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麗爛新聞 一月号


『二年参り』



「今年も暮れるねぇ……」


寒そうな白い吐息を、出店の明かりでオレンジ色に染めながら、彼女はこう言った。


――ごーん。間延びした鐘の音が答える様に、身体の内側を震わせる。


十二月三十一日の深夜。雪が降るかも、なんて予報のある日時にわざわざ出向いて来たのは、当然二年参りをする為である。


「雪は降ってないけど、十分寒いね」


「……そうだね」


厚手の黒いコートに身を包み、キャスケットを深く被る華蓮が手を擦り合わせている。


はー、とかわいらしく手を温めようとしている華蓮に、ボクは手を差し出した。


「……ふふっ♪」


一瞬だけ虚を突かれて、はにかんで、その小さな手が繋がれた。温もりがじんわりと伝わって、ボクの身体を温める。


「……なんか、急に頼もしくなったかも」


「……そうかな?」


ボクは半分はぐらかす様に、彼女から目を背けた。


そうすれば、自然と出店が目に入る。どこか日常離れした、独特の浮ついた光景。


お囃子は聞こえないが、喧々と人込みの奏でる『おめでたい空気』が、その景色の現実味を帯びて行くのだ。


華蓮はキョロキョロと辺りを見回して、境内を透き通った視線で見つめていた。


その視界を追いかける様に目を向ける。綿菓子が入った、アニメキャラクターの描かれる袋。焼きそば、たこ焼き。たくさんの誘惑に夏祭りを思い出して、色々な意味で心が躍った。


「何か食べますか?」


「……ううん、いいや」


――今、明らかにたこ焼を作っている屋台をジッと見ていたので、後でこっそり買っておこう。








「そう言えば、翼くんは年越しの瞬間に何かをした事ってある?」


幾度もの除夜の鐘を聞いた後の事。


拝殿へ繋がる行列に並びながら、唐突に華蓮が口を開いた。


「年越しの瞬間? うーん……」


――問われ、繋いでいない手で額を叩きながら思い返す。


「……大晦日に年越しそばを食べる、とかはしてたけど……その瞬間って言うのは、特に何もしてなかった思うなあ。いつも、何時の間にか新年を迎えていた感じだったかな……」


特に思い入れの無い記憶を辿りながら答えると、彼女は、そっか、と短く返事をした。


「あ、あのさ……よく、年越しの瞬間にジャンプをするって話聞かない?」


そわそわと、何故か緊張した面持ちで彼女は続ける。


「ああ、やってる人結構居るみたいですね」


参道の列になっていない部分で、丁度良く騒いでいる若者達の声が聞こえる。


何でも、あと少しで新年が来るらしい――ボクは携帯電話を取り出して、時計を表示した。


「……あと一分か。ボク達がやろうにも……この行列だと、少し厳しいかも」


満員電車の様な身動きが取れない状況ではないけれど、人にぶつからない様に気を遣う程度の密集度。


こんな状況で急にジャンプなんてすれば、周囲から一斉にひんしゅくを買ってしまうだろう。


「…………」


――彼女が、握る手に力を込めた。


そうじゃなくて、ともどかしい気持ちを伝える様に。







「……ああ」


ボクは華蓮の手を少し引いて、近寄らせた。


彼女もそれを求めていたのだろう――一切の抵抗が無く、する必用の無い密着の為に身を寄せた。


「……あと、二十秒くらい?」


繋いでいた手を離し、腕に抱き着く恰好へシフトをした華蓮が、身を捩りながら訪ねて来る。


「正確な時間は分からないよ」


――運良く進んだ列に歩を合わせながら、高鳴る鼓動で時を計る。


平常時では、確か六十前後の脈拍だから、一秒に一回の脈動が起こるハズ。


――分かりやしない。彼女が傍に居て、抱き着いて来ている状況が、平常時であるハズが無い。


「……次に列が進むまで、どれぐらいかかるかな?」


彼女の杞憂にも堪えられない。正直、それ程の余裕はまだ無くて。


「……華蓮」


「ひゃっ」


だから、抱き寄せて、そのあどけない顔に唇を寄せる事しか出来ない。


「つ、つばさっ……んむっ……ふっ、んっ……」


啄む様なキスを繰り返している内に、遠くで新年を祝う喧噪が聞こえた。


これで彼女の希望通りになっただろうか……きっと、大丈夫だと思う。


――たこ焼きも、一緒に買って問題無いだろうし。複雑で単純な乙女心の答えは、ロマンスを台無しにしたくなかったからだろうから。


寒かった顔も、今では火照って、暑いくらい。


年の境目を超えた温かな時間は、後ろに並んでいた黒髪の美少女の咳払いが聞こえるまで、長く、長く続いていた気がした。







『二年参り』 終









『赤色の炬燵日和』




「……炬燵っていいなあ」


「……人の家で、かなりくつろいでるなあ」


めでたく新年を迎え、三が日のど真ん中。


即ち、二日のお昼前と言う、何をするにも気だるさを感じる、ザ・休日の事。


華蓮が実家に帰り、少し寂しさの戻ったボクの家に、大切な友人――リコが遊びに来たのが朝八時。


同じく時間を持て余していた彼女と遅くまでメールのやり取りをしていたボクには、早過ぎる朝だった。


『あけおめ!! ことよろ!! 中入れてくれ!!』


――とまあ、冬の寒波の様な獰猛さを纏った赤毛の少女が、突然に侵略を開始したのだった。


『この部屋寒いなー。翼ちゃん、タイマーとかで部屋あっためて置こうぜ』


半ば無理矢理訪ねて来ながらそう呟く彼女の要望に応える為、暖房器具二点に電源を入れた辺りでようやく目が覚めて来た。


『……ん? これ何?』


リコはテーブルに布団が合体した物体を指差して、本当に分からないと言った風に首を傾げていたのだ。


その時、初めて彼女は炬燵と言う存在と邂逅を果たしたらしいのだが――三時間程が経って、もう骨抜きにされてしまった様だった。








「しかしまあ、日本の伝統文化ってのはなかなかエグイもんが多いよね」


糖度の高いみかんをシュババッと音が聞こえるぐらいに手早く剥き、口へと放りながらそんな事を言い出した。


「……そんなにエグイかな?」


「『アタシ』はそう思うってだけだけどね。どうにもいやらしい魅力があるんだよ」


――前と違い、固定された一人称と共に彼女は語り出す。


それは、現実と幻想の狭間の様な話の最中で見つけた答えの一つらしい。


その力強さは、まるで――。


「いやらしいって言うか……わびさびがあるって言うか」


「それだよ、それ。要はさ、何もかもにじんわりとした心地良さがあるんだ。それがわびさびって言葉だったり……奥ゆかしさって言葉だったりするだけじゃねえかな」


良くも悪くもな。特に気にしない様子で口にしたその一言が、何故かとても重く感じた。


「……んで、その良い部分を今は味わっていると?」


「そーゆー事。翼ちゃん達がやってる事と似た様なモンさ。流石に、あの『ポジネガ新聞』を発行してるだけあるよな、翼ちゃんは」


確かに、と言いかけてボクは首を捻った。


「『ポジネガ新聞』って……どんな名称だよ、それ……」


「マリア様が言ってたんだよ。『前向きな様で、実はとてつもなく後ろ向きな新聞』だから、だってさ」


「……敵わないな、本当に」


――良く分かっていると思う。そして、だからこそ侮蔑の意味で言ったのではないだろうと言う事もしっかりと伝わって来たのが、彼女の本当にすごい所なのかもしれなかった。








「さて、翼ちゃん。今日の昼飯は何かな?」


みかんの皮で小さな山を築きながら、リコは衝撃的な言葉を発した。


「……そんなに食べて、まだ昼も食べれるの……?」


「え? 果物は飯にはならないっしょ。おやつだよ、おやつ」


彼女のスケールと胃袋の大きさに驚愕しながらも、ボクは台所へと向かう。


「お昼と言っても、大した材料は用意してないよ? お雑煮ぐらいしか出来なさそうだし……」


「良いねえ、雑煮!! アタシの分、餅じゃなくてそうめん入れといて!!」


「そうめん!? って言うかリコ、どうしてボクの家に封の切っていないそうめんが残っている事を知って……!?」


「クリスマスパーティーの時にちょっとね」


「……結構奥に仕舞ってあったと思うんだけどなあ」


リコの相変わらずな部分に頭を悩ませながら、ボクは台所で雑煮を作る用意と、お湯を沸かす準備を始めた。


「翼ちゃーん」


「はいはい、今度は何?」


「……こんなアタシでも、友達で居てくれんの?」


――今更、リコはそんな事を聞き出した。


「……当たり前じゃん。じゃなきゃ、炬燵でぬくぬくしてるだけのごくつぶしに、ご飯なんて作らないよ」


「……ありがと」


彼女はそれっきり大人しくなったと思えば、机に突っ伏して寝てしまったらしい。


食事の用意が出来たら……色々と変わったけれど、何も変わらない友人――相内莉子(あいうちりこ)をどう起こそうか、少しだけ楽しみなボクが居た。


彼女とは、華蓮とも勇士とも違う距離感で、一切の気兼ねなく時を過ごせる。


――彼女は今、どんな夢を見ているのだろう。


それが分からないぐらいの距離感が、妙に居心地の良いモノで。


彼女がここに遊びに来た理由に納得が行った、ある休日の、お昼時の話だった。





『赤色の炬燵日和』 終









『白と白の食卓』




「んで、アマネ君とどこまで行ったの?」


「ぷふぁあっ!?」


グラスを傾けて飲んでいたマスカットジュースを思いっきり噴き出してしまった。


はしたないとは思ったけれど、どうしても堪えきれなかったのだ。


「な、何ですか急に……!?」


顔に跳ねた雫を拭き取りながら、咽かける喉をこんこんと鳴らす。


「御召し物は……大丈夫そうですね。グラス、御取り替えします」


気を遣ってくれた御付きの翠さんを手で制し、一度口内からグラスへ戻してしまったジュースを一気に飲み干した。流石に勿体なさ過ぎる……ちょっと抵抗はあったけれど、うん、平気。


「いやだって、私達が大冒険を繰り広げている間に、アンタ彼と大冒険(ランデヴー)をしてたんでしょ? だったら、何かあると考えても不思議じゃないよね?」


私と同じ銀髪を持つお母様――勅使河原雅(てしがわらみやび)は、あっけらかんとそう言った。


「それはそうかもですけど……食事時にそんな事を急に言わなくても……」


「なに? 食事時に出来ない話なの? あらら、もうそんな所まで……お母さん、ちょっと寂しいな……」


「お、お母様っ!!」


ニマニマと不気味な笑みを浮かべる母を嗜める様に、火照りそうになる顔を押し隠して大声をあげた。








「あっはっは、その様子だと貞操は守ってるらしいね。感心感心」


「……失礼致します」


お母様のからかいを聞いて、居心地の悪そうな翠さんが微妙な表情を浮かべて食堂から出て行ってしまった。


いや、出て行かれても続きを話すつもりなんて無いのだけど……。


「……んで、マジな話さ」


「……っ!?」


――わざと、翠さんが外に行く様に誘導したのだろうか。


最初から、聞きたい事があったのだろう――相変わらず、母の考えは全く読めなかった。


「本当に、それで良いんだね?」


けれど――私も呑まれていられない。母が発する圧力に負けない様に、私はしゃんと胸を張る。


その答えだけは、どんな事があっても曲げないと誓ったから。


「…………はい」


じっくりと品定めをする様に、お母様は私の眼見続けた。


吸い込まれそうな、深い蒼の瞳。とても綺麗で――きっと、涙が零れても、誰も気付けないぐらいに幻惑的だった。


「……ん」


万華鏡の様に乱反射する瞳がフッと閉じて、母はゆっくりと頷いて。


「……良かったね、華蓮」


――見た事が無い程に、優しく微笑んでくれた。








「ありがとうございます……今度、翼くんも挨拶に来るって言ってた」


「ほう、殊勝な子だなあ……まあ、そりゃ当然か。こっちも、天音家に挨拶する用意しておかないとなあ」


「……そっ、そうですね……」


――いけない、そう言う事を考えたら急に緊張が……。


「……しかし華蓮。確かにアンタは男の子だけど……アマネ君って本当に男の子なのかね?」


「…………えっ? いや、多分……」


私はそう言われて、ギクリと肩を震わせた。


そう言えば……一緒に寝た事はあるけれど、私……翼くんの裸って見た事が無い様な……。


「多分って……アンタ、自分の伴侶の性別ぐらい分かっておきなよ……」


「う、うぐぐ……た、多分男の子だよ、うん……大丈夫、です……」


「……そう言ってるアンタが一番疑ってかかってる様に聞こえるけどねえ」


で、でもでも、佐奈が男の子だって言ってたし……彼女の事を、信じていれば……。


――本当に、言ってただろうか?


「…………あれ……?」


彼の話、彼女の話……全部、それっぽく聞こえていただけで。


男の子だって、明言していなかった気がする。


――まるで、『都合の悪い何か』がそこに眠っていて、わざと避けているかの様な、不自然さがあった気がする。


そんな未来があり得たかもしれない。そう、誰かが言いたそうにしていた、何かがそこに――。








「……まあ、それならそれで問題無いんだけどね」


「い、いやいや……!! そんなの、困るよ……」


「なんで?」


キョトンとしている母に、私は自分の中にわだかまる想いをぶつけようとした。


「なんでって……それは……」


私が男で、翼くんが女性だったら。


互いに想い合っていて、急にそんな事実が判明したとしたら。


「……あれ?」


――確かに、全く問題が無い様な気がする。


「ね、問題無いじゃん? 私も孫の顔が見れるし、万事解決って感じでさ」


「う、うーん……まあ、そうなんでしょうか……?」


それならそれで、今までの思い出はどんな紆余曲折を辿って、そんなシンプルな答えを追い求めていたんだって話にもなるワケで……。


「……翼くんが、女の子だったら、かぁ」


そんな、あり得たかもしれない未来を想像する。


女の子らしい服を着た黒髪の少女と、私が一緒に出掛けたりして――。








「……あれ?」


――変わらない。


今と何も、変わらない気がする。


丸っきり、一切、ありとあらゆる姿が――特に、何も変わらない。


「…………私達って、一体……?」


少しだけ頭痛を覚えた所で、お母様が難しい顔で口を開く。


「性別を超えた愛――って良く聞くし、私も別に否定する気は無いけどさ。アンタらの結ばれている因果みたいなのは、多分そんなちっちゃな概念じゃないと思うよ」


どうすべきか迷いながら押された太鼓判に、私は少しの『ろまんちっく』を感じていた。


「……そう、ですね」


きっと、本当は訪れてはいけない未来なのだと思う。


あり得たかもしれない未来の中で――最も歪なそれが、私達の今。


奇跡を生んでくれた、彼の努力にありったけの感謝を示したつもりではあるけれど。


――まだ、足りないかもしれない。


だから、ずっと一緒に居たい。けれど、まだ二人だけで暮らすには早いから。


今は、今の私達らしく過ごせれば、それでいいのかもしれない。


きっと、その歩みは自然と未来へ進んで行くのだから。






『白と白の食卓』 終












『日和と勇士』




『ねえ勇士』


『なんだ』


『さっき、天音君を見かけた。向こうは気付かなかったみたいだけど』


『そうか』


『やっぱり反応悪い。私に天音君の話されるの、そんなに嫌?』


『そんな事は無いが……』


『じゃあなんで、いつもむっつりするの?』


『それはまあ、あれだ』


『???』


『日和と居る時に、違う奴の事考えたら失礼だろう』


『律儀って言うか……そもそも、別に男の子なら良いんじゃないの? 私は構わないけど』


『まあ、今なら問題無いと思う。翼はもう、間違い無く男だ。んで翼がどうしたって?』


『もう? まあいいや、天音君、かわいい女の子と神社でちゅーしてた。キレイな銀髪の子だった』


『ぬわでゆ』


『なんだと』


『全然問題あるじゃん(笑)』


『……生地に染みが……』


『……ごめん』


『いや、日和は悪くない……お茶とは言え、染み抜きするからそろそろ……』


『待って。そう言えばさ』


『……ああ、そう言えば』


『あけましておめでとう』


『あけましておめでとう』






『日和と勇士』 終






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