第二章 近衛騎士昇格試験【四】
気がついた範囲で誤字の修正をしました。内容に変更はありません。
近衛騎士昇格試験から三日が経ち、いよいよ結果が発表される日がやってきた。
まだ日が昇ってそれ程時間も経っていない早朝、結果が出るのが正午だと言うのに待ち切れずに目を覚ました揚句、結局勤務時間になるよりも早く城へと足を運ぶファイの姿があった。
夜間警備明けの兵士や早朝勤務の兵士にからかわれるその姿は、戦闘時の姿からは想像も出来ない程情けないものだったが、それは同時に誰からも好かれるファイの人徳を表していると言えるだろう。
幾人かにからかわれながらも兵舎で着替えを済ませ、いつもの様に剣を手に取り裏庭へと向かう。
自身の中に芽生えた疑問も、この三日間で完全に消えたわけではないが薄れた。そして今抱えている試験結果への不安も然程大きなものではない。
何も考えず、ただ剣を振るう。それが出来るくらいにはファイの精神は荒れてはいない。
しばしの間剣を真っ直ぐに振るった後、今度は連続して剣を振るう。右上から袈裟斬りに、続いて左から真横に、右下から逆袈裟に。同じ動きを何度も繰り返し、その後は違った動きを繰り返す。手首の返しや身体の動きを確かめ、最も無駄なく効率的な動作を探す。
実践でその動作を行えるかと言えば、必ずしも出来ると言うわけではない。それでもその動作そのものを知っており、実際に動けるのと動けないのとでは雲泥の差だ。だからこそ、こうして訓練を繰り返す。
その姿を、一人の少女がやや離れた所から眺めていた……
「ねえ、シリウスはどう思う?」
早朝から剣を振るうファイの姿を見たシャルネアは、その足でシリウスに会うべく霊邪の森へとやってきた。
しばらく雑談を交わした後にシャルネアが尋ねたのはファイのことだ。シリウスはファイと会ったことはなく、シャルネアから聞いた限りの人柄しか知りはしない。それでもシャルネアの問いかけに真剣に考え、その答えをシャルネアに告げる。
「受かるんじゃないかな」
「本当に?」
「ああ。だって、シャルみたいな子を育てた人たちが決めるんだろう? だったら、その頑張りを見ていない訳がない。絶対とは言えないけど、受かってる可能性は十分にあると思う」
「そっか……うん。ありがとう、シリウス」
シャルネアはまるで自分が褒められているかの様に柔らかな笑みを浮かべ、それからシャルネアとシリウスは再び雑談を交わし始めた。
シャルネアがシリウスと仲良く会話を交わしている時、クーズベルク城に不穏な影が忍び寄っていた。
全身を黒い装束で包んだ男が、眼前に聳えるその城を見据えている。
「…………」
無言。男は何も口にすることがない。まるで、言葉を――声そのものを失くしてしまったかの様だ。
男が周囲に視線を配ると、そこには同じ様に黒尽くめの男たちが数十人もいた。
いつの間にか、城を囲う様に男達が陣形を組んでいる。だが、今は何もしない。何の動きも見せず、ただ各々が城を見据えているだけ。
それが何を意味しているのか、当人たち以外には知る術はない。いや、見ればわかる人種もいる。男たちがただそこに立っているわけではなく、魔術を構成しているのだということに……
「シャルネアは、また城を抜け出したのか……?」
黒髪黒瞳の、威厳を漂わせた男――アラダブルが、眼前で片膝を着いている男に尋ねた。
「はっ。おそらくは……現在、念の為城内を探索中です」
かしこまった様に、男――テルスがやや弱々しく答えた。
「城内はもういい。直ぐに城下を探させろ」
「かしこまりました。ですが……」
アラダブルの命に応えるテルスだったが、言い難そうに言葉を続ける。
「ここ最近は、城下でも見つけることが出来ません。もしかしたら、町に出ているわけではないのかもしれません……」
「うむ……」
眉をひそめながら、アラダブルは何かを考え込む。
「おそらく、またあの場所に行かれたのかと思いますが」
「やはり、そう思うか?」
さも当然のことの様に、二人は会話を続ける。どうやら、心当たりがある様だ。
「全く。森には行くなとあれ程言い聞かせたのにな……仕方ない。テルス。向かってくれるか?」
「はっ」
アラダブルの言葉に応え、テルスは謁見の間を出て行った。
アラダブルが言った森――霊邪の森へと向かう為に。
「ふぅ……」
謁見の間で一人になったアラダブルが、深く溜息を吐いた。
国は平和だ。それ程大きな問題など抱えていない。犯罪が皆無なわけではなく、全く問題がないわけではないが、それでも深く頭を悩ませる程の事件はない。しかし――
「シャルネアのお転婆も、もう少し何とかならないものか……」
それは、密かな王の悩み。早くに妃を亡くし、母の温もりを知らずに育ったシャルネア。代わりとなる者はいた。アラダブル自身も、シャルネアに対しては気を遣ってきたつもりだ。それなのに――
「子は、親の望む通りには育ってくれぬものだな」
そんな呟きを漏らした後、アラダブルは立ち上がった。
ゆっくりと踵を返し、謁見の間の奥にある扉を潜り――自身の部屋へと戻って行った……