第三章 龍の生まれる瞬間【二】
朝の自主訓練を終え汗を流したファイは、いつもと違う午前中だけの職務をしっかりとこなす為に、割り振られた仕事である見回りを行っていた。
ちょうど城内の1階を回っていたその時、何か異様な違和感を覚え足を止めた。
「何だ……?」
そんな呟きを漏らした次の瞬間には、城内から爆発音が聞こえ、あちらこちらから火の手が上がった。
焦ってはいけない。そうは分かっていても、初めての緊急事態に身体が固まってしまう。
「くっ!」
そんな不甲斐ない自身に嫌気が差しながらも、自己嫌悪に陥っていても仕方ないと何とか気合を入れる。
バシンッと自分の両頬を叩き、爆発音の聞こえた一番近そうな場所に向かって駆け出した。
途中、慌てふためく兵士たちの姿を見てさっきまでの自分を見ている様な感覚を覚え、しっかりしろと渇を入れる。侍女や料理人などの非力な者たちを避難させる様に指示を出し、再び駆け出す。
そうして辿り着いたのは、1階から2階に上がる階段。そこには、黒尽くめの男と戦うテルスの姿があった。
「サランド隊長!」
いきなり大声を上げてしまった事でしまったと思ったファイだったが、その程度でどうにかなるわけがないと気持ちを切り替える。
「ルークか……」
相手と斬り結んだ直後に大きく後退した所で、テルスは一瞬ファイへと視線を向けそんな言葉を漏らした。
「隊長、こいつは一体……いえ、こいつの相手は俺に任せて下さい!」
テルスにはやるべき事があり、男にその足止めをされているのだと判断しファイはそう言った。テルスは一瞬悩み、それでもしっかりと頷いた。
「任せたぞ」
「はい!」
テルスの期待に応えるべく、ファイは腰に提げた剣を抜き、テルスと男の間に立つ。
男はアサシンナイフを片手に持っているが、一見するとそれ以外に武器の類は持っていなささそうだ。僅かな間しか見ていないが、男が素早い動きで相手を翻弄するタイプだと判断し、その動きを見極めるべく男を凝視しつつ少しずつ距離を詰める。
刹那、男が跳躍し一瞬でファイとの距離を縮めてきた。と同時に振るわれるアサシンナイフをかわし、ファイは腰に下げている剣を抜き放った。
剣を抜く動作でそのまま相手に一撃を与えようとしたファイだったが、先の一撃をかわされた時点で距離を取ろうとしていたらしくその一撃は空を切ることしか出来なかった。
追撃をかけるべきか否か――ファイがそう考える間に、男は次の動作に入っていた。再び跳躍し距離を詰めて来る相手を見て、ファイは思考を止め迎撃態勢を取る。繰り出されるナイフの一撃を剣で受け止め、弾く。
(また一度退くのか……?)
そんな風に考えてしまうファイだったが、その思考もまた男の追撃で振り払う他なかなった。
ファイによって弾かれた態勢から身体を捻り、続けて突きを放ってきたのだ。その近さ故に剣で弾くことが出来ないと判断したファイは、必死の思いで後方に跳躍してその一撃をかわす。
先程までの流れを汲んで、その後の追撃の有無を考えるよりも早く剣を構え直すファイだったが、男は再び後方へと跳びファイとの距離を取っていた。
実戦経験に乏しいファイは、相手の動きを予測し理詰めで戦おうとする傾向にある。しかし本人はどちらかと言えば直情的な性格をしており、更に言えば頭の回転も特別速いと言う訳ではない。結果、その思考が追いつくよりも早く身体を動かす必要が出て来る。攻め手に回っていればそれほど問題はないが、受け手に回っている時は反撃に回れず防戦一方になってしまう。その原因を把握出来ていないファイは、結果的にじょじょに焦りを覚え始めることになる。
今度こそはと床を蹴り、男との距離を詰めようとするファイだったが、男もまた後方へと跳躍。と同時に、隠し持っていた投擲用のナイフを一本ファイに向けて放つ。
剣を横薙ぎに一振りしナイフを弾いたファイだったが、その動作のせいで勢いを失くし思う様に距離を詰めることが出来なかった。しかしそれを嘆く暇もなく再びナイフが飛来してくる。それを察したファイは左方に避け、ナイフを投げた男を視界に捉えようと視線を動かす。が、いるはずの前方に男の姿はない。刹那、嫌な予感がしたファイは誰もいない前方へと跳躍した。その次の瞬間には、ファイのいた場所をアサシンナイフが通過した。
ファイが投げナイフを左にかわした時に、死角に入る様に男もまたファイの左方へと跳び、そのまま距離を詰めていたのだ。
ファイは身を翻し、今度こそ男を視界に収める。その瞬間には男はファイとの距離を詰め始めており、ファイもまた迎撃の為に床を蹴る。互いに距離を詰め合えばその間が直ぐになくなるのは当然。次の手を考えるよりも早く、ファイも男も直感を信じて身体を動かす。二人の距離がなくなる寸前、男は右方に跳んだ。再び真横からアサシンナイフを振るう。ファイはその動きをしっかりと目で追い、振るわれた一撃を剣で横薙ぎに弾く。と同時に、男へと向けて振り戻した。その一撃は見事に男の不意を突き、男の胸部を切り裂いた。
その一連の動作はローグスの技に近い流れであったが、ファイは意識していた訳ではない。それでもローグスの技を見ていたからこそ、男の不意を突くことが出来たと言える。
致命傷を与えた訳ではないが、満足に戦える程の余力は残っていないだろう。そう判断し、ファイは剣に着いた血を振り払い鞘に剣を収めた。
情けをかけた訳ではない。人の命を奪う――その重みを本能的に回避しようとしたのだろう。とは言え、放って置けば助からない可能性の方が高いが……
「侵入者……さっきの隊長の様子からすると、こいつ一人ってわけじゃないみたいだな……」
どうしたものかと、先日の試験の内容を思い出しながら思考を巡らせる。試験の時に導き出した答えが合っているのかどうかは分からない。それ以前に、今現在と試験内容とでは立場が違う。ならば、今の自分が何をするべきなのか……
「ちょっと待てよ……冗談だろ?」
その答えを出すよりも早く、ファイは愕然とした。今し方苦労して倒したばかりの男と全く同じ格好をした男が二人、目の前に現れたからだ。
「ルーク!」
一度収めた剣を再び抜き、何とか気持ちを奮い立たせたその時、背後からそんな叫び声を聞いてファイは意識だけを後方へと向けた。
「二対一か……? 助太刀するぜ」
「ジーン先輩……助かります」
現れたローグスを横目にそんな会話をしている間に、二人の男はほぼ同時に床を蹴っていた。勿論向かう先はファイとローグス。
「いくぞ!」
「はい!」
こうして、ファイにとっての実戦二戦目――それも連戦の幕が開かれた……