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麗爛新聞 十一月号 一面

花前佐奈の運命を巡る騒動から一週間程が経ったある日の事。


窓から吹く風はすっかり秋めいて、遠くではカサカサと枯葉を誘う音を纏い始めている。


「こんにちはー」


ガチャリ、と音を立てて開かれた部室の扉に目を向けると、予想外の人物の姿が見えた。


――その人物は久しぶりに現れ、白銀の髪を揺らして木製の床をコツコツと鳴らす。


「……あれ、今日はどうしたんですか?」


「……むっ」


ボクがついそう問いかけると、『彼』は――勅使河原華蓮(てしがわらかれん)は頬を膨らませて不機嫌な視線を向けて来た。


「やだなあ『天音(あまね)』君。華蓮は確かに最近生徒会に入りびたりだったけど、元々は我等と同じ、新聞部の人間じゃないか」


「……あっ、いえ、別にそう言う意味で言ったのでは……!!」


自分の発言による意図しない不敬に気付き、ボクは慌てて手を振りながら否定しようとした。


「……えっと、佐奈……どうして……?」


しかし、白銀の王子は別の事に気を取られている様子。


優しい先輩の事だ、きっと本気で腹を立てていた訳では無いのだろうけれど……。


……やはり、気にしてくれたのだろうか。


ボクと花前佐奈(はなまえさな)――元恋人だった彼女との、微妙な距離感を。








「……その、今日は結構おとなしめって言うか……ベタベタしてないんだね?」


「……え? 先輩、なんでそんな事を……?」


おずおずと、足場を確かめる様に踏み入った質問をして来る、勅使河原先輩の態度に違和感を覚える。


「ああ、うん。華蓮にはまだ話して無いからね、事のあらましを」


「……マジですか……」


後日、自分の口から伝えるから――確かに彼女はそう言っていたけれど、まさか今まで報告していないとは思わなかった。


「???」


かわいらしく小首を傾げる勅使河原先輩は小動物の様な――ボクがときめく魅力を振り撒きながら、状況を呑み込めずに居る。


「とりあえず華蓮、座りなよ。ちょっと真面目な話をするから」


佐奈さん――いや、佐奈『先輩』は椅子にふんぞり返り、脚を組み替えながら誘った。


「…………あ、うん……」


その際にスカートの中をバッチリ見ながら、勅使河原先輩はいつもの隅にカバンを置き、席に座る。


「……紛れも無く男の子だねー」


ぼそり、とボクにだけ聞こえる様な大きさで佐奈先輩が呟く。


ボクはそれに答えず、ただ翼の形をした髪留めを弄るばかりだった。








席に着いた勅使河原先輩に、佐奈先輩が淡々と話をして行く。


ボクはその様子にしっかりと耳を傾けながら、勅使河原先輩の様子を窺っていた。


内容は勿論、花前氏の開いた夜宴での乱入劇。そして――。


「――んで、あたしと天音君は別れる事になりました」


「…………え、ええ……? なんだかよく話の流れが掴めないけど……そう、なんだ……」


信じようにも、それだけの現実味が無い与太話――勅使河原先輩の戸惑う反応は、尤もかもしれない。


それでもボクと佐奈先輩の間では当然と言うか、何か特別な事が起こらなければ訪れてしまう未来だと分かっていた。


事の始まりは約三ヶ月前――七月が終わり頃の一夜、あのむせかえる様な湯気の中での口付けだった。


三ヶ月間、期限付きの恋人と言う間柄で行われた、一つの勝負。


彼女がボクに好意を抱かせたら勝ち、好きにさせられなかったら負け。


勝負と言う体を保っている割に、随分とボクに気を遣ってくれた、優しい恋人の姿は記憶に新しい。


彼女に何が足りなかった――ボクはそんな、優劣をつける立場には無くて。


言ってしまえば、恋人として彼女に不満は一つも無かったと思う。


魅惑的な果実を揺らし、甘い香りを漂わせる彼女は女性として魅力的だったし……そんな外見よりも、明るく、周囲を気遣う心に強く惹かれていたのは間違いなかった。


――けれど、ボクは――。







「……っ」


――目が合った。ボクが一方的に見ていただけの彼と、視線がぶつかった。


その瞳はとても美しく――とても、悲しそうに見えたのは、気のせいではなかったと思う。



「それがあの満月の夜の話で――ここからは、天音君にも聞いて貰いたい話ね」


机に頬杖を突き、顎を乗せていない手の指で机を叩きながら彼女は話を仕切り直した。


「――話し合ったんだ、家族全員で。パパはやっぱり、昔の地位が恋しいらしくて……別々に暮らす事になった。会社の再奮起に集


中したいんだって」


「…………そうですか」


少しショックだけど……親子の間に出来た溝は、話合い程度では埋まらなかったらしい。


あの場で彼女の宝物を持ち出し、利用した事――その(わだかま)りもあるのだろう。


結局、全てを元通りに修復するには時間が経ち過ぎていた……そして、かつて失ってしまった栄光の輝きが、大き過ぎたのだ。


それでも、佐奈先輩の顔が晴れやかに見えるのは、お互いに納得が行った決断に至れた証なのだと思いたい。


「……にひっ」


無駄なんかじゃなかったよ――疲れた様に、けれどにっこりと笑う彼女は、そう言ってくれている気がした。


「でも、そうしたら佐奈……これからどうするの?」


勅使河原先輩の心配そうな声に、佐奈先輩はひらひらと手を振って返す。


「ああうん、それは大丈夫。ママは家に残ってくれるし、パパはこれまで以上に生活費を工面してくれる事になったから。ママは元々、パパの為だけに外面を着飾ってただけみたいで……あたし達の為に、かなりのへそくりをしてくれてたらしいんだ」


「……そっか。良かったね、佐奈……」


「……良かったのかは、分かんないけどね」


朗らかに笑う彼女から、一切の闇を感じない。


――やっと、彼女の心の底からの笑顔を見れた気がした。







「さて、報告終わり―。って言うワケで、あたしは弟とママの為に夕飯作るから早く帰るね」


「え、あ、うん。それはいいんだけど……今日の……」


立ち上がり、扉へ歩き出した佐奈先輩の背に手を伸ばしながら引き留めようとする勅使河原先輩。


「ああ、十一月のテーマ? それはもう半分以上決まってる様なモンだし、そうなれば今日あたしが出来る作業も無いし。なんかあったら連絡して、それじゃまた明日!!」


――バタン。


問答無用、そう言わんばかりの猛進を見せて、佐奈先輩は部室を後にしてしまった。


「……相変わらずだね、佐奈」


勅使河原先輩はくすりと笑い、ボクを横目で見て来ている。


「ええ。良かったです、本当に」


その微笑みに歯を見せて頷く。


「…………そうだね」


ボクの仕草に、彼は何も反応を示さない。


――もしここに居るのが彼女だったら、どんな反応をしたのだろう。


そう考えるのはきっと、勅使河原華蓮と言う人間にとってかなり失礼な事だと分かっている。


それでも、考えざるを得ないのだ。


ボクを好いてくれた人――白銀の姫君と過ごした時間を、忘れでもしない限りは。







「そう言えば、佐奈先輩が言っていた十一月のテーマって一体……?」


「……むう。天音君、私が最近新聞部に顔を出していなかった理由、覚えてないの?」


「え? あ、ああ……そっか……!!」


――すっかり頭から抜け落ちていた。


彼は最近、生徒会副会長であり、ボクの種違いの姉である天城(あまぎ)マリアに半ば強引に連れ去られていた。


その理由は――。


「――生徒会長選任の選挙、ですか」


「ご名答、です。私、そのサポーターと後援を兼ねて生徒会室に顔を出してたんだから」


「えっ、そうだったんですか!?」


思いもよらぬ返答に、ボクはつい大きく反応してしまった。ボクはてっきり……。


「な、なんでそんなに驚いてるの……? べ、別に私はその、マリアと……そう言った事『だけ』をしてるんじゃありません……!!」


頬を真っ赤に染めながら反論する勅使河原先輩を見て、幾ら言い繕ってもやっぱりやる事はやってるんだろうなあ、と強く思った。


久し振りに先輩と会話をしている気がする――けれど、どこか空虚に感じるのは、やはり――。







――ヴー、ヴー。


そう考えた瞬間、ボクのブレザーのポケットから鳴った振動音。


すぐに鳴り止んだ為、それがメールの着信だと分かる――天面のディスプレイに表示された名前を見るまでは、緊急案件だとは決して思わなかっただろう。


「……すみません、失礼します」


「どうぞー」


取り落しそうになりながら携帯電話を開き、文面を表示する。


「――――え?」


一目見て、ただの見間違いだと思った。


あり得ない。


だって、そんな事が……。


――本当に、ありえないだろうか。


少なくともボクは――それが虚言でないと信じるだけの経緯を辿っている。


それに……あの人がボクに嘘を吐くメリットが無い。


たったの一文が――偽り(げんじつ)の平和を唐突に破壊した。




『華蓮とマリアは異母兄妹』







「どう言う事ですか、さっきのメールは……?」


『……いやあ、君には伝えておかないといけない気がしたんだ』


「……勅使河原さん? 何かしているんですか?」


ボクはメールについて問い質す為に部室を後にし、屋上に来ていた。


電話はすぐに繋がり、詳細を聞こうとした時――その違和感に気付く。


何か、電話越しに聞こえる声に混じって、バタバタとした音が聞こえてくる。


『……雅様? 出張用のカバンをどうするおつもりですか?』


電話越しに遠く聞こえた単語がその違和感を増長させた。


『ああ、例のあの件の準備だよ。多分長丁場になるだろうし』


『……そう、ですね……』


まるで何処か遠くへ行く準備をしている様な……。


『そっちはどう?』


『滞りなく。相内莉子(あいうちりこ)の休学届は既に提出してあります』


「……リコ? リコがどうしたんですか!?」


唐突に聞こえて来た友人の名前に、思わず口が開いてしまった。


『はいはい、心配なさんな。アマネ君、しばらくの間リコちゃん借りるね。大丈夫、この私が死んでも守るから……こっちは任して頂戴』


『……車を手配しますね。その様子ですと、今日発たれるおつもりでしょう?』


『ご名答ー。やっぱり(みどり)は頼りになるね』


勅使河原雅が何かに巻き込まれ――いや、何かに首を突っ込もうとしているのは間違いなさそうだ。


そんな中、ボクに送信したメール。どうせ、ボクがこうして電話をする事も予測していたのだろう。


「……勅使河原さん。ボクに何をしろと……?」


きっと何かの理由がある――そんな確信がボクにはあった。







『――そっちは、君に任せる。私は、君が選べなかった――もう一つの未来を守る為に動くから。お姫様は頼んだよ、主人公(ヒーロー)


――ブツリ。


いつも通り唐突に、自分だけが言いたい事を言って、通話は途切れてしまった。


未だに状況が呑み込めず、ボクはただ呆然とする事しか出来ない。


時が流れる速度が早過ぎて――頭が追い付かないのだ。


佐奈先輩の問題が片付いて、これから新聞部としての活動を本格的に再開しようとした矢先に起こった新たな問題。


――いいや、もしかしたら、最初から存在していた問題だったのかもしれない。


そう、例えば――。


「勅使河原先輩が――ユメと異なる身体で産まれてしまったその瞬間から」


――自分では変えられない運命の奔流が、この身を包む時の流れすらも蝕む『彼女』だったから。


つまり、これこそが――彼女を追い求めた未来の正しい形。


彼女は幻想(ユメ)に咲く花。決して触れてはいけなかった、禁断の花弁。


手を伸ばせば、常に現実がその先を阻んでいる。


――皮肉にも、そう思わざるを得なかった。








「やっぱりここに居た」


重い鉄の扉が閉まる音に振り向くと、彼の姿があった。


自然体に女子の制服を着こなし、煌びやかな銀髪を揺らし――。


「……勅使河原先輩」


――どこまでも現実的な雰囲気を漂わせる、彼の姿が……そこにあった。


「……懐かしいね。梅雨の日、天音君がここで雨に打たれてたよね」


「……そう、ですね」


そう口にするのは当然だろう。何故なら、雨が降っていた日に姉と出会い、動揺したボクをここまで迎えに来たのは、他でも無い勅使河原先輩だったのだから。


――でも。


「……ふふ。どうしてだろうね……あの時とは、世界が違って見えるんだ」


外見は変わらない。ただ、女装をした女顔の男の子。


それは、あの時から――いいや、ずっと前から、何も変わらないハズなんだ。


「……もう胸は痛くないのに、どうしてこんなに虚しいんだろう」


――元々存在し得ないただの夢物語が、儚く空に散りばめられただけなのに。


「どうして――私は、嘘を吐く事でしかホントの気持ちを伝えられないんだろう」


どうして――ボクは、嘘を吐かない『彼』の気持ちが本当だと信じられないのだろう。







「……勅使河原先輩」


ボクは大きく息を吸った後、全てを吐き出す様に彼を呼んだ。


「なあに?」


「……さっき雅さんから、しばらく家に帰れないって連絡を貰ったんです。翠さんも一緒に、海外へ出張だそうですよ」


「……えっ!? わ、私何も聞いていないんだけど……」


「はい。雅さんに、ボクの方から伝えてくれって頼まれまして。それでびっくりして、屋上まで来たんです」


「そうなんだ……お母様……いつも急なんだから……」


項垂れた顔――その頬が緩んでいた事にボクは気付いていた。


何も知らない彼は恐らく、家で秘蔵の本を愉しむつもりなのだろう。


マリアさんと爛れた関係にありながら……満足していない男としての性を満たす為に。


金色の少女と同じ――どこまでも貪欲な性への執着。半分の血筋とは言え、勅使河原先輩が抱える獣心の姿が、やっと見えた気がした。


勅使河原さんから『彼女』を託された今、ボクがすべき事。


それが、腹違いの姉が辿ろうとしているモノと同じ――禁じられた道だとしても、ボクは。


「……そうだ。先輩、勅使河原さんが帰って来るまで、ボクの家で一緒に暮らしましょう。ボクの家、丁度一人暮らしですし」


「うん、いいけど……………………えっ? 今、何て……?」


かわいらしく目をパチクリとさせ、表情を強張らせている少年に手を差し出す。


――固く閉ざされた扉に手を掛ける様に。


「一緒に住みましょう、先輩」


「あー、うん、そうだよね…………えええええええええっ!!??」


身体を震わす程の絶叫が、冷え始めた空に響く。


突拍子も無い話にぶつけるべきは、突拍子も無い話に限るだろう。


乾き始めた木枯らしに髪を揺らしながら、ボクは物思いに耽る。


――うん。我ながら、とんでもない事を言ってしまったモノだな、と。






麗爛新聞 十一月号 一面 終


この記事は二面に続きます。


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