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くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第3話
15/33

ただ、獣のように・・・(3)

結局その日は渋谷、新宿、品川のリーダーを倒した上に『七武装セブンアームズ』の2人を撃破、直後の『魔女』の出現と東京に留まることが危険と判断してすぐさま立ち去ることとなってしまった。その翌日、日曜日の午後に昨日の経緯と今後の対応を巡っての意見を交換するという名目で哲生は全員に召集をかけた。場所は哲生の家であり、隣町に住む純は電車で4駅西に来ればいいだけという実に近い場所にいたのだった。そして十牙と誠もまた近い場所に住んでいたのは偶然にしては出来すぎで3人を驚かせた。周人と哲生の住んでいる町は栄市の中心地にある戸崎という場所であり、純の住む三山はその隣にある市で家は栄市に隣接している矢賀という場所だった。そして十牙と誠はその三山市の北に位置している岡江という場所なのだ。交通でいえば1時間もかからぬ場所にそれぞれが住んでいるという偶然に笑い、そして誰も口にはしなかったがこの出会いが運命に導かれていたのではないかと思えるようになっていたのだった。約束の午後1時、昨日の夜の解散間際に哲生がくれた簡単な地図を頼りにその目的地の前に立った純は驚きを隠せない表情をしながら目の前に建つ大きな家を見上げていた。マンションに家族3人で暮らしている純にしてみれば一軒家はどこも大きく感じてしまう。だが、この家はそういったレベルを大きく超えているのだ。門の向こうに見える家の隣には平屋のような2階のない瓦葺の屋根でできた日本建築の建屋があり、隣接して存在しているために大きく見えているのだった。


「デカイ家だな、おい・・・」


呆けたように哲生の家の前に立っている純の横に立ったのは今ここにやってきたばかりの十牙と誠だった。2人もまたその大きな家を見ながらため息をつくしかない。


「十牙の家より大きいんじゃない?」

「まぁな・・・じいちゃんの家には及ばねぇけど、かなりのもんだ」

「じいちゃん?柳生新陰流宗家の?」

「ああ。あそこは昔ながらの武家屋敷を改築しただけだからな・・・ま、とりあえず入ろうぜ」


十牙と誠の会話を何気なしに聞いていた純は門の横に設置されているカメラ付きのインターホンを鳴らした上にカメラに向かって愛想を振り撒く十牙を見やった。


「柳生新陰流って・・・あの時代劇で有名な?」

「あぁ・・・俺がその正統後継者だよ。っても、もう血も薄いし、残すのは技ばかり。剣道の延長みたいなもんだがな」


あっけらかんとそう言う十牙に驚きを全開にした純を見て小さく微笑んだ誠はインターホンの向こうからする哲生の声に顔をそっちへと向けた。ほどなくして玄関を出た哲生が大きな庭を通って門の留め金を外す。


「てっちゃ~ん」


そんな哲生に向けて投げられた間延びした声に4人が一斉にそちらの方へと頭を巡らせた。そこには小走りにやってくるミカの姿があり、見慣れぬ3人がいるせいかその走りをやや鈍くしつつも哲生の横に立った。白いスカートにピンクのシャツを着た少しラフなスタイルのせいか、高校生には思えない大きな胸に知らず知らず目が行く3人。


「でか・・・」


思わず小声ながらそう声を発した十牙の脇をつつく誠はなるだけそこを見ないようにしながら少し困ったような顔をしているミカに笑みを見せた。純もまた小さく頭を下げている。


「こいつらは友達だよ・・・で、何?」


詳しい説明を抜いて大雑把にそう言った哲生の言葉を聞いて3人に笑みを浮かべて挨拶をしたミカはここで言うべきかどうかを悩んだ挙句、言おうと思っていた言葉を口に出した。


「しゅうちゃん、今日も東京?」

「いや、知らないけど・・・ホントは今日ウチに来るはずだったんだけど、朝に電話があって行けなくなったって」


その言葉に3人は無表情をし、一瞬だけ3人の様子を窺うように視線を向けたミカはその無表情さから何かを感じ取りつつも知らないフリをした。


「そっか・・・ちょっと話、したかったんだけど・・・」

「家に行ってみろよ」

「行ったらどっかに出かけたって・・・バイクはあったんだけど」


その言葉に哲生だけでなく純たちも表情を険しくしたのを見逃さなかったミカだか、そこはあえて見なかったことにしてその場を立ち去るように哲生に手を振り、3人に頭を下げた。


「じゃぁいいよ、んじゃぁねぇ」


そう言って角を曲がったミカの気配が完全に消えたのを確認した哲生は3人を家に招き入れると正面にある家ではなく、隣にある平屋の方へと向かった。造りからして道場か何かだと思っていた十牙の読み通りそこは板張りの部屋しかない広い道場となっていた。二十畳はあろう広さに一定間隔で存在している大きめの窓もどこか古めかしいが決して古いことはなかった。床はピカピカに磨かれ、正面奥には扉があってまだ奥に部屋があるらしかった。3人はその奥にある部屋に案内されて感嘆の吐息を漏らした。そこは畳の敷かれた純日本風の部屋となっていて広さは十二畳程度のものなのだが、特徴的なのがその中央に位置している囲炉裏だった。年代物の茶釜が今でも使用しているとわかる灰の上に置かれている。それを囲むようにして薄いながらも座り心地が良さそうな座布団が4枚置かれ、ここだけが現代ではないような空間を作り出していた。哲生を除く3人はそれぞれ囲炉裏を囲む形で座ると哲生が部屋の端に設置されているお茶のセット、こちらは普通の急須にポットなのだがそれでお茶の準備を始めていた。


「ここは滅多に人も来ないし、今日の話にはもってこいの場所だからな」


そう言いながら3人にお茶を出す哲生は窓のある壁を背に腰を下ろすと昨日の経緯から話を始めた。周人が『渋谷の狼』を倒した後で待ち合わせた場所に現れた『七武装』の2人である犬飼と奈良との戦い。そして姿を見せた4人の『魔女』。『キング四天王』ですら『キング』の正確な居場所を知らないという事実。


「相手が俺たちをみくびってくれたおかげで勝てたけど・・・これでヤツらも本気になっただろう」

「より厳しくなったってことか」


哲生の言葉に神妙な面持ちとなる純はそう言うと腕組みをして囲炉裏を見つめる。しばらくの沈黙の後、誠がゆっくりと口を開いた。


「今まで以上に俺たちのレベルアップが必要ってことか・・・『念』と『気硬化』を教えてもらって強くはなったと思ってるけど、足りないね」

「あぁ、そうだな。けど昨日も街のリーダーとやらは一撃でやっつけたし、強くはなってる」


十牙も誠も新宿と品川を仕切るリーダーをあっさりと撃破していた。周人と哲生に敗れたことでより修行をするようになった上に『気』の基本を伝授されたことが大きい。以前に比べて格段に強くなっているのだろうが、『七武装』はその上を行っていることは間違いないのだ。それに目標は『七武装』ではなく、それは通過点に過ぎないのだから。


「今後はより連携プレーが必要になるな・・・1人の『七武装』に2人がかりで挑む覚悟もいる」


純の言葉に哲生がうなずき、誠が目で同意を表すが十牙の表情は冴えない。


「1人相手に2人って・・・・ヤな感じだぜ」

「仕方ないよ・・・これは通過点なんだし」

「それに木戸が『キング』と闘うことを考慮すれば、俺たちは場合によったら『四天王』とタイマン張らなきゃいけないんだから」


誠と純の言葉に渋い顔をしつつも納得したような感じを見せる十牙に苦笑した哲生は果たしてこの復讐劇がそこまでいけるかどうか疑問に思っていた。確かに周人は強くなっている。だが、今のままでは『キング』を倒すことはおろか、そこまで辿り着くことも出来ないだろう。それは予感ではなく、事実といっていいほどに。


「多分、この復讐は遂げられないと思う」


哲生はあえて『多分』という言葉を頭に付けてそう言葉にした。その意外な言葉に3人が一斉に哲生を見るが当の本人は火の灯されていない囲炉裏をじっと見つめているだけだ。そんな哲生を見て何か言いかけた十牙が口を閉じる。それはゆっくりと顔を上げた哲生が今までにないほどの真剣な顔をして3人をぐるりと見渡したからだった。


「人間には『正』と『負』の気がある。『正』は文字通り正しい気であり、喜びや楽しみ、向上心から生まれるものだ。そして『負』は怒りや悲しみ、憎悪というべきものから生まれるものなんだ」


そう前置きしてから、哲生はその2つの『気』について語り始めた。本来人間に働くのは『正』の気であり、『負』というものはそうそう発生しない。発生しても心の奥底にある『正』の気によってそれは一時的にしか作用しないのだ。だが今回の周人のように激しい怒りや憎しみが『正』の気をかき消すほどの強さをもってしまった場合、その原因が解消されるか、もしくはその怒りや憎しみが無理矢理折られた時に消失してしまうという事態となってしまう。


「つまり、あいつの中にある怒りや憎しみをもってしても勝てない相手に遭遇し、あいつ自身が勝てないと思った時、『負』の気はあっけなく消滅してしまうんだ」


『負の気』は時に凄まじいエネルギーとなって力を与えてくれる。人が怒りに満ちたときに発揮する爆発的な力がそれであり、時にそれは殺人すら起こすほどの力をもたらすものだ。だが、その怒りをもってしても敵わないと思ったとき、その怒りは急速に失われてしまい強気な心も一瞬にして弱気になるものだ。


「つまり、彼が全く手も足もでずに勝てないと心底思ったとき、その怒りは消滅して・・・」

「最悪は殺される・・・ってなわけか」


誠と十牙の言葉にただうなずくだけの哲生を見やる純は小さくため息をつくと一旦間を置くようにしてお茶をすすった。苦味もなく熱さも程よいそのお茶は心に落ち着きをくれるような気がした。


「だがあいつは強くなってる・・・俺と闘ったときより遥かにな」


湯呑みを置きながら静かにそう言う純の言葉に十牙と誠も納得したような顔をしてみせる。確かにここ最近の周人の強さはかなりのものだった。誠や純と戦った時よりも確実に強くなっており、実戦の場数を踏むことで戦略も豊富となってその眠らせていた才能とセンスを見事に開花させている。確かに今後その怒りや憎しみを打ち砕く実力をもった相手が立ちふさがる可能性が高いといっても、そうそうその心が折られるほどの相手がいるとも思えない。


「確かに強くなったさ・・・けど、本当の強さは心で決まる。今のあいつは復讐を遂げたいという強い思いと『負の気』が見事に融合しているからな。けど、その心を折られれば『負の気』はあっけなく消滅し、そこから来ている強さも消滅だ。そしてそれほどの強さを持っている相手が『七武装』だろう」


犬飼と奈良、彼らが自分たちの力を過信せず、周人と哲生を見下さずに本来の力を発揮していれば勝てていたとは思えない。哲生はずっとそう思っていたのだ。今回はただ運が良かっただけなのだと。


「わかってる・・・俺にはわかってるんだ・・・今のあいつじゃ絶対に『キング』を倒せないって」


そう苦々しい顔で言う哲生に皆神妙な面持ちとなる。ここ最近の周人の強さからひょっとして『キング』にも勝てるのではないかという思いすら抱いていただけに、今の哲生の言葉はそれぞれの心に重く響いていた。


「本当は復讐をやめさせたかった・・・みすみす死にに行くなんて真似をやめさせたかった。けど、それができないほどにあいつの心の闇が大きいことを知ってたから、だからいつも傍にいて見守ろうと思ったんだ」


復讐という馬鹿げたことをやめさせるのが目的だった。だがそれが不可能なことだとわかっていただけに、ならば自分が周人を守るという決意を胸に今日まで戦ってきた。しかし、そんな哲生の想いすら超えた周人の復讐心は全く衰えることなく逆に増大していく一方なのだった。哲生にしか見えない黒いオーラ、『負の気』の具現化したその闇の力ではこの先の強敵を相手に戦うことは困難だとわかっているだけに、自分でもどうしていいかを悩んでいたのだ。


「まぁ、成り行きで仲間になっちまったけど・・・今はあいつを死なせたく気持ちは一緒だしね・・・でも、それほどまでに好きだったんだね、彼女のこと」


誠が発したその言葉にかすかな笑みを浮かべて見せた哲生は周人と恵里の仲睦まじい姿を思い出してすぐにそれを悲しいものへと変化させた。


「お似合いだったさ・・・本当にな。お互いがお互いを本当に好きで・・・だからこその復讐なんだろうけど」


そう言う哲生の口調と表情からもそれが伝わった3人は黙り込むようにして囲炉裏を見つめるばかりだった。だがそんな沈黙を嫌ったのか、十牙は腕を組むと哲生を睨むように見やりながら表情を険しくして見せた。


「で、木戸が来てないのは?」

「さぁな・・・」

「フン、まぁいいさ・・・お前に用があったわけだし。あいつがいなくても問題ない」


そう言うと十牙はお茶をすすって間を置いた。わざとその間を空けて自分に興味を持たせようとの腹だが、哲生はさも興味なさげにお茶を飲むと首の骨を鳴らすようにしてぐるりと回している。


「『気』についてもっと教えてくれ」

「ほぉ、お前にしちゃ珍しいな・・・自発的なんて」

「うるせぇな!オレぁ強くなりたんだ!」


悪態をつきながらもその瞳に輝く光は一点の曇りもない。どこか焦りすら感じられる表情からして最近の自分に少し自信を失いかけていることが見え隠れしているのを見破った哲生はその鋭い視線を受けながらさっきまで浮かべていた薄ら笑いをかき消した。


「木戸の強さに・・・俺ぁ焦っているのかもしれねぇ。正直、俺は前よりも強くなってるけど、それでもまだまだ足りねぇんだ、もっと強くなりてぇんだ」


珍しく弱気な自分をさらけ出す十牙に中学時代からの友達である誠も驚きを全身で表している。いつでも強気で自信満々な十牙がこうまで弱い心を見せたことなどないからだ。哲生はそんな十牙に真剣な目を向けながら静かに立ち上がり、一言ついて来いとだけ言うと道場の方に向かって歩き出すのだった。


高架となっている駅のすぐ目の前には本屋とパチンコ店があり、そこは乗り降りする駅の利用客でいつもにぎわっていた。その本屋は大通りから来る道の角に位置しており、そこから折れるとちょっとした商店街があるのだが最近は増えてきたコンビニやスーパーによって売上がやや落ち気味となっているせいかやや活気がないように見えてしまう。しかしながらそんなことなど関係ないほどの人で賑わう本屋の前を通っている周人は大通りを真横に当てもなくただブラブラと歩いていた。本来であれば東京に繰り出して『キング』を探す行動を取りたいところなのだが、先日戦った『七武装』とのバトルによるダメージが抜けきっていないためにそうはいかないのが現実だった。今の状態でもチンピラやヤンキーなどには楽勝だろうが『七武装』を相手にするのはかなりきついのだ。さすがにそうまでして戦う気になれない周人は家に居づらいせいもあってこうしてブラブラしているしかないのだった。公園のベンチでのんびりという気分でもない上に、あの事件以来公園に近づくことすらできないでいる。それどころか夜のランニングもできない状態となってしまっていて周人の心の傷は癒えることがないほど深くえぐられており、そんな周人を見ている哲生にしてみればたとえ復讐を果たしたとしてもその傷が癒えるとは思えないほどの状態にあるのだが、当の本人はその傷の深さに気付くことなく毎日を過ごしているのだった。一方通行の道路が大通りとぶつかる交差点で信号が赤に変わり、周人は足を止めて行き交う車の波をぼんやりと眺めるようにしてみせる。無表情ながらもどこか険しい顔に見えるのはいつものことだ。そんな周人の肩を背後から叩いた人物は、自分がよく知っている周人にはないその刺々しい雰囲気に一瞬驚くような素振りを見せたが、それをすぐに笑顔に変えた。


「久しぶりだな、木戸君」

「大山先生・・・どうも」


味気ない返事だが、声をかけた人物である大山康男はそんなことを気にする風でもなくにこやかな笑みを消すことはなかった。


「ずっと桜町の方にいてね・・・でも、聞いたよ、彼女のこと」


笑みから一点、表情を曇らせた康男のその言葉に少しうつむきがちになった周人だが表情に変化はなかった。


「言葉にできない気持ちだよ。君の心中も察する・・・・・・けど、復讐なんてやめた方がいい」


その意外な言葉にハッとした顔を上げた周人は苦々しい笑みを見せる康男から無意識的に目を逸らした。


「たまたま東京にいる元教え子に会ってね・・・その時に君を見かけたんだ。まるで別人のような君を見て驚いたし、声もかけられなかった。で、ちょいと調べてみたんだが・・・なんで復讐を?」


どういう人脈を使って調べたのかはわからないが、そう言われても周人の表情に変化はない。そのままゆっくりと顔を上げると相変わらずの鋭い雰囲気を持った目で康男を見つめながらゆっくりながらここまでの経緯を話し始めた。康男は間に言葉を挟むことなく終始黙って話を聞き、最後に小さなため息をつくとなんとも言えない険しい表情のまま腕を組むのが精一杯だった。


「そうか・・・・ま、何が正しいのかはわからないが・・・」

「正しいとか、そういうんじゃなしに、オレはこのまま復讐を遂げるまで戦います」


復讐と言う名の炎を目に宿らせた周人にそれ以上何も言えなくなってしまった康男は結局その後少し会話をしただけで周人と別れるしかなかった。お似合いだった2人、お互いにその愛しさが溢れているのが見えていただけに周人の気持ちも分かる。だがこれは間違っているとはっきり言える康男だったが実際周人にそれを告げることはできなかったのだ。


「復讐の果てに君の心が晴れるとは思えないよ、木戸君」


苦い味のする口の感覚に似た心を胸にそうつぶやいた康男は去りゆく周人の背中に冷たいものを感じつつその場を後にするのだった。


秋は行楽の季節とも言われ、過ごしやすい日が続くものだ。今年もその例外ではなく、十月も終わりに近づいて随分過ごしやすくなったこの時期は行楽地も賑わいを見せていた。いや、行楽地だけでなく夕闇の迫りつつある都心部も人で溢れている。多くの若者で溢れ返った大きな交差点で信号待ちをしているその風景を見ながら喫茶店の一角で楽しい会話に華を咲かせているのは稲垣圭子だ。土曜日の今日は学校も休みで朝から中学時代の友達3人とここ若者の街渋谷へと繰り出し、買い物にいそしんだ圭子は家に帰るにはまだ少し早いという事でここでこうしてお茶を楽しんでいるのだった。4人が囲むテーブルの脇には戦利品というべきたくさんの紙袋が置かれており、今日の買い物が充実したものであることを物語っている。全員がそれぞれ大好きなフルーツをあしらったパフェを頬張りながら談笑しているその席の隣にやってきたのは見るからに派手な出で立ちをした少女だった。短めの白いスカートに赤いシャツを着ており、肌寒さをカバーするピンクのジャケットを手に2人掛けの背もたれ付きの椅子に腰掛けたその少女はカフェオレをオーダーすると小さなバッグからリップを取り出してそれを唇になぞるようにして滑らせた。オレンジがかった茶色い髪を柔らかめのパーマできめている。マスカラで大きくなった目は元から大きいせいで今にも零れ落ちそうなほどになっていた。両手いっぱいの紙袋を向かい側の椅子に置いているその少女は何気なしに圭子たちの方を見てから鐘が鳴るドアの方へと視線を走らせた。ドアが開けばそこに据え付けられている鐘が鳴り、来客を知らせるのだ。


「あれ?」


リップをしまう手を止めてドアから入ってきた5人の男たちに目をやりつつそうつぶやいた少女の視線をなんとなしに追った圭子もまた小さな声をあげてしまった。だがそんな声を掻き消すほどの大きな声で入り口付近に立つその連中に向かって手を振るさっきの少女。


「おー、柳生じゃん!」

「ゲ!」

「あ、藤川さん」


こっちに来いというようなゼスチャーを取るその少女に近寄るのは誠であり、名前を呼ばれた十牙だった。


「稲垣・・・」


藤川と呼ばれた少女の後ろでじっと自分を見ている圭子の視線に気付いた周人だったが、無表情のまま圭子たちのいるテーブルのすぐ目の前の席へと案内されながらもさっさと背を向けるようにして座ってしまった。


「相変わらずバカっぽいけど・・・あんたって水原以外に友達いたんだぁ?」

「うるせぇな・・・誰がバカだよ」


血走った目を同級生である藤川千里ふじかわちさとへと向ける十牙をなだめつつ笑顔を見せた誠は挨拶もそこそこにじっと周人の背中を見ている別の席にいる圭子の方へと視線を向けた。


「しかし、お前ってそんなに派手だったか?」

「休日モードはいつもこれね・・・で、あんたらは?観光?」

「そうなんですよ・・・あ、いや、僕は十牙君の親友の佐々木です、佐々木哲生。よろしく、えと、藤川さん」


いつのまに千里の横に座ったのか、ニヒルな笑みを見せながらそう挨拶をした哲生はパッと見た目が可愛い千里の肩に手を回すような仕草を取った。


「ある意味『マジシャン』だな・・・」


あきれたような感心したような口調でそう言いつつ周人の横に座った純は小さく笑いながらもさっきからこちらに視線を向けている圭子の方をチラッと見やった。


「知り合いか?」

「同級生だよ・・・それより、アホ軍団を集合させてくれ」

「・・・・俺たちのチーム名はそれかよ」


苦笑気味にそう言うもどこか納得したような純は千里と睨み合う十牙と馴れ馴れしい哲生を連れてきた誠に席につくよう促した後、近くにいた戸惑いがちの店員に適当にオーダーをすると持っていた小さな携帯型の地図を広げた。


「木戸君・・・」


声をかけることもできない圭子がやや暗い表情のままうつむくのを見ていた哲生は圭子の目に入るようわざと大きく背伸びをし、思惑通りに顔を上げさせた。そしてそのまま真剣な顔をしてから口の端を小さく吊り上げて表情を和らげた。それ見た圭子は哲生が何を言おうとしているのかを悟ったように小さく微笑むと怪訝な顔をしている友達たちに愛想笑いを見せたのだった。

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