表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第3話
14/33

ただ、獣のように・・・(2)

ニヤけた表情の奈良、退屈そうな犬飼を前に今にも飛び掛らんばかりの殺気を見せる周人と違い、どうしたものかと思案に暮れる哲生は一旦逃げることも視野に置きながら相手の出方を見ることにした。幸いと言うべきか、先週助言をくれた男が話していた神崎という人物でないことに安堵しながら、この2人の実力が未知数だということを念頭におく。だがそんな哲生の思惑も虚しく、周人が2人に向けて駆け出した。


「あ!こら!バカ!」


普段の哲生であればすぐ後を追うのだが、今は違った。援護は必要だろうが一撃で周人がやられるとは思っていない。ならばまず周人の出方を見て相手の技量を推し量るのが得策だ。だが、そんな哲生の思惑はもろくも崩れ去った。周人の拳を難なくかわすと、犬飼が純並みのスピードで哲生との間合いを一気に詰めると信じられないことに一瞬で4発のパンチを炸裂させる。もはや反射神経のみでそれらをブロックしたが、拳に気を取られている隙に放った膝が腹部に叩きこまれてしまった。気硬化を使用することもできずにモロにそれを受けた哲生の上体が折れ曲がり、その降りたあご先につま先が突き刺さる。強烈な一撃に派手に吹き飛んだ哲生は固い地面の感触を感じながら飛びそうな意識を保つのがやっとだった。一方、周人もまた吹き飛んでいた。繰り出された拳をいともあっさり受け止め、そのまま身を沈ませた奈良は左手を地面について片手一本で体を浮かせ、そのままブレイクダンスをおどるかのような奇抜な蹴り技を繰り出してきたのだ。両手で地面を舞い、体を回転させて蹴りを放ち、周人の反撃タイミングを見計らって逆回転をしてみせる。哲生のお株を奪うかのような変幻自在のその蹴りに苦戦する中、背中で地面を回転した反動を利用して手で地を蹴って両足を突き出して蹴りを放つ。それを軽くよけた周人だったが、その勢いを利用して起き上がった奈良の拳が周人の太ももを直撃して動きを鈍らせ、逆立ちしながらの蹴りを周人のアゴに浴びせたのだ。血と泡を吐きつつ吹き飛ぶ周人は硬いコンクリートの地面を転がりつつもなんとか片膝で立ったものの、大きく肩で息をしていた。周人も哲生もアゴへの一撃が効いており、膝はおろか足全体が震えている。


「今ので昇天しないとは・・・強いのは強いな」

「けど、まぁ、こんなもんだろ」


誉める奈良に対してさもつまらなさそうにそう言う犬飼。今まで闘った中での強敵、純や誠、十牙をはるかに上回る実力に驚きを感じる2人だが、ここで負けるわけにはいかない。特に周人にしてみればこの2人は単なる通過点にすぎないのだ。その思いからか、なんとか気力を振り絞って立ち上がるも、やはり膝が笑って足が震える。


「立ってるのがやっとだな」


そう言って余裕の笑みを見せた奈良がフラフラの周人に近寄って来る。口から血を流す周人のギラついた目に一瞬背筋が凍るような感覚に襲われた奈良だったが、どう見てもあと一撃加えれば終わるだろう。そして奈良の体が一瞬にして消えたように見えたのはしゃがみこんで地面に手をついたために体が沈んだからだ。地面についた手に力を込め、沈ませた体を重力に逆らって一気に反発させながら勢い良く周人のアゴ先に両足の蹴りを見舞う。そのスピードは恐ろしく速く、そして正確だった。だが、その一撃が空を切ったのはどういうわけか。


「ガハッ!」


声を上げて地を這ったのは周人ではなく、奈良の方だった。逆立ちした奈良の顔面を蹴りつけた足が振り抜かれ、奈良の体が半回転して正面から硬い地面に叩きつけられたのだ。さらに追い討ちをかけるがごとく倒れた背中に膝の強烈な一撃が見舞われた。奈良はわけもわからぬまま気を失い、全く動かなくなる。そんな状態を信じられない思いで見つめていた犬飼の表情がみるみる険しくなり、失神している奈良の上に倒れるようにして座り込む周人の方を睨みつけた。


「へっ!タイミングがさっきと全く同じだったからな・・・イチかバチかの賭けだったが、オレの勝ちだ」


そう言って笑う周人だが、その笑顔も一瞬で消えた。挑発し、隙を見せれば倒れている哲生が何かしらの反撃を行なってくれると思っていたのだが、それは期待できないと悟ったからだ。奈良をやられた怒りに身を震わせながらも実に冷静な犬飼は周人と背後で倒れたままの哲生の気配を探ることを忘れていない。最初の攻撃があまりに綺麗に決まったために隙を見せ、油断した奈良とは違うらしい。かといって今襲ってこられてもまともに動けない周人に勝ち目もなく、絶体絶命な状況は変わらないのだ。


「『念』か・・・『念』で一瞬だけ足に力を込めてヤツの攻撃をかわす瞬発力と攻撃力を溜めたってか?あいつ・・・確実に強くなってやがる」


倒れながらも『気』の力で体力とダメージの回復を行なっている哲生はあの状態から奈良を倒した周人の底力に閉口していた。今までの周人であればいくら『念』を使ったとはいえ攻撃を避けるのが精一杯でとても反撃までもっていくことなどできなかっただろう。だがここに至るまでの数々のケンカ、死闘が周人の中にあった格闘の才能を凄まじい速度で開花させているとしか思えなかった。戦いの呼吸、攻防のタイミングにいたる勘の部分と相手の動きを見る動体視力や自らの体を動かす瞬発力がケタ違いに増しているのである。元々あった超天才的なセンスが知らぬ間に磨かれ、復讐を果たしたいと思う気持ちがそれをさらに研ぎ澄ましていく。だが惜しむらくは『負の感情』に支配された中での成長であり、これ以上の伸びは期待できないだろう。


「けど・・・『七武装セブンアームズ』を一撃で倒せる強さを持っているとなれば、『負の感情』さえ昇華できれば『キング』に勝てる可能性もあるな・・・」


だがそれはあくまで可能性であり、実際は不可能だろうと思える。復讐という言わば怒りと憎しみから来た『負の感情』ではとてもじゃないがこの先の戦いを勝ち残ることはできないだろう。哲生は小さなため息をつきつつ起き上がってあぐらをかく姿勢をとった。


「ただ寝ていただけじゃないとは思っていたが・・・」


背中を向けたまま不気味にそう言う犬飼の言葉にポリポリと指で頬を掻いた哲生はまだ本調子ではない足を奮い立たせて立ち上がると犬飼の向こうにいる周人を見やる。全く態勢を変えていないことからどうやら蓄積されたダメージのせいで全く動けないようだ。だいいち奈良を倒したのは運も味方してくれたおかげとくればそれも納得だ。


「今回ばかりは外れクジか」


つぶやく哲生の顔つきが周人の助っ人を申し出てから初めて真剣そのものに変化した。全身にみなぎる攻撃的な『気』に、素早い動きで振り返る犬飼をさすがだと思う哲生は一切の笑みを浮かべずに血液が体を巡るがごとく『気』を全身に張り巡らせた。


「お前から死ね」

「童貞のまま死にたくないんでな」


そう言う哲生に対してうっすらと見下したような笑みを浮かべた犬飼を見た哲生は一瞬だけムッとした顔をしたがすぐにそれをかき消した。


「童貞だからって小馬鹿にしやがって・・・校内ナンバーワン美女美咲ちゃんとするまでは死ねないんだよ」


そう言う哲生から溢れ出す鬼気に犬飼の表情も引き締まる。殺気と怒気の入り混じる気の中に鋭い気持ちの高ぶりが混じったその鬼気を受けて自分の腕に鳥肌が立つのを不思議な感覚として受け止める犬飼だった。


「あの奈良を倒すなんて・・・『ヤンキー狩り』もなかなかのものね」


ショートカットの髪から見えている耳に大きなシルバーのリング形したピアスが揺れている。風もない雨上がりの夜は少し肌寒いが、この女性の格好はそんな寒さなど無縁のように思えた。袖の短い革のジャケットの下にはキャミソール、そして革のミニスカートを履いている。裸足に黒いヒールに真紅のルージュとくればかなり妖艶な感じをかもし出してまるで水商売をしている女性のようだ。


「けど、奈良は油断したわ・・・勝ったと思っての攻撃は必ず隙がでるからね」


背中の半ばまで伸びた艶やかな黒髪にパッチリした目をマスカラでさらに大きくしたかなりの美少女が黒のワンピース姿で腕組みしながら向かい合う哲生と犬飼を見つめていた。今いる4階建てのビルの屋上にたたずんでいるのはこの2人を含めた4人の美少女だった。周人と哲生の背中を見る形で斜め後方にいる4人のうち、今会話をした2人はビルの屋上の縁、壁もフェンスもない場所に立ち、残った2人は恐くないのかその縁に腰掛けて足をブラブラさせていた。


「緑はこの勝負をどう見る?」


座っている内の1人、口元に色香の漂うほくろも似あう長めの髪を夜目にも鮮やかな茶色に染めた美少女がそう言う。


「犬飼の勝ちね。どう見たって勝ち目はないよ」


そう答えるショートカットの美少女、佐伯緑さえきみどりは薄ら笑いを浮かべたままそうきっぱりと断言した。


「私は『魔術師マジシャン』が勝つと思うわ」


隣に立つ黒いワンピース姿の美少女の言葉にため息をつきつつどこか馬鹿にした視線を向けた緑はやれやれとばかりのリアクションを取るとその場にしゃがみこんだ。


「桜・・・あんたさぁ、あの男がタイプなの?」

「そうね・・・女性経験も少なそうだし、いい感じかも」


そう言ってくすっと笑うワンピースの少女、綾瀬桜あやせさくらを軽蔑のまなざしで見やった緑は疲れたような顔をしていまだににらみ合う哲生と犬飼の方へと視線を落とした。


「葵は?」


前を見たままそう言う緑だったが、今質問を投げた宮下葵みやしたあおいが返事をするはずもないとわかっての質問だった。彼女が口を開くことは滅多にない。それこそ自分が興味を持った時に限定される。しかもその時ですら一言二言しか口を開かないのだ、返事を期待する方がバカらしい。肩まで伸びた黒髪を優しい風がふわりと浮き上がらせる中、やはり返事をしない葵は何故かヘタりこんでいる周人の方へと視線を向けているのだった。


「私は犬飼、桜は『魔術師』、葵は『ヤンキー狩り』・・・・・千江美は?」


葵の視線から勝手に周人と決め付けたが葵に反応はない。そんな葵と緑とを見やった江崎千江美えざきちえみはかすかな笑みを浮かべて眼下にいる4人へと視線を走らせた。


「今回は『魔術師マジシャン』の勝ちね・・・でも、相手が犬飼だからね」

「まぁね、7人の中でもズバ抜けた技もないし・・・といっても、神崎以外の6人は皆似たり寄ったりだから」


千江美の返事を聞いて納得したのか、緑はそう付け加えてから下を見る。


「千江美と桜の予言が当たったら挨拶に行きましょう」

「そうね・・・ま、もう会うこともないでしょうけどね」


桜の言葉に葵を除く3人が似たような冷笑を浮かべる中、葵の視線は今もまだ周人へと注がれているのだった。


足にきているダメージはまだ抜けきっていない。何より腹部のダメージも残り、アゴに受けたために揺さぶられた脳のせいでバランスも悪い状態にあった。それでも苦手とする『気』による治療を施しながらも攻撃の『気』の練らねばならない。奈良を倒されたことによって犬飼は本気であり、微塵の隙もないとなれば苦戦は必死だ。しかも長期戦となれば圧倒的に不利なため、さっき周人がしたようにほぼ一撃で倒す以外に勝機がない。だが隙のない相手にそれが可能かと言われれば答えはノーだ。しかもこの犬飼のスピードは純に匹敵する。


「しゃーねぇ」


つぶやく哲生が両腕を胸の前で交差する独特の構えを取った。その腕の動きに注目しつつ犬飼が駆ける。3メートルはあった距離が一瞬で詰まる中、同時にヤリのごとき鋭さを持った拳が哲生の顔面を捉えに来た。ビルの屋上からそれを見ていた4人の美少女全員が犬飼の勝利を確信した、それほどのスピードとタイミングだったにも関わらず空を切り裂く拳に信じられない表情をしたのは犬飼か、4人の美少女か。だがすぐさま返す拳を哲生がいる場所に向けて放ったのはさすがだ。しかし哲生は地面にへばりつくぐらい低い態勢を取ってそれをかわし、すかさずやってきた蹴りをその蹴り足を掴んで空中に逃れる。


「なんなの・・・あれ・・・」


凄まじい速さの蹴り足を掴んで空中に逃れるなど果たしてできるのか。そのまま空中で2、3度蹴りを打ち込む哲生のそれを難なくかわした犬飼は逆に哲生の右腕に強烈な蹴りを叩き込んだが、それは腕というよりも鉄板を蹴ったような硬い衝撃しか返ってこなかった。その蹴りを『気硬化』でやり過ごして落下した哲生がなんとか着地を決めた瞬間、犬飼の拳が流星のごとき速さで哲生の顔面に迫った。誰もが今度こそ終わったと思った瞬間、犬飼の体が宙を舞う。突き出した右腕は哲生の左腕に掴まれ、襟首を右腕で持たれて投げを放たれていたのだ。だが十分受身を取れるタイミングだ、そう思う犬飼がその瞬間を待っていた時、そのタイミングを狂わせる落下速度に加速がかかった。とっさのことに対応できない犬飼が強烈な衝撃を背中に感じたと同時にみぞおちに哲生の肘が叩きこまれて気を失った。死んだように動かない犬飼の横でへたりこむ哲生が荒い息をする中、ゆっくりとそこへと近づく周人の足下もまだおぼつかない。


「最初の攻撃に『気』をこめずに避ける動作と投げ技に全てをかけたってか?」

「あぁ・・・『砕落弐式さいらくにしき』に全てを込めた・・・・だからしばらくは動けないぞ」


動けないことを自慢げに言う哲生に珍しく笑みを見せた周人は最後の一瞬に全てを賭けた哲生の度胸と技量に舌を巻くしかなかった。自分には絶対に真似できないと思えるさっきの動きに黙り込む周人を見た哲生はかすかな笑みを浮かべると自分の運の良さにも笑った。犬飼の攻撃がこうも直線的でなければ今こうして座って笑っていられたとは思えない。勝ったのは運が良かったにすぎないのだ。


「全く・・・・・これから先が思いやられるな。あとまだ5人もいるんだぜ、こんなのが」

「柳生たちに任せるさ」


自分以外の仲間の存在を認めていなかった周人のその言葉に驚きを隠せない哲生だったが、それが単に3人を仲間と認めた発言ではないことに気付いて苦笑をもらす。周人にしてみればなるだけ楽をしてリスクを抑え、『キング』の下まで辿り着こうという腹なのだ。そう思う哲生は自分の横に座り込む周人を見る表情を硬くしながら近づいてくる足音のする方へと視線を向けた。


「ほぉ、こりゃまた・・・」


やってくる4つの人影を見た哲生の表情が緩む。2人が座り込むすぐ近くまで来たその4人が皆美人ばかりであったからだ。1人を除く3人が妖艶な笑みを浮かべつつ2人を順番に見やると口元にほくろのある美女、千江美が横たわったまま全く動く気配を見せない犬飼と奈良の方を見て冷たいような薄い笑いを見せるのだった。


「せっかく私が貴重な情報を流してあげたのに・・・情けない。『七武装』失格ね」

「誰だ、お前ら」


その口ぶりからして『七武装』をも操る権力を持っていると思える千江美に対して鋭い視線を浴びせる周人に反して、哲生はニヒルな笑みを見せながら自分の好みを探すかのようにじっくりと4人を見渡した。全員がモデルのような容姿をしている4人を見た哲生と視線を合わせた黒いワンピース姿の桜はにこやかな表情を浮かべながらウィンクをしてみせた。


「私の名前は江崎千江美。人は私のことを『破滅の魔女』なんて呼んでるわ」

「破滅?」

「あんたに溺れたら身を滅ぼすってか?」


その言葉に艶やかな笑みを見せた千江美の横をすり抜けるようにして哲生の前にしゃがみこんだ桜はじっと哲生の顔を見つめたまま薄い笑いを浮かべる。哲生は鼻をくすぐるいい香りにとろんとなりながら、すぐ目の前にあるその柔らかそうな唇に自分の唇を合わせたい衝動を抑えるのに必死だった。


「けど、俺はこの子で溺れたい」

「あら、見る目あるわよ、あなた」

「だろ?でも、君で溺れる前に三途の川で溺れそうで恐いよ」


その意外な言葉に可愛らしい目をぱちくりさせる桜に小さな、それでいて鋭く冷たい笑みを見せた哲生はゆっくりした動きで立ち上がるとまだ震える足を隠すように頭の後ろで手を組んでくつろいだような余裕の態度を見せた。


「上手く隠してるけどさ、殺気がありありなんでな・・・」


そう言うと桜の左手を指さす哲生に対し、その左手を掲げた桜はそこに隠すようにして持たれているカミソリの刃をかざすようにしてみせた。


「『鮮血の魔女』にしてはお粗末ね・・・バレバレじゃん」


そう言うといきなり手にしたカッターの刃を哲生の首筋に押し付けるのはショートカットのヘアースタイルも似合う緑であった。首の脇にある頚動脈付近に刃を押し付けながらその赤いルージュの引かれた唇を一舐めする行為もいやらしい。力を込めて縦に薙げば自分の首から真っ赤な鮮血が噴水のように噴き出すと分かっていながら笑みを消さない哲生の意図が読めない緑は可愛らしい動きで小首を傾げて見せた。


「『冷血の魔女』もね」


そう言う桜を睨みつけた緑だが、自分の腹部を指さしているその姿を見てハッとしたように下を向く。しなやかな曲線を描くウエストも優美な腹部の上に添えられた手は触れられこそしていないのだが淡い金色の輝きを見せている。『念』によって増幅された拳は周人たちが使用している『念』とはけた違いの威力を発揮するために押し込まれただけでその衝撃は全力のパンチに匹敵するのだ。それに気功師である哲生が本気の一撃を放てば華奢な緑では内臓破裂は必至だろう。冷や汗をかきつつ笑う緑の手をゆっくりとどけながらも不敵に笑う哲生は横で立ち上がる周人の方へと視線を向けた。


「さっきからお互いを『魔女』と呼んでるあんたらは何者だ?」

「あら?私たちを知らないの?」


本当に驚いたようにそう言う千江美の言葉にすら眉一つ動かさない周人は興味がないとでも言うように無表情のまま、ずっと押し黙ったままで自分を見つめているこれまた無表情の美少女、葵の方へと視線を向けた。肩まで伸びた髪も黒を基調としながら少々オレンジがかっているが、手入れをしていないのかバサバサだ。目もパッチリした大きなものだが睨むような視線を向けているせいで台無しになっている。


「私たちは『キング四天王』の女よ」


その緑の言葉に驚きの表情を浮かべて詰め寄る周人は革のジャケットの胸倉を掴み上げると怒りを剥き出しにして緑の顔に自分の顔を近づけた。


「『キング』はどこにいる?」

「知らないわ・・・」

「嘘つけ!」


さらに力を込める周人の手を掴んだのは哲生であり、その冷静な目に少し怒りを納めた周人は苛立ちを表現したような動きで手を離すと4人を順番に睨みつけた。


「『冷血の魔女』に聞くより・・・『破滅の魔女』、江崎さんに聞いた方が早いと思うぜ」

「あら、どうして?」


ニヤけた顔をしながらふざけた口調でそう言う哲生の実に冷静な目を受けながら不敵に笑う千江美は一歩前へと出て哲生との距離を詰めた。


「さっきあんたはこう言った、『せっかく私が貴重な情報をあげたのに』とな。私たちではなく、私が、と言った。つまりあんたは俺たちのことを知っている上に、今日、街のリーダーたちを襲ったあとでここへ来る事すら知っていた。そしてその情報をこいつら2人に流して俺たちを襲撃させたんだ」


突然現われた4人を前に驚きつつも実に冷静な判断力と洞察力、そして注意力を発揮する哲生に対してゾクリとしたものを感じる千江美は珍しく引きつった笑みを見せて緑や桜の驚きを買った。


「恐ろしいわね・・・さっきの戦いぶりといい・・・ただの『魔術師』ならぬ『戦慄の魔術師マジシャン』ね」

「光栄だね。で、『キング』はどこにいる?」


高揚のない声でそう言う哲生は張っていた気を落ち着けるとさっき周人がした質問を千江美に投げた。


「教えると思う?」

「思わない」


あっさり、そしてきっぱりとそう言った哲生の言葉にクスッと笑った千江美は今にも自分に飛び掛ってきそうな周人を見やった。


「『キング』の居場所を知っているのは『四天王』ぐらいなもの。でもね、その彼女でもある私たちでも滅多に『キング』には会えないわ」

「用心深いんじゃなくって、気まぐれなのよ・・・」


千江美の言葉が終わるや否やそういう桜の言葉を聞いても納得できるはずもない。苛立ちを押し殺せない周人は黙ったまま自分を見つめている葵に気がつくとその殺気めいた視線を葵に向けた。


「どうして『キング』を追っているの?」


ここでようやく、初めて言葉を開いた葵に何故か仲間であるはずの3人が驚いた様子でそっちの方を見やった。そんな3人を不思議そうに見ながら哲生もまた周人の答えを黙って待つ。


「お前には関係ない・・・『キング』の居場所を言え」

「知らないわ・・・あいつに最近会ったのはもう半年以上も前だもの」

「ならお前の彼氏の所へ連れて行け」


周人の言葉に再び口を閉ざした葵は無表情のままじっと周人を見つめている。そんな葵を睨んでいても埒があかないと判断した周人が一番情報を持っていそうな千江美の方へと顔を向けた瞬間、凄まじい速さの蹴りがその鼻先をかすめていった。だが蹴りを放った葵が驚いた顔をしているのはどういうわけか。いや、それ以上に今の葵の行動に驚いている女性3人の反応はどういうことなのか。


「かわした?」


蹴る瞬間を見ていなかったにもかかわらずそれを避けた驚きを口にしてつぶやく葵に目もくれずに千江美に近づく周人だが、今度は拳を見舞う葵に邪魔されて先へ進めない。そして再度蹴りが周人の頭を狙って放たれるが、周人の右足がそれを迎撃し、お互いの間合いの中間地点でぶつかりあった。


「『キング』に辿り着きたかったらあと五人の『七武装』を倒すことね・・・じゃ」


そう言うなり桜は耳元で揺れていたさくらんぼの形をしたピアスを外すとひょいとそれを空中に放り投げる。その瞬間、ピアスが弾けたかと思うと凄まじい明滅を繰り返す色とりどりの閃光が瞬いて2人の目をくらませた。哲生は目を閉じたままさらにその上から両腕をかざして網膜の焼きつきを回避しながら4人が走り去っていく気配を注意深く探っていたが、その気配とピアスの閃光が完全に消えたためにため息をついてゆっくりと目を開いた。


「特殊閃光弾ってとこだな・・・可愛い顔してなかなかやるよ」


あれだけ目を守りながらもぼやける視界に周人を入れながらそう言う哲生は自分に背中を向ける形でたたずんでいる周人から言い知れない殺気を感じていた。


「しかし『魔女』とはよく言ったもんだぜ・・・とりあえず合流地点に行こう」


苛立ちと殺気の入り混じった気を発する周人をうながしてその場を後にする哲生だが、『七武装』と『魔女』たちが動きだしたことで確実に『キング』に近づいているという事実と、今の自分たちのレベルではこの先の戦いがかなりきついものになるということを認識するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ