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ドラゴン・プリンセス〜旅立ちの王女〜  作者: 夕咲 紅
第二章 近衛騎士昇格試験
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第二章 近衛騎士昇格試験【二】

気がついた範囲で誤字の修正を行いました。内容に変更はありません。

「お疲れさま」

 腰程まで伸ばした綺麗な金色の髪、そしてその血に相応しい整った顔立ちの小柄な少女――シャルネアは、待っていましたと言わんばかりに自身が立っていた城内の廊下に差し掛かった青年に声をかけた。

 ちょうど角を曲がった所で声をかけられたことで少なからず驚いてしまった黒髪黒瞳の青年――ファイは、少しばかり恥ずかしそうに頬をかきながら、声をかけてきたのがシャルネアだと理解した瞬間に再び驚きの表情を浮かべた。

「シャル様!?」

 比較的城内を――と言うよりは国内を自由気ままに歩き回るシャルネアではあるが、実技試験を終えたこのタイミングで話しかけられるとは全く思っていなかったファイは口をぱくぱくとさせるだけで名前を呼ぶ以外には何も言えない。

 訓練場の隣りには簡易式ではあるものの汗を流す為の施設がある。そこで水を浴びてきたのか、肌も髪もしっとりと湿気を帯びている。格好もラフなもので、鎧の類いは身に纏わず兵士や騎士に与えられる皮製のズボンに、替えを用意しておいた黒のインナーシャツをそのまま着ているだけだ。

「すいません、こんな格好で……」

 何とかそんな言葉を紡ぐが、しどろもどろに言うファイの姿を見てシャルネアは苦笑を漏らす。

「別に気にしないでいいわ。受験者のファイは、今日はお勤めはないんでしょう?」

「ええ、まあそうですけど……」

 やはり城の中でこの格好は不味かったな。と内心付け足すファイ。

 実際には休憩中などは今のファイと同じ様な格好で過ごす兵士が多いのだが、王女であるシャルネアの前でと言うのはやはり不敬にあたる。と、口調は砕けている割にファイは気を落とす。

「だから気にしないでいいから。それより、結果はどうだったの?」

 歳も近いこともあり良く話すファイのことを、シャルネアなりに気にしているのだろう。わざわざ出向いてまで結果を聞きに来ることはなかったのだが、シャルネアは何となく本人の口から聞きたいと思いこうして足を運んだのだ。

「決勝までは行ったんですけどね」

 無念そうに俯き加減になり、ファイはぼやく様にそんな言葉を返した。

 事実、単純な剣術の技量ならばファイは決勝の相手であるローグスに負けてはいない。

「でも、その勝負に勝てば良いってわけじゃないんでしょう?」

「まあそうなんですけど……俺の知る限りは、今までに実技試験で優勝しなかった奴は近衛騎士になれてないですね」

「もしかして……絶望的?」

「うっ……そんな直球で言わないで下さいよ」

 シャルネアの容赦ない一言にうな垂れるファイ。

「でもね、ファイ」

 と、先程までの軽い雰囲気から打って変わった真剣な表情でシャルネアは言葉を紡いでいく。

「ファイの努力は、皆が知っているわ。だから諦めないで、明日の筆記試験も頑張って」

「シャル様……はい! ありがとうございます!」

 真剣に応援するシャルネアに対し、感動の余りやや涙目になりながらもファイは力強く頷いた。



 ファイと別れたシャルネアだったが、部屋に戻る途中で別の人物に偶然出会い、再び近衛騎士昇格試験のことで雑談を交わしていた。

 その相手は、背中までかかる銀色の髪を後ろでに結わいた細身で長身の男――細く多少吊り上がった目、そして鼻にかかる様にかけた丸い縁の小さな眼鏡が特徴的なワーナー=クレイヤードだ。

「そんな会話をしたんだけど、ワーナーはどう思う?」

 ファイとの会話を覚えている限り再現した内容を話し、シャルネアはワーナーの意見を尋ねる。

「どう思う、とは?」

「ファイは、近衛騎士になれると思う?」

 問い返されたシャルネアだったが、素直に思っていることを言い直した。

 その言葉にワーナーは腕を組み思案する。

「そうですね……前に私が調べた近衛騎士昇格試験の内容では、条件に実技試験優勝や筆記試験で首位を取ること、と言った内容はありませんでした。ですので、いかに過去に例がないと言っても現時点でファイ君が受からないとは限らないとは思います。とは言え、暗黙の了解として優勝などが必須条件になっている可能性もありますが……」

「ワーナーは、ファイは近衛騎士に相応しいと思う?」

「シャルネア様は、随分とファイ君にご執心の様ですね」

 苦笑混じりに、シャルネアをからかう様にワーナーはそう言った。するとシャルネアは顔を真っ赤にして、慌てた様子でぶんぶんと首を横に振る。

「そっ、そういうわけじゃないわ! ただ、ファイが頑張ってるのを知っているから気になってるだけ」

「そう言うことにしておきましょうか」

「もう……」

 変わらずに意地悪く笑みを浮かべるワーナーに、これ以上は何を言っても無駄だと悟ったシャルネアは上目遣いに文句の視線を向け唸り声を上げることしか出来なかった。

「さて、それでは質問に答えましょう」

 そんなシャルネアを見てひとしきり満足したワーナーが、穏やかながら真剣な面持ちでそう言った。

「私はファイ君の実力を知らないので、彼が近衛騎士に相応しいかどうかは正直判断出来ません。ただ、貴女に対する気持ちなら、十分にその資格があると思います」

「まだからかってるの?」

「そうじゃありません。彼はシャルネア様を守りたいという気持ちを、他のどの兵士や騎士よりも強く持っている。私は、そう感じているのです」

「そうなの、かな……」

 ワーナーの真剣な言葉に、シャルネアは俯きながら考え込んでしまう。

「そんなに深く考えることはありませんよ。貴女はただ、彼のことを応援してあげていれば良いんです。こう言っては何ですが、結果は貴女のお父上やサランド殿が決めることなのですから」

「そうなんだけど……やっぱり、気になるもの」

「やはりシャルネア様はファイ君にご執心ですね」

「だから違うってば」

 結局はワーナーにからかわれつつも、それからもう少し雑談を交わしシャルネアはワーナーと別れ自分の部屋へと戻った。



「はぁぁ」

 後は眠るだけ。そんな状況のシャルネアが、ベッドに仰向けに倒れ込み深く息を吐いた。

 夕食をとっている最中も、湯浴みをしている最中も、シャルネアは常にファイのことを考えていた。

 つい数日前までは、ファイズ=アルリアの日記、そしてシリウスのことで頭を悩ませていたのに――そしてその答えを得てもいないのに、ワーナーの言葉で変にファイのことを意識してしまっている。

 それが分かっているのに、シャルネア自身にはどうしようも出来ない。そんなもどかしさを感じながら、シャルネアは再び息を吐いた。

「ファイ、か……」

 そう呟き、ファイがファイズ=アルリアの子孫だと言うことを思い出す。もしかしたらそのせいで余計にファイのことを意識してしまっているのかもしれない。そんな風にも考えるが、頭の中がごちゃごちゃとしている今のシャルネアにはそれが正しいかどうかなど判断出来ない。いや、判断しようとすら考えてもいない。ただ、そんな思考を巡らせるだけだ。

「頑張って欲しい。それは間違いない。うん――」

 ファイのことを応援していれば良い。そんなワーナーの言葉を思い返し、シャルネアは気持ちに整理をつける。

「頑張ってね、ファイ」

 一度は本人に伝えたその言葉を、ベッドの中で呟く様に、しかしはっきりと声にする。

 どこか満足気に、シャルネアはそのまま眠りに着いた。

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