第三章 龍の生まれる瞬間【四】
謁見の間にテルスが駆けつけたのは、国王アラダブルとシリウスが命を失ってから、十分程経ってからだった。その間、シャルネアはずっとその場にしゃがみ込んでいた。泣きじゃくりながら、しかし、何か重大な事を考えながら。
「シャルネア様!」
謁見の間へ駆け入ったテルスの視界には、倒れているワーナーの姿、そしてうずくまるシャルネアの姿と、横たわる国王の姿が入った。テルスはその名を叫び、床にうずくまっているシャルネアに駆け寄る。
「シャルネア様……」
「……て、るす……?」
消えてなくなりそうなか細い声で、シャルネアは顔を上げた。
「はい」
「お父様が……シリウスが……!」
一度は止まりかけていた涙を、再び溢れさせながら、シャルネアがぼやく。
「……国王――アラダブル様は、亡くなられたのですね?」
謁見の間へ入ったと同時に視界に入った、床に倒れたアラダブルの身体。テルスは、それが死体だと瞬時に理解していた。それでも、その場にいる者に確認を取る必要がある。実の父親を失ったばかりの少女に、その父親の死を確認する――何と酷な事なのだろう。そう思うが、テルスは自分を戒めながらでも、必要な事はする人間なのだ。
「…………」
シャルネアは直ぐには答えなかったが、やがて黙ったまま頷いた。
「ワーナーは無事の様ですね……」
「ワーナー?」
今までシャルネアの視界にワーナーの姿は入っていなかったのだろう。テルスに言われ不思議そうにその視線を追った。
「まさか、ワーナーまで……?」
気が動転しているのか、先程のテルスの言葉をきちんと理解出来ていなかったらしくそんな言葉を呟くシャルネア。
「いえ、ワーナーは大丈夫です。呼吸はある様なので、おそらく気を失っているだけでしょう」
「そう。良かった……」
「それと、シリウスと言いましたが……誰です?」
そう聞かれたシャルネアは、ワーナーの事でホッとしたのも束の間に、ゆっくりと震えながらも、シリウスを指差した。その先には、巨大な身体を持つ龍が横たわっている。
「あっ、アレは……」
テルスは絶句した。龍が、目の前にいるのだ。しかし、シャルネアの言葉から察するに、既に事切れているのだろうが……
テルスはそんな事を考えながら、シリウスに近付く。この国では龍がただの伝説ではないと言っても、やはり身近なものではない。
(もしや……)
そこで、テルスはある事に気が付いた。シャルネアが、森に足を運んでいた理由――
(あの龍に、会いに行っていたのか?)
今となってはもうどうでもいい事だとは思ったが、テルスは何故か詮索する事にした。
「シャルネア様。霊邪の森に行っていたのは、あの龍に――」
途中で言葉を止めたが、シャルネアはテルスの言わんとする事を察したのだろう。黙って頷いた後、ゆっくりと立ち上がった。
「シャルネア様……」
足取りのおぼつかないシャルネアの様子を見て、テルスが言う。
「早く脱出して下さい。敵は退いた様ですが、ここもいつ崩れるか分かりません」
「……まだ、もう少し……」
「なりません。貴女は、この国を支えていかなければならない人間なのですよ」
「…………」
そう言われたシャルネアは、がらっと雰囲気を変えて言う。
「テルスは、大変かと思いますが父の遺体を運んで下さい。ワーナーは私が後で起こして連れて行きますから。あと、城の中に人が残っていないかどうか確かめて下さい。たぶん、避難してくれているとは思いますけど……」
そう言ったシャルネアの顔は、まさしく国を治める者の顔だった。シリウスと話していた時の幼さもなく、その年代特有の雰囲気さえ、最早残ってはいない。これが、本当に14歳の少女なのだろうか。
そんなシャルネアを見て、テルスは驚きを隠せずにいた。無理もないだろう。あのシャルネアが、こんな物言いをするのだから。
「お願いします」
そう言うと、シャルネアはゆっくりとシリウスの元へと歩き出した。
暗黙の了解とでも言うべきか、テルスはそれ以上何も言う事が出来ずに、黙ってシャルネアの言葉に従った……
「シリウス……」
誰もいなくなった謁見の間で、シリウスに抱きつきながらシャルネアは呟いた。
「――うぅ」
その時、背後からそんな呻き声が聞こえシャルネアは首を回し背後に視線を向けた。
呻き声を上げたのは当然ワーナーであり、その身をゆっくりと起き上がらせている。
「ワーナー……気がついたなら、早くここから逃げた方がいいわ」
「シャルネア様……? それに、まさかそれは……」
シャルネアの直ぐ間近横たわる巨大な生物を見て、ワーナーは驚きの余り気がついたばかりでハッキリとしていなかった意識を覚醒させた。
「それとか言わないで欲しいかな。シリウスは、私の親友なんだから」
「シリウス……まさか、アルリアの日記に出てきた龍ですか?」
そんな言葉を紡いだ刹那、ワーナーはシャルネアが龍の事を知りたがっていた理由に思い至った。
「なる程……いえ、今はそんな事を言う時ではありませんでした」
「……どうかしたの?」
「シャルネア様。本当に申し訳ございませんでした!」
突然頭を下げられ、シャルネアは困惑気味にワーナーを見返す。
「私は、私がもっとしっかりしていれば……」
「……ワーナー」
うな垂れるワーナーを見て、シャルネアは柔らかな笑みを浮かべ声をかける。
「お父様の事なら、貴方が気に病む必要はないわ。もし何か言いたい事があるのなら、後で改めて聞くから……今は、少しの間一人にして欲しいの」
「シャルネア様……分かりました。必ず、貴女には真実を伝えます。ですので、少しでも身の危険を感じたら直ぐに避難して下さい」
「えぇ。約束するわ」
そんなシャルネアの言葉に頷き、ワーナーもまた謁見の間から出て行く。そうして今度こそ
一人残されたシャルネアは、再びシリウスへと視線を戻す。
「シリウス……」
再び紡がれる呟き。その呼びかけに、二度と言葉は返ってこないのだと思うと自然と涙が溢れてくる。
「シリウス……」
『シャル……』
再度の呟きに、シャルネアはシリウスがそう応えてくれた様な気がした。
否。それは気のせいなどではなく、確かな応え。
『シャル――心配しなくていい。僕達の種族には、死という概念がない。肉体の死が訪れても、また一から始まるだけなんだよ』
そんな声が聞こえてかと思うと、シリウスの身体が眩いばかりの光に包まれた。
「シリウス!」
『始まった……これが、再生――龍の、生まれる瞬間……』
そう聞こえると、シリウスの言葉が聞こえるという感覚は薄れ、シャルネアはソレを目の当たりにした。龍が、誕生する瞬間を……