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麗爛新聞 十二月号 二面


「……そうですか。おばあちゃんが、父さんの事を……」


「……ゴメンね。本当なら、天音君が話してくれるまで待つべきだったのかもしれないけど……」


生徒会の手伝いからの帰ると――勅使河原先輩が申し訳なさそうに出迎えてくれた。


クリームシチューの香りの漂う中で彼女の話を聞けば、ボクの父と母について祖母が話したらしい。


……別に、隠したいワケでは無かったのだけれど。なんだか、言い出し辛かったのだ。


「いえ、寧ろ……先輩には、いつか聞いて貰わないといけませんでしたから……」


――かちゃり。器に食器が当たった音に視線を上げれば、勅使河原先輩の呆けた顔が目に入る。


「……え? それって……?」


しまった――この話は、まだすべきではなかったかもしれない。


「……すみません。今度……今度、言いますから……」


「……そっか」


勅使河原先輩はいつも通りの苦笑いを浮かべて、ボクに小さく頷いた。


「それなら……待ってるね?」


――彼女の微笑みから、ボクの心へと温かみが流れて来た。


本当なら、もう口にする覚悟も出来ているけれど。


「……はい」


――ロマンチストな彼女に伝えるには、囲み慣れた食卓では物足りないだろうから。









お風呂もそれぞれで入り、各々が好きな時間を過ごして、時針と分針が十二で重なる頃になる。


最初はどぎまぎしていたけれど……今ではもう、彼女が居る方が自然になっていた。


「それじゃ、電気消すね」


「……はい、お願いします」


――ふっと、室内が暗くなる。


視覚が制限され、部屋に漂っていた甘い香りが鮮明になる。


彼女が持ち込んだシャンプーの香りは――まるで脳に溶け込むかの様に繊細で。


「……ん……」


悩ましい吐息は、離れた場所から聞こえていると言うのに、花の揺らめきの様に淑やかだった。


衣擦れの音がやけに大きく聞こえる静かな部屋の中で、ボクは考えている。


これが生物として、本当に正しい形なのか――そんな下らない、分かり切った答えが出るだろう問いを、頭の中で反響させている。


――愛を覚えるなら、それはきっと正しいハズなのだ、と。


「……すう……」


来たばかりの頃はなかなか寝付けなくて、目の下にうっすらと隈を浮かべていた彼女は、すっかり寝入っている様だ。


その事に安心して――ボクは、一度ベッドから足を下ろした。







なるべく音を立てない様に、暗闇の中を慎重に歩いて行く。


「んっ……くぅ……すぅ……」


寝息を、甘い香りを辿って――そうして辿り着くのは、当然彼女が温かな布団に包まれている寝床だった。


「……先輩」


「……んみゅ……」


――寝ている時は、『彼女』は引っ込んでしまうらしい。


まるで子猫の様に、手の甲で顔を擦り、もぞもぞと枕に頬を当てている。


可愛らしい――それは間違いなく、愛玩や慈愛と言ったモノで。


「……かわいいなあ、『華蓮』は」


「んむーっ、むぅ……」


知れずと口にしてしまった呼び捨ての名に面映ゆさを感じ……恋人でも無い男の子の頬をプニプニと突けば、鬱陶しそうに寝返りを打ってしまう。


そんな姿に癒されても――ボクの心臓は、心拍数を上げる事は無かった。


意識が変わったのか、そうではないのか。


それは、分からないけど――。


――ボクが欲しているのはもう既に……恋焦がれていたハズのモノとは、次元が違っている様だった。







――――――


「ふうん……まあ、それは良い事なんじゃないか?」


ボクの零した愚痴に、親友の勇士がモナカ型のアイスを食べながら答える。


「うん……多分、ダメな事なんて、倫理観とか、一般論とか、少子化問題とか、それぐらいじゃないかな、とは思うんだけどね」


「そうか。俺はお前のその発言を聞いて、非常に安心した。部長さんの女の子の部分に、どっぷり浸かっている事が手に取る様に分かったからな」


最後の一口をひょいと放りながら、勇士は携帯電話を取り出した。


拝島(はいじま)さんとデート?」


「まあ、そんな所だ。『日和(ひより)』が今度は温水プールに行きたいと言い出してな……その水着を買うんだそうな」


「へえー。拝島さん、結構スタイル良いし楽しみなんじゃない? うりゃっ」


「ふはっ、おいやめろ、くすぐったいだろ」


勇士の脇腹を肘でつつくと、彼は笑いながらボクを押しこくろうとする。


こうして下らないやり取りをするのは、どんな関係性になっても楽しいモノだった。


ひそひそと聞こえる不穏な単語には耳を傾けない――勇士も気にしていない様だし。


時折感じる、少しだけ寂しそうな視線も――ボクは、気にしない様にした。


多分勇士も、触れて欲しくない事だろうから。








「……そう言えば翼。何時だったか、お前、気にしていた事があったな?」


「え? 気にしていた事……?」


首を捻って考えてみるが、色々とあり過ぎたせいか、勇士にどんな相談をしたのか、逐一は覚えていなかった。


――多分それだけ、ボクと彼の間に流れる空気が、『普段』と混ざり合っていたからなのかもしれない。


「ほら。部長さんへの気持ちが少しずつ変わって行ってる、って奴。それこそ、まだお前が新聞部に入ったばかりの頃にさ」


『……多分、だけど。先輩への想いが、ちょっと変わったのかもしれない。ボクは――まだ、先輩を好きだって、思えてるのかなって……』


「――ああ。あの、話ね……」


あの後、彼女ではなく彼の可愛さに心を奪われていた事に気が付いて、違和感は一切無くなっていたけれど。


「どうだ? あの時からしばらくの時が流れて――前に進み続けた今は、どう想えているんだ?」


――これは、今にして考えればの話。


「うん……やっぱり、前とは違う感覚かも。好きって感情と同じだって、言えないかな」


「……そうか」


優しい微笑みを浮かべて、勇士はボクの頭に手をぽふんと乗せた。


「――その続きは、俺が聞いてはいかんだろう。相応しい人に、いの一番で聞かせてやれ」


「……うん、ありがとう、勇士」


見上げながら、返事をする様に笑みを浮かべる。


その言葉を――貴方に伝える未来も、ナシでは無かったと。


無粋な言葉を口にはせず、ただ流れる時に乗せて――。








――――――


「むーん、ふーん……ふふーん……」


天音君から、今日は部活に来ない主旨の連絡を貰って、あからさまに機嫌の悪くなった佐奈。


時間が取れたから『遊ぼう』と思ったのに、と一頻り文句を言って、部室を落ち着きなくうろついて。


今は机に寝そべって、張りのある胸をなだらかな山にする様に机で寝そべっている。


呼吸に併せて重力に引かれ、少しだけ流れている隆起がふやふやと動いていた。


――男性の視点から見れば、多分とっても扇情的で、『えろてぃっく』な姿なのだと思った。実際、グラビアモデルがあんなポーズを取っている写真を見た事がある。


「おっぱい山脈ー」


本当に暇を持て余しているのだろう。男である私が見ていると言うのに、自分の双丘で遊び始めた。


持て余しているのは、暇だけじゃないのかもしれない。フラストレーションと言うか、つまる話、今彼女は欲求不満なのではないだろうか。


「まるで今のあたし、盛りのついたけだものかな?」


「自分で言うんだ!?」


「いや、すっごいむらむらしてるからさ……なんならおっぱい揉む? 華蓮ならいいよ、別に」


「…………はあ」


私は逆さに見える佐奈の挑発な笑みを見て、椅子から立ち上がった。







「……はれ?」


そのままズンズンと佐奈が寝そべる机に近付いて。


「ありがとう、それじゃあ触るね」


「んひっ!?」


――誘われた通り、遠慮なく胸を揉ませて貰う事にした。


すごい……私の小さな手では、全体を掴むどころか手が埋まってしまいそう。


「……ふあっ、ちょっ、ちょっと華蓮……!?」


「きゃっ!? もう、揉んでも良いって言うから揉んだのに……」


柔らかさを堪能する私の手を払いのけ、胸を庇う様にしながら佐奈が起き上がった。


「い、いや……まさか、奥手なアンタが本当に触って来るとは……」


「ふふ……それはまあ、いきなりは触らないよ。でも、今回は佐奈の許可があったからね……柔らかそうだったし、触っちゃえって思ったんだ」


「…………華蓮、アンタ……もしかして……」


――やっぱり、ずっと一緒に居ると分かってしまうのだろうか。


この身体と、心の微妙な変化にも。








「……華蓮。少しそっちの椅子に座ってくれる?」


「え? あ、うん……」


佐奈に言われるがまま、私は指示された椅子に腰を掛ける。


「よいしょっと」


――そして、佐奈が向かい合う様に、私の脚の上に座って来たのだ。それも、平然と。


「う……」


真正面にある佐奈の顔に若干の気恥ずかしさに面喰らいながら、私は頬を引きつらせた。


――佐奈の顔、こうして『私』が間近で見るのは――初めてかも。


「ふむ、ふむ……そっかー」


女の子の柔らかみを感じる。健康的なお尻と、イケない部分の微妙な温かみも。


でも、私は。


「……ここまで、来れたんだ」


「……うん」


――佐奈を強く女性として意識しても。ずっとこの身体の瑞々しさに飢えていたとしても。


「…………やっと、触れた気がする――女の子としての……アンタの心に」


佐奈は、目の端に涙を浮かべながら、ニッコリと笑っていた。








「でも、どう言う風の吹き回しなのさ? アンタ……あたしがどんだけ励ましても……自分が男だって思い続けて


たでしょ?」


「うん。耳かきとか、いつものスキンシップ程度の時は……『仲の良い男友達にじゃれ付く美少女』って感じで乗り切ってた」


「……へへっ。そんなの、言われなくても知ってるし」


佐奈は私の背に手を回し、私を抱きしめた。


おっぱいがむにゅん、と私の身体でやんわり押し潰される。


――ふわりと、汗の香りが漂った。


「あうっ……さ、佐奈……!!」


「ん? ああ……『発作』? ゴメン、調子に乗り過ぎた…………えっ?」


――離れかけた佐奈の腰に手を回し、留まらせた。


「ううんっ、平気……!! でも、お願いがあるの……」


「……お願い? この状況でって……まさか……」


少し嫌そうな顔をした佐奈に、私は精一杯頭を振る。


「違う……私を……『私』を……!!」


必死だったせいか、上手く言葉に出来なくて。


「――かわいいよ、華蓮……あたしが初めて好きになった人」


――けれど、今までの思い出が。


「好きになった――女の子だ」


――――想いは、確かに繋がっていた。








『自分を女性だと思いたがっている男』。


詰まる話、勅使河原華蓮はそんな存在でしかなかった。


でも、佐奈と出会った。出会ってしまった。


佐奈は私にとって――勅使河原華蓮と言う男にとっては、『最適』な性対象だった。


恐らく、両想いになれていたら――完全に呑まれていただろう。


それ程までに強力で。


それ程までに、魅力的だった。


でも彼女は――どうにも、この『私』に好意を向けてくれていたのだ。


触れようとも、触れられない。幻の様な、花でしかない様な、この私に。


――そう、あの人との出会いとは、まさに真逆で。


だから、これまで一緒に居られたのだと思う。


ここまで、来れたのだと思う。


――天音君のおばあ様に貰った言葉の意味が、実感出来ている。


佐奈が、ずっと私の為に気を遣ってくれていたから。


佐奈が、ずっと――私を、好きで居てくれたから。


繋ぎ止めてくれたのは――彼だけじゃなくて――――。








「……私ね」


「……うん?」


絡まる指を辿って。


「佐奈に、幸せになって欲しいんだ」


「……嬉しい事言ってくれるじゃん、うい奴め」


「……だから、もし天音君が佐奈を求めたら……応えてもいいし、応えなくてもいいよ」


合わさる鼓動を感じて。


「……それは、あたしと翼君への気遣い?」


「――ううん。多分、違うと思う……私では満たせない事……満たしてあげられない事が、絶対にあるから」


「…………」


「それは、天音君に与えられるモノもそうだし……佐奈に、返してあげられるモノもそう」


重ねた頬を擦り合わせて。


「……あたし、何も貸して無いけどなあ」


「でも、私はたくさんの気持ちを貰ったから」


「……なら、あたしに言える事はないなあ……」


「ふふ……ゴメンね、押し付けるみたいな感じで」







「まあ、貰えるモノは遠慮なく貰おうかな」


「……ありがとう、佐奈」


「おうよ。何せ、親友の贈り物だからねえ。無下にしちゃ、罰が当たるってモンだぜ」


漂う香りを織り交ぜて。


「……佐奈」


「……どうした、華蓮? 随分甘えた――女の子らしい声を出して……?」


「……今でも、私の事……好き?」


「――――――ッ」


隔てた心を押し当てて。


「…………私が、私で居られたお礼ってワケじゃないよ? 単純に……友達として、望まれるモノを上げたいって言うか……この身体でしてあげられる事なんて、ある様で無いんだけど……」


「……華蓮。あたし、確かに今……アンタを女の子として間近で感じられて……幸せだよ。だけど……でも……翼君は、どうするんだ……?」


「――今は、佐奈の純粋な気持ちを聞かせて?」


「……ズルいなあ、華蓮は……相変わらず……それが凄く華蓮らしいけど……」









「…………」


「……分かったよ。気遣いは無しだ…………華蓮、そもそもあたしはね……女の子に性欲を覚えてないんだよ。アンタが翼君に抱いている気持ちと……かなり似ていると思う」


「…………うん」


「……全く。やっぱり、なんとなく気付いてたんだよね? アンタを純粋に想っているから、今までずっと……寄り添って来たんだって」


「……ごめん……ごめん、なさい……」


「――――ああ、だから、そんなに罪悪感を感じてるのか、アンタは……」


零れる涙を拭われて。


「……今抱いている愛が、大きくて、強過ぎるのか……」


「…………性欲を伴わないで……相手を好きになる事が、こんなに難しくて……こんなに、もどかしいなんて、知らなかった……!! だからっ……!!」


「華蓮は……本当に、優し過ぎるのかもしれないね」


「……違う、違うよ……!! 私は、優しくなんてない……!! 我儘で、傲慢で……人を、傷付けてばかりで……!!」


さらりと髪を、撫でられて。


「……その気持ちを、心の底から吐き出しているアンタの優しさは、あたしが一番知ってるよ。麗爛新聞を作りた


いって言い始めた時から、ずっと知ってた」


「……っ!!」


「――大丈夫。アンタの心は本物だよ……確かに、ここにあるから」


――燻る不安に、初めて、誰かの手が触れた。








――――――


『ご、ごめんね起こしちゃって……でも次、移動教室だから……』


ずっと、力になりたかった。


『そんなの、お互い様でしょう?』


ただキレイなだけじゃなく。


『さ……佐奈ぁ……助けて……!!』


寧ろ、その本能には嫌悪すら抱いていたけれど。


『……みんな楽しそうなのに……一人は、もう嫌だよ……!!』


――生まれ落ちた時から抱えていた業の深さを、他人事だと思えなくて。


『佐奈。私、佐奈が友達として大好きだよ。例え今までの笑顔が、下心を抱えていても……それは、変わらないと思う』


星空の下、潮騒の記憶。


『……当たり前だよ。私……佐奈が友達として頼ってくれるの、ずっと待ってたんだから』


彼が正した、あたしと彼女の拗れた絆。




『……新聞?』


『そう! 真実を伝える様なモノじゃなくて……物事の、良い面ばっかり書くの』


『……偏向報道ここに極まれりって感じだなあ』


『良い方に偏るなら、素敵かなって。佐奈は、どう思う?』


『……あたしに聞いた時点で、どうなるか分かってただろう?』


『……えへへ。うん……一緒に作ろう、佐奈っ!!』


『はいよ……あたしの――お姫様――』



時は無情に過ぎて行く。永遠など、ここには無くて。絶対など、どこにも存在しなくて。


だからこそ、前に進まなくてはいけなかった。痛みを恐れず――向き合うべきだった。


それに気付かせてくれた、あの子なら。


この子を、絶対に幸せにしてくれる。幸せに出来るから。


――華蓮。大好きな、あたしの親友。


幸せになって欲しい。そう、心から想えたのは――きっと、この子と一緒に居たから。


あたしは、触れ合う温もりを慈しみ、撫でながら……この奇跡の結晶の煌きに、想いを寄せたのだった。









麗爛新聞 十二月号 二面 終


この記事は三面に続きます。

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