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麗爛新聞 十二月号 四面

「「「「「メリークリスマス!!」」」」」


――パン、パパッ、パンッ!!


バラバラに鳴ったクラッカーの音が響き渡り、聖夜の集会が幕を開けた。


「……他人ってワケでもないのに、どうしてこうも息が合わないのかしら」


役目を果たした祝砲の空薬莢を見下ろしながら、マリアさんがげんなりと呻いた。


「あはは……で、でも絹糸君はマリアに合わせてくれていたみたいだよ?」


銀髪の少女が飛び散った紙テープを回収しながらフォローをしている。


「たまたまです。クラッカーの鳴らし方をすっかり忘れてまして」


「……よくもまあ、いけしゃあしゃあと嘘が言えるなあ」


「ほっとけ」


「にゃひっ!? ちょっと勇士、急に脇腹突かないでよ。ボク、そこ弱いんだからさ」


「いつもやって来るお前が苦手なのか……」


教室で良く行うやり取りを思い浮かべながら、勇士の溜め息をひらりと躱す。


「勇士は意外と平気そうだし、いいかなって」


「断じて、強くは無いがな」


勇士が鼻を鳴らして、眼鏡を押し上げる。


「……なんか平然と男同士でイチャつき始めたし……」


ボクと勇士の姿を見ながら、頭を抱えてマリアさんは憂鬱な息を漏らした。







「まあまあマリア。略して『まマ』。そんな事で気を落としてたら、来年のスキー旅行も楽しめないよ?」


佐奈先輩がマリアさんの限りなく胸に近い脇腹をサワサワと撫でながら、ニヤニヤした顔で話しかける。


「……まあ、そうねえ……って何よ、スキー旅行って? あと変な略し方しないで、寒気がするから」


またまた御冗談を、と言いながら擽る様に指の関節が動き回っていた。マリアさんは時たま肩をぴくつかせているけれど、何故かその手を振り払おうとはしなかった。


「この五人で、勅使河原家の山の方にある別荘に行こうって話だよ」


「……何よそれ、私知らないんだけど」


「って言うか、私の家の別宅って、夏に行ったコテージだけなんだけど……」


「あちゃー、その場の雰囲気じゃあ流れないかー!!」


「……あなたねえ……いつもいつも適当ばっかり言ってると、何時か狼少年になってしまうわよ?」


「あははー、聞こえなーい♪」


マリアさんの白けた目から顔を背け、佐奈先輩が撫でていた手を持ち上げる様に抜き取った。


――ゆさっ。


重量感のある擬音が聞こえた様に、ブレザー越しの果実が揺らされた。


「「……おお……」」


ボクと勇士は目を真ん丸にして、その揺れが収まる瞬間までを見届けていた。


「……いいかもね、スキー。流石にウェア越しじゃ、揺れるのも見られないだろうし。ずっとゴーグルつけてれば


顔も隠れるから、鬱陶しい男も寄って来ないだろうし」


「でしょ? ほら、華蓮も怒らずに……あれ?」


佐奈先輩が何かに気付いた様に、顔を上げて目を見開いた。








「……私がどうかした?」


「……あ、いや……珍しい事もあるモンだ、と思ってさ……」


――ボクはちらりと彼女に目をやると、いつも通りの姿が見えた。


余りにも見慣れて――見えていないと落ち着かなくなった、その花の揺らめきは――。


「え? 怒ってるよ?」


――いつも通り、激情の炎をちろちろと見せていた。うわっ、目むっちゃ鋭い!! こわっ!!


佐奈先輩も遅れて気付いたのか、微妙に距離を取り始めたし。


「……左様で。南無南無……」


「……ふん」


静かに怒る少女と少し離れた所で手を擦り合わせる佐奈先輩と、全てを悟った様な表情のマリアさん。


……しかし、この学園に入った途端、二人もこんな素晴らしいスタイルの人に出会うなんて思いもしなかった。片方は種違いの姉だけど、それはそれ。紛れも無い美少女な事に、なんら変わりはないのだから。


「……どうせ怒られるなら、ヤッちゃう? なんならマリアも交えてさ……」


「い、いや……とりあえず今はそんな気分じゃないんで……」


何時の間にかこちらに近付いて来て、ひそひそ、むにむにと耳打ちをして来る佐奈先輩を、ドギマギしながら押しこくる。


「あ、マリアに避妊はしっかりさせるからさ!」


「そう言う問題じゃ無いですよ!!」


クリスマスイヴに集まったと言うのに――相変わらずのボク達。


それがまた楽しくて、ボク達らしいと思えてしまった。


 






「――うん、美味い。何故焼売があるのかわからんが……美味いな、これ……皮がもちもちしている……」


「ホントね……特に凝っている感じじゃないけど……何かしら、凄く安心感があると言うか……」


生徒会ズが頷きながら、食事をバクバクと食べている風景を見て、彼女は嬉しそうに微笑んでいる。


自分の料理が好評な事で、少し機嫌が直った様だった。


結構な勢いで料理が無くなっているが、無くなる心配は無い。


クリスマスらしい、人気の揚げ物ですらもまだ後ろに控えているし――総数の半分も無くなっていないぐらいなのだから。


「しかし華蓮、随分と作ったね? これ、余らないかな?」


「あ、うん……大丈夫だと思う。ね、『翼くん』?」


「……おや?」


「はい。もし余ったら、弟さん達に持って帰ってあげて下さい……多分、『華蓮さん』の作った料理なら、喜んでくれると思いますし」


「……おやおや? ふうん、アンタら……やっとくっ付いたって感じ?」


「うわっ!?」


「ひゃっ!?」


佐奈先輩の両脇に抱えられる様に首を抑えられて、『華蓮』の小さな顔が目の前に来る。


首からぶら下がる翼型のペンダント――昨晩に贈った誕生日プレゼントが、彼女の髪と共に煌めいた。


「…………ふふ」


「…………えへへ」


見つめ合って、互いにはにかむ。背中がむず痒くなるぐらい、心が満たされて行く。


「……おめでとう。あたしが贈る言葉ではないかもしれないけどさ……でも、凄く……嬉しいから」


そんなボク達を見て――佐奈先輩は、彼女らしい――優しい微笑みを浮かべて、祝福の言葉を贈ってくれた。









「ほー、念願が叶ったな、翼」


「……この拗れた血縁の中で、見事に私だけハブられたわね……そりゃ、貴方達は繋がってないから良いんだろうけど……」


「……拗れた血縁って、もしかして……?」


「あれ、貴方に言ってなかったかしら? 私、華蓮とも半分血が繋がってるのよ。だからあの二人とも、私と片方ずつ親が違う、弟達なのよね」


「……どんな家系なんですか、貴方達は……」


「「「さあ……」」」


親の心、子知らずとはまさにこの事だと思った。


親と言えば――ボクはいつもと変わらない雰囲気を心の半分で堪能しながら、もう半分でそわそわとしている。


携帯を取り出し、何度も着信を確認するが――待ちわびているそれは来ない。


料理を取って来ると伝え、皆から少し離れた場所に移動する。


「……お母様からは、まだ?」


「……はい」


トテトテとついて来た彼女が口にした言葉にボクは頷きながら、メール画面を表示する。


『良くやってくれた、アマネ君。こちらも、しっかり成し遂げた。明日のパーティー料理、楽しみにしてるからね』


――メールを見た瞬間には、正直ホッとした様な、余計に心配になった様な、複雑な気分でいっぱいだった。


 






「今まで、どこで何をしてたのかも分からないですけど……取りあえず、知らせが届いただけマシ、ですかね?」


肩越しに覗き込むこの少女と、星を一緒に眺めた後の事。


冷えた身体を温めた後に届いた、一方通行で、一通のメール。


それは、息災と成功の知らせだった。


具体的な報告ではなく――しかもこれ以降、連絡がぱったりと途切れてしまったので詳細は不明と言う、なんとも勅使河原さんっぽいメールだと思ったけれど。


「……早く帰って来ないかな」


「……そうですね」


飄々と嘘を吐く人だから、信じられる様に元気な姿を見せて欲しい。


そう願う気持ちは、ボク達二人が作った料理の多さに表れている。


翠さんはともかく、あの二人はほっそりしているけれど、意外と食べるのだ。


帰って来て、料理が足りないと機嫌を損ねるぐらいなら、余るぐらいでも、と。


「……でも、作り過ぎたかもね?」


「そう、ですね……」


山盛りになっている鶏の唐揚げを見ながら、ボク達は互いに苦笑いを浮かべていた。









「いや、足りないぐらいだぞ、翼ちゃん。こんなの朝飯前だよ」


「……えっ?」


――唐突に聞こえたその声が、身体をギクリと強張らせた。


「そーそー。私達がどれだけ大変な思いをしたか、分かってない様だねえ」


「……嘘……!?」


――それは、華蓮も同じだったらしい。


後ろから伸ばされた手が行儀悪く、皿に盛られた唐揚げを手づかみで掴み、戻って行く。


「もぐむぐ……あっ、これ美味い!」


「はむ……うん、なかなか。もう少し漬け時間を長くした方が良かったかもしれないけどね」


ボクと華蓮は、互いの後ろで咀嚼しているその姿を見て、呆けた様に口を開いたまま――。


「ただいま、翼ちゃん!」


「……ただいま、華蓮」

 

「「――おかえりなさい」」


待ちわびた家族を、笑顔で出迎えた。


「毎度すみません……翼ちゃんを驚かせるんだって、二人が聞かなくて……」


「あ、いえ……翠さんも被害者みたいなモノでしょうし……」


「恐縮です……」


「それより……翠さんも、おかえりなさい」


申し訳なさそうに――けれど少し楽しそうに微笑むメイドさんにも、歓迎の言葉を伝える。


「……はい」


現実を覆いかけた幻想の物語に、語られなかった終止符を打って。


――ここに、分かたれた運命が再び連なった。









唐突に帰還した二人が大雑把に話したのは、同じ世界の出来事とは思えない程の話で――。


――そして、幻想の園を手繰り寄せたボクには、どこにも運命を共にする場所が無い話だった。


だから、今のボクには語れない。選択さえ違っていれば――自ずと、辿る未来だっただろうけれど。


偽りの物語に生きる少女――どちらかしか救えなかったハズの存在を、ボクと勅使河原さんの二人で手分けして。


ボクは華蓮を、勅使河原さんはリコを。


そう、どちらもを繋ぎ止め、この和気藹々とした大団円が成立した。


――いいや、これは終わりではない。


やっと始まるんだ。歪んだ過去を、全て紐解いた現在を経て、ようやく――ボク達の未来が、始まるんだ。


決して正したのではない――もしかしたら、より拗れてしまっている事もあるかもしれない。


けれど――それが幸せだと感じられるなら。


「……翼くん?」


決して広くはない部屋の中で、騒々しい歓声を聞きながら、その問いに耳を傾ける。


「何?」


「……ううん。とっても、楽しそうだったから……どうしたのかなって」


ボクはその問いに何も答えず、華蓮の手を取った。


言葉でしか伝えられない気持ちもあるけれど……言葉では伝えられない気持ちも、たくさんあったボク達だから。


「……ありがとう」


握り返される手の温もりで、答え合わせの様に意思を重ねて。


「……んっ」


軽く、触れ合うだけの口づけを交わす。


その一瞬で、永遠の愛を誓う様に。


刹那の交わりは恋しくて、切なくて、口惜しい。


比翼『蓮』理を誓った時は、想いは、だんだんと風に触れて薄れ行く。


けれど――もう、時は止めない。心に刻んだ想いが、先へ先へと押し進めるから。


それが、ボク達の選んだ道だから。





麗爛新聞 十二月号 四面 終



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