再生する魂(1)
目を開けば辺り一面が白で覆われた世界がそこにあった。上下の感覚もなければ今、自分が寝転んでいるのか立っているのかすらわからない。ただふわふわとした感じが夢の中にいるような感覚となって意識の中に存在しているのみだ。どうしてここにいるのかも分からない。かといってそれを確かめるべく体を動かそうという気力もなく、心地いい感覚にただふわふわとしているだけだった。静かに目を閉じ、目の前の景色を白から黒へと世界を変える。
『・・・・・と・・・・ぅうと・・・・・しゅうと・・・』
遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる。どこか懐かしいようなその甘い声色に思わず口元が緩んでしまう自分に気付きながら、もう少し眠ったふりをしてやれという気持ちになってそのままの態勢を維持する周人。
『しゅうと・・・・周人・・・・・』
近づいてくるその声の主が誰だか知っている。忘れたくても忘れられない愛しき人、磯崎恵里のものだ。心をくすぐる可愛らしいその声の持ち主である恵里を驚かせてやろうともっと近づいてくるまでじっと我慢する自分にニヤけそうになりながら、そこはグッと堪えてその時を待った。
『周人!』
「起きてるよ!」
顔のすぐそばでした声に目を開いてそう言うが、そこには誰もいない。何故か痛む体を奮い立たせて座る態勢を取ってみたが信じられない痛みが全身を襲ってくる。それでも痛みを堪えて周囲をきょろきょろと見渡すのだがそこには誰もいなかった。
『周人!』
「恵里?」
頭上から聞こえてきた声に痛む体を押して顔を上へと向けるが、やはりそこは白のみが存在しているだけで恵里の姿はなかった。
「恵里っ!」
叫びながら名を呼ぶが、返事も無ければ人の気配すらなかった。周人は気力で痛む体を奮い立たせ、何とか立ち上がって周囲を見渡し、何度も恵里の名を呼んでみたが返事が無く、よく見れば遠くの空間が歪むようにして迫りつつある黒によって徐々に白い空間が侵食されはじめている。四方の白を侵食した黒は徐々にその範囲を大きくし、周人目掛けて囲むように迫ってくるではないか。逃げようにも見渡す限り黒で覆われているため、そして何より体がいうことを聞かないために身動きが取れない。そしてその黒が周人を包み込んだ瞬間、雷に撃たれたような衝撃が走り、思考も働かなくなった周人はそのまま倒れこむ自分を自覚しつつも空に舞い上がるような感覚に襲われたのだった。
「気が付いたか?」
ゆっくりと目を開いてみるが焦点が定まらない。ただ、頭上で光るものが照明であることは理解できた。周人は自分に問い掛けてきた声の主がいるであろう右方向へと顔を向けるとそこには安堵したような哲生の顔があり、周人はかすかに首を動かして何かを言おうとするもののうまく声が出せなかった。1つ大きな深呼吸をして小さく首を動かしながらここがどこかを確かめるように周囲を見渡す。白いながらも所々に黒っぽい染みが見える壁にくっつくようにして中に何が入っているのかわからないグレーの棚が見えている。指をゆっくりと折り曲げればシーツのような布の感覚が伝わってきた。どうやらここは病院であるらしく、自分はベッドの上に寝かされていてその横に椅子を置いた哲生が腰掛けているらしい。気だるい感覚に負けつつもそれを振り払って身を起こそうとした瞬間、鋭い痛みが全身を駆け抜けたかと思うと脂汗が全身の毛穴から噴出してきた。
「無理せず寝てろ・・・お前は重傷だ」
そう言われなくても寝ていることしかできないほどの痛みだ。周人は横になったまま、今の状況が分からず記憶の整理を頭の中で始めた。圧倒的強さを誇った『七武装』と戦い、敗北を意識したときに恵里を侮辱されてブチ切れた。そして一瞬の隙をついて放った『奥義・雷閃光』でその男を倒したのだが、力尽きて倒れこんでしまった。そして気が付けばここでこうしてベッドの上だ。
「ここは・・・病院か?」
「あぁ。お前が神崎を倒した直後に秋田って警察の人が来て、俺たちをここへと運んでくれたんだ。もうかれこれ1時間も前になるかな」
「秋田・・・警察の?」
つい先日出会った秋田の顔を思い浮かべながら小さくため息をついた周人は足下の方向にあるドアが開いて中に入ってきた三十代とおぼしきボサボサ頭に無精ひげの男を目に留めて怪訝な顔をしてみせる。白衣をまとっていることから自分を治療した医者だと思えるのだが、医者にしてはあまりに不衛生なそのスタイルに加えて右手に持たれたビールがその人物の怪しさを倍増させていた。
「よぉ、気が付いたか、『ヤンキー狩り』」
軽いノリでそう言った医者はビールを一口ふくみながら哲生の真横に立つと周人の顔をマジマジと見つめ始めた。そんな医者を睨むような視線を向ける周人だったが、どこか鈍い痛みを与える頭のせいでそれもすぐに消し、眉間にシワを寄せた。
「頭痛がしてるだろうが、そりゃ正常な印だ。どういう鍛え方かはしらんが全身打撲で内出血もひどいが不思議なことに骨に異常はない」
そう言うとビールをあおりながら片手で周人の額に手を当てる仕草を取る。
「熱も無いし・・・一晩泊れば明日は動けるだろう。4人ともな」
最後の言葉は哲生に向けて放たれたものだ。今の言葉からしてどうやら純たち3人も自分と同じ状態にあるのがわかった周人だったが、どういった経緯でここに来たかが気になっていた。そもそも秋田が何故あそこに現れて自分たちをここへ運んだかがわからない。
「お前さんのせいでここ最近はデートもできない忙しさだよ。そこへきてその忙しさを作った張本人が運ばれてきた・・・もう笑うしかねぇな」
そう言って自分に背を向けた医者を呼び止めようと声を発した周人だったが、はやりうまく声が出ない。そんな周人の気配を感じたのか、医者は再度周人の方へと向き直ると少しだけ口を歪めて意味ありげな微笑を浮かべてみせた。
「一晩で何十人も運ばれてきたこともあった。毎週毎週週末にゃぁヤンキーどもがここへ来る。しかも全員大怪我でな。誰にやられたと聞けば全員が全員口をそろえて『ヤンキー狩り一味』・・・ってわけだ」
まるで周人がしようとした質問がわかっていたかのようなその説明をしながら微笑を苦笑に変える。そんな医者を見て鼻でため息をついた周人が静かに目を伏せるのを見た矢先、ドアから秋田が姿を現した。
「気が付いたか、木戸君」
その声にゆっくりと目を開いた周人はかすかに頭を動かしてそれに応える。医者は周人の頭付近ある壁際まで下がると空になった缶ビールを無造作に傍にあった小さなテーブルの上に置くと腕組みをしてみせた。替わりに秋田がさっきまで医者がいた場所まで来ると苦笑をたたえた表情をしながら周人の顔を覗き込むようにするのだった。
「まさかたった1人であの神崎を倒すとは思ってなかったよ」
「神崎?」
秋田の言葉にかすれるような声でそう口にした周人は新たに部屋の中に足を踏み入れてきた初老の男のほうへと視線を向けた。そこに立っているのは短めの髪を7/3に分けた50代とおぼしきやや小柄な男だった。秋田と同じでスーツにネクタイ姿からして警察の関係者だと分かる。
「あぁ、『七武装』最強にして麻薬ブローカーの神崎京・・・『麻薬王』だよ」
秋田のその説明に以前に出会った片目の男が話していた言葉をぼんやりとした意識の中で思い出す周人はあの男が強かった理由がわかったのと、今後戦うことになる『キング四天王』がその神崎をも凌ぐ実力を持っているという事実に少しだけだが陰鬱な気分になってしまった。
「我々が決して手を出せない相手だったが・・・これで逮捕に踏み切れるし麻薬の流れもつかめるだろう。それに関しては礼を言うよ」
そう言ったのは小柄な刑事だった。周人は目を閉じてため息をつきながら『七武装』にさえ手を出せない警察の無能さをあらためて実感しながらも現職の大臣の圧力に静かな怒りをたぎらせる。そしてその怒りは『キング』への復讐心を再燃させるための着火剤となって失いかけていた『負の気』を復活させていった。
「小田刑事はずっと神崎を追っていた。まぁ詳しい話は後でするが」
「ところでさ、その神埼だっけ?あの派手なドクロの男、どうやったらあんなに見事に肋骨を砕けるんだ?今まで多くの患者を診てきたけど、過去に例を見ないほどの見事な骨の折れっぷりだったぞ」
黙って話を聞いていた医者のその言葉にその場にいた全員がそっちへと顔を向ける。腕組みしたままの医者はここへ来て初めて真剣な目を周人に向けつつ、組んでいた手をほどいて一歩前へと進み出るのだった。
「鈍器で殴ったり、事故で負った傷でもああはならない。しかも聞けば素手でやったと言うじゃないか」
「シュー、あの技は?」
医者の説明を受けて哲生がそう口にする。幼なじみで時には本気でケンカをした哲生は木戸無明流の技に関してはちょっとした知識がある。それに哲生の父である哲也と周人の父である源斗との間にはちょっとした因縁もあるために佐々木流合気柔術を習う際には対木戸流との戦闘を想定しての知識も植えられているのだ。それゆえに技に関してもそれなりの知識がある哲生も知らないあの技は圧倒的強さを誇った神埼に致命的なダメージを与えるほどの威力を持っており、あの技を使用されればいかに変幻自在な攻撃方法を取る自分であってもそうそうかわせないと思える哲生は興味津々である。
「奥義、雷閃光・・・」
「らいせんこう?またカッコイイというか、派手な名前」
医者のどこか小馬鹿にした言い方を受けても睨むことをしなかった周人はただじっと医者をみつめているのみだ。そんな視線を受けた医者は一瞬気まずい顔をしながら一つ咳払いをした後、わざとらしく真剣な表情へと戻すのだった。
「あんた誰だ?」
「自分を治療した医者にあんたとは結構な言いっぷりだな。俺は滝だ」
自らをそう名乗った医者は挑発するかのようなニヒルな笑みを浮かべるが、そんな滝に苦笑を漏らしたのは秋田と小田だった。
「滝先生は闇医者でもあってな、今回のような事件や非合法な手術やヤクザの抗争による治療なんかをやってるいわば半犯罪者だよ」
「・・・そういう説明の仕方、止めていただけます?」
「だってそうじゃないか・・・京都の有名医大で天才の名を欲しいままにしながら女医や看護婦に手を出して追放されたハレンチな医者なんだし」
さらなる恥の上乗せのような紹介にガックリとうなだれる滝に対して周人の口元に珍しく笑みが浮かんだ。そんな周人の視線は哲生へと向けられ、その笑みを見た哲生の顔にクエスチョンマークが浮かび上がる。
「・・・お前も将来そうなりそうだな」
「言うと思った」
バツが悪そうにそう言いながらも苦笑を見せた哲生に微笑む周人はまずここに至るまでの状況説明を哲生に求め、秋田や滝の追加説明を受けながらこれまでの状況を把握していくのだった。
怒りに身を任せ、ありったけの力を振り絞って放った『雷閃光』でからくも勝利を得たものの、そのダメージと疲労から気を失ってしまった周人に駆け寄った哲生は苦しそうにしながらもしっかりと息をしている周人にほっと胸を撫で下ろした。まさに圧倒的強さで5人を叩きのめした神崎だったが、たった一言の余計な言葉が周人の中で失われた『負の気』を呼び覚ました結果がこれである。周人の隣で死んだように動かない神崎からもかすかな命の気配を感じている哲生は車のドアが閉まる音を外に聞いて緊張感をみなぎらせながら、残り少ない闘気を両手に込めながらゆっくりと慎重に外れかけていた自動ドアがなくなった玄関口から顔を出して様子をうかがうようにしてみせた。そこには深緑色したワゴン車がエンジン音を響かせながら停車しており、哲生がいる玄関の方に向けてライトを照らしているせいか、車の前方に立っている人影しか確認できない。いまだに倒れたまま動かない純、誠、そして十牙の3人をそのままにしているためにうかつに行動を起こせない哲生は仕方なくその場で気配を殺しながら様子をうかがうこととした。その直後、運転席からもう1人が現れて既に立っていた人影の横に立ちながら純の方へと顔を向けている様子がシルエットながら確認できた。やがて2人の人影が倒れている3人を無視して建物の方へと近づいてくる中、哲生は玄関脇の壁に張り付くようにして気配を殺したまま臨戦態勢を整える。もし彼らが『七武装』の誰かであったならばもはや絶体絶命どころではなく、これにて一巻の終わりである。額から頬を伝わる汗を拭う余裕も無く近づいてくる足音に最大の注意を払う哲生は汗にまみれた拳を握りしめるとそこに念を込め始めた。
「私は中を、小田さんは彼らをお願いします」
どうやら中年の男性の声のようだが、『七武装』である可能性もあれば『四天王』である可能性もある。こんなことならさっきまでここにいた『沈黙の魔女』である宮下葵に残りの『七武装』の名前、そして『四天王』の名前や身体的特徴を聞いておけばよかったと思う哲生だがそれは後の祭りでしかない。コンクリートでできた四段ほどある階段を上る靴音を聞きながらじっと気配を押し殺して『気』を込めた拳に力を込める。やがて男の片足が建物内部にその一歩を踏み入れ、そのまま体を中へと進入させて暗い内部を見渡すようにしてみせた。両手をズボンのポケットに突っ込んでいるその男はやや白髪混じりの髪をオールバックにしてスーツを着込んでおり、見た感じは怪しい雰囲気はない。
「あれか」
正面にある2階へと続く大きめの階段の前に倒れている2人の人間に目を留めた男がそうつぶやいた矢先、全身を黒い服装で身を包んだ2人の人間がガラスの無い窓から飛び込んできたかと思うと1人はその手にしているライフルの銃口をいまだに身を潜めていた哲生の方へと向け、もう1人は倒れている周人と神崎の方にマシンガンを構えるのだった。言葉を失いつつも両手を上げてゆっくりと立ち上がった哲生を見て小さな笑みを浮かべたオールバックの男性が右手を挙げると、黒づくめの男はライフルの銃口を哲生から神崎の方へと向けながらゆっくりとそっちへ進み始めた。
「心配ない、私は秋田という警察の者だ」
そう言いながらスーツの内ポケットから警察手帳を取り出して身分証を提示した。そして哲生がそれを見て安堵の表情を見せた後、小さな笑みを見せながら手帳をしまうと同時にそこからタバコを取り出して火を点けてからゆっくりと煙を立ち昇らせる。
「悪いが君たちの動きは全てモニターさせてもらった・・・我々も神崎を追っていたのでね」
秋田はそう言うと神崎と周人に銃を向けている2人組の方へと進み始め、哲生は警戒心を解くことなくその後に続くのだった。
「『七武装』最強の男も『ヤンキー狩り』には勝てなかったか・・・しかし、見事だったよ木戸君」
意識を失って倒れたままの周人にそう優しい口調で語りかけた秋田はまず神崎の拘束をするよう命じ、次いで周人たちをワゴン車に運ぶように指示をした。その意図が全くつかめない哲生だったが、ここで暴れても銃を持った2人を倒せる自信はない。いや、普段の彼であればそれすら可能なのだろうが今は神崎に負わされたダメージも深く、そして倒れたままの仲間を見過ごすことはできない。それにこの秋田という男は『ヤンキー狩り』が周人だと知っていた。そこが気になる哲生はまずそのことから確かめてみることにした。
「秋田さん、周人を知っているのですか?」
「うむ。以前私が接触した。まぁ詳しい話は後だ。とにかく怪我人を運ばないとね」
威厳に満ちた態度ながら口調は優しい。そんな秋田に別の質問を投げたかった哲生だったが今は秋田の言う通り怪我人を運ぶ方が先決だと判断してそれに従うことにした。
「警部、どうやら所轄が動きだしたようです」
「チッ!こういう時だけ動きが速い」
さっき小田と呼ばれた初老で小柄な男が内部に入るや否やそう告げた報告に舌打ちをしながらそう答えた秋田は黒づくめの2人組に神崎を運ばせるとスーツが血で汚れることすら構わずに自ら周人を背負ってワゴン車へと向かう。純たちは既にワゴン車の中に運ばれたようで外には誰もおらず、秋田は気を失ったまま寝かされている3人がいるそこに周人をそっと横にすると哲生に急いで乗るよう促し、すぐさま助手席へと乗り込んだ。哲生は言われるままに2列を倒しているとはいえ4人が寝ているせいで狭い後部座席に乗り込むとドアをしめた。運転席に座った小田はハンドル横に取り付けられている無線機の電源をオンにしながら少し離れた位置に停車しているもう1台の黒いワゴン車へ付いてくるように指示したあと、運転席と助手席のちょうど正面中間に位置している警察無線をオンにしてからゆっくりと車を走らせた。
「どこへ?」
「今日のようにおおっぴらにできない理由で怪我をした者を治療する非合法な闇医者が新宿にいる。そこに治療をしに行く」
「腕は確かだよ」
秋田の説明に一言加えた小田は大通りへと続く一方通行の道を進みながら時折聞こえてくる警察無線の声を聞きつつ後ろからついてきている車両にも注意を払っていた。
「神崎を保護しようと所轄が動いていますね・・・撒くとなると時間が掛かりますが、よろしいですか?」
「検問もやっかいだ。遠回りもやむを得まい」
警察無線を聞いた小田の提案を了承した秋田の言葉を聞きながら哲生はある疑問を頭に浮かべていた。そしてそれをそのまま口にする。
「同じ警察でしょう?なのに何故・・・」
「こと『七武装』に関しては『キング』の息がかかっているために政府が歯止めをかける・・・これがなかなかやっかいでね、公務員のつらいところさ。とりあえず神埼は君たちが『キング』を倒すまで身柄を公にはできない。警察にいてもすぐ無条件で釈放だろう・・・木戸君が言う通り警察なんぞ無能だよ」
自らも警察官でありながら自嘲気味にそう言った秋田の言葉にそれなりだが納得した哲生はとりあえず秋田たちが信頼できると判断してほっとし、『気』によるダメージ回復を施しながらいくつかの疑問を投げかけることにした。
「警察は俺たちをマークしてるのですか?」
「うむ。ただ君たちの素性は私がもみ消しているから今はまだ大丈夫だろう・・・だが神崎を倒したとなれば話は別だ」
「あれだけの強さだ、それだけ大物だったってことか・・・ヘタをすれば神崎は無罪で俺たちが犯罪者ってわけだな」
「さすが『戦慄の魔術師』、頭が切れるな。まさに発想も変幻自在といったところかな」
「戦慄?それに変幻自在って?」
自分が『魔術師』と呼ばれていることは知っていた。だがその前に『戦慄の』をつけたのは以前に出会った『破滅の魔女』こと江崎千江美がつぶやいた時だけのはずだ。いつの間にその名が定着したのかと思う哲生だったが、今はそんなことはどうでもいい。気を取り直しつつ警察も一枚岩ではないこと、そして少なくとも警察内部に理解者がいることにどこかホッとするのだった。
「で、ここへ来て治療されたわけだ」
一通りの説明を簡単に終えた哲生の言葉を聞いて納得した様子の周人は静かに目を閉じると全身を駆け抜ける鈍い痛みをこらえつつ身を起こした。
「無理しない方がいい・・・骨こそ異常がないがさっき言った通り内出血も激しく内臓にダメージもある。おまけに筋肉組織もボロボロだ。最低一週間は体はまともに動かないさ」
「神崎は?」
滝の忠告を無視してベッドの上に座る格好を取った周人は激しい上半身の痛みを堪えつつも包帯が服となったような上半身を見て小さなため息をついた。服は着ておらず、裸に包帯が巻かれている格好なのだ。骨に異常がないとはいえそのダメージ、特に内出血がひどいためだった。
「肋骨4本が粉砕骨折・・・顎の骨も割れる形で折れていた。何より薬物による組織崩壊が激しいのでな、別の病院へ送ったよ。同じく闇医者をしている仲間のところへね」
ここは言わば小さな診療所であり、手術の設備はない。よって砕けた肋骨の治療をできないために上野にある大きな有名病院ながら裏では闇医者もしている知り合いが経営しているそこへと移送したのだ。もちろんそれなりの応急処置を施した後だが。
「お前さんの仲間もまぁ打撲はひどいが軽傷だ。今は別室で俺秘蔵のエロビデオ見てる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・マジ?」
「マジで」
その言葉を聞いた哲生は3人を見舞ってくると言ってさっさと病室を後にしてしまった。そんな哲生に苦笑を漏らした一同は和んだ雰囲気の中今後の対策を練り始めるのだった。




