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くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第3話
17/33

ただ、獣のように・・・(5)

いつもは十牙のバイクに2人乗りして帰る誠だったが、今夜は圭子を送っていくこととなって電車で帰ることになった。あとは全員バイクであり、なんだかんだ言いながらまだショックの大きい圭子に長時間の2人乗りはきついとの判断からそうなったのと、誠からの申し入れでそうなったのだった。


「じゃぁ、まこっちゃん、すまんが頼む。変なトコロに連れ込むは勝手だが、報告はしてくれ!」


哲生のその言葉に誠は苦笑気味にうなずいた。そんな哲生に向かって可愛らしくベーをした圭子は寄り添うようにして誠の横に立った後、じっと周人を見つめているのだった。


「稲垣、悪かった・・・本当にすまない」

「いいよ、もう・・・ここで私が許さない、もうこんなことはやめてって言っても無駄なんでしょうし」

「・・・すまん」


もはやそうとしか言えない周人が苦々しい表情を見せるのを見つめていた圭子は、もう自分が好意を寄せていた以前の周人はどこにもいないと痛感し、そっと目を逸らしてしまったのだった。いつかは告白しようと、もしかしたら告白されるかもしれないといった微妙な関係は恵里の出現で消え失せ、その恵里の死亡で今ではもう絶対にありえない。今日それを心から実感した圭子は周人への想いは一生誰にも言わずに心の奥深くに封印しようと自分に誓ったのだった。


「じゃぁね、木戸君。無事着いたら電話する」


恵里の出現以前に携帯の番号とアドレスは交換していたが、まともな電話もメールもすることはなかった。そしてこれからもそれはないだろう。


「ああ。まこっちゃん、稲垣をよろしく頼む」


その意外な言葉に、言われた当の本人である誠はおろか、他の3人も驚きを顔で表した。


「うん。木戸も気をつけて。どこかにまだ敵がいるかもしれないし」

「周人・・・周人でいいよ」


それは誠にだけ投げかけた言葉ではない。それは圭子を除くその場にいた全員に向けられた言葉だった。どういう心境の変化か、どうやら周人は誠たちを本当の仲間だと認めたようだった。今までは仲間と言いながらもどこか一線を引いたようなところがあったのだが、気がつけば今の周人からはそれがない。さっきの店でもそうだったのだが、今の今まで気付かずにいただけだ。哲生はこれをきっかけに『負の気』が昇華されることを願ったが、それとこれは別問題であることがわかっているだけにそれは期待しすぎだと自分で自分を笑った。誠と共に駅のホームに続く階段に消えるまで2人を見送った4人はバイクを止めてある裏通りへと歩き出す。


「意外といいカップルになるかもな」

「お前と千里ちゃんみたいにか?」

「・・・どうやらお前とはマジ決着をつけねぇといけねぇな」


哲生の言葉に青筋を立てる十牙を見ながら苦笑する純はさっさと前を歩く周人の後ろ姿を見つつあの小野をノーダメージで倒した事実に戦慄を覚えるのだった。


「絶対無敵・・・ってところか」


つぶやく純はまだ知らなかった。ヤンキーたちの間では既にその異名をとっている周人を、そして自分には『一閃炸裂』との異名がつけられていることを。


一定に揺れるシートは2人掛けであり、誠と圭子は並んで座っていた。側から見れば恋人同士か、それとも友達か。2人の間に会話はなかったが、それはあえて自分から話をしない誠が圭子に気を使っているせいだろう。だが、圭子はそんな誠の横顔をすぐ真横にある窓越しに見つめつつも不思議な感覚に戸惑っているのが会話のない原因だとわかっていた。命の危険を救ってくれたとはいえ、初対面の男性の胸で泣きじゃくり、それからずっと一緒にいる。それに対して羞恥心はおろか嫌悪感も危機感もなく、逆に安心感を得ている自分に戸惑っているのだ。


「あの、木戸君とは・・・どこで?」


電車が出発して10分、ここでようやく口を開いた圭子に誠はぼんやりと見ていた反対側の空いた席から垣間見える景色から圭子の方へと顔を向けた。


「どこってことはないけど・・・彼の噂を聞いてケンカしにいったんだ」

「噂?」

「そう。東京に『ヤンキー狩り』って言われる強いのがいるって。ケンカはしたけど負けたんだけどね」


笑いながらそう言う誠はここで初めてまっすぐに圭子と視線を合わせた。可愛さの中に綺麗さを併せ持っているが、纏っている雰囲気とボーイッシュな髪型のせいか今までそれに気付かなかった。だが、今それを意識してしまった誠は誰かを好きになった経験も少なければ女性と付き合ったこともなく、女性に対しての免疫がないせいか視線を逸らせてうつむいてしまった。


「私、木戸君があんなに強いって知らなかった・・・いつもバカ言い合ってたのに。最近は、まぁ、それもなかったけど」

「俺にしたらそういう頃の彼を知らないからね・・・いつも冷たく素っ気ないし・・・でも今日は違った。君を助けたことで俺たちを見直してくれたんだと思う」


どこか嬉しそうにそう言う誠に小さく微笑んだ圭子は話しやすい誠のおかげか、家の前まで送ってくれるその時までずっと会話を続けることができた。そして十牙ぐらいしか知らない誠の日常や素の部分を知り、周人にはない優しさに好感を得て携帯の番号とアドレスを交換して別れたのだった。


その日は早く、とはいっても夜中だったが、自宅に帰り着いた周人は待ち構えていた源斗と衝突をした。ここ最近はわざと顔を合わせないようにしていた周人だったが、さすがに今日は無理だ。復讐などといったバカなことを始め、かといってその復讐もただ街のチンピラを相手にケンカを仕掛けているだけにすぎない。東京に本社を持つ商社に勤めている源斗はここ最近若者たちによって街の治安が悪化していると同僚から聞かされており、そのメンバーの特徴からして周人と哲生が絡んでいる事実を掴んでいたのだった。恵里を失い、復讐を開始して以来親子の会話はないに等しい。特に源斗との会話は皆無の状態となっていたせいか、2人の間にある溝は日に日に深くなっていく一方なのだった。


「毎週毎週ケンカか?」


源斗の問いかけにも応じず、周人は無造作に冷蔵庫からお茶を取り出すとイラつきを表現するように荒々しくコップへと注いでいく。


「お前に技を教えたのはケンカをさせるためじゃない!」


そう怒鳴られても無視してお茶を一気にあおる息子に源斗の怒りも頂点に達した。


「お前が怪我をさせた者たちがお前に復讐心を持ち、結局はお前に戻ってくるんだぞ」


すぐ目の前まで迫った父に対して冷たい視線を送った息子は軽くコップをゆすぐとそれをその場に置いて源斗と向き合った。ギラついた獣のようなその視線はこれまで見てきた息子にはないものであり、その変わりように内心動揺しながらも強い姿勢で息子を見下ろす。


「お前がしていることはただ暴力をふるっているだけだ!」

「何も知らないくせに!偉そうに言うなよ!」


そう言うと源斗を突き飛ばして階段を駆け上がる。周人の出て行った方向を睨みつけながら怒りに身を震わせた源斗だったが、その後を追う事をしなかった。


「何故犯人だけに手を出さない・・・何故無意味なケンカをする必要がある・・・」


源斗は『キング』の存在を知らず、彼がどういった人間であるかも知らないのだ。だが、源斗が周人に木戸流の技を教えたのはいつか大切な人を守れるためだ。実際、周人は恵里を守れなかった。その場にいなかった者がいかに強かろうとも守れるはずもない。それでも周人は自身のふがいなさを呪った。あの場にいた犯人である『キング』と出くわしながらも倒せず、恐怖した自分が許せなかったのだ。あの時、既に恵里はその命を散らせていた。警察によれば周人が恵里を発見した際にはすでに死後20分が経過していたと話していたことからして既に手遅れだったのだ。それでもあの時『キング』を倒せていたならばという自責の念が周人を追い詰め、今の状態にさせているのだった。


「悔しい気持ちはわかるがな・・・だが間違いは間違いだ」


吐き捨てるようにそう言うと大股でトイレへと向かう源斗の足音を聞きながら小さなため息を漏らす静佳は布団の上に座っていた体を横たえると眉間にシワを寄せながらそっと目を伏せるのだった。


2人の思い出は記憶の中にしかない。残された写真はわずかに2枚であり、そして1枚のプリクラのみである。その会話、肌の温もり、柔らかい手の感触、そして愛くるしく可愛い笑顔。記憶の中にあるそれらは色あせることなくそこにあり、その可愛らしい声すらも鮮明に覚えている。だが、所詮は記憶でしかない。新しい会話もなければ発見もない。共に喜ぶことも悲しむことも、もう永遠にないのだ。生まれて初めての恋だと言えた。この子こそ運命の人だと思っていた。だから、もう自分は誰も好きにはならない。こんなにつらい想いをするのなら、もうこの子以上に誰かを好きになる自信もないから、そう強く思う自分がいる。その想いの裏には守ると約束しながら守れなかった自責の念があり、早く帰ると約束しながらそれを破った自分を許せない想いがあった。その行き場のない憤りを晴らすかのように売られたケンカを買い、またケンカを売った。だが心は虚しさと焦りに悲鳴を上げている。それを自覚しながらも『キング』を追うことを諦めないのは、やはりあの変わり果てた愛しき人の姿を見てしまったからなのかもしれない。あそこで自分が見つけなければ、あるいは犯人探しをあきらめていたかもしれないのだ。だが、彼は復讐を遂げるまでは前には進めない。たとえ死んだ彼女が復讐を望んでいなくとも、それでも彼は戦い続けるだろう。肉が裂け、骨を砕かれ、血を流そうとも。


思い出がある場所には行けなくなってもう4ヶ月が経つ。恵里を失い、自分を見失っていた数日間、そして復讐を開始してから4ヶ月。季節は移ろい、世の中は年末に向けての活気に満ちているのだった。12月半ばとなり、クリスマスや歳末商戦の声があがる街並みを避けてしまうのは無意識からくる幸せな世間の空気からの離脱なのかもしれない。勉強などおろそかにしていながらなんとか赤点だけは取らずにすんだ周人だったが、ここ4ヶ月の復讐のせいか成績はガタ落ちであり、担任の先生が心配をするほどに変わり果てた姿に静佳は頭を下げることしかできなかった。そんな母の気遣いも知らず、町の南を流れる人工的に作られた小さな川を見下ろす周人はグレーのダッフルコートのポケットに両手を突っ込んだまま虚ろな目でその緩やかで寒そうな流れをぼんやりと見つめていた。今年の冬は暖冬であり、例年に比べて温かい日が続いていた。雪も降る気配を見せないせいか、あちこちのスキー場が悲鳴を上げているとのニュースも耳にしているが今の周人には全く関係がなく、興味もなかった。逆に温かいほうが動きやすく、怪我もしないですむ。毎週末の東京遠征だが、ここ最近は収穫らしい収穫もなかった。『七武装セブンアームズ』の小野を倒してから他の『七武装』も姿を見せず、街のヤンキーやチーマーを相手に細かな情報収集をしているものの得たものは無いに等しい。無意識に出るため息が薄い白を演出して口から漏れる。それは周人の曇った心を表現しているようであり、まるで魂が抜け出たように見えてしまうほどだ。


「噂の『ヤンキー狩り』にしてはえらく腑抜けた感じだな」


胸元近くまである白い柵を手すり替わりにして腕を置いていた周人は斜め後方からそう声をかけられて少し顔を傾け、鋭い目つきをそう言葉を発した相手へと向けた。その殺気に満ちた視線を受けて小さく微笑むことができるその男、やや白髪が目立ち始めている髪をオールバックにした紺色のスーツに黒コートの男もまた只者ではない。


「なんだ、あんたは?」

「私は警察の者、秋田というものだ・・・木戸周人君」


周人に問われた秋田は懐から警察手帳を取り出してそれをかざしながら周人の隣にたたずんだ。秋田の方が身長が高いので周人は少し見上げるようにしながらもその突き刺すような鋭い目つきを変えることはなかった。


「何の用だ・・・暴行罪で逮捕か?」

「それだけで済めばいいがな・・・お前さんらはもうお尋ね者だ」

「所詮は能無し警察か・・・オレを逮捕する前に本当に逮捕すべきヤツがいるんじゃねぇか?」

「いや、そうじゃない・・・我々が能無しなのは認めるがね。君たち5人に懸賞金が掛けられている・・・仕掛けたのはとある政治家だ」

「政治家?」


意外な言葉を吐く秋田にその場を立ち去るつもりでいた周人の足が動くことはなかった。それを確認した秋田はコートのポケットからタバコを取り出すと一本くわえ、今時珍しいマッチで火を灯す。ゆらゆらとした煙が立ち昇る様を眺めつつも鋭い目つきは崩さない周人を横目で見た秋田は右手でタバコを持つと続きを話し始めた。


「やったのは君が追っている『キング』を飼っている政治家、猪狩惣一郎いかりそういちろうだよ」

「猪狩?この間までなんとか大臣やってた、確か、今は文部大臣の?」

「そうだ。ヤツは『キング』に日本に潜伏しているマフィアやテロ組織を襲わせ、その組織が持つ財産やバックボーン、そして利益を得ている。『キング』は猪狩によって活躍の場をもらい、どんな犯罪もチャラにできる特権をもった異質な存在だ」


猪狩惣一郎といえば強気な外交で諸外国と対等な立場で交渉をした凄腕の前外務大臣であり、現在は文部大臣を務める初老の男だ。確かに政治家としては凄腕だが、今の総理大臣を陰で操っているだの、多額の闇献金があっただのといった悪い噂も絶えない男でもある。

「あのジジィが・・・」

「つまり政府上層部が『キング』から莫大な利益を得ている。そんな『キング』を追う君たちに懸賞金を賭けて遊んでいるのさ、ヤツは」

「で、オレたちはいくらなんだ?」

「君と佐々木君が300万、戎君が200万、柳生君と水原君が250万だ。ちなみに中国マフィアが『キング』にかけた懸賞金は10億だがね」


最後の言葉にさすがの周人もあ然とした。自分たちに賭けられた懸賞金の額とはケタが違いすぎる。しかも相手は外国のマフィアが賭けた懸賞金なのだ、規模も違う。そのことからも『キング』の強さが想像を絶するものであることは明白だ。


「『四天王』にもそれぞれ3億から6億もの賞金が賭けられているがね、どうする?もうやめるかい?」


その挑発的な言い方に片眉を上げつつも冬の薄い太陽の光を受けながらキラキラと輝く川の水面に目をやった。


「そんな程度で揺らぐなら・・・とっくにやめてるさ」

「なら、君は死んでも『キング』を倒せ」


秋田の立場からは無意味としか思えないケンカをしている自分を止めると思っていた矢先の言葉なだけに、周人は見ていた水面から秋田の顔へと視線を向ける。まるで警察の人間とは思えない今の発言の真意を探るような視線を向けるのだが、それを涼しい顔で受け流すこの男はやはり只者ではない、周人はそう感じていた。


「オレが『キング』を倒せばあんたが得をするのかい?」

「あぁ。私は猪狩を追っている。ヤツがやってきた全ての悪事を世間に示したい。もちろん君の彼女の件もそうだ。そのためには『キング』の存在が邪魔であり、ヤツを倒すことによって猪狩を落とす証拠も得られる」


だいぶ短くなったタバコを地面に落とし靴でもみ消すことからも、秋田が警察の中でも特殊な人間だと分かる。それに政府の、いや猪狩の通達で恵里の事件は闇に葬られながらも彼は独自に捜査をしていたと理解できた周人はほんの少しだけだが秋田という人物を信じてみようと思うのだった。


「『キング』と戦う前に連絡を入れてやる、約束だ」

「お前が約束という言葉を口にするとはな・・・」

「・・・そうだな。軽々しく約束なんて言葉は口にするもんじゃないな」


苦しいような悲しいような表情でそう言いながら再度水面へと顔を向ける周人。そんな周人の横顔を見ながら真剣な顔になった秋田もまた遥かに遠い海へと続く長い川の先を見据えるようにしてみせた。


「オレが勝ったら何か特典が付くのかい?」

「桜町という場所にあるとびきり美味い寿司屋に連れてってやる。食べ放題でな」


その言葉に苦笑する周人を見た秋田は今の笑いがどこか苦笑めいていたことに眉をひそめた。周人にしてみればその特典のおかしさだけでなく、桜町という地名に苦笑を漏らしたにすぎない。


「桜町か・・・因縁じみてきたな」

「因縁?なんだか知らんが、あそこはいい町だ」

「そうかい」


そう言って無意識的に微笑む周人を見た秋田の口元もほころぶ。


「ここに電話をくれ。私の私的な携帯番号だ。イタ電はするなよ」


そう言いながら差し出された番号の書かれた小さなメモを受け取る周人はニヤリと笑うとそれを無造作にコートのポケットに入れた。そんな周人を見て小さく微笑んだ秋田は川を見つめている周人に背を向けるとさっさと歩き始めた。


「勝てよ。お前が本当に絶対無敵ならな」


去り際にそう言った秋田の方を振り仰いだ周人だったが、今言われた言葉の意味がわからずに顔をしかめながら去っていく秋田の背中を見つめるのだった。


街は赤と白、そしてきらびやかなネオンで飾られたクリスマスムードに染まっていた。恋人たちが寄り添いながら歩き、サラリーマンがケーキの入った箱を片手に上機嫌な様子で家路へと急いでいる。どこかの居酒屋からは男性たちのにぎやかな笑い声も響き、街全体が活気に満ち満ちているようだった。だが、それもほんの少し路地へと入ればネオンや街灯も届かぬ闇が支配する裏の顔を見せている。高速道路の高架の真下は開けた場所となっていて人通りも車の流れもない状態だった。明かりも少なく、時折バイクが猛スピードで目の前の道路を駆け抜けていく程度だ。だがそれは普段のこと、今日は違った。3台のバイクがライトの明かりもそのままにエンジン音を響かせながら無造作に置かれているのだ。そのライトが乗り手である3人の影を伸ばす先には5人の男たちの姿があった。クリスマスイブという今日に似合わぬ目つきと雰囲気がぶつかり合う中、ここだけはクリスマスムードかと思える短い髪を真紅に染めた少年とおぼしき長身の男がだぶだぶのズボンのポケットに両手をつっこんだままだるそうな態度で正面に立つ5人の中の1人、周人を睨みつけていた。


「噂の『ヤンキー狩り』さん・・・あんたがさっきヤってくれたのはうちのメンバーでね。落とし前つけさせてもらいに来たぜ」

「そうかい・・・で、どう落とし前つければいい?」


赤いパーカーの上から黒のジャンパーを着込んでいる周人がそう言うと言葉と同時に白い息が舞う。今日は比較的寒い一日だったが夜になってその冷え込みも厳しくなってきたようだ。だが周人たち5人にしても赤い髪の少年たち3人にしても寒さが気にならないというべきかなりの薄着である。


「ナメすぎ」

「じゃぁさっさと来い」

「面白いな、あんた・・・けど、オレは他のヤツらとは違うぜ、お前なんぞにやられねぇ」


言うや否や猛ダッシュで間合いを詰めた赤い髪の少年は親指を突き立てた右拳を周人の喉元目掛けて突き出した。だがそれを難なくかわしざまにその手首を掴み、ひねるようにして体を宙に浮かす。だが少年は自分から地面を蹴って流れに逆らわずに回転すると着地と同時に左腕を振るって周人の喉を狙う。すかさずブロックに行く周人に向かって意味ありげな笑みを浮かべた少年は左腕に注意をひきつけておいて同時に右足を跳ね上げて周人の股間に蹴りをめり込ませにいった。だがその足は周人の左腕によって完璧に封じられ、フェイントに使った左手も押さえ込まれてしまった。舌打ちする少年が次の手を考えて動こうとした瞬間、凄まじい衝撃、今まで感じたことのない衝撃を腹部に受けて倒れこんでしまった。仲間がその光景を信じられないという表情で見つめる中、少年は腹部を押さえたまま砂利の敷き詰められた地面に倒れこんだ。


「ケンカにしちゃあ上手いけどな・・・まだまだだ」


珍しく相手を誉めた周人が仲間の方へと向き直った瞬間、背後で砂利を踏みしめる音を聞いてそちらを振り仰ぐ。口から垂れ下がるよだれもそのままに片手で腹部を押さえた少年が立ち上がって荒い息をしながらも鋭い目で周人を睨みつけていた。


「たいした根性だぜ、あいつ」


十牙が感心したような口ぶりでそう言うが、それに返事をする者は誰もいない。少年はフラつきながらも構えを取って再度周人に詰めよった。もちろんさっきの瞬発力はもうない。それでも少年は周人の顔面めがけて拳を振りかざしてくる。何度も何度も拳を振るう少年だが、全く周人に当たらない。それどころか周人の拳が次々と少年の顔にヒットし、見る間に顔が腫れ上がっていった。それでも少年は攻撃の手を休めず、鈍い動きのアッパーを放ってくるのだった。それを軽々と避けた周人は素早い動きでくるりと身を翻すと体を回転させた反動を利用した拳を少年の左わき腹にめり込ませた。ミキッという鈍い音が肋骨の折れた証明となる。信じられない痛みと衝撃を受けながらもなお倒れずに攻撃をしてくる少年の右拳を掴み上げた周人は何の感情もこもっていない冷たい目でその腕を捻り上げた。


「たしか、ミレニアムの千早芳樹ちはやよしき、だったな?」

「だ、だったらなんだ?」


もはや息も絶え絶えの芳樹はそれでもまだ腫れ上がった目で周人を睨みつけている。ボロボロの体を震わせてもなお攻撃しようとする芳樹のその右腕を捻り上げた状態から一気に振り下ろすと肘を逆に折り曲げてその骨を綺麗に折ってみせるのだった。今度はやや大きめの音で骨が折れたことをアピールする右腕。これにはさすがに悲鳴を上げた芳樹が倒れこもうとしたその顔へ周人の蹴りが炸裂し、芳樹は完全に白目をむいて倒れこむのだった。


「お前みたいなタイプが一番やっかいなんだ・・・少々の怪我ならすぐにまた向かってくるからな、しかも強くなって」


相手を認めたからこその全力に哲生たちは苦笑しながらも少し変わり始めた周人に満足していた。自分より年下、ともすれば中学生かもしれない芳樹を相手にここまで完璧にのしたのは単なるウサ晴らしではなくさっきの言葉の通りなのだとわかったからだ。


「さっさと病院に連れてってやれよ」


芳樹の取り巻き2人にそう言うとさっさと踵を返して仲間の元へと歩く周人は哲生たち4人の背後に幽鬼のごとく立っている人影に気付いてその足を止め、その人影を睨むようにしてみせた。そんな周人を見て怪訝な顔をした4人が同じようにそちらを見れば、そこにはあの『沈黙の魔女』である宮下葵の姿があるのだった。


「何の用だ?」

「迎えに来たのよ、あなたたちを」


その言葉に5人が凍りついたのは無理もないだろう。迎えに来たということは自分たちを待っている人物がいるということだ。『魔女』の1人である葵にそれを伝えるとなればそうなる相手は限定されてくる。『キング』か、あるいは『四天王』か。期待と不安、そして緊張感を全身で表現しつつも口元を歪めて笑みを浮かべる周人に戦慄したのは葵か、仲間か。


「期待させた言い方で悪かったけど、待っているのは『七武装』の1人よ」


その言葉に周人と哲生以外の3人はホッとしている自分に嫌悪感を抱きつつも周人の口から急速に消えた笑みの替わりに出現した殺気によって葵に対して警戒心を持つのだった。

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