ただ、獣のように・・・(1)
降りしきる雨から身を守る色とりどりの傘の花が夕刻の街に咲き誇る。朝から降りしきる小雨が夕方3時になる頃から本降りになって今に至っており、週末の夕刻5時だというのに陰鬱な気分にさせられてしまうこの雨にため息をつくしかなかった。今日はこの後、仲間たちと女の子を誘ったパーティ、非合法ドラッグをメインとした欲望の入り乱れた特別なパーティが待っている。薬によって気分がハイになり、人間の欲望をさらけ出すそのパーティの開催は月に一度の楽しみとなっていた。それに女の子たちはドラッグパーティだとは知らずに来ることになっており、薬によって理性を失い、男たちと獣のように交わることになろうとは思ってもいないのだ。それがまた男たちの快感を増幅させることにもなる。そのため、この日を待ちわびていた高橋智也にとってこの天気は今日の自分の気分を台無しにしてしまうほどの陰鬱さを与えていた。雨を避けるようにビルの軒先に腰掛けながらパーティを共にする4人の仲間、いや、舎弟というべきその男たちが後ろでパーティの話をして盛り上がる中、高橋はただぼんやりと目の前を行き交う傘の花を掲げるように手にして歩く人の波へと視線を送っていた。
「今日のドラッグは凄いですよ!なんせあの神崎さんが流してくれたものですからね」
そう嬉々として話をしているのは高橋たちが所属している渋谷の街を統括しているチーム『渋谷クローサー』の新入りでまだ中学三年生の中川太一だ。地元はおろか周辺の中学、高校でもケンカが強いことで有名な中川はこのクローサーに入ってまだ半年も経たない新人ながらチームでナンバー3の実力を持つ高橋の目に留まり、今ではチーム内においてもかなりの実力を持つ存在となっていた。いずれはクローサーのトップに立ちたいとの野望を胸にチーム入りしたのだが、今目の前に座っている高橋の他、ナンバー2の後藤剛、そしてリーダーの黒崎星の強さは中川など足下に及ばぬケタ違いのものを持っているのだ。特に先代リーダーの橋本サトシの因縁を受けて返り討ちにした黒崎の強さは凄まじく、そのケンカっぷりを間近で見ていた中川はこの人には絶対に勝てないと畏怖したほどだった。
「楽しみだよなぁ・・・しかも今日の相手は中学生だろ?俺の趣味的にはもう、たまんねぇぜ!」
中川の話に妄想を膨らませて悶える林信夫は約束の時間である6時が待てない状態となっていた。今日のパーティの女の子は中川が手引きした女子中学生5人が集うことになっていた。もちろんその女子たちは中川のクラスメートではなく、この近辺でレディースをしている知り合いを通じて呼び寄せたかなりの美少女たちばかりだった。中にはイジメに遭っている子もいて断りたくても断れない状況に追いこまれた子もいるのだが、そんな事情など高橋たちには関係なかった。この街にいる限り、自分たちが秩序であり正義なのだ。各街を預かるチームのリーダーがそれを了承すればそれは公的に問題なしとされ、警察すらどうとでもなるほどの力を持つからだった。それにこのパーティに関してはチームリーダーである黒崎自体は参加をしないが、その開催に関しては認めているために何の問題は無い。しかし何故にこうまで街を仕切るチームのリーダーがここまでの権力を得ているかを知る者は少ない。それはナンバー3の高橋ですら知らないことなのだ。
「なんだ・・・お前?」
高橋の声にその場にいた全員の視線が通りの方へと向いた。降りしきる雨の中、傘もささずに濡れて色が黒く変色したジーンズのポケットに手を突っ込んだ少年がそこに突っ立っている。長めの前髪が濡れて雫を滴らせているせいか、鋭い眼光がわずかに見える程度だが、全身から放たれている殺気はビリビリと伝わってきていた。
「『渋谷の狼』っての、あんたか?」
やや低めの声が雨に混ざるが、その挑発的な言葉は高橋の耳にしっかりと届いていた。その言葉に中川や林たちが勢い良く立ち上がるが、座ったままの高橋が左手で制したせいか立ったまま目の前の少年を敵意に満ちた目で睨みつけている。少年もまた鋭い眼光のまま5人を順々に見ていく中、ゆっくりと立ち上がった高橋が四段ある階段の一段目まで降り、雨に濡れながら少年を目の前で見下ろす形を取った。
「ウチの頭に用なのか?」
「お前じゃないのか・・・」
高橋の言葉に対し、鼻でため息をついた少年はそう言うとゆっくりとポケットから両手を出した。明らかに小馬鹿にしたその言葉に憤慨しつつも冷静さを保つ高橋が襲い掛かるタイミングを計る中、少年の目が背後にいる林に向けられた瞬間にその段を蹴るようにして空中に身を躍らせると自慢の飛び蹴りを炸裂させた。幼い頃から習ってきた空手をケンカに使用して道場を破門されたが、その技は磨き続けて今の地位がある。絶対的な自信を持つこの蹴りで倒せなかった相手はこの渋谷には自分より実力が上である後藤と黒崎以外にはいなかった。これまで数多くのケンカで相手の血を受けてきた自慢の蹴りを、なんと同じく地を蹴って飛び上がった少年の蹴りが叩き落すなどとは想像もしていなかった。蹴りと蹴りとがぶつかり合い、反発しあう磁石のようにはじけ飛ぶ。高橋は弾かれた足を歯がゆく思いながら再度軸足とした左足が着地するのを待ってあらためて第2撃を叩き込もうとするが、その動作より速く少年の第2撃が側頭部に炸裂した。空中でぶつかり合い、反発しあったその反動を利用して再度そこから回し蹴りを放てるものなのか。着地もできずに空中で回し蹴りを受けたその衝撃全てが頭に叩き込まれて意識を吹き飛ばした。空中で脱力し、糸の切れた操り人形のごとく雨水で膜の張られた硬いコンクリートの上に落下した高橋は人通りの増えた通りに転がり、それを見た通行人の若い女性が小さな悲鳴を上げる。落ちた際にどこかを打ったのか、雨に濡れた地面を赤い染みが雨水と混じって広がっていくのを避けるように通り行く人ごみは厄介ごとに首を突っ込みたくないという都会の人間の心理が如実に現われているかのようだ。倒れる高橋を見て殺気だった目で少年に襲い掛かる中川の手には小型のナイフが握られている。それを見ても表情すら変えない少年はゆっくりと階段を上ると突き出されたナイフを避けながらその手を取り、アゴに肘を叩き込みながらさらに投げを放った。どうやったのか、片腕で中川の右肘の関節を折りながら放つその投げをまともに背中からうけた中川は一瞬で気を失い、ありえない方向に折れ曲がった腕をそのままに仰向けのまま階段をずりおちてその顔に冷たい雨を受けて動かなくなった。次いで襲い掛かった2人に対し、凄まじい速さで空中に身を躍らせた少年は左右交互に繰り出した蹴りで相手のアゴ先を蹴り上げる。そしてまるでサーカスのごとくそのまま相手の肩に足を置いて宙返りをした後、着地と同時に腹部に拳をめり込ませた。悶絶して倒れこむ2人を見た林は少年の手の届かない隙間を縫って人ごみにまぎれるようにして通りに飛び込むと一目散にどこかへと駆け出した。通行人にぶつかることなどお構いなしの林は裏路地を行き、やがて少し大きめの商社ビルの裏手にやってきた。そこは裏手と言いながらも人が行き交う歩道に面しており、どちらかといえば裏通りに近いような場所であった。
「く、黒崎さん!助けてくれ!」
林はまるで倒れこむようにしてその足下にすがると怯えた目を向けていた。対してくわえていたタバコに火を灯しながら面倒くさそうな視線を向けた黒崎は虚ろな目で林を見ると十七歳にしては見事な吸いっぷりで煙を吐き出すとまだまだ止みそうもない暗い空を見上げた。
「うるせぇよ、ぎゃあぎゃあと」
「高橋さんがやられた!しかも、そいつ、強すぎる!」
その言葉を聞いても虚ろな表情を崩さない黒崎は仲間がやられたと聞いても眉一つ動かさずに気だるそうな視線を林に向けた。通り過ぎる人たちが何事かと見ていく中、黒崎はタバコをくわえたままぼーっとした様子で林を見ているだけだった。
「たった一撃だ・・・あの高橋さんが、わけのわかんねぇガキに!」
興奮状態なのか、それとも黒崎の注意を引きたいのか、林は大げさな身振りと大声でそう説明するが、当の本人は話を聞いているのか聞いていないのかわからない視線を人が行き交う通りの方に集中させている。林は黒崎の口元が一瞬だけ歪むように吊り上ったのを見た後、怪訝な顔をして黒崎が見ている自分の背後を振り仰ぐとヒッと小さな悲鳴を上げて後ずさりして黒崎の背後に隠れるようにしてしまった。黒崎が見つめるそこにはさっきの少年が立っているのだ。しかもさっき以上に鋭い目つき、殺気を伴って。
「お前か・・・こんなひ弱そうなガキに高橋のバカ野郎が・・・女とヤリまくって腕が落ちたんだろうさ・・・」
やや長めの前髪をかきあげる黒崎の左耳に十字架の形をしたピアスが銀色のきらめきを見せて姿を現した。そのピアスをじっと見ている少年に対し、めんどくさそうに立ち上がった黒崎はアゴでこっちへ来いという動きを見せた後、ビルとビルの間にある裏路地の方へと向かって歩き始めた。身の丈180センチはあろう長身についていく少年の背丈は175センチ程度か。黒崎は雑居ビルの並びあう路地を行きながら体に打ち付ける雨に苛立ちながらも少し開けた場所へとやってきた。そこは破れたフェンスや壊れたゴミ箱が散乱したいかにも不良の溜まり場とおぼしき場所だった。周囲では雨に濡れない場所に座っているこれまたいかにも柄の悪そうな男たちがニヤニヤした顔をしながら路地をやってきた少年へと視線を向けているが、少年は振り返った黒崎の3メートル手前で立ち止まると雨も気にならないのか両手をだらりと下げたままじっとしている。ごろつきどもを顔を動かさずに視線だけで見やりながら相変わらず鋭い目つきと殺気を放っていた。
「いつでもいいぜ。これはケンカだ・・・合図は・・・・ないっ!」
言いながら黒崎は一気に間合いを詰めて最も得意とする右回し蹴りを放った。少年のこめかみを狙ったその蹴りは間合い、タイミングともに完璧でありもはや勝ちは絶対的だった。だが、その渾身の蹴りは虚しく宙を切り裂くのみ。どんな強敵すらこの蹴りで叩き伏せてきた自慢の技、噂に聞くライトニングイーグルすら超えると思っているこの速さの蹴りをかわせる者がいるのか。しかもこの少年は黒崎が動いたのを見てから動作を起こしている。こめかみがあるべき場所には何もなく、少しだけ体を沈ませた少年が背中を見せているのを見た黒崎は自分の蹴りがその全ての動きをまっとうしていないにもかかわらず、後から動いたその少年の足が跳ね上がるのを信じられない気持ちで見ることしか出来なかった。実際黒崎もそれが蹴りであるとは見えていない。動きと、そして凄まじい衝撃が頭に叩き込まれたことからそれを自覚したのだが、崩れいく体を立て直すこともできずに雨で泥状になった土の上に無様に倒れこんだまま気を失ってしまった。それを見たごろつきたちが一斉に立ちると皆各々武器を手に少年に襲い掛かる。雨の中行なわれた1対多数の戦いはわずかな時間で勝敗が決し、路地の入り口付近でその様子を見ていた林は目の前に展開されている光景が悪夢のように震えながらその場を動けずにいた。倒れこむ仲間、そして街を治めるリーダーの姿にどうしていいかわからない。だが少年の殺気めいた視線をその身に受けた瞬間我に返り、すぐさま路地を抜けて通りに逃げようとしたがその右手をつかまれて引っ張り戻され、濡れた地面に倒れこんだ。
「ひぃっ!」
恐怖の中でポケットに忍ばせておいたナイフを取り出して起き上がると同時に切りつけようと振りかざすが、その手首を掴まれた上に肘の下に空いた方の腕を敷くようにされて自分を掴んでいる腕を持って6の字を描くような形を取った。そのまま投げを放たれた林はボキッという自分の肘が折れる音を聞きながら頭から地面に叩きつけられて泥だらけとなる。そのまま動かなくなった林を見下ろすようにした少年は泥に汚れたジーンズを気にすることなく元来た路地を進んで人の多くなった通りにその姿を消したのだった。
「お疲れさん」
「・・・・別に疲れてねぇよ」
とあるマンションの一角にある小さな公園の中にあるものといえば小さな幼児用の滑り台と気持ち程度の広さしか持たない砂場だけである。高さも大人の身の丈程度しかない小さなその滑り台の降り口に腰掛けているのは哲生だ。ようやく雨も上がったが、水を吸いきれないほど吸い込んだ砂場の砂は海岸にある砂に似た湿気を伴って靴を飲み込んでしまう。そんな場所に座っている哲生は雨にズブ濡れになっている今来た少年、周人に向かってねぎらいの言葉をかけたのだが、あまりに素っ気ないその返事に苦笑を漏らした。確かに見たところ疲れた様子はどこにもない。雨に濡れたトレーナーにドロで汚れたジーンズが目立つぐらいか。
「今ごろ柳生が品川、水原が新宿で仕事を終えてる頃だろう・・・」
「戎は?」
「メールも電話も不通・・・デートかもな」
「そうか」
聞いたはいいが興味はないというその口調にため息を漏らした哲生は滑り台の側面にもたれるようにして立つ周人の方へと顔を向けた。
「『渋谷の狼』、どうだった?」
「どうって・・・どうもこうもないさ。相手をナメすぎというよりは自分の力を過信しすぎだな」
夕方渋谷に乗り込んでその頂点に立つ『渋谷の狼』を一撃の下で倒してきた周人は素っ気なくそう答えるとまだどんよりしたままの空を見上げるようにした。雨はもう降りそうにないがそれでも当分は星空を拝めそうにはない。
「けど、今日で5つの街のうち3つの頭を叩いたことになる。これで俺たちはますますお尋ね者だな」
「柳生と水原が勝てたらの話だろ?けど、それはそれで願ったり叶ったりさ」
相変わらず夜空へと顔を向けたままの周人の言葉にため息をついた哲生は膝に肘をつくとその手にアゴを乗せる格好を取った。
「いいかげん信用してやれよ・・・あの3人、以前よりも強くなってるんだしさ」
「そりゃ強くなるだろ・・・お前から『気』の使い方を教わったんだからな」
その言葉に哲生は深いため息をつくしかなかった。3人が仲間となり、共同戦線を張るようになって2週間経つが、いまだに周人は3人を仲間として扱うことはなかった。哲生にも告げずに1人で東京へ行き、相変わらずのケンカ三昧だ。だがそんな周人に誰も何も言わず、ただ『キング』を引きずり出すという行動に各々が動いているといった状態にあった。それに5人が仲間であるという情報はすでに関東全域にまで広まっている。周人が彼らを仲間扱いしていなくとも周囲は仲間として捉えているのだ。
「まぁな・・・でも教えたのはお前と同じ『気硬化』と『念』だけだ。それだけで強くなったってことは元々の素質が飛びぬけていたからだよ」
己の中にある『気』を高め、一点に集中させることによって防御力を大幅に上げる『気硬化』と体の一部や武器にその『気』を送り込んで攻撃力を高める『念』は誰しもが持つ『気』というものを認識し、気持ちをこめることで可能とした武術をかじるものであればある程度使いこなせる技だ。ようするに気持ちの持ちようだが、野球のピッチャーなどで言う『気持ちのこもった球』というのが『念』の具体例だろう。『気硬化』もまたそうだ。潜在的に『気』を具現化できる哲生などがそれを使用すれば高められた『気』が金色に輝いて目に見えるというのが特徴的な違いとなる。
「けど、今日の雨はラッキーだったな。そう顔を見られずに行動できたのは大きい」
「リーダーの居場所も限定できていたしな」
「だからさ、そういうのが仲間を得た最大の強みだろ?」
それは哲生の言う通りだった。今まで狭かった行動範囲が広がり、結果として同時に幅広い場所での情報を仕入れることができたのが今回の『リーダー潰し』に多大な影響を与えたことは確かだ。おかげで渋谷、新宿、品川に関してリーダーの居場所を突き止めて今日の成果につながっている。
「時間だ」
それでもまだ3人の必要性を無視したかのような周人の言葉に哲生はまたもため息をつきながら立ち上がった。今日連絡のつかなかった純を除き、4人はチームリーダーを襲撃後東京タワーの下で落ち合う手はずとしていた。そこへ行くための時間が来たのだ。さっさと公園を後にする周人の背中を見ながら歩いていた哲生だが、その表情が引き締まる。今まで感じたことがないほどの強大な『気』、しかもどす黒くも鋭い殺意を伴った『負の気』を2つ感じ取ったのだ。そのせいか、前方を行く周人も立ち止まって殺気を放出している。
「クッ・・・こいつは、なんて『負の気』だ・・・」
2つの気配はどちらも同じぐらい強大であり、はっきり言って今まで倒してきたヤンキーやチンピラ、チームリーダーなど問題にならないほどの規模を持っている。小走りで周人の真横に立った哲生を見やるその2つの『負の気』の持ち主が2人を見て醜悪な笑みを浮かべていく。1人は赤いパーカーにジーンズといったごく普通の出で立ちの若い男だが、そのオレンジ色した長めの髪をガチガチに固めて逆立ている様は異様としか言えない。おまけに赤いレンズのサングラスをかけているせいか、一風変わったロックシンガーか何かかと思える風貌だ。そしてもう1人は海賊旗を思わせるドクロのマークの入ったTシャツに黒い革のジャケットを羽織り、黒いジーンズを履いた坊主頭の男だった。ネックレスやピアス、ブレスレットに指輪といったアクセサリーをジャラジャラ身につけ、細く短い眉に吊り上った目をしていた。どちらからも異様で鋭い大きな殺意を身に纏っているせいか、自分たちとそう変わらぬ背丈にもかかわらずかなり大きく見えた。
「噂の『ヤンキー狩り』ってもっとゴツイやつかと思ってたけど、まぁこんなもんか」
坊主頭の男がニヤニヤしながらそう言うも、そこに隙は全くない。
「どうでもいいよ・・・こんな小物」
いかにもめんどくさそうにそう言ったサングラスの男は殺意こそ鋭いが隙だらけだ。対照的な態度の2人を前にじわじわと嫌な汗が背中を伝う哲生がチラリと横にいる周人へと視線を向けるが、こちらも殺気を徐々に大きくしながら今にも飛び掛らんまでの鋭い目つきを2人に向けていた。
「あんたらは?」
いつもと変わらぬ冷たい口調をする周人に苦笑する2人は、顔を見合わせて肩をすくめるようにしたサングラスの男がその笑みを消すことなく自己紹介を始めた。
「『七武装』の1人、犬飼だ。まぁ、あんたらの探してる人物ってとこだな。こっちは同じく『七武装』の奈良」
その言葉を聞いても無表情の周人に対し、哲生の表情は険しいものに変化した。
「くっ!こんなに早くご登場とは思わなかったぜ・・・」
そううめくようにつぶやく哲生は先週出会ったある人物の言葉を思い出すのだった。
各街を仕切っているリーダーを倒すことで前進を試みることにした5人はまずそのチームの支配下にあるナンバー2のチームのリーダーたちを襲撃することに成功した。5つの街で同時に行動を起こすことによって各都市間での連携プレーや増援を防ぐといった目的もこめられていたせいかそれは意外にあっさりと成功を収め、集合場所である舞浜の駅前に5人が集ったのは解散してからわずかに1時間後のことだった。日本で最大級のテーマパークがあることで有名なこの駅だが、深夜も2時を回れば人気もない。最終電車も出たせいで明かりも消された駅前の広場に集った5人はさっき得た情報の交換を行なっていた。渋谷、新宿、品川に関してはいつも一定のエリアに拠点を構えているようで、その近辺を探れば簡単にリーダーは見つかるとの話だった。上野と池袋に関しては街全体をうろついているとのことでそうそう簡単に場所は割出せないようにしているらしく、リーダーに近しい一部の人間しかその拠点を知られないようにしているとの情報だった。そこで来週、居場所が判明している渋谷、新宿、品川の3箇所を同時に襲撃するということでまとまり、その作戦が練られている中、その人物は突然姿をあらわしたのだ。テーマパークやその近隣の住宅街にも似合わないその風貌はネクタイのないYシャツに薄い紫のスーツを着込み、長めの髪は白髪混じりでオールバックにまとめられている。体つきもたくましくて大きく、そしてなにより特徴的なのはその左目が常に閉じられているといったところか。どうみてもヤクザの親分というべき容姿をしたその男は駅の前にある広場に植えられている木の周りを取り囲むようにして置かれている木製のベンチに腰掛けている5人の目の前に立つとその口の端を吊り上げて笑みを浮かべてみせた。
「なんだよ・・・おっさん」
相手が本物のヤクザかもしれないという恐怖心もなくそう言う十牙ににんまりした笑みを見せたその初老の男は白くなりつつある髪を後ろに撫でるようにしながら5人を順々に見渡していく。そして男に対して斜めに座り、興味なさげにぼんやりと明かりの消えた高架状になった駅を見つめている周人へと視線を留めた。
「ただ闇雲にケンカしても、大物は動きゃしねぇよ」
全ての事情を知っているかのようなその口調にさすがの周人も男を見やった。ぼんやりしていても消すことのなかった殺気がじわじわと厚みを増すかのように周人の周囲に溢れ始める。そんな殺気を受けつつも笑みを消すことをしない男は一瞬何かを懐かしむような目をしたのち、両手をズボンのポケットに突っ込むと薄く雲のかかった月を見上げるようにしてみせた。
「どういう意味だ?」
威嚇をするような低い声色だが、恵里を失い、復讐を開始してからの周人はいつもこんな風だ。かつての面影など、明るかった頃の面影など微塵もないその殺気めいた口調は自分に密かな想いを寄せている同級生の稲垣圭子ですらその好意を失ってしまうほどの変わりようなのだ。だが男はそんな口調も意に介さず、ずっと浮かべている笑みをそのままにまっすぐに周人を見やった。右目しかないその眼光は研ぎ澄まされたように鋭く、この人物の底知れない実力を表現しているようだった。現に哲生たち4人は緊張した面持ちでいつでも戦えるような緊張感を持って男を見ている。
「『キング』に辿り着くにゃあ、まず『七武装』どもを倒すこったな」
「なんだよ、『七武装』って・・・」
周人たちが『キング』を追っているということは周人が『ヤンキー狩り』だと知っている者にしてみれば周知の事実だ。特に最近では顔も知られつつあるためにこうして目の前でそういうことを言われても別に驚くことはない。しかしこの男が何を思って助言らしきことを言うのかがわからないのだ。何かの罠だという可能性も捨てないで一応話を聞く態勢をとった5人を見てにんまり笑った男は周人たちが座っているベンチから少し離れた地面に直接腰を下ろすとあぐらをかいた。
「『七武装』は『キング』直下の四人、いわゆる『キング四天王』が直接指示を与えることで動くいわばヤツらの代行人みたいなもんさ」
「代行人?」
「うむ。7人が7人かなりの強さを持ち、『キング』に近寄る脅威を排除している。それ以外にヤクザやマフィアの情報を掴んだりしているエージェントみたいなもんだな」
男はそう言うと胸ポケットからタバコを取り出すと今時珍しいことにマッチで火をつけてその味を楽しむようにして紫煙を揺らせた。
「街でチンピラ相手に派手な立ち回りをしても無駄だ・・・ただのケンカにしか思われてねぇだろ。それじゃ『キング』は見向きもしねぇ・・・ヤツが望むのはただ1つ、快楽だ」
その言葉に周人の表情が変わる。今の言葉を素直に受け取れば、恵里はただ『キング』の快楽のためだけに殺されたことになる。実際レイプをする者の心理は自身の欲求を満たすため、快楽をむさぼるためだけなのだろうが今の周人にはそんなことはどうでもいい。ただ一方的に快楽を得た挙句、人を殺しておいて何の罪を受けることが無いというふざけた事実だけが許せないのだ。最近は押さえられていた激しい怒りが爆発的に大きくなるのを感じた哲生は小さなため息をつくと余計なことを言いに来た感じの男に向かって言葉を投げた。
「で、その快楽魔神の王様に苛立ちを自覚させるためにはその7人をぶっ倒しゃあいいわけな?」
「ヤツに苛立ちとかいった感情はねぇ・・・あるのはただ一つの感情、喜びだけだ」
「どういう意味だ?」
わけがわからないといった顔をしながらそう言う十牙の言葉に全員が同じ気持ちでいっぱいだった。この世に全く苛立つことがない人間がいるとは思えない。
「ヤツに喜怒哀楽はない・・・あるのは『喜』のみ。痛みも悲しみも全部が喜ばしいんだ。つまりはヤツが心底楽しいと感じる状況を作ればいいんだ」
「ってことは、その7人を倒した上で四天王を倒せば『これは強いな楽しいな、だから俺が相手だ、喜ばしい』ってなるってか?変態じゃん」
「だがそれしかない」
おどけたような哲生の言葉にすら真剣に返す男の言い方からしてそれしか方法がないのは誰にでもわかった。つまり強いやつと戦うことが喜びとなる。それが事実なら確かに街で小物を相手にしていても『キング』にとってはつまらない出来事なのだろう。
「その7人にはどうすれば会える?」
静かにそう言いながら怒りの火を消さない瞳をした周人を見た男から笑みが消えた。じっと周人を見つめていた男がふっと表情を和らげるとくわえていたタバコを地面でもみ消してそのままゆっくりと立ち上がる。
「今のままでも好奇心の強いヤツならしゃしゃり出てくるだろう。早く引きずり出したいなら街を仕切るチームを全て完璧に壊滅させることだ。そして7人を順々に倒していけばあの男が必ず動く・・・四天王の命令を受けてな」
「あの男?」
「7人の中でも最強と言われている男、『麻薬王』神崎京。一風変わった思考のそいつを倒すことが出来たら確実に『キング』は動くだろうさ」
「麻薬王?」
誠の言葉に小さく微笑んだ男はそのまま何も言わずにさっさと背を向けるとそこから立ち去ろうとした。
「待て!まだ聞きたいことがある!そもそもあんた、誰なんだ?」
立ち上がる周人が男に向かって歩き出した瞬間、男は歩みを止めて顔だけを周人に向けた。右目だけながら鋭い眼光は凄まじく、怒りに満ちている周人が足を止めるほどの威力を持っていることに哲生は戦慄した。
「あとはテメェで考えて動け・・・」
男はそう言うと肩で風を切るようにして夜の住宅地方面に消えていった。さっきの眼光のせいで後を追うことすら出来なかった周人は悔しさから色が変わるほど拳を握りしめながら消えゆく男の背中を睨みつけることしかできないでいた。




