ただ、獣のように・・・(4)
「今日は新宿で行動。目的は『七武装』対策と『キング』の情報収集だ」
哲生の言葉に周人を除いた全員がうなずく。
「『七武装』って?」
いきなり横やりを入れてきた可愛らしい声にこれまた周人を除く全員がそっちを向いた。
「お前には関係ない・・・向こうに行ってろ!」
いつの間にか輪に入っている千里に十牙が怒鳴るが、千里はお構いなしにその可愛らしいながらも形の良いお尻を無理矢理純と十牙の間に押し込んで席を確保した。そんな様子に誠はため息をつき、哲生はかっこつけた顔で熱い視線を送る。そんな状況にうんざりなのか、周人は席を立つとさっさとトイレへと向かって歩いていってしまった。
「あいつ、愛想ないね・・・それになんか挑戦的だしぃ」
「そんなのいいからさ、どっか行けよ!」
千里の言葉に純と誠は顔を伏せがちにしてしまったが、哲生は苦笑しながら今の千里の発言が的を射ていると納得していた。そんな哲生の目に周人の後を追う圭子の姿が映ったが、まるで無視するかのように地図を見ながら今日の動きを頭の中でシミュレートするのだった。
「木戸君!」
トイレを目前にしてそう声をかけられた周人は一度はそのまま無視して中に入ろうかと考えたのだが、出てくるのを待たれるのも嫌だと感じて気だるそうに振り返った。そんな冷たい視線を浴びながらもひるむことなく一歩詰め寄った圭子は険しい表情のまま周人を見上げ、少し深呼吸するようにしてから言葉を発した。
「・・・例のために、ここに?」
「だとしたら?」
言葉を濁しながら柔らかく問い掛ける圭子に対し、周人の返答はあまりにも冷たく、そしてあまりにも素っ気ない。だが、復讐を開始してからの周人がこうだと知っている圭子にしてみればこの口調は慣れたものだ。
「やめよう・・・ね?もうやめて一緒に・・・」
その圭子の言葉が言い終わらないうちにさっさと背を向けた周人は無言のままトイレの中へと入っていってしまった。圭子は今にも泣きそうな表情のまま周人が消えたドアを見つめていたが、小さなため息をつくとうつむき加減のまま席へと戻ろうとした。だが目の前に人が立っている足が見えたために身をよじって避けようとしたが、不意にその肩をポンと叩かれ、顔を上げた。
「心遣いは嬉しいけど、今は無駄だよ」
「佐々木君・・・」
「止めたいけど、止まらないさ。だから俺たちがそばにいて無茶しないようにしてるんだ」
そう言うといつになく真剣な顔つきになる哲生に圭子は再び顔を伏せた。
「今のあいつはどうしようもない・・・だから、せめて俺ぐらいは信じてくれ」
そう言うと小さく微笑んだ哲生はそのまま踵を返すといまだにもめている千里と十牙のいる自分たちのテーブルに向かって歩きだした。その哲生の背中を見つめながら重苦しい胸に再度ため息をついた圭子はトボトボとした足取りで心配そうに自分を見ている友達の待つ席へと戻っていった。そんな圭子をさっきからじっと見つめている男の視線があったのだが、哲生にすら気付かれなかったその男は幽霊のごとくふらりと立ち上がるとやはり誰にも気付かれることなく勘定を済ませ、店を後にしたのだった。
「いいコンビじゃないか、十牙。付き合ったら?」
その純の言葉に苦い顔をした十牙は持っていた木刀を肩でとんとんとしながら鋭い目つきで前方を睨んでいた。結局最後までまとわりついた千里を振り切って店を出た5人はまず新宿の駅に向かった。噂によれば駅近辺に『ヤンキー狩り』の情報を得る者たちが多くいると聞き、なにより十牙と誠に関してはこの辺で顔が割れているために網に引っかかりやすいとの判断だった。だが、事態は5人が思っているよりも深刻であり、『七武装』の2人が倒されたという情報はすぐに他の5人の人間たちに知れ渡っているのだ。中にはこれを足がかりにして『七武装』という集団を出て『四天王』に次ぐ地位を得たいと考えている者もいるのだ。そしてその人物こそが『七武装』でも最弱と言われている小野正也だった。もちろん『最弱』とは言われているが、そんじょそこらのヤンキーたちとは比べ物にならない実力を持っているのは周知の事実だ。そしてその小野が恐るべき罠を張って自分たちを待ち受けているとは知らない周人たちは目的通り駅へとやってきた。見た限り怪しそうな人物が全部で4人いる。しかもその4人は周人たちを認識しているようであり、姿を見た瞬間に立ち上がると5メートルの間合いを開けてたたずみ、それぞれが純、哲生、十牙、誠を見ていたかと思うと脱兎のごとく駆け出して逃げたのだ。あわててそれぞれを追う4人に次いで周人が1人に狙いを定めて裏道へと駆け出した瞬間、長身の男が目の前に立ちはだかった。すかさず回し蹴りの態勢に入った周人だったが、意外な言葉を聞いてその動きを強制的に中断させ、バランスを崩しながらも倒れることなく男から間合いを開けた。
「今、なんて言った?」
「女を預かってる・・・これが証拠だ」
男は無表情のままそう言うと、プリペイド式の携帯電話を放り投げた。それをキャッチした周人は通話状態にあることを見て片眉を上げたが、恐れることなくそれを左耳に当てた。電話の向こうから男と、そしてか細いながらも若い女性の声が聞こえてきた。
「おい、誰だ?」
ぶっきらぼうにそう言う周人だが、目の前に立つ男にも注意を払いながら電話の相手に集中した。
『・・・・・・木戸君?』
なにやらもめた会話の後に怯えた声でそう言ったのは圭子だ。
「稲垣?稲垣か?」
『木戸君・・・・ちょっと、さわんないでよ!』
「おい、稲垣!聞こえるか、圭子!返事しろ!」
『木戸君!助けて!ここは・・・』
そこで唐突に電話は切れ、圭子の危機を悟った周人は全身から殺気を滲み出しながら電話をよこした男を睨みつけた。
「彼女はどこだ!」
「知らないね。俺はそれを渡せと頼まれただけなんでね」
長身の男はさも興味なさげにそう言うと小さなため息をついた。
「誰に?誰に頼まれた!」
「小野さんだ・・・『七武装』の」
その言葉に周人の顔が悪鬼に変わり、その瞬間、長身の男が宙に舞った。いや、実際には吹き飛ばされたのだ。強烈な蹴りが腹部を直撃して青いプラスチックのゴミ箱に激突した男はうめき声を発しながらもなんとか立ち上がった。
「ホントにそれしか知らないんだ・・・ついさっき小野さんにコレ渡されてお前に・・・・」
そこまで言った男の顔面に拳がめり込む。鼻血を流しながらも周人を見上げる男は同じ事しか言わず、ついには助けてくれとしか言わなくなってしまった。
「クソッ!オレたちを分断してコレかよ・・・・」
苛立ちを隠さないでそう言い、携帯の着歴を確認してリダイヤルをするがつながらない。舌打ちした周人がまず仲間を呼び戻そうとした矢先、プリペイド携帯が軽快なリズムを奏でながら鳴り響いた。周人は素早く電話に出ると圭子と叫ぶが、電話の向こうから聞こえてきたのはいやに低い感じがする男の声だった。
『女は預かった。返して欲しければ10分以内に松岡ビルの屋上に1人で来い』
「小野か?そのビルはどこにある?」
『自分で探せ。1分遅れるごとに女の体に傷がつくぞ・・・急げよ』
そう言うと唐突に電話は切れた。怒りで電話を握りつぶしそうな周人は目の前で怯えた目で自分を見ている鼻血まみれの男の胸倉を掴み上げるとそのビルの場所を聞くが、男は知らないとしか言葉を発しなかった。苛立つ周人は男の顔面に拳を叩きつけると自分の携帯電話を取り出しつつ駅方面へと向かって走った。とりあえず哲生に電話するが繋がらず、次いで純にかけるもやはりつながらない。苛立ちに加速がかかった矢先、またもプリペイド携帯が軽快な音を鳴らしながら着信を告げはじめる。
『言い忘れたがこの辺一帯には特殊電波を流してる。この携帯以外は使えない上にこの電話同士でしか会話できない・・・早くしろよ?あと9分もないぞ』
一方的にそう言うと電話は切られた。ここまで用意周到に計画された罠に舌打ちするしかない周人は駅に駆け込むと周辺の地図をみる。しかしビルの名前までは見つからずに焦りだけが募っていくだけだ。このままでは時間に間に合わない上に無関係の圭子までをも傷つけ、ともすれば恵里の時のようなことになってしまうだろう。それだけはなんとしても阻止したい周人は焦る自分に向かって冷静になるように言い聞かせながら周囲を見渡し、あることに気付いた。
「あいつ・・・俺が電話をかけようとした直後にさっきの電話・・・・・監視者がいるか、あるいはそのビルからオレが見えていたか」
意識を集中させて自分を見ている視線や気配を探るが特に何も感じない。とすれば監視者の可能性は少ないとし、さっきの位置へと急いで戻る。
「この一帯は特殊電波・・・・この一帯・・・」
つぶやく周人に残された時間はわずかに5分。だがさっきの位置から確認できるビルの数はとても5分では回りきれないほどに多いのだ。
「空からしか確認できないか・・・・・空って・・・・待てよ」
そう言うと何かに思い立ったのか、周人は自分の携帯電話を手に駅の方へと駆け出すのだった。
どんどん遠ざかっていく周人を見ながらニヤニヤ笑うモヒカン刈りの男の身長は190センチの長身であり、体重も100キロはあろう巨体である。足下に置かれた黒い30センチ四方の箱のほかにこの屋上にあるものはない。ここにはその箱と巨体の男小野と、後ろ手に手錠をされた圭子以外には誰もいなかった。喫茶店を出て駅へと向かう途中にこの男に拉致同然にさらわれたのはつい15分ほど前のことだ。一緒にいた友達すら気付かないほど素早く、そして一瞬にして意識を奪われて気が付けばここにいたのだ。不気味に笑うこの大男がどうして自分をさらったのかはさっきの電話で理解できたが、とても周人が間に合いそうもなく身の危険の度合いはマックスといえよう。それでも怯えた様子だけは見せたくないという思いからキッと睨み続ける圭子を見てニヤッと笑った大男はその巨体を窮屈そうに折りたたんで大きな顔を圭子の顔のすぐ前に近づけた。
「心配するな・・・ヤツが来た頃にはお前は最高に気持ちがいい状態だ」
そう言うと無造作に胸を鷲掴みにしてきた。男の手は大きく、圭子のそうふくよかではない胸を掴んだというよりは上半身を掴んだといった方が正しいのかもしれない。身をよじってその苦痛しか感じない男の手から逃れようとするが、両手が利かない上に胸全体をつかまれているので意味はなかった。そんな圭子を見て満足そうに笑う男は全身に鳥肌を立てながらその苦痛と嫌悪感に耐えている圭子のシャツを引きちぎろうと力を込めた。
「まだ時間はあるでしょ!」
「間に合うわけねぇ」
すでに残り時間はわずかに1分、数あるビルの中からここを割出してもタイムオーバーは免れないだろう。男はフライングながら圭子にその魔の手を伸ばし、自己の快楽を得ようとシャツを握った手に力を込めた。
「そいつぁルール違反だな、小野」
まさにシャツのボタンが吹き飛び、布が裂かれそうになるその瞬間、背後から聞こえてきた声にあわてた様子で振り返ればそこに立っているのはまぎれもなく周人だった。少し息を切らせているものの、その殺気に衰えはない。
「バカな!どうしてこうも早く」
うろたえながらも圭子の背後に回り込みつつその丸太といえる太い腕で圭子の首を締め付けるようにして抱えると立ち上がって周人を睨んだ。圭子の体は小野の左腕一本で支えられて宙に浮き上がり、息も絶え絶えに苦しそうな顔をしている。
「彼女を放せ。望みどおり相手になってやる」
「そうだな・・・だが、相手をするのは俺じゃない」
そう言う小野は圭子の首を絞めている腕に力を込める。苦悶の嗚咽を漏らす圭子を見た周人の表情が悪鬼に変わるが、これではうかつに手は出せない。そんな周人を見てにんまり笑う小野は携帯電話を取り出すとどこかへと電話をかけはじめた。
「おう、オレだ・・・お前らすぐここへ来い」
余裕の表情でそう言い、周人を見たままニヤニヤ笑っていた小野の表情が何故か一瞬にして雲ってしまった。そんな小野を見た周人の口元が笑いへと変化するも、小野はそれにも気付かないほど激しく動揺していた。
『無理です!助けてください!』
悲鳴をバックに若い男の声が悲壮なまでにそう叫ぶ。待機させていた総勢二十人の部下は皆かなりの強者を選んである。その部下たちがこうまで悲壮な声をあげるというのが納得できない小野は一歩詰め寄る周人を圭子を使ってけん制しながら電話の相手に怒鳴り声を発した。
「ばかやろう!何が起こってるか説明しろ!」
『襲われています!ライトニングイーグルと交戦中なんです!』
その言葉が終わった矢先にギャッという声と共に電話は切れ、舌打ちして電話を切ったその後すぐに着信を告げる音が高らかに響き渡った。動揺を隠す暇もなく鳴った電話に出れば、別の場所に待機させていた部隊からの声も悲鳴に近かった。
『小野さん!助けてくれ!剣王とマジシャンに・・・ギャッ!』
繋がった瞬間そう言い、声が消えて悲鳴だけがいくつもこだましたかと思えば唐突に電話は切れた。わなわな震える手で電話を握りしめ、怒りと動揺に満ちた目で周人を見やる小野。無表情だった周人の口元が徐々に吊り上るようにして笑みへと変わった。首を絞められて意識が朦朧としてくる中、無意識的に周人の方へと手を伸ばす圭子を見た瞬間に周人の顔からその笑みが消えた。
「クソッ!なんでだ・・・なんでこっちの情報が」
「策士、策に溺れるってやつだ」
そう言いつつさらに一歩寄るが圭子を人質に取られている今はうかつに手は出せない。小野はどうして自分の計画がこのわずかな時間でここまで先読みされているのかがわからずに新たな策を講ずるが、このまま1対5になれば確実にやられてしまうだろう結果は目に見えている。仕方なく態勢を立て直すことにした小野はゆっくりと一歩ずつ後ろへ下がり、屋上を取り囲んだ低めのフェンスを背にして立つ。そのまま圭子の首を絞めていた腕を放すと右手でそのか細い首を掴みあげてフェンスの向こう側に吊り下げた。今いるビルの高さは地上8階、落ちれば下はコンクリートの道路しかなく、死は免れない。そんな宙ぶらりんの状態で小野の右腕一本で支えられた圭子は首を掴まれている苦しさも忘れて足をばたつかせながら必死になって小野の腕を掴んで落下を免れようとしている。
「『ヤンキー狩り』、悪いが仕切り直しだ」
「ふざけるな!彼女を解放して戦え!」
「ここでお前を倒してもいいが、5人揃われるとやっかいなんでな。奈良たちみたいな制裁も受けたくない」
「制裁?」
「『四天王』による制裁さ。まぁそんなことはどうでもいい、とりあえずここは退散だ」
小野を睨んでいた周人に一瞬だが動揺が走った。今の話からして先日戦った『七武装』の2人は『キング四天王』の制裁を受け、なんらかの処罰を下されたとみて間違いないだろう。あの片目の男が言った通り『七武装』は『四天王』の命令を遂行するエージェントならば、この小野が自分たちの抹殺を命令された可能性が高い。それを確実とするためにもこうした巧妙な罠を張って待ち構えていたのだろう。だが誤算が生じて撤退する羽目になったが、今度はどういう手を使ってくるかはわからない。それだけに今ここで小野を倒して『四天王』に迫るのが『キング』への近道なのだ。しかしながらこの状況ではどうしようもない。苦しげな圭子がまさに今、死に直面しているのだ、悠長に考えている時間はない。小野の気持ち一つで圭子は死ぬ。またも守れずにみすみす死に直面するのは耐えられない。
「さて、あっちの端に行ってもらおうか」
片手で吊り下げた圭子をブラブラと揺らしながら下へと続く階段のある出入り口付近から周人を遠ざけるようにその対極線上にある角へと周人を誘い、自分は圭子を吊るした状態でゆっくりとその出口付近へと向かってフェンス沿いに移動を開始した。
「ライトニングイーグル、マジシャン、剣王が来るまであと数分だろう。間に合わなかったな」
出入り口まであと3メートルと迫った小野が歩みを止め、意味ありげにニヤリと笑った。嫌な予感が全身を駆け巡る周人だが、距離が10メートル近く開いているので詰め寄る際に圭子は落下だ。苛立ちながらいつでもダッシュできる状態になる周人を見てますます笑みを強くした小野は圭子を掴んでいる右手を伸ばしきって凄惨なる笑みを浮かべるのだった。
「そういえば・・・虎がいないようだが、まぁいい。あばよ『ヤンキー狩り』!そしてさよならお嬢ちゃん」
「よせっ!」
周人がそう叫んだのと小野が手を放すのはほぼ同時だった。窒息に近い状態で意識を失いかけていた圭子の体が何の支えもなく宙を舞う。絶叫する周人の方を見て邪悪に笑う小野が出入り口へ向かって駆け出した瞬間、横目に信じられない光景を見て思わずその足を止めるのだった。突如伸びた銀色の閃光。その閃光が落下しかけた圭子をすくい上げたのだ。いや、よく見ればそれは光ではなく、棒のようだ。天高く伸びたその棒の先はビルの屋上よりも高く、無意識的にそこを見上げた小野の顔が驚きでいっぱいになった。棒の先にいるのは2人、男と女だ。正確に言えば棒を掴んだ男が圭子を抱きかかえている。やがて棒は2人の重みで傾き始め、少しずつ縮みながら倒れこんだ棒は見事なまでに屋上のど真ん中に男女を着地させたのだった。
「悪い、少し遅くなった」
片膝立ちながらしっかりと圭子をお姫様抱っこした誠の声に周人から安堵の吐息が漏れる。対して小野は思考が働かずにうろたえた様子でその光景を見ていることしかできていない状態にあった。誰がどう考えても圭子が助かる見込みなどなかった。しかも落下しかけた圭子をまるで棒高跳びのような態勢で抱き上げ、そのまま倒れる棒に乗って屋上に着地するなどありえない。しかも長かった棒はすでに3メートルほどに縮んで誠の手の中にあるのだから。
「バカな・・・そんな・・・」
「おもろい髪型してっからこういった事態も計算できないんじゃない?」
出入り口付近から聞こえたその声にあわてた様子でそちらを振り向けば、そこに立っているのは木刀を肩でトントンとしながら鋭い目を向けている十牙と腕組みしてニヤつく哲生の2人だった。激しく動揺する小野が2人を跳ね除けて出口へと駆け出そうとしたまさにその瞬間、近づく足音に顔を巡らせたそこへ周人の拳が飛んだ。不意の一撃ながらさすがに『七武装』と言うべきなのか、ギリギリでそれをかわした小野は巨体に似合わぬ軽快な動きでバック転しながらフェンスを背に立つのだった。
「4人相手は不利だ・・・」
「4人じゃねぇさ。下で鳥が目を光らせてる」
「鳥じゃなくって鷲だろ?鳥とか言ったらニワトリとか想像されるかもしれないじゃん」
「・・・オメェはいちいちムカつくなぁ!」
場所と状況に似合わない漫才を繰り広げる哲生と十牙を見て苦笑した誠は意識がしっかりしてきた圭子を優しく横たえると彼女を守るように如意棒を2メートルほどの長さにして構えながら小野を睨んだ。そんな誠を見上げつつ自分がどういう状況に置かれているかが把握できない圭子は無意識的にぎゅっと誠のシャツを掴むと不安そうな顔を上げた。
「心配しないで・・・大丈夫」
優しさが溢れる笑顔にいくらか安心感を得た圭子は掴んだシャツをそのままに小野に迫る周人の方へと顔を向けるのだった。
「お前も『七武装』ならかかってこいよ・・・それともお前は腰抜けか?」
「ほざけぇ!」
叫びと体が回転するのはほぼ同時だった。回転しながら蹴りを見舞い、それを避けた周人に向かって間髪入れずに巨大な拳が舞う。反撃しようとした周人がその拳を避けた刹那にこんどは逆回転の蹴りが顔面目掛けて襲い掛かる。周人はそれをブロックせずにしゃがんでかわし、足払いを掛けるが小野は飛び上がってそれをかわすとバック転しながら周人の頭頂目掛けて蹴りを放った。哲生のお株を奪うどころかこれほどの巨体でどうしてそれが可能かと思えるほどの攻撃方法に一旦間合いを開けた周人は右手を顔の前に、左手を腰に添えるような構えを見せる。
「5人で来ないのか?」
「シューが負けたら4人で襲うさ」
自分を睨む周人の代わりにそう答えた哲生の方へと視線を向けた圭子は少し落ち着いてきたのか誠から手を放して座り込みながら険しい顔をした周人の方を見やった。今まで見たことのない恐い顔に背筋に冷たいものが走る。それに周人がケンカに弱いと勝手に決めつけていただけに今の攻防などはまるで別人にようにしか見えなかった。何故か震える自分を自分で抱きしめるようにしつつ、常に自分を守るように棒をかざしている誠を見上げるようにしてみせる圭子。パッと見た目はどこか幼い感じがするその顔だが、その目つきは鋭くて少年の中に強い大人の雰囲気を持っている。そんな誠が圭子の視線を受けたせいか顔を下に向けた。優しい笑みを浮かべた誠に大丈夫かと問われて素直にうなずく圭子は初対面でこんな出会いをしながらもその笑顔に惹かれている自分に戸惑うのだった。
やはり今までの相手とはレベルが違う、そう痛感する周人はさらなる強さを欲して念を込めた拳を握りしめた。どんどん膨れ上がる殺気はドス黒く、闇よりも濃い黒い色となりつつも衰えることはなかった。そんな周人の『負のオーラ』を見ている哲生の表情は苦々しくなりながらも心のどこかで畏怖を抱いている自分を嫌悪した。
「所詮は『負の気』による一時的な強さだ・・・けど、そこまでの強さを発揮できるのかよ、あいつは」
実際は怒りと憎しみによる強さの増分があるとはいえ、これまでの実戦や強敵との戦いが周人の戦闘能力を大幅にアップさせたとしか思えないその膨大な気に怯えている自分がいる。もし、この『負の気』を『正の気』に変換できたならばその強さは一体どうなってしまうのか。普通であれば怒りが引けば一時的な強さも消滅するだろう。だが、もしもその強さを純粋に保つことができるならば、それは強大な力となるはずだ。
「恵里ちゃん・・・あいつを守ってやってくれ」
つぶやく哲生をチラリと見た十牙が小さなため息をついた瞬間、周人が一気に駆ける。迎え撃つ小野は腕を水平に振るうようにしてそのスピードを殺そうとしたが、素早くスライディングした周人の足が小野の膝を直撃した。普通の人間であれば膝を蹴られれば間接に多大なダメージを受けるかヘタをすれば折れてしまうだろう。だがこの小野はその蹴りに逆らわずに衝撃と同時に足を後ろへとやってその打撃を相殺してしまう。恐ろしいまでの格闘センスに舌を巻く純だったが、それ以上に周人の動きに目を見張った。自分と戦った時よりもそのキレは数段上だ。そのまま動きを止めずに股をくぐって背後に回りこんだ相手に向かって体を回転させ、そこにいる周人の顔面目掛けて蹴りを放つ小野のその足に一瞬だけ手を置くとその蹴りの勢いを利用して宙を舞う。逆立ちした格好で空中に浮いた周人は完全に無防備であり、そこへさらなる回転を加えた小野の膝がその顔面を捉えるはずだった。
「まさか、、残影華かよ!」
思わずそう叫んだ哲生の言葉に隣にいた十牙が周人の動きに注目する。巨大な膝が周人の顔面を捉えたと思ったその瞬間、両手で膝を掴むとさっき同様に手を利用してタイミング良くさらに高く舞い上がり、クロスさせた足を野太い小野の首にあてがった。そこからクロスさせた足を戻す反動を利用して上体をせり上げた瞬間、強烈な肘打ちを小野の頭頂部分に叩き込んだ。さすがの小野も回避も防御もできずにその衝撃を受けて足下がぐらつく。普通の人間であれば間違いなく気絶しているその一撃を耐えた小野が周人を掴みにかかるが、やはりダメージからか動きが鈍い。その隙に肩の上で小野と同じ方向を向いて逆立つ周人は肩を鉄棒に見立てて大車輪をする感じで前へと倒れこみ、右膝を折り曲げて重力の加速をつけた右の膝蹴りを小野のみぞおちに炸裂させたのだ。さらにそこからまだ肩に置いていた手をそのままに、ダラリと下げていた左足を小野の腹に置くとそこから一気に蹴りあがり、小野と同じ目線にまで飛び上がった。そして今度はその勢いを利用して顎に右の膝を叩き込むとそのまま落下して見事な着地を決める。小野はその巨体をグラグラ揺らしながら焦点の定まらぬ目で周人を見ていたが、いきなり白目を剥くと背中から硬いコンクリートに倒れこんだ。地響きしそうな勢いで倒れた小野は完全に気を失い、もはやピクリとも動かなくなったのだった。
「木戸無明流『残影華』」
つぶやく周人が肩で息をしつつ圭子を見やれば、ぽかーんとした顔をしていた表情を見る間に泣き顔に変えた。やはり全てが終わってほっとしたのだろう、そんな圭子を見た周人の表情も和らぎ、一瞬だが微笑が口元をかすめるのだった。そばにいた誠は如意棒を最小の長さにするとそっと圭子の肩を抱くようにして支えながら立たせてあげる。そんな誠を見ながら頬を涙で濡らす圭子は誠の肩に顔を埋めて泣きじゃくるのだった。
「恐かったよね・・・ゴメンね、助けるのが遅れて」
誠はそっと優しく圭子の背中をさすってあげながらそう言うと出口へと続くドアの前に立つ哲生と十牙の元へと促し、歩かせた。
「稲垣、ゴメンな・・・巻きこんじまって」
学校では聞いたことのない優しい口調の哲生からは図らずも巻き込んでしまったという後悔の念が感じられたせいか、圭子は誠の胸に顔を埋めたままふるふると弱々しくながら顔を横に振った。
「手がかりになるような物は持ってないな」
「だな。にしてはいやに用意周到だったが」
「策士なんだろうさ、単独犯のな」
純の疑問にそう答えた周人はふらつきながら立ち上がると小さなため息をついた。そんな自分を支えるように手を差し出した純を見た周人だったが、それは不必要とばかりに1人で歩き出す。結局手がかりを得ることはできなかったがこれで『七武装』のうち3人を倒したのだ。これを受けて片目の男が言った最強の男とやらが動き、それによっては『四天王』が動く可能性もある。収穫はあったと言える状況にひとまず満足したのか、周人は純を伴って先に屋上を後にした4人の後を追った。なるべく早くここを離れた方がいいとの判断でとりあえず駅方面に向かった6人はファーストフード店に入り、軽めの夕食を取ることにしたのだった。助けてくれた誠を信頼しているのか、圭子は片時も誠の傍を離れようとせず、誠は十牙の冷やかしを受けながらも嫌な顔一つせずに圭子の世話を焼いた。とりあえず安否を心配していた友達にはうまく誤魔化しながら無事を伝えた圭子は落ち着きを完全に取り戻したようで普段の様子で水を口にした。
「しかし、間一髪だった・・・礼を言う、ありがとう」
一通りのメニューが揃ったところで周人が誠にそう礼を言った。今までどんなピンチを救われようとも決して礼など言わなかった周人の変化に戸惑いつつ、誠はにこやかに微笑んでそれに応えるのだった。
「如意棒に乗って舞い上がるのはしょっちゅうしているからね。おかげでビルも探せたし、人質救出の役に立てて嬉しいよ」
「まぁ所詮は卑怯な手を使うバカなゴリラ。賢い俺たちには勝てないさ」
その言葉に落ち着きを取り戻した圭子もにこやかな笑顔を見せる。あの時、周人は妨害電波の範囲を出て誠を呼び、彼の持つ如意棒を使って舞い上がることでビルの位置を突き止めた挙句にその道をふさぐ形で待ち伏せをしていた2つの集団も見つけていたのだ。先に周人を行かせてビルの入り口にいた集団を哲生と十牙、純が請け負い、先行した誠が屋上から落とされそうになっていた圭子を見事に救出してみせたのが真相なのだ。
「まこっちゃん様様だな」
馴れ馴れしくそう言う哲生のその言葉に皆笑顔を見せたが、周人だけは笑みを見せることはなかった。そんな周人を見つつ飲み物の入ったコップにささっているストローをくわえた圭子はぐるりとその場にいる全員を見渡した。周人以外は皆仲が良さそうであり、まるで古くからの友人であるように見える。
「5人で、チームなの?」
まだショックのせいか声色は小さく蚊の鳴くような声でそう言うが周人を除いた全員がうなずいたのを見て小さく微笑んだ。
「そう、アホ軍団だ」
純のその言葉に口に含んでいたジュースを豪快に噴出す十牙に全員が文句を言う。むせかえっているせいで身動きが取れない十牙に替わって純と哲生が汚くなったテーブルを拭いていた。幸いにも食べ物に異常が無く全員がホッと胸を撫で下ろす中、周人の口元だけに一瞬だけかすかな笑みが浮かんだが、それに気付いた者は誰もいなかった。
「なんなんだ・・・そのなんとも言いがたいチーム名は?」
ガラガラ声でそう言う十牙はナプキンで口を拭きながら涙に濡れた目を拭う仕草を取った。
「昼間に木戸がそう言ってたぞ」
「アホって・・・・・」
「しかも軍団かよ」
純の説明に誠と十牙が呆れたようにして周人を見るが、周人はすました顔でポテトをついばんでいた。そんな周人を見てくすくす笑う圭子につられてか、一気に和んだ雰囲気を持つ全員の笑い声が響いたのだった。




