エピローグ
――桜の花びらが、麗らかな風に舞っている。
それは始まりの時と同じで、はらりはらりと、その存在を示すかの様に。
宙を舞えるのは、儚い今際の刹那だけ。
口惜しい夢の如き時間を、流れに任せて揺れていた。
「……はあっ……はあっ……!!」
――一迅のつむじ風を巻き起こす様に、翼が羽ばたいた。
花びらが風に舞う事しか出来ないなら――その風を起こせばいい。
前向きな答えを表す様に、華奢な足に力が込められていた。
ギシギシと、己の限界を確かめながら、車体を軋ませる。
春先だと言うのに、額から湧き出る清らかな汗を振りまいて。
誰よりもまっすぐに、空想的な道を往く。
誰よりもひたむきに、険しい坂道を上る。
前を見据える瞳は、現実の暗さを知ってなお、輝きを鈍らせない。
強い光を受けて、同じ様に世界を照らそうとする、揺るぎない意思がそこにあった。
「……あっ」
少年は前を歩く、一つの後ろ姿を見て、思わず声を上げた。
きゅっと可愛らしい口を結び、精一杯の力を込めて、その背中に追いすがる。
揺らめく銀髪が太陽の光を浴びて煌めいている――見慣れた、夢の様なその姿を間近に捉えた。
「おはよう、華蓮」
「……っ」
蒼玉の様な瞳を見開いて、幻想的な存在は振り返った。
いつもと同じ様に、スカート丈が長めの女子制服に身を包んでいて――見ただけでは、少女だとしか思えない。
しかし、その人は少女ではないのだと言う。
「……おはよう、翼くん」
その幻想は、まるで花が咲いたのかと錯覚をする程に、朗らかな笑みを浮かべた。
黒き翼を持つ少年は、その花に身を寄せる様に地に降り立つ。
足並みをそろえて、学園へと繋がる坂道を上って行く。
「……今日は、転ばなかったね?」
銀色の髪を風にそよがせながら、翼の守る夢が懐かしむ様に口を開いた。
「転んだのは……一年前だけだ。まだ、逆らっていた時の流れに……足元を掬われたんだ、きっと」
痛みを背負った輝きに導かれた翼は、固めた決意を見せる様に答える。
「……ふふっ。詩人だねぇ」
「……あなたは人の事言えないでしょう、華蓮さん」
「えへっ、そうでした♪」
――かちり。どこかから、時を刻む音が聞こえた気がした。
「……じゃあもう、転ばないのかな?」
「……多分。例え転んだとしても、君が隣に居る限り……ボクはすぐに立ち上がって、君の隣に立つよ」
「……それじゃあ私は、もう一度あなたに手を差し出せばいいんだね」
取り出し、差し出されたハンカチに面食らいながら、綺麗な黒髪の少年はそれを受け取った。
「これってさ……もしかしなくても……」
「……どうだろうね?」
少女にしか見えない銀髪の人間が悪戯な笑みを浮かべた。
戸惑いに立ち止まり、額に滲んだ汗を拭いながら、先を行く銀色の光を眺めている。
「……華蓮らしいな」
彼等は言葉で交わさず、想いを交わしていた。
外面だけでなく、内面で通じ合った仲だからこその絆を感じながら、通学路を歩む。
それから、特別不思議な会話をする事も無く、限りある日常を繰り返す。
――いや、繰り返すのではない。似ているけれど、二度とない時を刻んで行くのであろう。
しかしながら、彼等のこれからは語るに及ばない。
――言わぬが花とは、まことに良く言ったものである。
勅使河原華蓮の編集後記 -Imaginate frower-
FIN.