この命捨てても(6)
『剣王』と『旋風の猛虎』が『ヤンキー狩り』と『魔術師』に倒されたという情報は一夜にして東京中に知れ渡った。これにより各街の支配者たちは非常警戒を敷いた結果、以前にも増して厳しい包囲網がしかれることとなってしまった。その結果、翌週末に東京にやってきた2人は予想を大きく裏切る警戒に成す術がないほどだった。一部で賞金が賭けられたとも言われ、もはや『ヤンキー狩り』を探すことが流行のようになっていたからか、総勢百人近い人数に囲まれてしまったこの状況もやむなしとして納得するしかない。『キング』が港にいるとのガセネタでおびき寄せ、一気に倒すという作戦にまんまと引っかかったのだ。いや、あえてそのガセネタに乗ろうとしたのが真実だが。わざと罠にかかり、そこにいる連中を全滅させて情報を持っている者を引きずり出すはずだったのだが、この数は計算外である。しかも援軍が続々と集まって来ているのは明白だ。倒しても倒しても沸いてくる敵の数にうんざりするが、哲生は先週末に十牙から受けた右肩の怪我が完治しておらず、今でも右手はまともに使えない。周人もダメージが抜けきっていないせいかいつもの動きにキレがなく、苦戦を強いられていた。
「海に飛び込んで逃げてもダメだろうなぁ」
つぶやきながら襲ってくる男のあご先に蹴りを見舞う哲生の意見を無視して一度に3人の男を叩き伏せる周人。スタミナも尽きかけた2人をさらなる人の波が襲う。もはや体力、気力共に限界かと思われたその時、襲い掛かる順番を待っている後方で悲鳴があがった。円を描く形で取り囲んでいる集団のちょうど北側付近で怒声と悲鳴、嗚咽が聞こえてくる。敵の動きが止まるのを見た周人が目したのはその騒ぎのする方向から人の波を掻き分けて姿を見せた純だった。
「苦戦してるじゃないか」
「何しに来た?」
一瞬で敵2人を倒した純に言うべき台詞ではないその言葉に言われた純はおろか哲生も苦笑する。
「お前らの救援だよ」
素直にそう言うや否や、またも一瞬で3人に蹴りを浴びせて叩きのめすと周人と背中を合わせる形を取った。
「いらねぇ」
そう言う周人だが、肩で息をしている。相変わらず人数は増えるばかりであり、まるで東京中からゴロツキ共が集結しているのではないかと思えるほどだ。はっきり言って純の加勢は嬉しいが、3人ではどこまで対応できるかわからない。
「そう言うな・・・どこまで力になれるかわからないけど、助けたいと思ってる」
「熱烈歓迎だよ」
そう言う哲生が相手の腹部に手の平をつきたてて気合を入れれば大げさなほどに吹き飛ぶ男が次に襲いかかろうとしていた男に激突する。周人は何も言わずに向かってくる敵を倒すことに集中し、そんな周人に苦笑する純は哲生に対して笑みを見せた。そしてまさに神速の動きで駆け抜ける。おそらく相手は何が起こったかわからないうちに失神しているのだろう。あっという間に4人が地面に倒れこみ、取り巻いていた大勢から驚きの声が漏れた。
「ラ、ライトニングイーグルだ・・・・・こいつ」
誰かが漏らしたつぶやきに『ライトニングイーグル』という言葉が波紋のように広がっていった。
「結構有名人だったのな、おたく」
「お前らほどじゃないけどな」
そう言って笑いあう哲生と純だが、次から次へと集団で押し寄せてくる波には敵わないのか徐々に押され気味になっていった。得意の早業も徐々に封じられつつある純、スタミナが尽きかけの周人、元気ながら右肩の痛みが増している哲生の3人はもはや限界に近いところまで追いこまれていた。
「一気にたたみこめぇ!」
その言葉を合図に残りが三十人程度になった集団の士気が上がる。そしてその号令をかけた金髪に耳を埋め尽くすほどのピアスをした男は近くに置いてある三段済みになっている大きなコンテナの上に登っていく。その手に握られたボウガンを肩にコンテナの上に立った男は押されながらも1人を倒している周人を見て口の端を醜悪なまでに吊り上げるのだった。
「『ヤンキー狩り』を狩る・・・ククッ、これでオレにも街ぐらいはもらえるかな」
そう言ってボウガンを構えて照準に周人を入れた。動きが鈍いながらも戦っている最中なので照準がつけにくいと舌打ちしながらもじっとチャンスを待つ。その時、小柄な男を背負い投げした周人の動きが止まった。常に引き金に指を置いていた男の口元が歪むのと引き金を引くために指に力を入れるタイミングはほぼ同時だった。にもかかわらず矢は天高く上昇し、ボウガンは鉄製のコンテナの上に落ちて豪快な音を立てたのは何故か。あまりに大きな音だったせいか、周人たちも集団も全員がそこへと顔を向けて音の元凶を見やる。コンテナの上で右手を押さえて苦しむ金髪の姿が見えるが、その胸元付近まで伸びた銀色に輝く棒は一体なんなのかと思った矢先、それは一瞬にして縮んでいき、群集に紛れて姿を消した。
「おら!どけどけどけ!」
そのコンテナ方向から怒鳴り声がしたかと思うと群集をなぎ倒しながら姿を現したのは木刀を乗せた肩で風を切って歩くようにやってきた十牙であった。その後方からはさっき金髪の男からボウガンを吹き飛ばした誠の姿も見えた。
「け、剣王と・・・・虎」
先程の純の登場の時と同じでどよめきと動揺が駆け抜ける。それを満足そうに背中で受けながら周人の前に立った十牙は持っていた木刀の切っ先を哲生の方へと向けて殺気めいた目で睨みをきかす。
「リベンジに来たぞ、この野郎」
「状況を見て物を言えよなぁ・・・アホめ」
「なんだとぉ!」
この状況でその会話は異常だと思う純が誠を見れば同じようにやれやれという風な顔をしていた。
「さっきのことは礼を言う。けど、後で相手してやるから今はどっか行ってろ」
睨む周人のその言葉に十牙が歯をむき出して笑う。誠はちょっと困ったような感じでそのやりとりを見ているだけで何も言わずにいた。そんな誠を見ていた純が近づいてくる爆音に気付いてそちらの方へと目を向けた。また援軍かとうんざりしかけたのだが、その音が2つしかない事に気付いて眉をひそめる。さっきまでは5台から10台の単位で来ていたはずなのだが、敵も人が途切れたということか。だがそうではないことが周囲のざわめきで判明した。
「戸塚さんだ・・・・榎本さんもいるぞ!」
押せ押せムードながらすでに百人近い人間が倒れているせいかどこか悲壮感が漂っていた軍団に活気が戻る。いや、活気を戻すほどの実力を秘めているのであろう2人はライトもエンジンを切らずに各々バイクから降りるとその巨体、2メートル近い体を揺らしながら大股で5人の元へと近づいてきた。戸塚と呼ばれた男は短めの茶髪ながらもみ上げが異様に長い。細い眉毛に細い目で周人を見下ろすその瞳には自信に満ちた光が宿っていた。そしてもう1人、こちらは170センチそこそこの背丈だが随分と肉の付き具合がいい巨体に似合わない長髪を赤く染めていた。こちらも開いているのかわからない線のような目で5人をぐるりと見渡した。
「随分派手にやってくれてるみてぇだな・・・『ヤンキー狩り』」
戸塚の言葉に周人は殺気に満ちた目を向けるが、それすら涼しい顔で受け流す。
「悪いけどここいらで幕引き願おうかね」
肉団子のような体の榎本の言葉に思わず哲生が吹き出した。はっきりいってデブの体に長髪だけでもコミカルなところ、その声が異常に高いのだ。周囲の男たちは一切の笑みすら見せないことから、この2人の実力が相当なものだと理解できた。
「ちょっと待て!後から来といてそりゃねぇだろ?こっちが先約だよ」
木刀を肩でトントンとしながらそう言う十牙をギロリと睨んだ戸塚と榎本に向かって一歩踏み出した十牙の横に誠が並ぶ。その瞬間いきなり戸塚の拳が十牙を襲った。だが十牙はそれを軽くかわすと戸塚の喉元めがけて衝きを繰り出した。だが容易にその木刀を掴む戸塚を見て哲生が眉をひそめた。周人や純はそのやりとりを見てるだけで何の反応も示さないのだが、先週十牙と刃を交えた哲生にはその衝きのスピードが遅いことに気付いたのだ。そしてそれがわざとであることに気付いたのもその直後である。なんと十牙はあっさりと木刀を手放すと凄惨な笑みを浮かべて隙のできた戸塚の顔面に拳の嵐を叩き込んだのだ。それは5発や6発といった数ではない。いったい何発のパンチが飛んでいるかもわからないほどだ。鼻から血を流しながらみるみる顔を腫らす戸塚がようやく反撃に転じようとした矢先、十牙の拳が喉を直撃したためにのたうつように顔を上げた。その瞬間、戸塚が手放した木刀を掴むと柄の先で再度喉を叩きつけた。白目を剥いて倒れこむ戸塚を見下ろす十牙はフンと鼻息を鳴らすと倒れた戸塚に向かって唾を吐きかける行為までする始末だ。
「デカイだけのくせに生意気なんだよ」
「テメェ!」
パートナーなのか、戸塚を倒された上に罵倒された榎本が巨体を揺らしながら十牙に掴みかかるが、銀色の棒によって遮られたためにそっちの方向に軌道を変えた。
「ウザイんだよぉ!」
ただでさえ高い声が興奮でさらに甲高くなる。しかし体に似合わぬ速度のパンチを放つ榎本の一撃を避ける誠は棒を1メートルほどの長さにするとその大きな腹目掛けて突き出した。だが肉によって遮られ、ダメージを与えられない。それが自慢なのか、にんまり笑う榎本が張り手を繰り出すが誠は素早い動きでそれを避けていく。
「オレにダメージを与えられるヤツはいない!」
「体は無理そうだね・・・でも」
そう言うとくるっと棒を回した誠は素早く突き出した棒を伸ばし、その速度を加速させた。それを掴もうとした榎本の反応を遥かに上回る速度の衝きはガツンという音を立てながら榎本の額を直撃した。
「そこは肉が少なそうだから」
誠がそうつぶやいた直後、強烈な衝きをまともに額に受けて気を失った榎本が地響きを立てながら背中から硬いコンクリートの地面に倒れこむのを見た集団に動揺が走った。
「くそ!やっちまえ!数で勝負だ!」
コンテナの上にいた金髪の男がそう叫ぶや、集団は動揺を残しつつも武器を構えてじりじりと輪を狭めるようにして5人を取り囲んだ。
「こら!俺たちは関係ねぇだろ?」
「うせるせぇ!戸塚さんをぶっ倒して何を言いやがる!」
「あれはコイツが獲物を横取りしようとするから・・・」
そんな言い訳が通用するわけも無く、もはや仲間と認識された十牙にも男たちが滲み寄る。
「バカ共が・・・じゃぁお望みどおりぶっ倒してやらぁ!」
言うが早いか、十牙が集団に飛び込んだ。
「血の気の多いやつだが、こういう時は助かるぜ」
哲生もまた笑みを浮かべて目の前に立つ男たちに詰め寄った。それを見た純もまた神速の動きで集団に向かって走る。そんな3人を見つつも無表情な周人に歩み寄った誠は小さく微笑むと乱戦を繰り広げている3人の方を見やった。
「助けてくれとは言ってないぜ?」
「戦う理由が一致しただけだよ・・・今はね」
「そうかい」
「でも、あのライトニングイーグルが仲間だとは知らなかった」
「仲間じゃねぇよ・・・」
そう言う周人は襲い掛かってきた男に強烈な蹴りを浴びせた。そんな周人を横目に自分に飛び掛ってきた男たちを棒でなぎ払う誠。コンテナの上で状況を見ていた男の全身に汗が噴出し、膝が震える。三十人からいた人数がわずか1分足らずで全員地に伏せてしまったからだ。
「この5人、強いなんてもんじゃねぇよ・・・強すぎる」
総勢百五十人は倒れているだろうか、それをやってのけた5人の視線が一斉に金髪の男の方に向いた。男はあわてた風にコンテナから飛び降りると携帯電話を手に一目散に逃げ出したのだった。
「誠」
「無理だよ・・・この如意棒の射程は最大で二十メートル・・・あいつには届かない」
距離にすれば五十メートルは開いている。持っている棒、如意棒の最大の長さは二十メートルとなれば届かないのは当然だ。そんな会話を横に周人が駆け出そうとした矢先、風を舞いて駆け抜けたのは純だった。
「・・・・・・速っ!」
十牙の言葉通りあっと言う間に距離が詰まり、男の後頭部に飛び蹴りが炸裂する。
「終わったな」
哲生のその言葉にうなずく者はいなかったが、誰もがそれを認識していた。とりあえずその場を離れた5人は遠くで響くバイクの爆音を聞きながら港の外れにあるコンテナ置き場の隙間に身を隠した。
「くそ・・・なんで俺まで」
悪態をつく十牙がチラッと周人を見ればコンテナを背に座り込んだままただじっとグレーの色合いを濃くした無機質なコンクリートの地面を見つめていた。
「なんで『キング』を探してる?」
その質問を受けても顔を上げない周人に苛立つ十牙を見た哲生が周人に変わって口を開いた。
「彼女を、恋人を殺されたんだ・・・その復讐さ」
正直にそう言った自分を睨みつける周人の視線すら涼しい顔をして受け流す哲生はあらためて純、誠、十牙の方を見やった。そして座っていたコンテナとコンテナがずれて重なった出っ張り部分から飛び降りると一度周人を振り返る。
「はっきりいってこうまで苦労するとは思ってなかった・・・手がかりもろくにないのに敵が増える一方だしなぁ」
「だろうな・・・俺が知っている限りでも関東中の暴走族はただ1つを除いて全てが『キング』の支配下だ」
「それに今や街を仕切るリーダーも動いてる。そうなれば街を歩くだけでも至難の業だろう」
進展しない状況を説明した哲生に追い討ちをかけるような純と十牙の言葉に沈黙が流れる。
「なら関東中の暴走族を全て叩けばいやでも出てくるだろう」
憎しみが込められた口調でそう言う周人は相変わらず視線を落としたままだ。だが殺気までとはいかないが、表情に怒りがこもっているのが分かる。
「彼女を殺された、ただその復讐のために、女のために命を捨てるのか?」
どこか呆れたようにそう言う十牙を睨みつける周人との間に緊張が走る。睨み合う2人がまさに激突寸前まで殺気立つ中、哲生がそんな十牙の前に立った。
「で、お前さん、リベンジはどうする?」
「するさ!お前に負けたせいで俺の株は下がる一方だからな」
「だが、今日でその汚名も返上だろう・・・戸塚と榎本といえばこの辺では有名人だから」
怒りの矛先を哲生に向けた十牙に向かってそう言った純の言葉に殺気を収めた十牙は腕組みをして何かを考えるようにしてみせた。そしてその純に視線を向ける。
「お前、こいつらの仲間か?」
「仲間・・・じゃないけど」
十牙の言葉にそう否定する純の言葉はどこか曖昧だ。
「よし、決めたぞ!今日から俺はお前らの仲間だ!」
突然のその宣言に全員の顔に驚きが浮かぶ。何をどうすれば仲間になるのかが意味不明すぎるためだ。それにそれはリベンジ宣言に反することになる。
「今のお前は有名人だ。そのお前の仲間となれば敵もわんさか。それを俺が倒せばビシバシ名も売れるし、『キング』と遭遇してお前がそれを倒す、さらにそんなお前を俺が倒せばこの俺様こそが日本最強だ!」
実に安易な思考にパートナーとして今日までやってきた誠ですら頭痛がしてくるほどだ。
「まぁ、実にアホな考え方だが助かるのは助かる・・・」
「なんだと!」
怒る十牙を笑顔でなだめつつ、誠も一応ながらそれに賛同した。それに誠の心の中で周人の復讐が何かの波紋を投げかけたせいもある。
「で、お前は?」
そう言った哲生に答えを振られて苦笑を漏らした純は遠くを見るような視線でコンテナ同士の隙間から見える曇った空を見上げた。
「今日の騒ぎで仲間扱いされたからな・・・もう噂になってるさ。ここにいる全員が仲間だとな。ならそうなるしかない」
確かにそうだ。5人であれだけの乱闘を演じれば駆けつけた仲間にその報告がいっているだろう。つまり、十牙の思惑を無視したところですでにそれは事実として広まっているということになる。すでに暗黙の了解で仲間意識が生まれそうになっているこの状況で1人だけがそれに反発するように言葉を発した。
「仲間なんていらねぇよ・・・オレは一人でやる」
そう言って立ち上がる周人は周囲を窺うようにしながらコンテナ同士の隙間を出て目の前に広がる黒い海を見つめた。星の明かりすらない夜の海は不気味な波の光を揺らめかせている。そんな海を見ている周人の背中を見つつ、ため息をついた哲生は曇った表情をしている3人に向き直ると苦々しい笑みを浮かべて見せた。
「元々俺はあいつを止めに来たんだ。けど、止められないし、ほっといたら死んじまいそうでな・・・いや、あいつは多分、刺し違えてでも『キング』を殺すつもりだろう」
その言葉に沈黙を守りつづけていた誠が口を開く。
「けど・・・1人じゃ絶対に無理だよ。『キング』という名前を知る人間も少ないうえに、どこにいるのかすらわからない」
「化け物だって噂しか聞かねぇしな」
十牙の言葉を最後にまた沈黙が流れる。今や東京中で知れ渡る『ヤンキー狩り』が『キング』を追っていることは周知の事実だ。そのことは周人に挑んできた純や十牙たちも良く知っている。そこに『魔術師』を加えた2人は『キング』の息のかかった暴走族やその他のヤンキーたちの標的になっており、いわば指名手配をされている状態にあるのだ。中には純や十牙たちのように『キング』に無関係な者たちが名を売るためにケンカを仕掛けてくることもあるのだ。そう考えれば『キング』にたどり着くまでの道のりは遥かに遠いと思える。しかも手がかりはないに等しい。そんな中、たった1人で捜索して敵を倒し、目標に到達するなど不可能だ。
「そこまでしなければならい理由は?彼女を殺されたからって・・・」
純の言葉に一旦周人を見やる哲生だが、周人は相変わらずぼんやりと海を眺めているようでこちらの話すら聞いていないようだった。ため息を一つ漏らし、少しの間思案する。このまま全てを話するべきか、それとも。結局悩んだ末に、哲生は全てを語り始めた。今ここで欲しいのは本当に頼りになる仲間であり、戦力であると分析したからだ。そして周人と恵里の出会い、そして別れを語りだす。決して納得できない警察の捜査打ち切りと復讐の幕開けを語り終えた後、3人は何の言葉も挟まずにただその話を聞いていたのみで沈痛な表情を浮かべるしかなかった。
「気持ち、なんとなくわかるね・・・」
「まぁな・・・同情じゃねぇけど、オレでもブチ切れる」
誠との十牙の言葉にうなずく純だが、彼の人生を変えてしまうほどの憎しみは理解できるものの、果たしてそれが正しいのかどうかはわからない。
「頼む、あいつはきっと拒むだろうが、今は何よりも仲間が・・・戦力が欲しい。力を貸してくれ」
頭を下げる哲生に小さな微笑を浮かべたのは純だった。
「手を貸すよ・・・オレもきっと同じことをしたと思うし、同じことを頼んだと思う」
あの死闘の後、哲生から簡単に話を聞いてから何故かそのことが心に引っかかっていた。自分が想いを寄せるさとみを失った場合、付き合ってはいないにしろ同じことをしたと思える。周人に対する同情かもしれないが、それでも力になりたいと思う気持ちは本物だ。だが、それ以外に自分の中の何かが周人に惹き付けられているのもまた事実だ。だが、それが何なのかはわからない。しかし自分が手を貸す理由はそれでいい。細かいことは全てが済んだ後でわかるだろう、そんな安直の考えながらも純の腹は決まっていた。
「オレも手を貸してやる。けどな、『キング』を倒した後でもう一回ヤリ合うのが条件だ。けど、気に入らないことがあったり、お前らの仲間だという触れ込みが消えたら契約も解消だからな」
木刀を肩でトントンとしながらそう言う十牙を見て小さく微笑む誠は『素直じゃないね』とつぶやいてから海を見ている周人の背中を見た。本来であればその恋人と楽しいひと時を過ごしているはずの週末をケンカに費やし、命を捨ててでも復讐を遂げようとしている悲しい運命をそこに見た誠の腹も決まっていた。
「俺も手を貸すよ。元々自分がどれほど強いのかを試すためにケンカしていたもんだし、よりはっきりした目標ができた方が強くなれそうだ」
3人の言葉を聞いて笑みを浮かべた哲生は微笑を浮かべている純、にこやかな表情の誠、ふてくされたような表情の十牙を見やった。そして周人の方へと振り返る。
「シュー、俺たち5人で一つのチームになった・・・チーム名の候補はあるか?」
その言葉を聞いた周人がゆっくりと振り返る。相変わらず無表情で4人を見渡すと、コンテナが向かいあう通路状になったその4人がいる中を進みながらさっきまで自分が腰掛けていた場所に座った。
「チーム名なんかいらねぇよ・・・ただ『キング』を殺せればいい。オレは全てを捨ててでも、『キング』を殺す、ただそれだけだ!」
あらためて自らの決意を口にした周人に皆神妙な顔つきになった。ただ一人、十牙を除いて。
「じゃぁ俺がチームの名前を名づけてやる」
「却下だ・・・チーム名はいらねぇ・・・そんなもん、無いのがオレたちだ」
「てめぇがリーダーみたいな言い方すんなよなぁ!」
些細なことですぐケンカ越しになる十牙にため息をつく誠だが、純も哲生もそう気にしていないようだった。だが周人が意外にあっさりと3人が仲間であることを認めたことが少し嬉しい哲生は周人の中に芽生え始めた変化を感じ取っていた。さすがに今日のことで仲間の必要性を実感したのか、はたまた純や誠と直接戦ったことで2人の、そして哲生にダメージを与えた十牙の実力を認めたせいかはわからないがこれで大きく前進できることはまず間違いないと思えた。
「ミカのためにも・・・何より恵里ちゃんのためにも、あいつを死なせるわけにはいかないしな」
心の中でそうつぶやく哲生はいまだにチーム名とチームリーダーについてもめている十牙と周人を見やった。だが相変わらず周人から出ているオーラは黒く、それが哲生の心に大きな影を落としているのだった。
周人と哲生に加勢する3人が加わった頃、夜の東京には『ヤンキー狩り一派』の噂が早くも広がっていた。わずかな人数ながらこの2週間連続で3桁を超す人間が倒されれば無理も無い。その上『ライトニングイーグル』、『剣王』、『旋風の猛虎』といった中堅レベルの男が倒されていればそれに拍車をかけても仕方がないだろう。その上その3人が仲間に加わったのだ、ただでさえ脅威の存在が大きくなるのは明白だった。しかし、その報告に動揺する下っ端など眼中にないのか、5つの都市を統括している男たちはさも興味がなさそうに勝手にしろとの命令を下したにとどまった。新宿の街でも新宿ブレイカーの村上シンジが気だるそうにそう言ったのをビルの陰から見ているのは長めの髪を茶色く染めた女であった。薄着のせいか、体のラインがはっきりとわかるようなタンクトップからはその豊かな胸が自らの存在を強烈にアピールしている。肌が丸見えのウエストや短いジーンズに収まったヒップ、そしてしなやかな足もまた見事なスタイルを形成していた。なにより、暗がりで分かりづらいがその口元のほくろが妖艶な印象を与えている。しかもかなりの美人だ。そんな女の唇がピンクのリップが艶やかな光沢を見せながら右に少し吊り上る。
「思ってた以上に能天気ね・・・」
容姿に違わぬ美しい声色でそう言うと、そのままビルの陰に溶け込むかのように姿を消した美女に気付くものは誰もいなかった。
黒い天空で瞬く光の数は少ない。それは東京という街の環境を見事に表していると言えるかもしれない。本来であればまさに天を覆い尽くすかのような星のきらめきが見えているはずなのだが、排気ガスやスモッグなどといった空気の汚れに加えて地上から天に昇るネオンやライトの光がそれらをかき消してしまっているのだ。だが、そういう状況でなくとも、それこそ大自然の中にあっても見ることが出来ない黒い光を放つ星を見ることができるのはこの地上にただ一人なのかもしれない。その星は確かに大きいが、黒い輝きが不気味に見えて仕方がない。そしてその星を上下左右に取り囲むようにして輝く4つの星がキラキラと美しい輝きをもってその中心にある大きな星の黒い光をかき消すように瞬いているのが見えた。そんな5つの星を見上げているのは周人の母親の静佳であり、この地球上においてただ一人その5つ星を見ることができる人間であった。その口元に浮かぶかすかな笑みがどの感情を表しているかはわからない。だが、見上げている表情からしてそれが嬉しさであることはほぼ間違いなかった。
「揃ったのね・・・運命に導かれた五人の戦士が」
そうつぶやく静佳の表情がみるみる曇ったのはどういうわけか。その視線が5つの星から右へとずれていき、円を描く形で黒い光を放つ七つの大きな星へと注がれた。五つ星の中心にある星よりも一回りは大きな七つの光が放つその黒い光はオーラのごときゆらめきをもって五つの星に迫りつつあった。
「最初の大きな壁となるのか、これで全てが終わってしまう最後の壁となるのか・・・」
つぶやく静佳にもそれはわからない。ただ、その五つの星、周人たちに迫る七つの邪悪で大きな存在が迫っていることだけは確かなのであった。もはや息子の無事を祈ることしかできない静佳は小さなため息を残し、今いた庭から家の玄関の方へと力なく歩いていくのだった。




