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台風一過

作者: 天草光

夏のある日、気付いたら午後の5時を過ぎていた。

 全身が鉛のように重い。昼間からずっと今まで寝ていたんだから当たり前だ。

「うわー。やっちゃったよ……。」

 本当に情けないと思う。いつもならこんなに長い時間を睡眠に充てるなんて無駄なことはしない。ましてや、風邪で寝込んでいる暇なんて私にはない筈なのに。

 季節の変わり目であることと、疲れが溜まっていたことが原因だと医者は言っていた。

 薬を飲み始めて今日で3日目。喉の腫れは収まってきている筈なのに、まだ咳が止まらない。

 医者は安静にとか言っていたけど、そんなことはしていられなかった。明後日までに済ませなければいけない原稿を進めなければいけない。この程度なら、風邪を引いたくらいでは休めない。無理ならいくらでもできる。

 とかやっていたら、とうとう意識が朦朧としてきて、パソコンのモニターを見ることさえ辛くなってきた。

漫画家は、元手がゼロで出来る最強の自営業だって、昔師匠から聞かされたことがあった。確かにその通りだった。漫画なんて、極端な話、紙と筆記用具さえあれば描けるし、でも食べていけるかどうかなんて正直運だのみで、つまりそれは他の仕事に就いても必要な要素で、私はこの職業は恵まれていると思った。思っていた。それは本当は間違いだったんだ。

結局、肝心な自分の身体がダメになったら仕事は出来ないわけで、そして休むことは出来ないわけで。

自分が駄目になって初めて気が付いた。

作家というものは、一日二十四時間三百六十五日、ずっと仕事の時間だということ。

ベットに入っている間ずっとそんなことを考えていた。

頭はボーっとしているのに、こんなくだらないことはつらつら思い浮かぶ。一体なんなんでしょう。心も病気になったのだろうか。

大学に行きながら、漫画描いて、同人誌の原稿を進めて、絵の仕事もして。よく続けているもんだ。

今日は日曜。やっと初めて一日まるまる休んだ。その結果がこれだ。

昼ごはんを食べて、薬を飲んで、少しだけ横になっておこうと思った。そうしたらもう大喜利の番組が始まる時間になっていた。

どうしようかと考えたが、とりあえずテレビをつけて、チャンネルを4番にした。

見ている間に何かしようと、とりあえずスマホの画面に目を落とした。寝ている間に何か連絡が来ていないかチェック。

画面は、現在の時刻と、実家の愛犬の写真が映し出されているだけで、後は何もなかった。

思えば、仕事関係の知人とも、学校の友人とも、交友関係は希薄だった。別に距離を置こうとしているつもりなんてない。ただ、日々の生活い追われているうちに、人との関係がなあなあになってしまっただけだ、結果、風邪をひいてもお大事にの声ひとつかからない環境が出来上がったわけだ。

担当からは、「無理はしないように」とだけしか言われていない。〆切のデッドラインさえ越えなければ、風邪をひこうが倒れようが関係ないってことだろう。だからいつまで経っても独身なんだ。ハゲが。

他の人に相談しようとも思ったけど、「この程度で甘えるな」とか「大丈夫、何とかなるって」で終わるに決まっている。私が今一番聞きたくなくて、そして最も恐れている言葉。なんでこんなに無責任な言葉を言えるんでしょう。一体何を知っているんでしょう。この世で一番怖い言葉。身もふたもない、この言葉を聞きたくないから、私は、他人と話ができない。結局何の解決にもならないんだ。言うだけ無駄でしょう。

汗まみれの寝巻を着替えて、洗濯機のスイッチを入れて、外に出る準備を終えたら、丁度大喜利は終わっていた。

冷蔵庫を見たら、食べるものが冷や飯だけだった。ついでに飲み物もなかった。仕方ないから外で何か買うしかない。

靴を履いて、ボロイ鉄扉を開いた。外に出るのは何日ぶりだろう。

外の空気は、いつの間にかひんやりとしていた。部屋に戻って上着でもと取ってこようかと思ったけど、もう玄関の鍵もかけたので、面倒になった。

どうやら風邪をひいているうちに台風が通っていたようで、この間までの猛暑はどこかにいったようだ。

空も、ちりぢりになった雲が、沈みかけの陽に照らされ、淀んだ色をしていた。

空を眺めながら、きもちいなと思った。

吹く風も、涼しくて、さわやかってこういうことを言うんだなと、今更気付かされた。

体調も、心なしか良くなってきた気がした。身体中を支配していた気怠さも、鉛の鎧がボロボロ落ちていくように消えていった。

体調が悪かった原因は、ずっと部屋に籠っていたからかもしれない。なんだかそう思えてきた。

思えば、家と学校との往復以外に、あまり外から出ようとしなかった。お蔭で、季節が変わることに対して鈍感になっていたのかもしれない。

このコンクリートのジャングルに越して2年ちょっと。地元と違って、吹く風も、変わっていく風景も、ここはいつも同じ。変わっていても、分からない。それは、なんだか悲しい気がした。

ビタミンウォーターとのど飴を摂取し過ぎたせいで、口の中がベタベタだった。

なんか無性にこってりしたものが食べたくなった。冷凍餃子でも買っていこうか。

外の風は爽やかで、体の中の毒素を取り除いていくようだった。これだけで、自分はもう大丈夫なんじゃないかって感じる私は、単純なんだなあ。こんなだから無理ばかりしていたのかもしれない。今後は気を付けなければいけないなあ。

明日からまた学校で、仕事もまだ残っている。それでも、大丈夫。そんな感じがしてきた。

とりあえず、買い物から帰っていたら、ごはんを食べて、薬を飲んで、そうしたらもう休もう。

無理しなくていいときはもう休もう。じゃないと、壊れてしまうし、また壊すかもしれない。


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