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くもりのち、はれ異伝ー約束の夜へ-  作者: 夏みかん
第1話
1/33

天使消失(1)

別途連載中の「くもりのち、はれ」の前日譚になります。


木戸周人の復讐劇の全てがここにあります。

本編とはリンクしていますが、1つの物語としてここに描いていきますのでよろしくお願いします。

高校に入学して2度目の桜が風に舞う。ピンク色した花びらが春の風に揺られて舞い上がる様は日本独特の春を自然が演出しているのかもしれない。黒いアスファルトに不規則な模様を描くそのピンクの花びらを踏むことがいけないことのように感じながらも、すがすがしい朝の空気を吸いながら歩く紺色のブレザーに赤いネクタイを締めたグレーのズボン姿の男子生徒がまだ肌寒さを感じる春の気候を楽しみつつ約束の場所へと向かっていた。この辺りは住宅街となっており、地震や災害が起こった際に避難するべき公園がいくつかあって、そこに植えられている桜の木がほぼ満開の花を咲かせているのだ。そんな木を見上げながら公園の入り口に立つその男子生徒、今日から通っている如月高校の二年生となる木戸周人は目を隠しているほどに長い前髪を気にすることなく微笑を浮かべて風に舞うピンクの花びらに見入っていた。


「おはようさん・・・」


さわやかな朝が似合わないあくびを噛み殺しながら気だるそうにそう挨拶をしてきた同じ格好の男を見た周人はつい今しがたまであったさわやかな気分が台無しにされて表情を曇らせた。緩んでいるというよりはだらしが無く垂れ下がったネクタイもそうだが、何より脱力感全開のその表情がまだ十七歳の男を老人に見せるほどだ。朝が弱い事は知っているが、こうもだらしがなくやる気のない顔を見せられれば見ている方のテンションもガタ落ちになる。


「お前さぁ・・・朝が弱いのは知ってるけど、もう少しこう、なんとかならないか?」


ため息を一つついてからそう言う周人の言葉にますますやる気のない顔をしたその男は再度大きなあくびをしながら涙に濡れた目を周人に向けた。


「しゃーないじゃん・・・春休みでダラけきった生活してたんだし。それに昨日は遅くまでゲームしてたしよぉ」


言いながらまたも大きなあくびをしてみせる。そんな男にうんざりした顔をした周人は左腕にはめた腕時計を見て小さくため息をついた。


「間に合うか?」

「あぁ・・・あと2分で来たらの話だけどな」


肩まで伸びた髪をうっとおしく掻きあげるあくびの男、佐々木哲生はもうさすがに目を覚まそうと大きく背伸びをしてみせた。2人は誰かを待っているようなのだが、その人物はどうやら時間ギリギリになってもまだ姿を現せていないらしい。


「もういいじゃん・・・先に行っちまおうぜ・・・」

「来た」


来たと言われて周人が見ている方を見れば急いでいるのかそうでないのかわからない歩調でやってくる少女の姿が確認できる。紺色のブレザーに赤いネクタイは同じだが、グレーのスカートを履いたその女子生徒はブレザーの上からでもはっきりとわかる大きな胸を揺らしながらにこやかに手を振った。


「おまたせぇ~」

「遅いっての!電車に遅れないうちに行くぞ」

「えぇ~・・・これでも急いで来たんだよぉ~」


見た目が中学生に見える少女は舌足らずな口調、間延びした声でそう言うとぷぅっと頬を膨らませて抗議したが、すでに背中を向けた周人に加えてのそのそと歩き出した哲生の背中を見てそれもすぐにすぼめるしかなかった。肩甲骨までのびた髪は茶色く、朝日を浴びて輝いている。見た目は子供っぽいが可愛らしさを見せているその少女は哲生の横に並ぶと腕と腕がくっつくほどに近寄って歩き始めた。


「あまり寄るなよ・・・歩きにくい」

「そう?いいじゃん」


うっとおしがる哲生など無視してそう言う少女は歩いているだけでも大きな胸が揺れたが哲生も周人もそこを見ることは無かった。


「みんな一緒のクラスだといいねぇ~」

「ミカはともかく、テツとは同じクラスだったからもういいけどな」

「俺は学年ナンバーワン美女、江藤美咲と一緒ならそれでいい」

「なにそれ・・・サイテー」


哲生の言葉に明らかな不快感をあらわにした巨乳の女子高生、須藤ミカは軽蔑のまなざしを哲生に向けるが哲生は美咲とのラブラブなスクールライフを想像してニヤニヤしている。そんな哲生を横目で見ながら小さくため息をついたミカは寂しげな表情を浮かべてしまった。


「ま、そういうエロい考えのヤツに限って外れクジ引くもんだ」


周人のその言葉にニヤけ面をかき消した哲生は一睨みしてからそっぽを向いてしまった。そんな哲生を見て苦笑する周人を見るミカはさりげなくフォローしてくれた周人の優しさに感謝しつつ明るい表情を取り戻したのだった。


N県栄市にある如月高校は今年創立三十周年を迎える男女共学の普通校だ。一学年十一クラスからなる構成で生徒数は述べ千二百人というところか。学区的にも中堅クラスの学力レベルを維持しているこの高校に周人、哲生、ミカの幼なじみ3人は通っているのだ。幼稚園、小学校、中学校そしてこの如月高校とずっと一緒にいる3人は兄弟のごとく仲が良かった。小さい頃、小学校ぐらいまではよくケンカをしたりもしてきたが、今ではそれもなく男女の垣根を越えた友情で結ばれていると言ってもいいだろう。特に家自体も近い距離にあることから家族ぐるみでの付き合いもあって3人は兄弟のように育ってきていた。その3人が通う如月高校は住宅地の外れにあって裏には山がある場所に建てられていた。部活動も活発であり、それなりに自由な校風が人気を集めているせいか地域的にも評判が良かった。大きめの校門をくぐり、少し坂になった石の道を行けば昇降口へとぶち当たる。その左側には職員ならびに来客用の駐車場があり、その奥には生徒以外が使用する通用口があって教師や来客などはそちらを利用できるようになっていた。新学期となる今日はその昇降口の真上、2階にある会議室のベランダ部分から紙が吊り下げられていた。毎年恒例のクラス発表の紙がそれであり、各学年ごとに色分けされた字でクラスの振り分けがここに記されているのだった。もちろん入学試験の合格発表も同様の形態で行なわれているのだが、新入生を除いた全校生徒が集まるために昇降口は混雑に混雑を重ねて校門付近まで人で溢れ返っている状態だ。もちろん教師がスムーズに行くよう先導しているのだが、喜んだり悲しんだりしている生徒たちは自分のクラスを確認しても尚そこから動かない者が多かった。人で揉みくちゃにされながらもなんとか字が読める位置まで来た3人はすぐさま自分の名前を探すように背伸びしてみせた。


「あ、俺6組だ・・・・・美咲ちゃんは、いないな・・・・・・お!ナンバー2美女の高崎香と一緒だ!」


美咲がいないと落ち込んだ矢先に学年ナンバー2美少女である香の名前を見つけてすぐに表情を明るくする哲生。


「私、9組?・・・・あ~あぁ、3人ともバラバラだよぉ~」

「だな」


9組の所に自分の名前を見つけたミカの声に周人は短くそう答えながら11組の所に自分の名前を見つけていた。3人はとりあえず人ごみから逃げるようにすぐさま昇降口へと向かって進むのだった。


「みんなバラバラだねぇ・・・寂しいなぁ」

「新しい友達作ればいいってこと。じゃぁな!」


悲しげな顔をするミカを残し、哲生はさっさと目当ての美女がいるはずの新しい教室へと向かって去っていった。そんな哲生を膨れっ面しながら睨んでいたミカはそそくさと上履きに履き替えるとわざわざ待っていた周人の方へと歩み寄って来た。


「しゅうちゃんとも離れちゃったね」

「完全に会わないわけじゃないしさ、まぁ、今までにこういうのもあったことだし、気にするな」


軽く笑いながらそう言う周人の言葉に安心感を得たミカもまた笑顔を見せた。


「行こうぜ」


一年生の時は最上階の4階フロアだったのだが、二年生は3階となる。2人はゆっくりした歩調で階段を上がりつつ新しい生活への期待と不安を胸に抱えるのだった。


バラバラのクラスになった3人は体育も一緒になることがなかった。3人が3人とも部活動をしていないのだが帰りの時間も違うので一緒にはならない。新しく出来た友達と帰る周人、可愛い女子生徒を口説いてお茶をして帰る哲生、男女問わずおしゃべりをしてから帰るミカといった三者三様の生活のせいで朝すら会わずに行くといったことも徐々に増えていった。電話やメールのやりとりも少なく、偶然学校で顔を合わせる程度の状態になって2ヶ月、時期は梅雨に差し掛かっていた。といってもまだ本格的な梅雨ではないため、雨の日と晴れの日の比率で言えばまだ晴れの日の方が多いそんなある日、その電話は突然やってきた。携帯電話を机の上に置き、ベッドに転がってマンガを読んでいた周人は軽快な音楽を奏でるその携帯に気づいてだるそうに体を起こした。登録しているメモリーの内、よく連絡を取り合っている者だけは着信メロディでわかるようにしているためにその電話を見なくとも相手が誰かわかったためだ。折りたたまれた携帯の小窓を見ればやはり相手はミカであった。


「もしもし」


態度を声で表すかのような気だるい声色でそう言われたミカだが、そんなことなど全く気にならないのか実に愛想の良い返事が返ってきた。


『しゅうちゃん?ゴメンねぇ、急に。あのさ、今度の日曜日暇ぁ?』


そう言われて机の上にあるお気に入りのアイドルの卓上カレンダーを見やった。卓上カレンダーといいながらもグラビアがメインなため、水着姿のアイドルばかりが大きく、カレンダーを示す日にち部分はかなり小さく見づらかった。


「まぁ予定はないけど・・・何?」

『ウチで取ってる新聞がね、先週から変わったんだぁ』

「・・・・そりゃ結構なことで」

『うん。私は番組んトコしか見ないんだけどぉ、前よりも見やすくなったんだよぉ』

「・・・・そう」


それが日曜日の予定とどう関係があるかわからない周人だが、マイペースを超えたおっとりタイプのミカは凄まじいまでの天然ボケをかますことで有名だった。その発言にいちいち突っ込んでいたら疲れてしまうだけだ。だから周人はミカのペースに合わせて話を進めていった。


「で、どうした?」

『んでね、遊園地のチケットもらったんだけどぉ、4枚あるからしゅうちゃんどうかと思って』


5月で十七歳になった自分がミカと遊園地でデートと考えれば辞退したいところだが、気になったのは4枚あると言ったところだった。ミカと周人、おそらくもう1人は哲生だろう。だとすれば残る1枚は誰の手に渡るのか。


「メンバーは?」

『私でしょぉ、しゅうちゃん、てっちゃんとね、私と同じクラスの磯崎恵里ちゃん』

「磯崎ぃ?知らないなぁ・・・」


全部で11クラスもあれば知っている顔は限られてくる。特に接点ないクラスの女子、それこそ可愛いことで有名であればその名前も聞くのだろうがそうでなければ知らない子の方が多いのは当たり前のことだ。磯崎恵里などという女子を知らない周人だったが、その子がミカはともかく自分や哲生といった知らない男子が来て平気なのかを聞いてみることにした。


「オレは構わないけど・・・その子いいのか?オレやテツが一緒でも」

『大丈夫なんだって。でも体弱いんであまり激しい乗り物がダメなんだ。そこでしゅうちゃん!しゅうちゃんそういうのダメだから乗らなくても平気でしょ?』

「悪かったな・・・・」

『ケンカ強いけどジェットコースターには弱いもんねぇ』


どこか小馬鹿にしたような笑いを含めた言い方にカチンときた周人だったが、事実だけに何も言えない。絶叫系マシンがこの世で一番嫌いな周人は見ているだけで吐き気がしてくるほどにかなりの重症だった。


「ほっとけ!それにオレはケンカなんかしねぇよ」

『そうだね。でも強いのは本当じゃん。木戸無明流きどむみょうりゅうにジェットコースターを得意にする技とかないの?』

「あるわけねーだろ!そんな古武術見たことも聞いたこともない。それにあったらとっくに使ってるっての」

『それもそうかぁ・・・』


納得したようにそう言うミカに向かってあからさまなため息をついた周人はそんな技があれば誰よりも先に使っていると考えていた。戦国時代に一対多数の人数を相手に素手で戦う技を使う武術として生まれた木戸無明流、それを受け継ぐ家系に生まれた周人はその木戸無明流の現継承者だった。もっとも、継承といっても何か試験のようなものをして継ぐのではなく、先代の継承者が、つまりは自分の肉親が認めればそれでいいのだ。歴代最強と言われている祖父からそれを継いだ周人はその才能を幼い頃から開花させ、その祖父すら一目置くほどに高い潜在能力をもっていた。だが祖父に言わせればまだまだその才能は真の目覚めをしていないという。とにかくその技を受け継いでいる周人だったが、木戸無明流の本質は人を殺す技を活かすために使うことであり、間違ってもジェットコースターを倒す、又はその恐怖心を取り除くといった技が存在するはずもなかった。


「そう言うお前の魂胆も見え見え・・・テツといっしょにそれ系に乗ろうってこったろ?」

『・・・・・・・・・うん』

「まぁ協力はしてやるけどさ・・・前から言ってるように望みは薄いぜ?」

『わかってる・・・でもぉ』

「まぁ気が済むまで頑張ればいいさ。諦めるにしてもうまくいくにしても行動しなきゃ始まらねぇしな」


ミカが哲生を好きでいることを知っている周人は携帯電話の向こう側にいるミカには見えないかすかな笑みを見せながらそう言った。仲良し3人組で育ってきただけに、ミカが哲生に対して淡い恋心を抱いてもおかしくはなかった。だが哲生自身にミカに対する恋愛感情が全くない。小学生の頃から美人に目が無く、その相手が先生だろうがナンパをする性格をしているだけに、中学でも高校でも美人の尻を追い掛け回しては玉砕しているのだった。それでも容姿がかっこよく、性格も明るい哲生はよくモテた。それを間近で見ているだけに、その哲生に恋しているミカにしてみれば複雑な心境でいるのだった。何度かデートに誘っても『お前と行くなら別の子と行く』の一点張りだ。だが一番最初に誘った今回は一発でOKをもらっていた。どういう風の吹き回しかはわからないが、このチャンスを逃したくないミカは天然ながらしたたかな面を見せて絶叫系に弱い人間を選出し、2人きりでそういう物に乗ろうと考えたのだ。そこでまず周人が選ばれ、体が弱く激しい乗り物に乗れないながらも親友となった恵里を誘ったのだった。もちろん計算高さばかりではなく、好きな子もいない周人に少しでもチャンスをと考えての心もあった。生まれて十七年で交際経験もなく、2度ほど経験した恋も全て片思いで終わっている周人だが、その優しさを誰よりも知っているミカは周人にも幸せになって欲しいと願ってのこの企画を立案したのであった。だがそれを口にすれば必ず周人は行かないと言うと思い、自分の計算高さのみを全面に出したのだ。


「とにかく、お前の思う壺にはまってやらぁ。そんじゃオレは磯崎さんとお子様系のに乗るから、お前はその自慢の胸であのアホタレを誘惑しろ」

『うん!ありがと、しゅうちゃん』

「あぁ。で、時間とかは?」

『恵里ちゃんとは現地で待ち合わせでぇ・・・私たちは8時半にいつもの場所ね』

「わかったよ。ほんじゃぁな」

『ばいばい』


そう言って電話を切ったミカを確認してから携帯を折りたたんで机の上に戻した。周人はややジジ臭い動きでベッドに転がると小さなため息をついて天井を見上げた。


「磯崎さんか・・・明日にでも一度見てみるかな」


クラスは違えど一目どんな子か見ることはできる。ミカにでも聞いて見ておこうと決めた周人は何故か高鳴る胸を隠すようにマンガの続きを堪能するのだった。


その日は水曜日であり、時間割的には好きな科目がまとまっている日でもあった。窓際の列のやや中ほどに席を置く周人はお昼の弁当を食べ終え、誰とも雑談せずにぼんやりと窓の外を流れる雲を見ていた。その目は虚ろであり誰が見ても眠さを表現しているとわかるほどの表情をしている。


「木戸君、眠そうね」


可愛らしい声でそう話し掛けてきたのは一年生の時から同じクラスの稲垣圭子だ。圭子は活発的な少女であり、ボーイッシュな髪型ながら美人の部類に入る。現に哲生も声をかけたほどだが、あっけなく玉砕していたのだった。そんな圭子は自分の可愛さを自覚しながらもそれをひけらかす真似はしないために男子からの人気も高く、女子にも友達が多かった。


「まぁな・・・しかし、飯食ってボケーッとしてるとどうしてこう眠いんだか」


机の上に腰掛けて足を組む圭子から悩ましげな太ももがチラリと覗く。だが周人は決してそこに視線を向けずに圭子を見て小さく微笑んでいるのみだ。近くの席で雑談をしていた男子たちが会話を止めてそれに見入る中、圭子は少し上がりすぎたスカートを直しつつ同じように窓の外へと視線を向けた。


「そうだ、稲垣さぁ、9組にいる磯崎さんて知ってる?」


なんとなしにそれを思い出して聞いてみた周人だったが、圭子の表情を見て失敗したと思ったが後の祭りだ。


「へぇ~・・・木戸君に気になる子ができたか・・・・これはこれは」


目を細めて意味ありげな表情をする圭子から目を逸らしつつ苦い顔をする周人ににんまり笑う圭子はそっぽを向いている周人に顔を近づけた。女の子特有のいい匂いが鼻をくすぐる。美人の圭子はよくモテたが、付き合うことをしていない。どうやら好みにうるさい性分らしく、やれ足が短いだの顔がよくないだのといったグチをよく周人にこぼしていた。ただ周人に対しては友達以上恋人未満といった位置付けが近いというか、かなり仲がよく、周囲から怪しまれているほどだった。


「そんなんじゃねぇよ・・・日曜日にミカとテツにその子を入れた4人で遊びに行くもんだから」

「へぇ・・・そうなんだ。ミカも冷たいなぁ、私を誘ってくれればいいのに」


少し仏頂面を見せた圭子に苦笑する周人だったが、実際ミカの哲生への想いを知り、なおかつ気心が知れた圭子の方がミカと哲生を2人きりにしやすいのではないかと思っていた。だが誘ってきたミカに主導権があるためにそれは周人が口を出すことではない。


「で、どうなんだ?知ってんのか?」

「知らない・・・なんなら調べてきてあげようか?」

「そこまではいいって。日曜になればわかるし」

「・・・好きになっちゃいそう?」


話の流れ的にもおかしいその言葉に怪訝な顔をする周人を笑う圭子。


「しるかよ・・・」

「好きになるなら、先に私を好きになってよね」


本気とも冗談とも取れる言葉に思わず引きつった顔をした周人だったが、いやらしい笑みを浮かべた圭子にげんなりしてがっくりとうなだれた。


「へーへー・・・」


そう言って窓の外を向いた周人に少しだけ不安げな顔をした圭子は飛ぶようにして机から降りると1度だけ周人の横顔を見る仕草を取った後で教室を出て行った。


「しゃーねぇ、自分で行くか」


そう思って立ち上がった周人は教室を出て9組へと向かう。廊下の窓の前に立って開け放たれている扉から中の様子をうかがうが、ミカの姿はおろか知っている人間もいない。全く知らない相手に恵里のことを聞けばそれこそよからぬ噂をたてられてしまう。仕方なく教室に戻った周人は放課後に望みをかけたのだが、結果は同じだった。


「よっ!」


昇降口から校門へと向かう道すがら、肩をぽんと叩かれた周人はそう声をかけてきた相手を振り返った。茶色めの髪はショートカットで、その声の主である圭子によく似合っていた。目鼻立ちもくっくりし、二重まぶたもぱっちりな圭子ははっきり言って美人だろう。一年生の時から同じクラスで仲もいい周人と圭子だが、周人は圭子に対して友達としての感情しか持ち合わせていなかった。長めの前髪が邪魔にならないのかと思う圭子をよそに、周人は無表情のまま圭子を見ているのみだ。


「帰りか?」

「そ。一緒してもいいかな?」


圭子の言葉に肩をすくめる仕草をする周人に向かってにこやかな表情を見せた圭子。並んで歩く2人は他人が見ればお似合いのカップルに見えるのかもしれない。


「いよいよ明日ですな。で、磯崎さんだっけ?彼女の顔は見られたの?」


手と手が触れそうになりながらも決して触れない2人は寄り添うがごとく歩調を同じにして電車の駅へと続く道を行く。そこまでほぼ一本道の状態なのだが、学校の近くにある貯水池を迂回するコースを取るために結構な回り道となっているのがつらいところだ。


「一昨日まで挑戦したけどダメだったんで諦めた」

「まぁ会ってからのお楽しみってわけね」

「そういうこったな」


小さなため息をついてからそう言った周人だったが、そこから読み取れる感情はない。圭子は少し唇を尖らせるようにしてからにこやかな笑顔を作ってみせた。


「まぁ楽しんでおいでよ。月曜日、報告待ってるからね」

「なんでオメーに報告しなきゃなんねぇの?」


風に2人の前髪が揺れる。長い前髪が掻きあげられる周人に対し、切りそろえられた圭子の前髪は形を崩されることはなかった。


「そりゃあんた、好きな人のことは何でも知りたいじゃない?」

「・・・え?」


突然好きと言われて息を飲んだ周人はあからさまに驚いた顔をしてみせた。こうまで唐突に告白された経験もなく、まさか圭子から好きと言われると思ってなかっただけに、急速に鼓動が早まるのを自覚しながらそれを何とか抑えようと必死になっていた。


「冗談よ。あれあれ~、ホンキにしたんだ?可愛いトコあんじゃん」


周人の固まった表情を見て目を細め、ニタリと笑ってそう言う圭子。周人は少しでもドキドキしてしまった自分が情けなく、そして恥ずかしく思って怒ったような表情を見せてから口を尖らせてそっぽを向いた。


「女じゃなかったらブン殴ってるとこだぜ」

「へぇ、女は殴らない主義なんだ?」

「あぁ、そうだよ」

「あんたケンカ弱そうだしね・・・殴らないんじゃなしに殴れないんじゃないの?」

「ほっとけ」


まるで追い討ちをかけるかのようにそう言う圭子にげんなりしながら歩く周人に向かってクスクス笑う圭子はその横顔を見て今までとは少し毛色の違った微笑をみせた。そのままろくな会話もなく駅へと到着した2人だが、周人は電車で圭子がバスなためにここでお別れとなる。


「じゃあね、木戸君。マジでどんなだったか報告ちょうだいね!ミカの事が気になるから」

「ん?あぁ、そうだな・・・ってもうまくいきっこないだろうけど」

「じゃ!あんたも楽しんできてね!」


そう言って可愛い仕草で小さく手を振る圭子はにこやかな笑顔を見せた。思わず可愛いと思ってしまった周人だったが、それ以上の感情を抱くことは無い。軽く片手を挙げて手を振った周人は微笑を浮かべてからさっさと電車の駅に向かって歩いていってしまった。


「・・・・複雑」


去り行く周人の背中を見ながらポツリとそうつぶやく圭子はさっきまでの笑顔が嘘のような暗い顔をしながらトボトボとした足取りでバス停へと向かうのだった。


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