表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

【CM #2】  「新作古風ソーシャルゲーム <四道将軍> デモプレイ公開中!」  【スキップ可能】






 ──大叔父上。





『──大叔父上?』



『…ん』



 床几に座したまま 我知らず微睡んでいたらしい この老身を、いかにも武人然と響く壮年の声が、慎み深くも迷いなく 静かに揺さぶり起こそうとしていた。



 瞼を開けてみれば、外は闇。

 刻は夜。


 張り巡らされた陣幕の内で、庭燎へくべた薪の爆ぜる音と匂いが、あたかも ()麁物(あらもの)が挙動へ移る寸前に凝立する その際の鋭さのように、争乱に明け暮れて戦塵に煤ける生を過ごしてきた この老兵の気肌を、救いようもなく慰めてやまない。



『…川分(かわけ)か』



 うたた寝をしていた老人の前に、剛毅四分 怜悧六分の面構えを伏せて畏まっていた、今方の声の主は、この老将の姪孫にあたる、武渟川別(たけぬなかわわけ)

 “(ワケ)”の称号が示す通り、先々帝 孝元天皇の皇孫たる 格式高い王族分枝にして、かつて将として軍勢を率い 低湿地帯を踏破する行軍の指揮を執った折には、藻草葦原に覆われ点在する沼沢が隠れて判別し難くなっていた道途にて、猟犬と曳舟を駆使し 先駈けに巧く先導させた手腕によって武名を知らしめた、その逸話に因む別称を誇る 壮年の軍人だった。



『お寛ぎのところ申し訳ございません。

 先ほど、予てより内々に示唆されていた 四道平定の役について、いよいよ大王(おおきみ)が 近々にも断を下されるとの報せが入りまして。

 追々、父も 大王の宮より、詳細を詰めてから戻ると思われますので、つきましては 早手回しに軍議の支度を設えたく』


『ああ…』



 川分(かわけ)の父とは、他ならぬ大彦命(おおひこのみこと)

 先帝 開化天皇の実兄であり、その名前も まるで尊称敬称ばかりで付け合わせてしまったかのような、雄偉ながらも どこか一面では空疎なようにも思えなくもない字組みだが、当の本人は君臣の序列を厳格に重んじ、余人には 自分のことを、「王佐」に通じる音として「大助(おおすけ)(大輔/大介/大祐/大亮)」の字名で呼ばせることを好んでいる、誠直な人物である。



坐安(います)も、もう参来ておるのか?』


『子の立安(たたす)も伴って、間もなくと』



 親しい身内の間だけで通じる呼び名だが、坐安(います)立安(たたす)の父子とは、それぞれ 彦座王(ひこいますのみこ)丹波(たんばの)道主命(みちぬしのみこと)丹波(たんば)比古(ひこ)多々須(たたす)美知能宇斯王(みちのうしのみこ))を指す。

 坐安(います)は開化帝の皇子であり、川分(かわけ)とは従兄弟にあたる。



『…ふふ』



『…大叔父上?』



 老人が思わず零した苦笑いに、脈絡が見えなかったのだろう、平素から謹厳な川分(かわけ)が微かに当惑し、うかがうような色を浮かべた。


 多少の不審を覚えたところで訝るままに問い掛けを切り出せるほど不躾にもなれない姪孫の気質を承知していながら その大叔父は、年恰好からは想像もつかないほど軽やかな所作で床几より腰を上げると、その傍に畏まって控えていた犬飼(いぬかいた)武命(けるのみこと)楽々森彦命(ささもりひこのみこと)留玉臣命(とめたまおみのみこと)ら部将共へも特に促しもせぬまま 矍鑠と先に立って、来るべき僚将たちを自ら出迎えに早々と歩き出してしまう。

 後輩へ目もくれず 兵の調練に野営していた陣の始末も配下へ指図一つ無く預けて行く この老爺の無礙そのものな振舞いには僅かに面喰いつつも 直ぐ その老将の従者らと共に 後へ続いて早足となった川分(かわけ)に向けて、老人の方からは 敢えて振り返りもしないで どことなく自嘲のように、その姪孫に抱かせた戸惑いを引き取ってか、先の苦笑の意味どころを 聞かせるでもなく一方的に述べ放っていた。



『我のことを 桃姫(ももひめ)は、昔から「(とどめ)」という仮名で呼んでおってな』



『…は。…』



 相変わらず話は見えていなくとも、ここは川分(かわけ)としても とりあえず相槌を打っておく以外ないだろう。


 ときに、桃姫(ももひめ)とは、例によって、倭迹迹日(やまとととひも)百襲姫命(もそひめのみこと)──彼女に対して、ごく近しい身内のみが用いる愛称である。



『しかし なぜ我がそう呼ばれるのかは、自分のことでありながら、長いこと我自身も わざわざ確かめたりなどはせぬままにしておった。なれど 或る時たまたま ふと気になったゆえ、改めて所以を訊ねてみれば。なんのことはない、我の名のうちに「いさせり」の言霊が入っておるからだと言う。

 誰なりと、何処やら 我の思うところへ「いさせる」──「とどめる」ことができようからだと。

 だが、それが真であるなら、我は 今もこうしておるようには、誰ぞを待たせるでもなく 待っていて迎える立場には、果たして なってはおるまいと思っての。…ゆえに ふと笑ってしまっただけのことよ』



 この老将は、これからも長く生きて 長く戦場に立ち続ける。この五十年後にすら、帝の命により川分(かわけ)と共に、出雲振根(いずものふるね)を誅伐にまで赴いている。



 この老将の名こそ、彦五十狭芹(ひこいさせりひこ)彦命(のみこと)比古伊佐勢理(ひこいさせりびこ)毘古命(のみこと))。後に『桃太郎』伝説のモデルとされることともなる人物である。






 【!】 ゲーム運営「当作品中の演出にあたっては、実際的な便宜上の理由により、現実の正史でも登場する 当作品における主要な登場人物について、当作品オリジナルの仮名を充てて進行させることとしています。ご了承下さい」



 ☆ 彦五十狭芹(ひこいさせりひこ)彦命(のみこと)吉備津彦命(きびつひこのみこと))/比古伊佐勢理(ひこいさせりびこ)毘古命(のみこと)大吉備(おおきびつ)津彦命ひこのみこと) ★ 「居作(坐)狭(いさせ)止(留)(とどめ)


 ☆ 倭迹迹日(やまとととひも)百襲姫命(もそひめのみこと)夜麻登登母母曽毘売(やまととももそびめ) ★ 「桃姫(ももひめ)


 ☆ 稚武彦命(わかたけひこのみこと)若日子建(わかひこたけ)吉備津日子命(きびつひこのみこと)若建吉備(わかたけきび)津日子命(つひこのみこと)) ★ 「若栢/分賀陽(わかや)


 ☆ 大彦命(おおひこのみこと)大毘古命おおびこのみこと ★ 「王佐(おおすけ)(大助/大輔/大介/大祐/大亮)」


 ☆ 武渟川別(たけぬなかわわけ)建沼河(たけぬなかわわ)別命(けのみこと) ★ 「川分(かわけ)


 ☆ 彦国葺命(ひこくにふくのみこと)日子国夫玖命(ひこくにふくのみこと) ★ 「邑津服(くつふく/くにつふく)(和邇)((わに))瀬(背)服(せいふく)


 ☆ 彦座王(ひこいますのみこ)日子坐王(ひこいますのみこ) ★ 「坐安(います)


 ☆ 丹波(たんばのみ)道主命(ちぬしのみこと)丹波(たんば)比古(ひこ)多々須(たたす)美知能宇斯王(みちのうしのみこ) ★ 「立安(たたす)


 ☆ 犬飼(いぬかいた)武命(けるのみこと) ★ 「獫噛(いぬがみ)


 ☆ 楽々森彦命(ささもりひこのみこと) ★ 「猨絡(ひめかから)


 ☆ 留玉臣命(とめたまおみのみこと) ★ 「鳥取餌指(とりさじ/とりえざし)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ