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ドラゴン・プリンセス〜旅立ちの王女〜  作者: 夕咲 紅
第二章 近衛騎士昇格試験
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第二章 近衛騎士昇格試験【三】

気がついた範囲で誤字の修正を行いました。

又、後半部分に少しだけ追加しました。

 近衛騎士昇格試験二日目。

 受験者八名が城の一室に集まり、同時に筆記試験を行っている。

 その内容は一般常識問題に始まり、騎士としての心得に関する問題、そして実戦を想定した状況での作戦の立案など様々である。

 昨日行われた実技試験。そして今行っている筆記試験の結果を見て、近衛騎士に相応しいと近衛騎士隊の隊長が認めれば試験は仮合格。そしてその仮合格を国王が認めれば本合格となるのだが、国王であるアラダブルは現隊長であるテルスのことを深く信頼している為、実質テルスに認められれば合格と見ても構わないのが実情だ。

 受験者たちもそのことを理解しているが、やることは変わらない。結局は出された問題に答えるしかないのだ。だからこそ真剣に、受験者たちはその筆を進める。

(防城戦時、敵の城への侵入を許してしまった。その時貴方はどの様に動きますか。か……)

 この問題は自分が近衛騎士になっている場合を想定している。ならば一般の兵や騎士に指示を出すことも出来る。ならどうするべきか、とファイは考える。問題には侵入者の人数までは書かれていない。当然と言えば当然だが、侵入者の人数を把握出来ているかいないかで対処は変わってくる。

(まず第一に考えなければいけないのは要人警護。しかし王族には専属の近衛騎士が就いているから、即そちらに戦力を回す必要はないな)

 勿論相手の力量如何ではその必要も出てくるわけだが、そもそも国のエリートである近衛騎士が敵わない相手に一般兵が敵うわけがない。

(となれば、これ以上の侵入を許さない為に出入り口の封鎖をするべきか……逃走経路を封じる事にもなるし)

 そんな思考を巡らせながら、ファイは筆も進めていく。

 時折手が止まることもあったが、ファイは何とか時間内に全ての問題を埋めることが出来た……



 近衛騎士昇格試験の筆記試験が行われている最中、一人の男が城内の使われていない部屋の中にいた。カーテンも窓も閉め切り、部屋の照明も点してはいない。カーテンの隙間から微かに入り込む明かりが、一瞬その男の姿を照らす。銀色の髪を後ろで一つに結わいた長身の男――ワーナーだ。

「場所は特定出来ていませんが、この国のどこかにいるのは確かです」

 部屋にはワーナー以外の姿はない。しかしワーナーは、誰かに話しかける様に言葉を発する。

「はい。今しばらくお待ち下さい」

 そんなワーナーの言葉の後に、プツンと何かが途切れる音がした。

 ワーナーの手には、楕円形の機械の様な物が握られている。それはまだクーズベルクは勿論、世界全体にも浸透していない遠くにいる者と会話を交わす為の道具で、名を鳴声と言う。魔術機関と呼ばれる魔術と機械の融合を果たしたその道具は、世界中でもごく一部の国しかその技術を確立していない。クーズベルクに関しては魔術すら殆ど知られてはいない存在だ。

 ワーナーは鳴声を懐にしまうと、深く溜息を吐いた。物憂げな表情を浮かべ、そのまま部屋を後にする。

 周囲に誰もいないことを確認してから部屋を出たワーナーは、真っ直ぐにシャルネアの部屋を目指す。陽は既に昇りきり、これからじょじょに傾いていく頃合。

 今日の午後は、シャルネアとの授業がある。部屋に着くまでには気持ちを切り替えよう。そう心に決め、ワーナーはゆっくりとその歩を進めた。



「さて、これで二日間に渡る試験を終えたわけだが……」

 受験者たちを前に、テルスは集めた試験用紙を眺めながらそんな言葉を漏らす様に発した。

「皆、満足のいく結果を出せたかな?」

 部屋の中――受験者たちを見回し、今度はそんな問いかけをする。その言葉に三者三様の反応を見せる受験者たちを見て、どこか懐かしい気持ちに駆られながらもテルスはコホンと咳を一つ。

「さて、これから採点をするわけだが、この筆記試験が満点である必要はない。勿論、最低限取ってもらわないと困る点数はあるが……点数の優劣で結果が決まるわけではない。と言うことは知っておいて欲しい」

 テルスのその言葉に一同が頷く。皆そのことを知っていたのだろう。

「昨日の実技試験、そして今日の筆記試験。後は普段の皆の勤務態度なども加味される。結果は直ぐには出ないが……そうだな。三日後だ。三日後の正午に全員地下の訓練所に集まってくれ。そこで結果発表をする」

 全員が頷くのを確認して、テルスはそのまま部屋を後にした。残された受験者たちは各自思うままに席を立つ。部屋を出て行く者もいれば、その場に残り会話を交わす者もいる。そんな様子を眺めるファイの元に、一人の青年が近づいてきた。

「ジーン先輩」

 話しかけられる前にその相手が誰だか分かったファイは、振り向かずにそう声をかけた。それに対し驚いた様子もなく、近づいてきた青年――ローグス=ジーンは言葉を紡ぐ。

「おぅ。どうだった?」

「まあまあです。そういうジーン先輩は?」

「完璧だな! って言いたいところなんだが……まあ、七割くらいってところか」

 そう答えて肩を竦めるローグス。

「まあ、一応全部埋めはしたんだけどな。自信があるのはそんなもんだ」

「俺も似た様なものですよ。となると、ジーン先輩の方が合格する可能性は高いですね」

「まあ、昨日の実技試験での優勝は大きいだろうな。とは言え、普段の勤務態度は決して良いとは言えないからな……」

 と、ローグスは普段の自分の行動を省みて声の調子を落とす。

「まあ、お互い出来る限りのことはしたんです。三日後の結果発表を大人しく待ちましょう」

 そう言うファイだったが、その言葉の内容程内心は穏やかではなかった。実技試験では優勝することは叶わず、筆記試験もそれ程出来が良いわけではない。ならば普段の勤務態度はどうなのか……それも決して抜きん出て良いわけではない。不真面目ではないが、それ程真面目と言うわけでもない。本人が許しているとは言え、王女であるシャルネアとは大分砕けた口調で話している。

(やっぱマズイよな……)

 ローグス同様、普段の自分の行動を省みて落ち込むファイ。

「俺はもう行くけど、お前はまだここでたそがれてるのか?」

「いえ、俺ももう行きます」

 そう言って立ち上がり、ファイはローグスと共に試験に使用した部屋を後にした。

 部屋を出た後は直ぐにローグスと別れ、ファイはある場所に向かった。そこは、ファイがいつも剣を振るっている裏庭だった。

 黙ったまま腰に提げていた剣を抜き、いつもと同じ様に素振りを始める。いや、その内心はいつもと同じではない。いつもは希望に満ち、自身を高める為にその剣を振るっていた。しかし今は、己の中の不安を掻き消す為に、ただがむしゃらに剣を振るっている。

「……はぁ」

 その不安を表す様に、ファイは剣を振るうのを一度止めると深く溜息を吐いた。

 右手に持つその剣を見つめ、ファイは思案に耽る。一体、何故自分は近衛騎士になりたいのか――

 家柄がそうさせるのか、自分の意思で近衛騎士になりたいと思ったのか、ファイにはそれが分からなかった。いや、そこには確かに自分の意思がある。それは間違いない。それでも、その根源には自分の意思ではないモノが含まれているのではないか。そんな考えが、ふと頭の隅を過ぎることがある。試験結果への不安が、その考えを顕著にしていた。

 6年前、ファイはシャルネアと出会ったことがある。城でも街でもなく、クーズベルクの背後に広がる森の中で。森の中で一人剣の修行をしていたファイが、城を抜け出していたシャルネアと遭遇したのだ。その時に出会った少女のことを忘れられず、又その相手が王女であることにも気づいたファイは、シャルネアのことを守りたい。そう感じて騎士を目指した。勿論、元より騎士の家系であるファイは騎士になることを強要されてはいたが、そこに初めて自身の意思が含まれた。

 シャルネアを守る。その為に目指した道であるはずなのに、それは自身の意思のはずなのに……ファイは、義務感を持って近衛騎士を目指しているのではないかと錯覚してしまう。

 もう一度深く溜息を吐き、ファイは剣を収めた。

 今日はもう剣を振るう気にはなれず、そのまま踵を返し裏庭を後にした。



「どうかしたの?」

 定期的に行われるワーナーの授業。その最中、出された課題を終えたシャルネアは心ここにあらずと言った雰囲気のワーナーにそう声をかけた。

「ワーナー?」

 返事が来ず、シャルネアは困った様にその名を呼ぶ。

「はい? なんですか?」

「課題、終わったんだけど……どうかしたの?」

「……いえ、なんでもありません。では、拝見させていただきます」

 シャルネアの心配そうな言葉にそう答え、ワーナーはシャルネアから課題として出した用紙を受け取る。

 その課題は、最近話題に上げたクーズベルク隣国についての物だ。一度教わった内容をどの程度覚えているか、ワーナーはそれを確かめる為の問題を出した。

「クーズベルクと一番近い国は、エルフたちの国イーストハーブ。森を挟んだその先にあるのが、クーズベルクの友好国であるタスカントード。この辺りは問題ない様ですね」

「それくらいは一度で覚えられるわ。それに、タスカントードへは昔行ったことあるもの。あまりその時のことは覚えていないけど」

「そう言えば、以前隣国について教えた時もそう言っていましたね。覚えていたくないことでもあったのでしょうか……」

「単純に、小さかったから記憶に残ってないだけだと思う。それに……もし何か嫌なことがあったのだとしても、友好国であるタスカントードにはまた足を運ぶ機会もあるだろうし、あまり気にしてはいられないと思うの」

「そうですね」

 シャルネアの真剣な言葉に、ワーナーも真剣な表情で頷く。

「さて、次は……タスカントードにある魔術機関についてですね。ふむ……きちんと覚えてますね。流石はシャルネア様です」

「そんなに褒めないで。名称は覚えたけど、魔術機関って言う物がどんな物なのかは良く分かってないから」

「そうですか? でも、それこそ気にしないで良いと思いますよ。魔術機関についてきちんと理解している人など殆どいませんからね」

「……ワーナーも?」

「はい。普通の人よりは多少理解していますが、専門に学んだわけでもないので……ですので、シャルネア様もその名称と、用途を理解していれば十分かと思います」

「そっか。分かった」

「では、次ですね――」

 それからしばらく答え合わせをし、シャルネアの中で曖昧だったものを再び教え、僅かに雑談も交わし本日の授業がお開きとなった。

 部屋を出て行くワーナーを見送った後、シャルネアは背筋を伸ばし息を吐く。

 授業が始まって最初の頃はどこかいつもと様子が違ったワーナーを心配していたシャルネアだったが、授業が終わる頃にはそのことをすっかりと忘れていた。それだけ、後半はワーナーがいつも通りだったと言うこともあるが、それ以上に気になることがあったから。と言うのが大きな理由だろう。

「ファイ、試験どうだったのかな……」

 授業中に、近衛騎士昇格試験の筆記試験が終わっていることは知っていた。ワーナーの授業があったこともあり、昨日の様に試験結果を尋ねに行くことの出来なかったシャルネアはファイのことが気にかかって仕方なかった。

 今からでも訪ねてみようか。そんな風に考えるものの、直ぐにその考えを振り払う。

「そんなの、私がファイのこと凄く気にしてるみたいじゃない……」

 その言葉は第三者から見れば事実以外の何物でもないのだが、シャルネア自身はそうは思っていない為気恥ずかしさを感じてしまう。

「……うん。ファイのことを信じて、結果発表まで待とう」

 しばし逡巡し、シャルネアはそんな決意を固めた……

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