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くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第2話
11/33

この命捨てても(5)

哲生と純がビルを出た時にはすでに3人の異様な髪型をした男たちが地面に倒れこんでいた。見回りか、あるいは調査に来た連中らしいが運がなかったのだろう。やれやれといった感じの哲生に対し、あまりに考え無しの周人の行動に疑問を抱く純だったが、何も言わずに哲生の横に立った。


「オレたちは街を出る。お前も勝手にしろ」

「出るって・・・どうやって?」


純の質問には答えずにバイクが置いてある駅の方面に向かってさっさと歩き出す周人の背中を見ながらただ呆然とする純の肩を2度ほど軽く叩いた哲生は笑みを残して周人の後を追うように小走りで去っていく。2人の背中を見送りつつため息をついた純は周人たちが去った方向とは逆方向へと向かって走り出したのだった。


「で、強行突破か?」

「うだうだして朝を待ってもいいんだろうけどな、東京中が袋小路になる前に出ないとまずいだろ」

「まぁ、一理も二理もあるね」


二人は堂々とした態度で繁華街へとでた。逆に様子をうかがいつつでは変に怪しまれてしまうからだ。しかもここは眠らない街新宿、午前三時を回る今でも開いている店は多い。もっともそれは風俗店や飲み屋、怪しげな店舗などがそのほとんどなのだが。とりあえずまだそう顔が割れていない2人はさっさと駅にたどり着くと裏広場に止めてあるバイクへと向かった。駅前の広場とはいえ少し路地に入った場所なので明るさが少なくなる。4台止まっているバイクのうち一番右端にある自分のバイクの前に立った時、数人の男たちが武器を手にわらわらと沸いて出てきた。どうやら駅を中心に網を張っていたようだ。数もかなりのものでざっと見ただけで2、30人はいるだろう。


「みんな暇なんだな」


小さくため息をつきながらそう呆れたように言葉を発した哲生の横で周人が駆け出す。


「あ、こら!」


叫ぶ哲生の目の前ではバットを持った男の顔面を飛び蹴りしている周人がいた。


「バカたれ!まだダメージも抜けきってないくせに!」


言いながらも自分に襲い掛かってくる男たちを投げ飛ばす哲生だがいかんせん数が多い。倒す人数よりも増援の方が多いようだ。先程の死闘のせいか動きにキレがない周人はいくらかのダメージを負いながらもなんとか相手を倒している。


「こういうくだらん仲間意識をよそに向けりゃぁいいのに」


一度に3人の男たちを攻撃しながらそうつぶやく哲生だが、相手の手持ち武器ではナイフ等刃物類が多いために気が抜けない。それは周人も同じなのだがとりあえずスタミナ不足が心配だ。かといって援護も出来ないこの状況に少々焦りが出てくる。そしてさらに焦りを掻き立てるバイクの爆音。さらに増える敵の援軍にうんざりしつつもこの状況を打破する方法を考える。おそらく警察は期待できないだろう。というのも、裏広場とはいえ駅前でこれだけの騒ぎを起こしているのにいまだに姿を見せない。舌打ちをしつつも手を休めない哲生は一旦逃げようかと考えるがバイクを動かす暇もない。こうなれば敵が現われなくなるまで戦うしかなかった。


「やれやれだぜ」


文句を言いつつも目つきを鋭くした哲生の両手が淡い金色の光を放ちだし、その手の平を突き出された丸刈り頭で口にピアスをした男がまるで映画のワンシーンのように3メートルほど吹き飛ぶのを見る敵の手が一瞬止まった。


「こうなりゃ指名手配覚悟だ・・・ここから本気で行くぜ」


そう言う哲生の体から気が立ち昇るのを見た周人は襲いかかってくる2人の男の顔面を交互に蹴りつけながら小さなため息をつくのだった。


「最初から本気をだせよな」


汗をかきつつも確実に人数を減らしていく周人と流れるような優雅な動きで相手を倒す哲生。圧倒的人数で挑みながらもたった2人にこうまでやられる現実を認識しつつある敵の中に動揺が見え始めるほど、この2人の強さは常識を超えているのだった。


さわやかな朝日が照らし出すにはあまりに似合わない光景がそこにあった。9月も終わろうとする時期にしてはまだきつい日差しが連日のように降り注いでいるのだが、今日もまたそうであろうとの予感を与える日差しをまぶしく見つめる純の視線が下へと向いた。駅からすぐ裏にある広場、普段は若者たちが大勢でたむろし、ストリートライブなどが行なわれるその場所が今、ありえない光景となって目の前に広がっている。広場を埋め尽くすほど倒れている男たち、皆口や鼻から血を流しているうえに手足の骨が折れている者も少なくない。ナイフや警棒、バットなどが周囲に散乱し、うめき声があちこちであがっているそれはまるで戦争でもあったかのような凄まじい状態であった。数人の警察官が途方に暮れたようにしてどこかへ連絡を取っているのを遠巻きに見ている野次馬も増えつつある。暴走族同士の抗争であろうという会話がちらほら聞こえる原因は広場の周りに停められているエンジンがかかったままのバイクが数台放置されているからだろう。純はその凄惨なる状態の広場に背を向けると身震いを一つしてから駅正面にある駐輪場へと向かうのだった。


「あの2人・・・化け物かよ」


さっきの状態を生み出したのが周人と哲生であることは知っている。あの後、2人のことが気になって駅まで来たのだが、その時にはもうこの状態であり、去りゆくバイクの後ろに乗っている哲生の姿を目撃していたからだった。あのヘラヘラした哲生、そして自分とあれほどの死闘を演じた周人の2人が総勢五十人をこうまで叩きのめすとは信じ難い。だが、それは紛れもない事実なのだ。再度身震いする純は自分のバイクの前まで来た時、騒々しいサイレンの音をさせながら救急車とパトカーが目の前を通り過ぎていくのが見えたが、すぐにサイレンは止んでしまった。当然だが裏の方へとやって来たせいだろう。


「恋人を殺された仇を討つために・・・・か」


つぶやく純はバイクにまたがるとキーを差し込んで回転させ、エンジンを始動させた。心地いい振動を体で感じる純は少しの間何かを考え込んでいたのだが、すぐにそこを後にするのだった。


あくびを噛み殺しながら気だるそうに歩いている純の後ろ姿を見つけたせいか、その愛らしい唇を微笑みの形に変えた少女は早足になりながらその後を追うようにした。艶やかな黒髪は背中まで達していて心地よい風に揺れている。しなやかな四肢を振りながら、おっとり歩く純の真横に並んだ少女ははっきりいって美人だ。清楚な顔立ちは純和風な落ち着いた雰囲気とマッチしており、高校の制服よりも着物の方が似合うと思えるぐらいであった。

「おはよう」

「あー、ウイッス」


ぶっきらぼうな挨拶はもう慣れている。逆に純がさわやかな挨拶をした方が気持ち悪いぐらいだ。


「珍しいね・・・遅刻しないでこの時間に来るなんて」

「気分が乗らないけど、目が覚めたからな」


あくびをしながらそう言ったせいか、語尾が濁るようになってしまった。そんな純を見てクスクス笑う少女を見ることなく前を向いたままの純の顔が若干赤いのは気のせいか。


「それより、俺なんかと歩いてたら変な噂が立つぜ?」

「変なって?」

「付き合ってるだの、友達は選べだの・・・特に池田の野郎に見られたらうるさいぞ。『優等生なのに悪い噂が付く』ってな。特に西原は池田のお気に入りだし」


その言葉を聞いた美少女、西原さとみの表情が曇った。いや、膨れっ面になったと言うべきか。美人ではなく可愛さを見せるさとみにドキッとさせられた純だったがそれを態度や表情に出すことはなかった。


「池田先生は、いい人なんでしょうけど・・・なんか恐い。でも、他人がどう言おうと私は戎君を友達だと思ってるから」


友達と言う言葉に胸が痛んだが、それも仕方がない。自分は不良までは行かないが問題児であり、さとみは真面目で成績も抜群の優等生で学校からの期待と信頼も厚いからだ。そんなさとみに密かな想いを寄せている純だが、自分とでは吊り合わないと思っているせいで告白はおろか友達という距離すら微妙と感じていたところを考慮すれば、今のさとみの発言は自分が思っているよりは近いと考えられた。


「そりゃ光栄だね」

「光栄って・・・」

「西原みたいな美人と友達とは、鼻が高いよ」


どこまで本気かわからない純の言葉に素直な笑顔を見せたさとみを可愛いと思う純だったが、実際学校に友達と呼べる人間はいなかった。群れるのを嫌う純が素っ気ないせいもあるのだが、やはり品のいい進学校で純のような存在は浮いてしまうのが実情だ。成績もそう悪くはないが何より素行が悪い。ケンカ、遅刻、無断欠席、教師への反抗などこれまで数多くの問題を起こしてきているが落第には至らない要領の良さを持っているのが純なのだ。そんな彼と距離を置く生徒が多く、さとみのように自分から声をかけてくる者など数える程度にしかいなかった。さとみは美人で頭もよく、男女を問わずに友達も多い。告白されることも少なくないのだがそのどれも断っているのは好きな人がいるからだというもっぱらの噂だ。


「でもちゃんとした友達もいるんでしょう?」


不意にそう言われた純の脳裏に浮かぶのは何故か先週末出会った周人と哲生の顔だった。そんな自分に苦笑して顔を横に振る。噂となっている『ヤンキー狩り』を倒してみたいと思い、戦った。敗れはしたもののそれに対しての怒りや憤りもなく、どこか親近感を得たほどだった。


「いると言えばいる、かな」


苦笑混じりにそう言う自分を不思議そうに見るさとみを凝視できずにすぐ前を向いた純はふと何気なしに哲生の言葉を思い出した。付き合っていないとはいえ自分の好きな子を殺されればやはり復讐を考えたと思える。いつになく真剣なまなざしをしている純に心がキュンとなるさとみは秋とはいえまだまだ暑い風を顔に感じつつもその熱が風だけのせいではないことを自覚するのだった。


先週末の新宿での騒ぎによって『ヤンキー狩り』の噂はさらに大きくなっていた。一晩で百人近い人数をたった2人で倒してしまったのでは無理もない。しかも仲間の男も不思議な動きと予測不可能な行動で相手を手玉に取ったことから、いつしか『魔術師マジシャン』との異名を取るようになっていた。各街を仕切っているチームのリーダーもさすがに重い腰を上げたが、基本的には勝手にしろの態勢を崩していないのは自分たちが動くまでもないとの見方をしているからだ。そして今夜もまたバイクの爆音が響き渡る。代々の流派を継いでいる周人も哲生も対外試合や実戦の経験は無いに等しい。肉親との模擬戦やお互いにケンカをした際に技を使用するぐらいなものだった。だが『キング』を求めて東京に来るようになってからはそれこそ数限りないほどの実戦経験を積んでいることになる。そのせいか、日を追うごとに2人の実力は増し、その強さは進化を続けていった。そのため、爆音を響かせるバイクでいくら増援が来ようとも逃げることも無い。それら全てを叩き伏せる力を身に付けていたからである。そして今夜も息を切らすことなく三十人からなる軍団を叩きのめしたばかりだ。だが肝心の『キング』に関する情報はなく、周人が明らかに苛立っているのが哲生には見えていた。


「街を仕切ってるとかいうヤツなら何か知ってるはずだ」

「そうかもな・・・でもこの状態じゃそいつが出て来るのも時間の問題だろうけどな」

「そんなの待てねぇよ!」


東京に来るようになってから一ヶ月半、手がかりらしいものもないのでは苛立って当然だった。今日を含めたこれまでのケンカがそのはけ口にさえ思える。そんな周人の気持ちも分かる哲生が今いる品川のチームリーダーの所へ向かう決心をした矢先、5人の武装集団が2人の周りを取り囲んだ。皆手には各々武器を持っているのはもはやお約束だ。そんな5人すらわずかな時間でたった1人で叩きのめした周人は怒りの目で倒れている5人を睨みつけた矢先、突然静かな空間に拍手のような音が響き渡った。すでにその気配に気付いていた哲生は腕組みしたままそちらを見ている。周人もまた音のする方に怒りの表情のまま顔を向けた。そこに立っているのは2人の男たちだ。短めの髪、その前髪を逆立てた男が拍手をした当人であり、脇には木刀を挟んでいる。タンクトップにゆったりめのジーンズ姿だが、その胸といい腕といい、筋肉が盛り上がりをみせたなかなかの肉体をしていた。何より異様に鋭い目つきは元々そう大きくないせいか細く見える。対して隣に立つ男は髪をセンター分けしたごく普通の少年のようだ。だが見かけと違って張り巡らされた気は凄まじく、Tシャツから覗く腕もなかなか引き締まっている。こちらは幾何学模様の入った白いTシャツにジーンズという出で立ちであり、右手には四十センチ程度の長さに5センチぐらいの太さをもった棒状のものがその銀色の色合いを街灯に反射させていた。


「所詮は噂だけだろうと思ってたけど、強ぇじゃねぇかよ、『ヤンキー狩り』」


木刀の男が口の端を吊り上げてそう言うが、哲生は表情を変えず、周人は無表情になった。逆にその男を見て顔色を変えたのは今さっき周人に叩きのめされた男たちの1人であり、青白くなった顔をさらに青くさせて震えるようにし始めた。


「け、『剣王』と『猛虎』・・・・・」


うめくようにそう言った後、ゴクリと唾を飲み込んだ男がいそいそと這うようにしてその場を立ち去ろうとするほどの2人組が一歩前に出る。


「俺は『剣王』と呼ばれてるちったぁ名の知れた男だ。こっちは相棒の虎、『旋風の猛虎』」


聞いてもいないのに自分たちのことをそう名乗った剣王は右手に木刀を持つと構えを取ることなく周人の正面3メートル先に立った。


「お前を倒せば一躍ヒーローだ・・・悪いがぶっ倒すぜ」

「その前に聞きたい・・・『キング』を知っているか?」

「知らん!」


偉そうに言うべき台詞ではないが威張ってそう言う剣王がすうっと音も無く木刀を構えた。柄を腹部辺りに真正面に構えを取るいわゆる正眼ではなく、顔の辺りに握り手がくるものだった。それを見た周人も珍しく腕を上げる構えを見せた。


「おい、十牙じゅうが・・・相手が違うよ。さっきジャンケンしたろ?」


呆れたような口調でそう言う猛虎は持っている短い棒で肩をトントンと叩きながらため息を漏らした。剣王はわざとらしく目をパチパチしてからバツが悪そうな顔をし、それから苦笑を顔に浮かべて猛虎の方へと頭を向ける。


「・・・・・・・・・・・譲れない?」

「自分のジャンケンの弱さを呪うしかないね」


そう言って十牙と呼んだ剣王を押しのけると周人の前に立つ。仕方なく十牙は何やらブツクサ言いながら頭の後ろで両手を組み、足を交差させてまるで見物人のような態度の哲生の前に立った。


「しゃーねぇ、誠に『ヤンキー狩り』は譲るが、こりゃまた弱そうなヤツだな、おい・・・」

「こうまでバカっぽいのが相手とは・・・気持ちが萎えるぜ」

「なんだとぉ!」


馬鹿にされた言い方をされながらうんざりしたような口調の哲生にムキになる十牙は持っていた木刀の切っ先を哲生へと向けて睨む目つきを鋭くした。


「殺す!」

「はいはい」


火に油を注ぐような哲生の発言に怒りを爆発させたのか、十牙は間合いも何も考えずに突進してくると大きく木刀を振り上げ、勢い良くそれを振り下ろせば太刀筋が見えているだけに哲生は軽い動きでそれをかわした。だが次の瞬間、腰の辺りまで下りた木刀が急激に向きを変えて哲生の腹部めがけて牙を剥いた。凄まじいスピードで振り下ろされた木刀をそのスピードを殺さずに急に軌道を変えるなんというパワーと技量か。だがこの一撃で勝利を確信していた十牙の顔が驚きに変わる。回避も防御も不可能な中、なんと哲生はそこから十牙めがけて踏み込むと顔面にパンチを浴びせに来たのだ。鍔は無いが鍔元付近、柄と刀身部分の境目辺りが哲生の腹部に当たるも、これでは力が届かずにダメージにはならない。逆にパンチを浴びた十牙はパンチが当たった瞬間に首を捻って衝撃を逃がし、そのダメージを相殺したのはさすがだ。そのまま後ろに飛び退きながらさらに横なぎの一刀を振るうが、哲生もまた後方に飛んでいた。3メートルの間合いを開けて睨み合うお互いの口元に笑みが浮かぶ。


「やるじゃん、伊達に『剣王』とは言わねぇってか?」

「へぇ、強いじゃん!でもな、俺には勝てねぇよ!」


今のたった一度の攻防でお互いの実力を察したのか、哲生も十牙も笑みを浮かべて対峙しながらほぼ同時にそう口にした。


「名前を聞いておこうか?」

「柳生十牙」

「佐々木哲生だ」


お互いに名乗った後、2人から笑みが消える。ピンと張りつめた空気が流れる中、さっき這うようにして逃げた男が気を失ったフリをしながらその様子を見ていた。ここ最近めきめきと頭角をあらわしてきた『剣王』と『旋風の猛虎』のコンビは街を治めるチームリーダーすら注目するほどの実力者である。その剣王のもう一つのあだ名は『一撃必殺』なのだ。これまでどんな実力者もその一撃をもって粉砕してきたその伝説を打ち砕いた哲生もまた強いと言えよう。ゴクリと大きく唾を飲み込む男は『ヤンキー狩り』と『旋風の猛虎』の方を見やり、これまた息をするのを忘れた感じで汗を流してただ呆然とするしかなかった。


哲生と十牙の戦いを横に周人の全身から殺気が放出されていく。ビリビリとそれを感じる誠は背中を伝う冷たい汗を感じつつも口元に浮かんだ笑みを消さなかった。


「先に言っておくけど、『キング』については知らないから」

「あぁ・・・けど、売られたケンカは買うぜ」


無表情にそう言う周人の殺気がさらに膨れ上がった。誠はふぅとため息ともとれる息遣いをしつつ持っていた棒を顔の前に持っていき、両手で構えるとタオルを絞るような感じで銀色の棒を軽く捻った。その瞬間、短かった棒が瞬時に2メートルはあろう長さに変化するのを見た周人は珍しく驚きを顔に出した。誠はそのままの態勢でくるくると棒を回転させていく。自分の身長よりも長い銀色の棒を回転させる誠の顔から笑みが完全に消えた。周人は音も無く腕を上げると何かしらの構えを取った。2人の間合いは約3メートルあるが誠の棒のリーチを考えればそう長い距離ではない。そして間合いが無いなら無いでの戦い方がある。周人はその間合いを詰めるべく駆けた。先日の純ほどではないにしろそのスピードはかなりのものだった。だが直線的な動きは誠にも見えているために回転させていた棒を一気に突き出す。周人は体を回転させてそれをかわすとその動作を利用して回し蹴りを顔面に向けて放った。しかしその蹴りを銀色の棒が受け止め、そこからさらに回転を加えられたせいで周人の足が弧を描き、体が宙に浮いた。その顔をめがけて突き出される棒をかわす術はないはずだった。だが周人は軸にしていた足を勢い良く回すことで反動を加え、宙を舞う自分自身の回転速度を上げたのだ。これによってタイミングを外された棒は顔の真横をすり抜け、この間に地面に手をついた周人は回転の勢いを強引に止めて逆立ちのまま足を突き出す。その一撃すらよけた誠は着地を決めた周人めがけて再度棒を突き出すが、周人はおおげさな動きで後方へと転がって逃げていた。だが立ち上がるや否や間合いを詰めて蹴りを放つ。だが高速で回転させた棒が壁の役割をしたせいで足は簡単に弾かれるだけだ。回転していた棒が瞬時に突きに変わり、それを避けた周人の反撃を予想してすぐさま回転に戻す誠。まさに攻防一体のその棒術になすすべない周人は少し距離を開けてたたずむとじっと誠の方を睨むようにするのだった。


「噂以上だね・・・強いよ。気を抜けばやられる」

「『旋風の』とはよく言ったもんだ・・・」


お互いがお互いを誉める。だがその顔には笑みも余裕もなかった。


横なぎの一刀をブリッジでかわし、木の刃が駆け抜けた後にそのままの態勢の蹴りが舞う。それを柄で受け止め、押し返して袈裟懸けに振り下ろすも側転で避けられる。すかさず突きを放てば体を回して避けながら蹴りを放つ哲生の一撃をかわして小さな振りで足を狙うもうまく逃げられる。お互いに決定打もなく時間のみが過ぎていく攻防が続いた。かなりの速度で木刀を振るう十牙だが、その全てが当たらない。また後手からの反撃に転ずる哲生の攻撃も全て防御されていた。一旦距離を置き、出方を見合う二人。武器を持つ相手は数多くいたが、この十牙の強さはハンパではない。まるで自分の腕のごとく木刀を振るう十牙の剣速はかなりのものだ。対する十牙も哲生の動きには舌を巻いていた。予測不可能な動きで全てをかわし、ありえない状態から攻撃に転じてくる。


「しゃーねぇ・・・なりふり構ってられねぇな」


そうつぶやくように言う十牙が奇妙な構えを取ったために哲生の片眉が吊り上る。刀で言えば刃に当たる部分を上に上半身を右側に捻るようにしながら木刀を背中に回すようにした。顔だけは正面に向いたまま背中から地面に水平な状態で木刀の半ばより先が見えている。左足を大きく引き、少し前のめりになりつつ全身のバネを溜め込んだ。気を操る哲生には十牙の全身からみなぎる赤いオーラが見えていた。本能的に危険を知らせる警鐘が頭の中で鳴り響くのがわかる。その瞬間十牙が動いた。捻った上体のバネを利用して大きくジャンプし、後ろに回していた腕を頭上に振り上げたかと思うとそれを一気に振り下ろす。ジャンプした時点で自分に迫る刃は予想通りだった。さらに言えば、背中から回された腕の振りが異常に速いことすら計算通りだ。だからこそ太刀筋を見切って反撃にでるはずだった。だが、それはできない。なぜならば、舞い降りる刃は1つでなかったからだ。信じられないことにその刃は3つに分身していた。肩口を狙って振り下ろされる一撃を避けるタイミングがその分身した刃に注目していたためにズレが生じている。もはや避けることも受け止めることも不可能な一撃が哲生の右肩に痛打し、衝撃が全身を駆け巡った。完璧な手応えを感じた十牙が着地と同時に片膝をついて一刀の切っ先をコンクリートの地面に触れさせる。真剣であれば哲生の体は腰辺りまで裂かれていたであろうその一撃は木刀ですら致命傷を与えるに十分だった。


「奥義、分身抜刀ぶんしんばっとう


技の名を口にする十牙が自らの勝利を確信しかけたとき、耳元で風が唸った。もはや本能のみで地面を転がった十牙は今の自分の行動が正しかったと認識し、汗をかいた。いち早く危険を知らせた本能通りに動いていなければどうなっていただろうか。右肩と鎖骨を完璧に砕いたはずのその一撃を受けて蹴りを放てる人間がいるのか。だが確かに哲生は蹴りを放ったのだ。その証拠に蹴りを放った後の態勢のまま、それを避けた十牙を見て笑みを浮かべている。その笑みはさっきまでのヘラヘラしたものではなく、心から戦慄させるような恐怖を与えるものだった。


「バカな・・・あの技を喰らって何故・・・」

「あぁ、まぁ、死んだかと思った」


そう余裕のこもった声で言うが、右腕を動かさないことからしてかなりのダメージは受けていると考えていいだろう。だが、立ち上がれるわけがない。ましてや蹴りを放つなどありえないのだ。


「くそ!てめぇ!」


言うや否や、十牙は立ち上がりつつ一刀を横に振りきるが哲生はさっき十牙が見せたよりも高いジャンプをしてそれをかわすと宙返りをしてかかと落としを見舞う。気のせいか淡い金色の光を放つそのかかとめがけて木刀を振り上げる十牙の一撃と哲生のかかと落としが激突した。普通であればいくら硬いかかとであっても木刀にはかなわない。だが十牙が感じた手ごたえはまるで鉄板を叩いたかのような衝撃だった。哲生は木刀を受けたかかとをそのままにつま先を下ろしてその刀身に足を乗せ、そこからさらにジャンプして空中で身を捻りながら十牙の背後に回る。着地と同時に間合いを詰めて十牙の剣撃が及ばない位置、つまりは体を密着させて左手で十牙の右手を掴んだ。とっさに木刀を左手一本に待ち変える十牙の表情が恐怖に変わる。哲生は十牙の右手を捻り上げて手首を支点に逆関節を極めにいった上で左手一本で投げを放ったのだ。だが十牙もさすがで、そうはさせまいと間接を正常の位置に戻すかのように流れに逆らわずに地を蹴って自ら回転するように宙を舞う。着地と同時に一撃を喰らわせようと左手に持った木刀に力を込めた瞬間、哲生の右足が跳ね上がると十牙の後頭部を痛烈に蹴り上げた。


「グハァッ!」


凄まじい衝撃は常識を超えているといえよう。一瞬にして意識が飛んだ十牙は力なく木刀を落とすと冷たいコンクリートの上に倒れこみ、動かなくなった。淡い金色の光が消えていく右足の膝をつく哲生は右肩を押さえるようにしてその場に崩れ落ちる。倒れることはしなかったものの哲生が片膝を着くことが珍しい。ズキズキ痛む右肩だが何とか骨に異常はないようだ。


「これでもかってぐらいの『気硬化』してこの威力かよ・・・ホント、『剣王』様だぜ・・・あー痛ぇ」


つぶやくようにそう言うと荒い呼吸を繰り返す哲生はすぐそばで戦っている周人を気にすることすらできない。気によって意識的に肉体の一部分を鉄のごとく硬化させる防御術・気硬化を使ってこのダメージである。使用していなければ肩と鎖骨の粉砕骨折はまぬがれなかっただろうと思えるダメージに、倒れている十牙を見て汗が流れてきた。


「この先、こいつより強いヤツがわんさかいるかと思うと・・・うんざりだぜ」


心底うんざりした様子でそう言うと、ここでようやく周人の方へと顔を向ける哲生だった。


高速で回転する棒は一切の攻撃を受け付けない鉄壁の防御力をもっていた。しかもこの棒はまさに伸縮自在となっており、どんなに広く間合いを開けようとも衝き出された棒は周人目掛けて飛来してくる。その長さの短所、長いゆえに振り回すのが困難な点を利用して一気に誠に迫ればその周人より早く棒は短くなって攻撃を阻止してしまうのだ。誠は棒を回転させながら体の左右に振るようにして両腕で見事なコントロールを行なっている。微塵の隙も無いその攻防に舌を巻くしかない周人は圧倒的に不利なことに舌打ちをするしかなかった。ジリジリとすり足で右側に移動しつつ攻撃方法を思案している最中に衝きが放たれる。それをかわして駆け抜けるも、またも棒は周人の横を先に駆け抜けて誠の目の前に展開されてしまい蹴りを受け止めた。そのまま棒を高速で回転させた結果、周人の体が回転しながら宙を舞い、そのまま棒で周人の体を叩きつけた誠の一撃にコンクリートの地面に体を打ちつけた。とっさに受身をとったもののダメージが蓄積されているのは明白だ。うつぶせのまま動けない。そんな周人目掛けて衝き出された棒を両手両足を使って地面を跳ね、その衝きをかわすが半回転させた逆の端が衝き出されて腹部にめり込んだ。空中にいるせいで受身がとれない周人はモロに喰らった一撃に唾を飛ばして悶絶した。だが人間の腹部を思いっきり衝いたにしてはその硬さは異常だ。ゴロゴロと地面を転がる周人はそれでもなんとか肩膝で立ち、右手で腹部を押さえている。口から血を流すことから見て内臓のどこかにダメージを受けたようだが、本来であれば失神しているほどの一撃だったのだ、この程度のダメージであるはずがない。だが圧倒的有利には変わりが無いことは確かなため、誠は高速で棒を回転させると周人に向かって衝きを放つ。ダメージから足が動かずに顔をめがけて飛来するその銀色の物体を見ることしかできない周人の脳裏に死がイメージされる。


「死ぬのか・・・オレは・・・・恵里の仇も討てずに・・・こんなところで・・・」


愛らしい笑顔がそこにあった。愛しくて愛しくてたまらない存在、愛するということの素晴らしさを実感した日々が頭の中を駆け巡る。だが、最後に描くビジョンは土まみれで横たわる変わり果てた姿。天使の裸体を悪魔に蹂躙されたその体。もうあの笑顔を見ることは永遠に無い。恵里を殺した悪魔は今でものうのうと生きているというのに、もうあの自分をときめかせる笑顔は見れないのだ。その時、死のイメージが怒りを起爆させた。無くなっていた殺気が蘇り、目に光が戻る。次の瞬間、絶妙のタイミングで放たれた衝きは何も無い空間に突き刺さっていた。


「え?」


信じられないことだが、周人の体はそこにない。あのタイミングの衝きをかわせる体力があるとも思えなかったが、実際に衝きは空振りに終わったのだ。半身になって避けた周人が立ち上がると同時に一気に駆ける。腹部に受けたダメージは大きいはずなのにスピードは今まで一番速い。信じられない思いの誠だが、棒を戻すことは忘れなかった。手元で棒を捻ればすさまじい勢いで棒が短くなっていく。そしてその棒が周人の真横を通過しようとした瞬間、なんと周人はその棒を掴んだのだった。戻る棒の勢いに乗ってさらに加速した周人が迫るのを見た誠がとっさに伸縮を中止したが遅かった。勢いに乗った周人は誠の手前で地を蹴り、誠の肩に手をついて逆立ちすると真後ろに着地を決めた。棒を振りかざして振り返ろうとした誠の両方のこめかみに言い知れない衝撃が叩き込まれる。ほぼ同時に襲った衝撃は若干右側の方が速かったせいで脳が左に寄る。直後、まさに刹那のタイミングでやって来た左側頭部の衝撃が左にやって来ていた脳を直撃し、右に左に揺れる脳は脳震盪を引き起こすのに十分だった。白目を剥いて倒れる誠を背に、周人は右膝をついて大きく息を切らしていた。痛むのは腹部だけでなく、全身に及んでいる。


「毎週毎週こんなのが続いた日にゃ・・・体がもたないな」


フラフラとやってきた哲生の言葉にかすかに頭を動かした周人は自力で立ち上がろうとするがうまく体が動かない。結局哲生に支えられて起き上がり、そのまま2人は重たい体を引きずるようにしてその場を後にしたのだった。

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