯えを隠しきれず、出会ったばかりの恵里ですら苦笑するほどの怖がりようを見せていた。ひとまずここでお昼にしようということになった4人だが、お弁当を持ってきているわけではないのでめぼしいレストランか何かを探すのだが、ちょうど昼時とあってどこも一杯だった。そこでファーストフードの店があるテラスに1つだけ空きテーブルをみつけた哲生の素早い動きによってそこをキープし、周人と哲生が食べ物を買いに行くことになった。仲良く建物に消えた2人の男の背中を見ながら、恵里は実ににこやかな表情を浮かべて見せた。


「佐々木君っていい人ね」

「そうだね・・・でもぉ、てっちゃんよりもしゅうちゃんの方がいい人だよ。優しいし」

「う~ん・・・今の時点では佐々木君の方が優しい感じがする」

「優しいのは優しいよ。でも・・・」

「わかってるって、大丈夫!好きにはならないって」


そう言って微笑む恵里にどこか苦々しい顔をするミカだが、すぐに同じ笑顔を見せた。今日の主旨は恵里にも伝達済みである。別に4人目は圭子でもいいかなと思ったミカだったが、ジェットコースターなどが大好きな圭子が一緒であれば哲生と2人きりになれるかどうかがわからなかったために却下したのだった。ミカはミカなりに周人のことを考え、恵里を選出していたのだった。


「てっちゃんは可愛い女の子にはみんな優しいんだぁ。でも、しゅうちゃんは誰にもさりげなく優しいの。昔から」

「でも今日は変だね。誰もが知ってるあの佐々木君とは思えない感じ」


そう言って苦笑する恵里は一年生の時の同級生が何人も哲生に声をかけられていることを知っていたのだ。だからこそ、自分にはそういったことをしてこないことに不信感を抱くと同時に自分はそこまで魅力がないのかと少々落ち込みもしていた。


「あ、今日はちょっと・・・・・・・言ってあるから」

「何?何を言ってあるの?」


何故か言いにくそうにするミカを問い詰める恵里が耳にした言葉は恵里にとって衝撃的なものだった。


かなりの行列を待った周人と哲生だが、順番がもう少しでやってくるところまで進んでいた。この間の2人の会話はもっぱら恵里に対する話であったが、その話の中でも哲生のどこか一歩引いた感じが読み取れる周人はこの際だとはっきり聞いてみることにした。


「お前さぁ、なんで磯崎さんにはちょっかいかけないわけ?」


唐突なその言葉に哲生が驚きをあらわにする。そんな哲生の顔を見る周人の表情が曇っていくが、逆に哲生はニヤついた顔をしてみせた。


「なんでって・・・そりゃ、お前が好きな子にちょっかいかけるほど俺は腐っちゃいないってことだ」

「はぁ?オレが好きなって・・・なんだよ、それ!」


動揺ではなく、明らかにわけがわからない周人のその言葉を照れだと取った哲生は目を細めていやらしい笑みで口元を歪める。そんな哲生の表情を見ても全く意味がわからない周人はあと2つに迫った順番を気にする余裕もなく表情でもその真意を問いただすようにしてみせた。


「隠すなよ・・・ミカが言ってたんだよ、お前が恵里ちゃんを好きだから今日はそれに協力してくれってさ」

「な・・・なんだよそりゃ!」


人が大勢いるのも構わず大声を張り上げる周人だが、もはやそんなことなどどうでもいい。怒りにも似た表情を見せる周人のそれさえ照れ隠しだと取った哲生はフフンと鼻で笑うと回ってきた順番にてきぱきとオーダーをしていく。


「ミカの野郎・・・オレをダシに使いやがったのか・・・」


周人はここへきてようやくミカの計算高さを把握できた。想像できるその発想はおそらくはこうだ。チケットは全部で4枚ある。そこでまずミカと哲生で1枚ずつ分配。だがミカと2人きりで哲生が行くはずもなく、かといって他に男子を誘っても結果は同じ。そこで適当な女子を誘えば可愛くなければ行かないと言い、可愛い子を誘えば自分そっちのけでその子と遊ぶだろう。そこで一番の協力者である周人を3人目に入れる。尚且つ哲生が自分の相手をしてくれるようにするには圭子では無理だろう。ならば哲生が知らない女子を加えて、さらにその子を周人が好いているとすれば誰よりも周人を理解した哲生であれば協力を申し出るだろう。意外に哲生は義理堅く、周人の親友にして相棒なだけにその幸せは自分にとっても嬉しいのだ。そうなれば哲生は気を利かせてミカと2人で行動し、周人と恵里が行動するのは目に見えている。そこまで計算したミカの恐るべき陰謀に脱帽しつつ本当に天然なのかを考えさせられる周人は出来上がってきた物をトレイに乗せるウェイトレスの手つきを見ながら深々とため息をつくのだった。


「もう・・・・・あんたねぇ」

「ゴメェン!でもぉ・・・今日はどうしても・・・」

「はいはい、わかりました。まぁタダで来させてもらってますしぃ、木戸君とうまくやっておきます」

「昼からは別行動になるんだけど・・・大丈夫?」


自分が勝手に設定を組んでおきながらも大丈夫かと聞いてくるのもおかしな話だと思う恵里は苦笑しつつ、別に害の無い周人とならば大丈夫だろうと思いにこやかな笑みを見せながらうなずいた。


「ゴメンねぇ・・・今度追加で何かおごるからね」

「はいはい、期待してます」


そう言って微笑む恵里に小さく微笑み返したミカはトレイをもって帰ってきた2人の姿を見つけて手を振った。哲生が自分とミカの分を運び、周人が恵里の分も運んでくる。小さな丸テーブルが一杯になりながらも4人は昼からの行動について検討し、予定通り絶叫系に乗る哲生とミカ、乗れない周人と恵里の2つに分かれて行動することになったのだった。もはや周人のみが事情を知らないと思っているミカだったが、周人は何も言わずにそれに従った。恵里も一切何も言う事は無く、それはすんなりと決まった。やがて食事が終盤に差し掛かった頃、恵里は一応薬を飲んでおこうと考えて持ってきていた小さめのヒップバッグをまさぐり始めた。その様子をさっきから見ていた周人がおもむろに立ち上がり、店のある建物の中に消えていく。恵里はそんな周人をトイレか何かだと思って気にもせず、哲生とミカはこれから行く『デビルズヘブン』の話題で盛り上がっている。そんな話を聞きながら薬を取り出した恵里だったが、テーブルの上に置かれている飲み物と言えばコーラなどの炭酸飲料水しかない。仕方なく水を入れに行こうと立ち上がりかけたその時、水の入ったプラスチックのコップが目の前に置かれる。その水を置いた手の主を見ようとした恵里は自分のほぼ真向かいに座る周人がその主と知って驚いた顔をしてみせた。周人は哲生とミカの前にもコップを置くと自分の分の水を飲みながら遊園地のパンフレットを眺めている。そんな周人を見ながらさっきミカが言った『さりげない優しさ』の意味を知ったような気がした恵里はパンフレットを見たままの周人にそっと微笑を浮かべるのだった。


「ありがとう」


小さくそう言った恵里をチラッと見た周人は全く表情を変えずに軽い会釈をしたのみだった。


待ち時間が一時間という大行列にもめげず『デビルズヘブン』の方へと駆け出す2人を見送りながら遠くに見えるそのおぞましい光景に周人の腕に鳥肌が立った。あんなものに乗った日にはおそらく軽く3日は寝込むこと必至だ。見ているだけで身震いする周人にクスッと可愛く笑った恵里はこれからどうするかを聞いてみるのだった。


「さて、じゃぁ私たちはどうしよっか?」

「さっき乗れそうなのをチェックしてたんだけど、コーヒーカップとか、あと船に乗ったりするのがあるんだ。そういうのを回って行こうか」

「そうだね、そうしよう」


さっき水を飲みながらチェックをしていた周人の言葉ににこやかな笑顔を見せる恵里。そんな恵里の笑顔を本当に魅力的だと思う周人は何故か高鳴る胸を抑えつつまずは一番近い位置にあるコーヒーカップへと向かうのだった。さすがに子供向きのイメージがあるのかほとんど待つことなく順番が回ってくる。恵里の希望で黄色い絵柄のカップに乗った2人は向かい合う形で座りあった。真ん中にあるハンドルを周人が握ると、恵里は周人の手に重ならないように自分も手を置いて始まるのを待った。


「激しく動かさないでね」

「わかってる」

「心臓は関係なくって・・・酔いそうになるから」

「あいよ」


言い終わった矢先に始動を告げるベルが鳴り響いた。合計十二個のカップが設置された円形のステージがゆっくりと回転を始める。同時に周人と恵里はゆっくりした動きでハンドルを回してカップ自体の回転もそこに加えていった。緩やかに回るカップにさらなる加速を加えようとしたのは意外にも恵里だった。自分が酔わない程度にハンドルを回転させてカップの回転速度を上げていく。回転は加速を重ねてかなり動きが激しくなったせいか遠心力で体が振られる中、恵里の手からハンドルが離れてしまった。思わずバランスを崩しそうになった恵里の腕を掴み、残った手でハンドルを制御してゆっくりと回転速度を落としていく周人を見た恵里はあの遠心力の中でとっさながら自分を助けてくれた周人の反射神経に感心していた。


「大丈夫?」

「うん。ありがとう・・・調子に乗りすぎたみたい」


舌を出して笑う恵里に微笑む周人は回転を止めたカップをさっきの逆回転で回していった。それはゆっくりであり、十分周囲の景色が楽しめる程度だったため、さっきのことでドキドキしていた鼓動もゆっくりながら元の落ち着きを取り戻していった。


「昔はこんなの何が面白いんだろうって思っていたけど、結構楽しいもんだな」

「そうだね」


言いながら恵里は少し回転を早めようとハンドルに手を伸ばした瞬間、周人の手に自分の手を重ねるようにしてしまった。だが手を乗せられた周人は何を言うでもなくそのままの状態でハンドルを回す速度を少しずつ早めていった。恵里は手を重ねた状態のままもっと早くと言わんばかりに力を込め、周人もそれに従うように徐々に回転速度を上げていくのだった。


コーヒーカップをきっかけに2人の心は一気に近づいていった。あまり会話のなかった午前中に比べ、歩いている時も待ち時間の間も学校での話や好きなテレビ番組の話で盛り上がった。周人は時折見せる恵里の笑顔に惹かれ、それが見たくて笑わせたりする話題を提供していたのだった。そして恵里もゆっくり歩く自分に合わせてくれる事や何かと気遣ってくれるその優しさに気心を許していた。一般的な女子より少し可愛いという印象だった恵里だが、その笑顔は周人が好きなアイドルすら超えていると思わせるほどの可愛さを持っていた。笑顔が似合う少女というフレーズがこうまで合うのかと思える周人はミカや哲生のことなど考えることなく2人の時間を楽しんだ。やがて2人との待ち合わせ時間である午後4時半まであと三十分を切ってしまった。長いようで短い2人の時間の最後にと、周人が選んだのは船に乗って海賊の宝を探しに行くといったシチュエーションで展開されるボートでのアトラクションだった。4人乗りの小さな丸太の乗り物に乗って広い池を進み、人工的に建てられた建物の内部を通って戻ってくる1周10分程度のアトラクションだ。夕方とあってか並ばずに乗れた2人は自分たち以外は誰も乗っていないボートに乗り込んだ。恵里が前に乗り、支える形で周人が座る。今日会ったばかりの2人だったが、今ではもう知らない人から見れば恋人同士に見えるほどの仲の良さだ。気が合うというのか、お互いに似た空気を持っていると感じる2人は午後から共有した短い時間の中でお互いの事を理解しつつあった。それも無意識の中で。2人きりの時間がこれで最後だと思えば寂しさも感じる中、ボートがゆっくりと動き始めた。ゆらゆら揺れるボートは水面下にある見えないレールの上を進んでいるために揺れているというのは演出だ。傾き始めた太陽の光を受けてキラキラ輝く水面が粋な演出をする中を進むボートの中で、周人は恵里の後ろ姿を見ながら抱きしめたい衝動を覚えつつあった。生まれてからこれまでこんな事を考えたことはない周人はそんな自分自身に動揺しつつもその欲望を抑える事を意識した。


「綺麗だね」


周人を振り返るようにしながら光を放つ水面、そして夕日となりつつある太陽へと顔を向ける恵里の顔もまた薄紅色に染まり、その黒めの髪は透き通るような輝きを放っていた。


「あぁ、そうだね」


目を細めてそう言う周人だったが、恵里の見ている景色ではなく、恵里自身を見ながらそう答えた。やがてボートは海賊の砦となっている建物の中へと進入していく。壊れた大砲や骸骨、そして空っぽの宝箱などが演出されて置かれているその中は薄暗く、時折不気味な音や声がその中にこだましていた。と、突然女性の悲鳴が響き渡る。その声にビクッと体を硬直させた恵里は思わずあとずさるようにして自分の背中を周人の体に密着させた。


「大丈夫?」

「うん、ちょっとビックリしただけ」


体を密着させている自分に気づいた恵里だったが、それを離そうとはせずにそのままの状態でいた。決してどこかに触れようともしない周人だったが、体全体で受け止めてくれているような気がした恵里はそれだけで安心感を覚えているのだ。今日会ったばかりの男性にこうまで心を許したことはない。まだ恋心まではほど遠いながらも今の気持ちを大切にしようと思う2人は気持ち程度の急流滑りで建物を出たボートの中で笑いあい、そしてお互いの温もりに満足感を得たのだった。


待ち合わせ場所である観覧車の入り口前に立っている哲生とミカは髪もバサバサの状態で疲れきった表情をしていた。この遊園地にある絶叫マシンは全部で4台である。目玉である宙吊りタイプの最恐ジェットコースター『デビルズヘブン』、座らずに立って乗るループ型ジェットコースター『スタンディングオベーション』、立体的に組まれた複雑なレールの上を小さなカゴ状のゴンドラに乗って疾走する『マウスマウス』、そして最後に高さ50メートルもあるU字形したレールの上から落下し、上下の加速を味わう『Uシーソー』がそれらである。その全てを制覇した2人は楽しかった反面疲れも多く、さっきまでヘバっていたほどだ。おかげで哲生と同じ恐怖を味わうことができたものの、ムードも何もないミカはその疲れも倍増だった。残るチャンスはこの観覧車しかないのだが、それもこれも周人と恵里の状態によるだろう。もし険悪なムードでいれば本日の大トリを勤める観覧車に乗るどころではない。祈るような気持ちでいるミカの目に周人と恵里がやってくるのが目に入った。見た感じ険悪そうではないが特別仲がよいようでもない。それはそれでこんなものだろうと思ったミカだったが、にこやかに目の前までやって来た2人を見て首を傾げて見せた。手を繋いでいるわけでもなければ視線を交し合うこともない。だが2人から感じるものは一体感と言うか、同じ雰囲気だった。まるで長年付き合っているカップルのような雰囲気を感じるミカは不思議そうに交互に2人を見るばかりなために逆に2人から怪訝な顔をされてしまった。


「さぁて、ほんじゃ乗りますか」

「そうだな」


哲生の言葉にそう答える周人は一旦間を置いてから続きの言葉を発した。


「せっかくだし、2対2でってのはどうだ?」

「まぁいいけど・・・お前と乗っても仕方ないしな。じゃぁ俺はミカでいいや」

「ミカ『で』ってのが気に入らないけど、一緒に乗ってあげるよ」


ふてくされるようにそう言うが、どこか嬉しそうだ。そんなミカを見る周人の口元に淡い微笑が浮かんだ。なんとも言えないそのかすかな微笑に吸い込まれそうな感覚を得た恵里は今日感じた中では異質のドキドキを感じてしまった。


「ではご一緒願います」

「喜んで」


そう言って笑いあう2人に哲生もまた違和感とも言うべきものを感じたが、はしゃぐミカのせいでそれがどういうことかを理解できぬままにその違和感は消えてしまった。並んでいる人のわりには流れは速く、順番はすぐに回ってきた。先にミカと哲生が乗り込み、そのすぐあとのゴンドラに周人と恵里が乗り込む。しばらくお互いのゴンドラ間で顔が見える位置にあったために手を振り合っていたが、やがてそれもできなくなってしまった。さっきよりも傾き始めた太陽が真っ赤に燃えるように変化し、その真円を描く形をくっきりと浮かび上がらせていた。夕闇と朱に染まる世界を見下ろしながら、今日乗った乗り物がどれかを指差しつつ感想を言い合う。やがてゴンドラが頂上に着く頃、向かい合わせに座っている恵里が周人をまっすぐに見つめた。夕日を浴びてたたずむその姿は神々しく、まるで女神か天使のように見えてしまう。


「今日はありがとう。凄く楽しかった」

「いや、オレの方こそ・・・ありがとう」


素直な恵里の言葉に夕焼けのせいではない赤さを頬に浮かべたのは周人だったが、照れた素振りは見せなかった。


「こんなに楽しかったのって久しぶり」

「遊園地に来て充実したのは初めてだよ。いつも誰かに必ず嫌いなのに乗せられるからなぁ・・・特にあのアホったれのテツに」


腕組みして渋い顔をする周人にくすくすと可愛らしい声で笑う恵里。和やかな雰囲気が狭い空間を優しく包み込んでいった。


「なら遊園地に行く度に私がエスコートしてあげる」

「そりゃぁ助かるよ」

「でも心臓が治ったらどうなるかはわからないけどね」


笑いながらそう言う恵里の言葉に苦い顔をする周人は窓の外の景色に目を向けた。既に空きつつある駐車場から出る車が渋滞を巻き起こしている様が見える。山の間にあるだけに、開けた場所にある住宅街まで見渡せる絶景を見る周人につられて恵里もまた外の景色に小さく微笑んだ。


「治ったときはさ、お祝いとしてどんな恐いヤツにでもお供するから」


景色を見たままそう言う周人の方を見る恵里の顔は驚きと、そして嬉しさが見え隠れしている。例え嘘だったとしても、その言葉は何より嬉しかった。


「木戸君て優しいんだね・・・なんか、いいなぁって思っちゃった」


はにかんだ顔をしながらそう言う恵里の顔にとびっきりの笑顔が浮かんだ。やはりこの子の笑顔は最高だと思う周人の口元にさっき見たあの淡い微笑が浮かぶ。自分だけに向けられたその微笑に胸をドキドキさせる恵里は火照った顔を隠すように夕日の方へと顔を向けるのだった。


2組が観覧車を降りた頃には夕焼けよりも夕闇の比率の方が大きくなっていた。そろそろ帰る時間だが、もちろん夕食を取ってから帰る。朝は現地集合だった恵里の自宅は周人たちの家がある地域から電車で2駅しか離れていない。だがわかりやすいようにと現地での集合としていたのだった。とりあえず遊園地から最寄りの駅の近辺にはデパートやちょっとした繁華街もあり、その近辺に夕食を取る予定となっているファミリーレストランもあった。混む前にと早めの夕食となった4人だったが、遊び疲れたこともあって空腹感で一杯だったのが幸いしてか、それほど時間は気にならずに夕食を取ることができたのだった。少し長めの夕食を終えた4人がゆっくりした歩調で駅へと向かう。すぐに電車がやってきて飛び乗った4人は今日一日疲れたせいか座ったまま無口となっていた。やがて先に恵里の降りるべき駅に到着する。


「家まで送って行くよ」

「いいよ。家まで近いし、時間もまだ早いから」


周人の申し出を断るようにそう言って立ち上がる恵里はにこやかに笑いながら3人に手を振った。心配そうにしている周人に小さくバイバイした恵里は開いた扉から出て行くとその場に立って残った3人を見送ってくれた。3人が3人とも手を振り返す中、恵里と周人が最後まで視線を交わしている様子を見た哲生は小さく微笑み、あえて何も言わずに見守ろうと誓ったのだった。

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