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麗爛新聞 三月号

ボク達よりも、一回り程大きな背中が次々に巣立って行く。


守衛棟を取り囲むロータリーで、思い出話やこれからの話に花を咲かせ続ける面々も多いが……確実にその数は減っていた。


時が過ぎれば、過ぎる程。


通り慣れた校門を通り抜け――またひとりと。


――居なくなって行く。この場から、失われて行く。


それが、永遠の別れであるハズが無いと言うのに、喪失感が心中を漂っているのだ。


ボクは何とも言えない気分に押し潰されそうになりながら、小高い丘になっている場所から、その様子を眺め続けていた。


「こんな所でどうしたの、翼くん?」


銀髪を風に受けながら、華蓮がボクに近付いて来ていた。


花の様な良い香りが漂うと、心がぎゅうと締め付けられる気持ちになる。


出会いと別れを象徴する様な、淡い香りの風が吹いた。


「……なんだか、辛そうだね」


「……変だよね。ボクは、今見送っている人達と、深い絆を培って来たワケじゃないのに……」


「ううん。変なんかじゃないよ」


震えかけたボクの腕に、温かい体温が絡みついた。


「それはね。あなたが、彼等の事を真剣に見つめて、心で感じていたからだと思うよ」


「……心で……」


彼女にそう言われて、無意識にボクは左胸に手を当てた。


「……あっ……」


――その瞬間、全てに納得が行ったのだ。


華蓮が何故そう言ったのか――何故、そう言う事が出来たのか。


きっと、心臓の音が聞こえたワケでは無いのだろう。


ボクはブレザーの胸ポケットに入れ、常に持ち歩いていたそれを取り出した。








――ペンと、手帳。


潰れかけた新聞部として、麗爛新聞を一年間書き続けた思い出の軌跡。


パラパラと捲って、記した面々に目を通して行く。


『球技大会。楽しむと言うには義務感強し――けど、楽しそうな人が盛り上げた』


『期末テスト。阿鼻叫喚の図――でも、選られるモノは多そうだった』


『体育祭。生徒会の大活躍で大盛況。課題はあるが、来年に期待できる……忙しなくも、楽しいイベントだった』


数秒にも満たない回想が、積み重ねた記憶を辿る永遠の時間にも思えた。


その中で――書いているボクの心が変わって行くのが、手に取る様に分かる。


「……随分、ボロボロだね」


「……そうだね」


たくさんの事を経験した。たくさんの痛みを知った。


現実の辛さを知った。夢の儚さを知った。


ボクはどうしてここまで来たのか。今でも時々忘れそうになる。


「今度、新しい手帳……一緒に買いに行く?」


――けれど、隣で微笑む彼女を見れば、否が応でも思い出す。


「……うん。一緒に行こう」


――君に会えたから。


君と同じ時を過ごしていたから、ボクは今ここに居る――。








「いやー、流石に満開とは行かないか。桜が舞い散る卒業式、とか結構ロマンチックなんだけどねー。いつもこの辺りは入学式前後で桜が散り始めるから、仕方ないんだけどねえ」


口ぶりとは裏腹に、ニコニコと笑顔を浮かべながら、佐奈先輩がボク達に近付いて来た。


愛用のコンデジを首から下げて、胸元で弾ませているあたり、新聞用の写真を撮っていたのだろう。


「天音君、こう言う風情のある場では、そんなえっちな目を向けないで欲しいなあ」


「……むっ」


佐奈先輩が恋人の地雷を踏み抜く音にぎょっと身体を固まらせながら、ボクは慌てて首を振った。


「いやいやいや!! カメラを見てたんです、カメラを!!」


「あっはっは!! いやあ、本当にからかい甲斐があるなあ、天音君は。どうかな、今夜あたりにしっぽりと……」


「……いや、えっと……」


舌なめずりをしながら誘惑をして来る先輩にドギマギしていると、絡んでいた華蓮の腕がギュッと絞められた。


「……今日は、だめ」


「……だそうです、先輩」


「成る程。それじゃ、またの機会だね」


あはは、とからかい八割の少女が大きな胸を揺らして笑っていた。








「ところで華蓮、今日は何かあるって事かい?」


「……今日、華蓮さんの家で食事会があるんです」


一応先輩と後輩である為、ボクは人前では華蓮をさん付けで呼んでいる。


「…………うん」


最初は渋々と言った反応だったが随分と慣れてくれた彼女も、ボクの言葉を肯定する様に、小さく控えめに頷いた。


「……ああ。親御さんにご挨拶って所なんだね」


ポンと手槌を打って、佐奈先輩は納得してくれる。


ボクは反対の手で華蓮の頭をそっと撫で、安心させる様に呟いた。


「ちょっと、将来の事を話して来ます」


「……へっ……?」


「……ひゅう」


華蓮の戸惑う様に上げた声。そして下手くそな口笛が場の雰囲気を混沌とさせた。


「つ、翼くん……それは、ど、どういう……?」


「そのまんまの意味だけど、詳しくは後のお楽しみかなあ」


「……っ」


砕けた口調で笑いかけると、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「……君もまあ、たくましくなったなあ。まるっきりお姫様と王子様って感じだ」


「あ、あはは……」


ボク達の様子を眺め、ずっとすぐ傍で見守ってくれていた佐奈先輩は、感慨深そうに息を吐いていた。







――――――


「こら、そこで風紀を乱してるんじゃないわよ馬鹿弟達」


ボク達の前で、そう不満を漏らしながら、金髪碧眼の麗女が腕を組んで仁王立ちをしている。


それは、再び写真を撮りに行くと行って別れた佐奈さんを見送った少し後の事であった。


「マリアさん、その事はあんまり大きな声では……」


「あら、ごめんなさい」


金色の様な、完璧で絢爛な見た目をしている少女――天城(あまぎ)マリアは口を手の平で抑えて噤んだ。


「……別にもう、バレてもいいんだけどね」


「まあ。大人しい華蓮が意外な事を言い出したわね……それはまた、どうして?」


「……翼くんが守ってくれるもの」


「……っ!!」


温もりと上目遣いの反則的な運用に心を揺らされながら、ボクはぎこちなく首を横に振った。


「いや……出来れば、華蓮が男の子だって、最低限の人にしか知らせたくないな」


「……それはまた、どうして?」


マリアさんがげんなりとした顔で――恐らく、分かっていて聞いてくれたのだろう――そう問いかけた。


「華蓮が奇異の目で見られない様に、と……ボク達だけの秘密も、少しぐらい持っておきたいからですよ」


「翼くん……」


「あー、はいはい……」


ご馳走様、とマリアさんは苦労人の様に、肩を竦めてそう呻いていた。








――――――


卒業式の広報誌の打ち合わせをすると言う事で、華蓮とマリアさんは校舎へと戻って行った。


行事も全て終わっていたし、ボクはもう下校しても良かったのだけれど……一年間を過ごした校舎を見ておこうと思い、ぶらぶらと歩きまわる事にした。


「おっ、天音さんじゃないか!」


体育館の近くを通った時、おもむろに声を掛けられる。


「剣道部の部長さん。お久しぶりです」


「ああ、久しぶりだね。いやあ、今日も相変わらずかわいらしい。是非剣道部のマネージャーに……」


「あはは……すみません。新聞部の活動で手一杯なモノで……」


「そうか、そうか! それは残念だ!」


部長さんはボクの肩をたんたんと叩き、軽快に笑っていた。


最初から本気では無かったのだろう。特に気にする様子も無く、部長さんは面を磨いている。


「今日も部活ですか?」


「ああ。三年生が引退し、俺が部長になったのもかなり前ではあるが……実際に、彼等が居なくなると、居ても立ってもいられない気持ちになってな」


――少し離れた剣道場から竹刀を打ち合う音が聞こえるあたり、他の部員も参加しているらしかった。







「御存知の通り、麗爛の剣道部は弱小だ」


「……そんな事は……」


「いや、いいんだ。そんなモノは、俺達部員が一番分かっている所だからな」


ボクの拙いフォローを否定しつつ、部長さんは語る。


「だからこそ、俺は頑張りたい。いきなり大会で優勝なんて真似は出来なくとも、せめて今までの成績で良しとしないぐらいにはさ」


――熱い思いを。


「そうだな……身近な目標として、次の取材は俺達が主役で、勿論いい結果を残せた時にはしたいな」


――強くなれる原動力を、まっすぐな瞳で。


「……月並ですけれど、頑張って下さい」


「ありがとう。応援と言うのは、例えありきたりな言葉であろうと、想いが伝われば十二分に嬉しいモンだ。君の言葉は、愛に溢れている――だから、皆にも伝えておくよ」


頭に手拭いを巻き直しながら、歯を見せて部長さんが笑った。


「……是非、お願いします。そうだ、部長さん……ちょっと屈んで貰えますか?」


「うん? 何故か分からんけど……こんな感じでいいかな?」


「……ちゅっ」


少し汗の味がした頬に口づけをして、ボクは彼を見ながら、後ろ歩きで手を振った。


「取材のお礼とか、応援する気持ちとか……色々を込めて、です」


――慣れない事はするもんじゃないな。


きっと頬も赤くなっているだろうから、足早に立ち去る事にした。


部長さんはしばらく、固まったままで動かないで居たらしかった――。








――――――


「おや、翼ちゃんじゃないか」


文化棟に足を踏み入れた所――上階へと続く階段下で、ボクは赤毛の少女と眼鏡の少年と遭遇した。


「リコと……ゆ、勇士……こんにちは。見回りか何かかな?」


「こんにちは!! そうそう、先生達は式の後片付けとか、進路の書類のまとめとかで忙しいらしいからさ」


「……おっす」


勇士は頬を掻きながらそっぽを向いている。ボクも視線を合わせ辛かったし、丁度良かったのかもしれなかった。


「こらっ、生徒会の一員がそんな腑抜けた挨拶をしても良いと思っているのか貴様ァ!!」


「ごはあっ!?」


――赤色の旋風を巻き起こした回し蹴りが勇士の脇腹に炸裂し、そのまま身体が地に打ち付けられた。


「ゆっ、勇士ーっ!!」


ボクは気まずさも忘れて、倒れ伏せる勇士の元へ駆け寄る。


「だ、大丈夫!?」


「心配ない、ミネウチだ。この前マンガで呼んだ」


「回し蹴りに峰打ちも何も無くない!?」


格闘ゲームのキャラの様に立っているリコにツッコミを入れていると、勇士がゆっくりと身体を起こした。


「……つ、翼……」


「ゆ、勇士……」


辞世の句を遺すのか。そう言わんばかりの口調にも関わらず――。


「……こんにちは……」


――すごく良い笑顔で、彼はそう言った。








「いたた……アカリさん、もうちょっと手加減してくれよ……非は認めるが、流石に痛撃過ぎるだろ……」


幾何かの時が経ち、立ち上がれるまでに回復した勇士はボクの肩に手を置いている。


「どこか痛い所は……?」


「大丈夫だ、ありがとう翼」


眼鏡の奥に見えた瞳に、思わずドキリと心が跳ねた。


「…………と、友達だし、当然だよ、うん」


「……う、うむ……」


バレンタインから続いていたドギマギが少し緩和されつつ、互いに意識する所は変わらないみたいで、なんだか背中がむず痒かった。


「……あんたらも特異なカンケイだよなあ」


唇を尖らせて、ブレザーのポケットに手を突っ込んでいるリコが、感慨深げにそう呟いた。


「……どれ」


しげしげとボク達を眺めていたと思ったら、リコはボクと勇士の身体の隙間にうずまって来た。


「ひゃっ……リコ、何を?」


「いや、温かそうだなと……おお、コタツみたいに温い……」


「……君もかなり特異な存在だと思うぞ……」


ボクは勇士と顔を見合わせ、互いに浮かべる表情に困って――いつの間にか、いつも通りに笑い合っていた。








――――――


来年は二年生になる友達三人組で親睦を深め合った(?)後、ボクは二人と別れて文化棟の階段を上った。


幾度も、足繁く通った道。


教室棟のリノリウムと違い、風情に溢れる旧校舎を改装した文化棟。


コツコツと木製の床に足音を鳴らして、目的の階層まで辿り着く。


――振り返る。目に見えない足跡が刻まれた、この道を。


来月辺り……部活紹介が行われる日には、あの時と同じ様にごった返すのだろう。


そして――金色の誘惑には業務の厳しさを突き付けられ、銀色の芳香には閉ざされた門戸に阻まれる。


――懐かしさを覚えつつ、ボクは未来に想いを馳せた。


現実を超え、夢に歩み寄ろうとする人間は来るのだろうか。


現れたとすれば……今度は佐奈先輩ではなく、ボクが華蓮を痛みから守らないといけない。


そして、出来れば佐奈先輩に近寄ろうとする毒牙もへし折らないと。


――未来を託された髪飾りに触れる。


やれるかどうか分からない事をやるのは――慣れている。


あの人達から、かなり乱暴に――今となっては良い思い出でしかないけれど――教え込まれたから。


良い面ばかりではない。しかし、悪い面を覚えなければ思い出にならない訳では無い。


現実逃避ではなく――あくまで真実を、良き思い出に。


それを教えてくれたのは――。


「……あれ?」


――手に掛けた扉の、鍵が開いている。


誰かが先に来て、何かの訪れを待っているのかもしれない。


それが分かるのは、未来の話でしかなくて。


――ボクは扉を開け放つ。


これからも、歩き続けるから――その先に続く道を、この目で見る為に。






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