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くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第2話
10/33

この命捨てても(4)

今日も帰らない息子の身を案じる静佳はふてくされるようにしてタオルケットにうずくまって寝ている源斗の方を見てから寝室を後にした。不思議なことなのだが、足音はおろかふすまやドアが開く音が全くしないのはどういうわけか。静佳はそのまま玄関を出て庭先にたたずんだ。見上げる空には雲が多いながらも星と月がその姿を見せていた。真夜中の午前2時にしては蒸し暑く、明日もまた残暑が厳しいことを予告しているかのようだ。


「あら?」


見上げる星の中で静佳にしか見えないひときわ大きく輝く星が見える。だがそれは本当に星なのだろうか。確かに白く見えるその星は何故か黒い光を放っている。だがそんなことは以前から知っている静佳にしてみれば今の疑問の言葉は別のことを見てのものだ。昨日まではなかった綺麗な光が4つ、その黒い光を放つ星の周囲、上下左右で瞬いているのだ。そしてその4つの中の1つはまばゆいばかりに光り輝き、黒い輝きの星よりも白い光を放っている。


「星が4つも・・・哲生くん?」


5つの中で一番輝く星にそう語りかける静佳は他の3つの星をじっと見やるが、特に何も感じるものはない。


「周人を守ってくれるの?」


黒い光の星が周人、その右横でまばゆく輝く星が哲生。ならばあと3つは誰なのか。


「恵里ちゃんの魂を解放する5つの星・・・5人の戦士というところかしらね」


星座は神話から成り立ち、神話は星座となって永遠に存在しつづける。ならばこの5つの星もやがて神話を築く星座となるのだろうか。


「運命が動きだした、のかしらね」


つぶやくようにそう言う静佳がかすかな笑みを見せたと同時に頭の中でフラッシュがたかれる。息子と共に戦う金色の輝きを持った戦士。恐るべきスピードで獲物を狩る鷲のような華麗さを持った蹴りを放つ戦士。旋風を巻き起こすべく銀色の棒を高速で回転させる戦士。そして鋭い刃の輝きに似た光を放つ木刀を手にした戦士。その5人がまるで巨大な山のような存在に立ち向かうビジョンが見えたのだ。大半がシルエットだったせいかそれが何を意味するかはわからない。いや、静佳にはもうちゃんと全てが理解できていた。


「周人を守る4人の戦士・・・運命に導かれし最高の友、かな」


まるで詩を口ずさむかのようにそう言った静佳はどこか満足そうな表情をしたまま家の中へと戻っていった。もう天空に5つの星は見えない。だが星は確かにそこにあるのだ。静佳は豪快ないびきをかいている夫の横に横たわると、すぐに深い眠りへと落ちていくのだった。


その日の朝8時に帰宅した周人はご飯も食べずにすぐさま制服に着替えて学校へと出て行った。昨夜あれだけの騒ぎを起こした上に、2人乗りしたバイクを飛ばして3時間の距離がある東京から戻ってきた割には元気なものである。だが家に居づらく、学校で居眠りをしている方が随分ましな周人にしてみればどんなに気だるくとも登校した方が気が休まるのだった。だが相変わらず無愛想、無表情なせいか、誰も話し掛けてはこなかった。そうしてあっという間に放課後となり、周人はまたいつものように屋上へと向かって階段を歩いていた。家に帰れば怒りに燃える源斗と顔を合わせねばならない。それがたまらなく苦痛な周人は今日もまた東京に繰り出そうかと考えていた。そして屋上へと繋がるドアに手をかけてゆっくりとノブを回せば、いつもと変わらぬ朱の世界がそこにあった。だが完全に屋上に出る前にいつもと違う部分に気付いた周人はピクリと片方の眉を上げた。ちょうど出入り口の真正面に位置する場所に一人の女子生徒がそこにいたからだ。後ろ姿から、いや、そのボーイッシュなまでのショートカットの髪型は周人がよく知っている稲垣圭子のものに間違いなかった。スタイルもいい圭子は半袖のブラウスとグレーのスカートを風に揺らしながらゆっくりと背後を振り返り、周人を目に留めて小さく微笑んでみせた。


「オッス」

「あぁ」


敬礼するかのような仕草で挨拶をしてきた圭子にも無愛想な返事を返した周人は圭子との距離を空けるように2、3歩前に進んだだけで立ち止まり、まだ沈むまでには時間があろう真っ赤な太陽の方へと顔を向けた。


「最近よくここに来てるって聞いたから」

「ミカ、か」


つぶやくようにそう言うと周人は圭子から人一人分隙間を開けるようにして横に並び、黒い手すりに手をついた。赤い夕日となりつつある太陽はまぶしさを少し揺るがせているように見えている。


「あんたさ、復讐とか考えてないよね?」


チラリと周人を見ながらそう言うが、周人は太陽の光で横顔を赤に染めつつも何も言葉を発せず、また何のリアクションをとることもなかった。そんな周人にため息をついた圭子は周人の横顔を見つめたまま悲しげな表情へと変化させつつも何をどう言葉にしていいかわからずに黙り込むしかなかった。


「恋人をあんな風に殺されて復讐を考えないヤツがいると思うか?」


少しの間を置いて返ってきた返事に驚きの表情を浮かべた圭子はこの間から抱いていた疑問の答えが今の言葉にあると確信し、大きく唾を飲み込んでから震える声で言葉を発した。


「木戸君、まさか・・・・・なんで?なんで復讐なんか?前向きになるって言ってたじゃない・・・」

「しるかよ」


そう言うと圭子を見ることなくさっさとドアに向かう周人からは明らかに苛立った様子が見て取れた。ここ最近まともに学校に来ない周人がたまに顔を見せれば近寄りがたい雰囲気を出し、刺々しいまでに鋭い目つきでいることを知っている圭子はもしやという思いを抱えていたのだ。だが以前に前向きに頑張ると言っていた周人が突然こうも変わってしまった理由を知らないせいか、不信感や嫌悪感を抱いていたところ昨日の帰りにミカと出会い、いつも屋上にいるとのことから一度話をして確かめてみたいと思ったのだった。まともな会話はできなかったが、恐れていたとおり復讐をしようとしている事実を知った圭子の心境は複雑だった。もちろん警察の捜査が打ち切られたことを知らない圭子なだけに、何故に彼がこうまで変わってしまったがわからない。それに加えて何故復讐が必要なのかもわからないのだ。


「なんで・・・」


閉じられるドアを見つめながらすでに姿を消した周人を想う圭子はもうどうしていいかわからずに途方に暮れるばかりであった。そして自分の中から周人に対する好意が薄れてしまってきていることもはっきりと自覚するのだった。


金曜日の夜は毎週家を空けるのが常となっていた。『キング』の手がかりを求めて東京へと出ているせいだ。今夜も日曜日の夜まで捜索を続けることとなっているのだが、異様なまでの空気が新宿の街全体を包み込んでいた。いや、新宿だけではない。都内全域に渡って非常網が張られ、『ヤンキー狩り』を捕捉次第すぐさま攻撃できるような体制が出来上がっていたのだ。これは各街を仕切るチームのリーダーやサブリーダーが命令したものであり、ある種の狩りを楽しむようなゲーム感覚となっていると言えよう。つまり周人と哲生はこの一ヶ月足らずの間でかなりの有名人となってしまったということだ。もちろん顔を知る者はまだ少ない。だが『ヤンキー狩り』は必ず『キング』を探してどこかに現われるはずだ。そして真夜中、新宿の外れにある廃ビル付近で『ヤンキー狩り』発見との情報が駆け巡った。四十人近い人数が武装し、バイクで駆けつけた時には既にそこは惨劇の場と化していたのだった。十五人の人間が皆コンクリートの上で悶絶していたのだ。情報が流れてわずか五分で駆けつけたのにこのありさまだ。圧倒的強さを誇る2人の男にこうまでかき回されて黙っていられるはずもない。新宿を束ねる新宿ブレイカーの村上シンジは絶対に街から出すなという号令をかけ、いつになく騒がしい暴走車が何台も街を駆け回った。


「異常なほど警戒されてるけど、どうする?」


コンクリートの壁で出来たマンションの駐車場を囲む塀と路地の隙間で周囲をうかがう哲生が言ったこの言葉の意味は『もう帰るか?』ではなく『場所を変えるか?』という意味である。もちろん隣で腕組みしながら同じことを考えていた周人はその意味をちゃんと受け取っている。


「ま、出るにしても何回か見つかるだろうがな」

「だろうな」


軽い言い方の哲生に対し、周人の返事は無愛想だ。つい今しがた近くの廃ビルで大乱闘を繰り広げたのだが、時間にすればわずか2分足らずだった。圧倒的強さで十五人をなぎ倒し、近づいてくるバイクのエンジンが奏でる爆音を聞いてとりあえずここに身を潜めたのだ。相手もまさか現場から三十メートルしか離れていない場所に潜伏しているとは考えてなかったようで、バイクの音も人の気配も既に無くなって久しい。だがいつまでもこうしているわけにもいかない。『キング』の手がかりをもとめて多くのヤンキーを倒してきながら得た情報はあまりに少なすぎる。にもかかわらずこうまで網を張られてはそうそう身動きが取れないのも現実だった。2人は一旦路地を出てさっきケンカをやらかした廃ビルの中へと入っていった。同じ現場に見回りに来ることもそうそうないだろうとの意見が一致したからだ。十二階建てのこのビルはかつてバブルの絶頂期に建設が始まりながらもバブルの崩壊で建設も頓挫、解体もなく今では不良たちの溜まり場となっていたのだった。とりあえず十階まで上がり、今後の対策を練る2人。だが答えが簡単に出るはずもなく、ただ時間だけが虚しく過ぎていく。時折数台のバイクが通る音が聞こえるがここまで誰が登ってくる気配は無かった。そう、つい今しがたまでは。


「1人か?」

「あぁ・・・けど強い」


夜の闇にこだまする足音は1つ。ゆっくりと、だが確実に2人がいる階層へと近づいてくるのが分かる。しかもその気配、気、全てがその人物がさっきまでのチンピラ風情の男たちとは違うと告げていた。柱以外は何も無い、それこそ内装と言えるものや部屋すらないこのフロアはグレーのコンクリートがフロアを形作っている簡素な状態だ。かろうじて上へと続く階段が剥き出しの状態であるぐらいで、あとは鉄くずやコンクリートの欠片が散乱している状態だった。こんなところへ来る人間がいるとも思えず、2人はゆっくりと上がってくる足音を待ち構えるかのように腕組みをして階段を睨みつけていた。そしてゆっくりと頭が姿を現す。哲生に匹敵するほど長い髪だが、まっすぐ伸びた哲生のとは違い、外側へ軽くウェーブしていた。夜目にもわかる鮮やかな茶髪が似合う切れ長の目。だが決して細い訳ではなくはっきりとした二重で大きく見えた。通った鼻筋に微妙に端が吊り上った口元、袖のないTシャツにジーンズという出で立ちの男が階段を上りきると2人から5メートル近い距離を置いてその歩みを止めた。月明かりが長い影を落とす中、現われた男がゆっくりとその口を開いた。


「あんたが噂の『ヤンキー狩り』か?」


やや低めの声だがよく通るのか、それははっきりと2人の耳に聞こえていた。


「あぁ、それはコイツ。俺はただの友達」


隣で立つ周人を親指で指差しながらニヘラと笑ってそう言う哲生。周人は全身から凄まじい殺気を放出しながら一歩前へと進み、鋭い目つきで男を見つめた。


「へぇ・・・噂通り強いみたいだ」

「ヤる前に聞きたいことがある・・・『キング』を知っているか?」


怒気がこもった言い方だが、それを受けた男は何故か口元に笑みを浮かべていた。


「マジだったんだな・・・『キング』を探してるってのは」

「知ってるんだな?」

「噂程度さ・・・お前さんと同程度の知識しかない」

「ならいい、さっさと始めよう」


そう言うと爆発的に殺気が膨れ上がった。哲生はそんな周人を見てため息をつくとガラスの無い窓とおぼしき穴の空いた壁部分まで下がるとそこにもたれかかった。ゆっくりと構えを取る周人をぼんやり見ていたその哲生の目が見開いた。さっきまでの飄々とした雰囲気もなく表情は驚きに変わっている。それもそのはず、5メートルの距離を一体どうやって詰めたのか、一瞬、まさにまばたき1回した程度の時間でその距離がなくなっているのだ。そして吹き飛ぶ周人。どうやら拳が左のわき腹にめり込んだようだ。だがすかさず態勢を整えると踏ん張った足を軸に風すら舞わす蹴りを放つも、長髪の男は既にそこにはおらずに後方2メートルの距離をあけてたたずんでいた。ズキンと痛むわき腹だが、骨は異常ないようだ。だが一体何がどうなって攻撃されたかがわからない。というよりもあれだけの距離を一瞬で詰めることなど果たして可能なのだろうか。


「なんなんだ?」


哲生がそうつぶやいた矢先、またも一瞬で間合いが詰まり拳が周人の顔面を捉える、はずだった。だが周人はそれを見切ったのかギリギリながら拳をかわして反撃のパンチを相手の腹部に浴びせようとした。だが男はまたも一瞬で右横2メートルの位置に移動していてその拳は虚しく宙をさまようばかりだ。


「瞬間移動かよ・・・」


哲生が漏らした言葉通りはっきり言ってそうとしか思えない。確かに繰り出してくるパンチの早さも周人並みに速い。だがそれ以上にその体の動きが半端ではなく速いのだ。


「さすがは『ヤンキー狩り』・・・2発目で避けられたのは初めてだぜ」


長髪の男がそう言うが、周人は表情はおろか殺気すら揺るがない。


「お前、ライトニングイーグル・・・・か?」

「ほぉ」


殺気もそのままそう問い掛けた周人の言葉に対する返事がそれなのか、男はニヤリとニヒルな笑みを浮かべて見せた。


「噂は聞いている・・・東京ではなく郊外の町から来ている恐ろしいスピードを持った男がいると。そいつの異名がライトニングイーグル(閃光の荒鷲)」

「あぁ、俺がそのライトニングイーグルだ。俺も噂の『ヤンキー狩り』ってのが見たくてな・・・それにお前を倒せばこの街で一気に人気者だ」

「名前が欲しいのか?」

「いや・・・自分がどれだけ強いのか試したい口だ」


ライトニングイーグルはそう言うと小さく微笑んだ。どうやら今の言葉に嘘はないらしい。そしてその言葉が終わるや否や爆発的に気が膨らんでいく。もちろん本人にそんな力はない。だが気を操る哲生にすれば全身からみなぎるオレンジ色したオーラがはっきりと見えていた。周人からも黒い色のオーラが見えている。そしてまたいきなりその2つの色が混ざり合った。さっきよりも速い拳が幾度となく周人に襲い掛かる。さすがにその全てを防ぐことはできずにダメージを負うが反撃も忘れない。だが周人の拳は空を切り裂くばかりで相手の攻撃ばかりがヒットしていく。たまらず間合いを空けようとしても相手は全く離れようとしない。


「まずい展開だな」


見た目以上に周人に対する攻撃が行なわれているようだった。しかもパンチだけでなく蹴りも舞う。顔、腹、手足とダメージを受けているせいか、手数の上では圧倒的に相手の方が上なのだ。そしてローキックが周人の膝を直撃し、ガクリと体が崩れるその隙を見逃す相手ではない。


「もらった!」


自分に気合を入れるためか、男はそう叫ぶと右と左の拳を高速で交互に周人の腹部に打ち込んだ後で一瞬体を捻るようにして反動をつけ、その螺旋状の力を利用した痛烈な蹴りをさらにそこに叩き込んだ。もはや防御もままならず周人が大きく吹き飛び、硬いコンクリートの床の上をゴロゴロと転がっていった。距離にして5メートルは吹き飛んだだろうか、周人はうつぶせに倒れたまま動かなくなった。ライトニングイーグルは少し肩で息をしながらもその完璧な手応えのせいか満足げな顔をしていた。埃が舞う殺風景な場所で繰り広げられた戦いが幕を下ろした、はずだった。その技、自らが自負する最高の技を受けて立ち上がってきた者などいないはずだった。そのただ1つの例外が今、目の前に立っている。口と鼻から血を流しつつも立ち上がった周人はダメージを受けた腹部を左手で押さえながら肩で激しくはぁはぁと息をしている。そのことからも受けたダメージが相当なものだと窺い知れる哲生はもはや勝負あったと思いつつも全く衰えていない黒いオーラに眉をひそめた。


「シュー・・・」


何かを言いかけた哲生の言葉が止まる。とどめをさしに行ったライトニングイーグルの拳が、蹴りが一方的に周人の体に乱舞する。立ち上がっただけでも奇跡的なのだ、もう勝敗は決したと思えた。血が舞い、埃が風に飛ぶ。


「終わりだ!」

再度叫びと共に高速の拳が交互に打ち鳴らされる。哲生ですらブレて見えるその拳が2度目の衝撃を周人の腹部に浴びせる。いや、浴びせることができない。周人はすでに相手の右横に移動していた。不発に終わる拳のせいか、ライトニングイーグルの体が前方へと流れた。一瞬何が起こったか理解できていないライトニングイーグルだったが、さすがに周人の動きを目で追っていたせいかその立ち位置は把握している。だからこそ、周人が跳ね上げた右足が自分の顔面に届く前にそれを受け止めることができたのだ。だが、その右足を受け止めたと同時に凄まじい衝撃が後頭部に炸裂した。崩れた態勢に追い討ちをかけるその衝撃のせいで前のめりになりながら一体何がこれほどの衝撃を与えたかを考える。導き出された答えがすぐさま間違いだと気付くも、そのまま硬いコンクリートの床に正面から倒れこんでしまった。だがそのまま転がるように間合いをあけて片膝で立ったのはさすがだ。


「なんなんだ・・・」


『ヤンキー狩り』は両腕をだらりと下げた状態で大きく肩で息をしており、どう考えても自分にこれほどのダメージを与えられるとは思えない。だからこそ、友達だと言ったあの長髪の男が加勢したのかと思えば窓の所から一歩も動いていないのはさっきちゃんと目にしている。ならば何が起こったのか。


「偶然の産物か?」


今受けたダメージのせいかグラグラ揺れる頭に加えて膝が笑っている。これではさっきまでのスピードは出せないだろうが相手はもう立っているのがやっとの状態だ。勝ちに揺るぎがない。そう思うライトニングイーグルは信じられないことに片膝立ちの状態から瞬時に周人の目の前に移動していた。


「あいつ・・・一歩目の踏み出しが異常に強くて速いんだ。一歩目から最高速に・・・だからこうも速いのかよ」


少しスピードが落ちたせいでようやくこの高速の攻撃を見切った哲生だが、スピードが落ちたとはいえ今の周人の状態ではなんのアドバンテージにもならないのは明白だ。


「ならこれで終わりだぁ!」


またも叫ぶと同時に高速の蹴りが突き出される。それも三度も。もはや立っているだけの的にそれを当てることなど造作もないはずだった。だが、周人は最初の一撃の際に空中に身を躍らせていた。続けざまに2度の蹴りが元いた場所を突き抜けるがそれも仕方のないこと。一度炸裂させた大技はかわされれば隙ができる。だが、心に微塵の隙も油断もなかった、これは事実だ。油断がなかったからこその決め技にこれを選んだのだ。ましてや相手は巷を騒がせる『ヤンキー狩り』なのだ、油断などありえない。にもかかわらず、相手は宙を舞っている。それは自慢を誇る自分のスピードと同等か、それ以上の動きで。そしてそこから蹴りが飛ぶ。まず突き出される右足が顔面を狙うがそれを最小限の動きでかわす。次いで左足が突き出されるがこれも予想の範囲内なために難なくかわせた。そこからさらに右足のかかとが側頭部を狙うも大きく身をよじって避けると体を回転させながら放つ左の回し蹴りすらかわしてみせる。空中で放たれた変則的な四段蹴りを凌いだライトニングイーグルが態勢を立て直すのと周人が着地を極めたのはほぼ同時。だが態勢を立て直した相手の方に分があり、周人はまだ反撃の態勢すら取れていないのだ。哲生は今度こそ周人の敗北を確信していた。いや、確信せざるを得ない状況だった。だが、実際は違った。ライトニングイーグルの拳が着地した周人の顔面を突き刺すその瞬間、なんと周人はその高速の拳を掴むとそれを横へといなしながら左の肘を相手の腹部にめり込ませたのだ。腕を引っ張られたせいで受けたダメージが増す。それでもまだ反撃に転じようとしたライトニングイーグルに対して今叩きつけた肘を立てるとそのまま拳を上へと突き上げる。引っ張られてつんのめった態勢を取っていたライトニングイーグルのアゴに直撃した拳は綺麗に打ち抜かれ、首から上が変に上を向いたのだった。そのまま前のめりに倒れこんだライトニングイーグルは気を失ったのか、ピクリとも動かなくなった。ゆっくりと立ち上がった周人ははぁはぁと肩で息をしつつもそんな相手を確認してから哲生のいる場所までフラフラと歩いていった。


「お疲れさん・・・なかなかのバトルだったな」


おどけたようにそう言う哲生だが、周人の強さには舌を巻いていた。見ていただけで2度は倒されているはずの状況から勝利を収めたのだ。しかもこれだけのダメージを受けつつともなればもはや感服するしかない。


「お疲れだろうし、今はへたに動けないから寝てたら?」


さっきまでなかった爆音がビルの周囲で巻き起こっている。どうやらまだ自分たちを探し回っているようだ。今強引にここを出て強行突破を試みようにも周人がこの状態では逃げ切れないだろう。かといって全員を相手にするのは少々キツイ。まともな戦力は今や哲生だけなのだ。チンピラ風情が何人来ようとも雑作もないが、このライトニングイーグル並みの実力者が多数でやって来てはどうしようもない。目的のためには今ここで倒れるわけにはいかないのだ。何人かの男たちがバイクに乗ったまま今自分たちがいるビルを見上げている。気付かれないように隠れながら様子をうかがう哲生だが、今ここへ押し寄せられては困るためにどうするかを思案する。この廃ビルは隠れる場所がなく、隣接する建物もない。逃げ場がないために最悪のことを想定しつつまずはここから脱出する方法をめぐらせるだけだった。


「見つかりそうか?」

「ん~、五分五分ってとこだな」


早々とダメージが抜けきるはずもなく、周人はぐったりと座り込んだまま頭を壁にもたれかけさせていた。息は整いつつあるがやはり蓄積されたダメージは大きく、まだまだ立てそうもない。


「動けるようになったとして、東京を出て寝場所を探すしかないな」

「バイクはまだキツイ・・・」


バイクの運転はおろか歩くことすらままならない今の状況ではここを出るまでに見つかりそうな雰囲気だ。


「とにかくギリギリまでねばろう」


哲生のその言葉にうなずいた周人の目が見開いた。小さなうめき声を上げながらライトニングイーグルが目を覚ましたのだ。頭を押さえつつなんとか座り込み、ぼぉっとした様子で周囲をうかがうようにした。


「目ぇ覚めたか、イーグルさん」


哲生の声にようやく焦点が合ったのか、ライトニングイーグルは辛そうな表情をしながら立ち上がるとフラフラとした足取りで2人の方へと近づいてきた。


「純・・・戎純だ」

「そっか・・・俺は佐々木哲生、んで」

「木戸周人」


周人の隣に腰掛けると冷たいコンクリートの壁に身を預ける純。さっきまで死闘を演じたと思えない和んだ雰囲気のせいか、お互いに自己紹介をしあった3人はざわつき始めたビルの外へと耳をそばだてた。


「てっきり出て行ったもんだと思ってたぜ」


腹部をさするようにしながら殺風景なグレーの天井を見上げる純は隣に座る周人の方へと視線だけを走らせた。自分と同じように背中から頭までをピッタリ壁にくっつけ、ダメージの回復を募っているのがわかる。


「出て行きたいのはやまやまだが、なかなか難しい」

「どこまで逃げたいんだ?」

「まぁ、警戒網が激しい東京から出たい」

「近場の上野は無理だな・・・新宿、渋谷、品川、池袋は『ヤンキー狩り』を狩るために躍起になってるからな。となれば横浜か千葉か」


哲生の言葉にすら無反応の周人を気にしながら思案する純。


「お前さんは指名手配じゃないんだろ?だったらもう行ってもいいよ」


哲生のその言葉に小さく微笑んだ純は大きく息を吸い込むとゆっくりとそれを吐き出した。


「そうでもないさ。この間、新宿を仕切ってるチームのメンバーにいちゃもんつけられてのしちまったからな。お前らほどじゃないけど俺も手配されてるだろう。ここへ来たのもそいつら殴って吐かせた結果だし」


その言葉に苦笑する哲生だが、3人であれば多少の包囲網は突破できそうな気になってきた。だがそれもこれもさっき死闘を演じた2人の回復次第だが。


「しゃーない・・・一肌脱ぐか」


そう言うと哲生はまず周人の前にしゃがみこんだ。


「オレはあとでいい。あいつを先に」


哲生が何をしようとしているのかが分かるのか、周人はそう言うと両目を静かに閉じた。哲生はそのままぴょんと真横へ飛ぶとしかめっ面をしている純の前に来る。怪訝な顔をする純ににこやかな笑顔を見せながら純の胸の辺りにそっと両手をかざすようにした。


「な、なんなんだよ!」

「ま、黙ってなって」


明らかに警戒する純を無視してかざした手に意識を集中する。すると信じられないことにその手がぼんやりと金色の光を帯び始めた。まるで手品でも見ているかのような芸当に目をパチクリさせるしかない純はすぐに体の異変に気が付いた。哲生の手を通して流れてくる金色の光は温かく、少しずつだが痛みや気だるさが引いていくのが分かる。不思議な癒しをもたらすその金色の光は心地よく、純の心も落ち着けていった。


「こういうのは下手でな・・・でもまぁ気持ち程度の回復ぐらいはできる」

「お前・・・一体」

「気功師、気を操る一族さ。もっとも、こういった癒しの気は苦手でさぁ、攻撃は得意なんだけどな」


敵であった自分、今でも敵なのだろうが、その自分に言うべき言葉ではないなと思いながらも不思議と受け入れられる気持ちの純は小さな笑みを浮かべながらその心地いい気に浸っていた。


「なんで『キング』を探してる?」


とりあえず痛みが引いたところでその質問を投げた。純が知っている『キング』という存在は全てのヤンキーの頂点に立つまさに最強の存在だということぐらいだ。どこにいるかも、誰なのかも知らない。その存在すらも噂だけで実際いるのかどうかどうかも分からないほどだ。さっきまでは饒舌だった哲生もその質問には口を閉ざした。両手を下ろし、いそいそと周人の前に移動してさっき同様両手をかざし、癒しの気を周人の向けて放出した。


「言えないほどの訳有りか」


どうしても聞きたいわけではなかったので純は黙り込む2人に対して何の感情も抱くことはなかった。


「お前、彼女はいるのか?」


相変わらず鋭い目をしながら純の方へと顔を向けた周人はおもむろにそう質問を投げた。それとさっきの質問がどういった関係を持つのかはわからない純。


「いない・・・気になる子はいるけどな」


これまたバカ正直にそう返事をした純は同級生のある少女を頭に描いていた。黒い髪も筒やかなロングヘアであり、落ち着いた純日本風という雰囲気を持った美少女を。


「美人か?」


今までで一番真剣な顔つきでそう言う哲生にあからさまなため息をついた周人は疲れたような表情を見せながらかざされている両手をそっと払いのけるようにしてみせた。


「もういい」


短くそうとだけ言うとさっさと立ち上がる。まだ腹部に鈍い痛みは残っているものの、それなりのケンカであればこなせる程度には回復していた。


「まだ痛いだろ?」

「こんなことで貴重な戦力のお前を消耗させるわけにはいかねぇからな」


そう言いながらそっと下の様子をうかがう。バイクこそいないものの、数人の男たちが行ったり来たりを繰り返しているようだ。


「しつこいやつらだぜ」


その言葉を合図に哲生と純が立ち上がる。


「俺も東京を出たいからな、それまでは共同戦線といこう」

「お前、家は?」

「N県だ。三山みやまって所」


その言葉を聞いた2人が顔を見合わせる。相変わらず周人は無表情だが、哲生は笑いを堪えるようにクックと喉を鳴らして体を震わせた。


「なんだよ・・・」

「俺たちは栄市から来たんだ。なんか因縁めいてきたな、俺たち」


笑いを含んだ哲生の言葉に純も驚きを表情で表す。そしてこちらも小さく笑い声を上げた。


「東京くんだりまで探しに来なくとも、隣町にいたのかよ・・・『ヤンキー狩り』は」


和む雰囲気の中、周人はそれを嫌うようにさっさと階段へと向かうと2人を待たずに降りていった。そんな周人の背中を見て苦笑する哲生が後を追いかけようとした時、真横に並んだ純が声をかけてきた。


「かなりの訳ありのようだな」

「まぁな・・・俺もあいつを止めに来てこうなったのさ。まぁ、あいつの気持ちもわからんでもないし、このままほっとくと死んじまいそうでな」


階段を降りても周人の姿はない。どうやらどんどん下へと降りていっているようだ。


「彼女を殺されたんだ・・・『キング』にな。その仇を討とうとしてるんだ、あいつは」


何故か純には真実を告げてもいいような気がした。ついさっき敵として出会い、周人と死闘を演じた相手に親近感を得ていることにすら疑問が湧かない。仲間意識に近い何かを感じつつ、哲生はそれから一階までは口を開くことはなかった。そして純もまた押し黙ったままその後についていったのだった。

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