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2:非常識な牧師

 眼を開けた時には、どこかの雑居ビルの屋上らしき場所に僕は居た。

 どうやらこの美少女、自称悪魔はその健脚で僕を抱えたまま家々を飛び移りながらここまでたどり着いたようだ。

 僕は眼をつむり必死にしがみついていただけなので想像でしかないが。


「ここなら邪魔な障害物も人間もおるまい。しかし、雨か」


 悪魔は抱きかかえていた僕を床に降ろし、空を見上げる。

 放課後から降り続いている小雨が、着の身着の僕達を濡らす。


「雨はちと苦手じゃが、ともすれば好都合か」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。さっきお前がぶん殴ったやつは一体何なんだ? 僕達を攻撃してきた、のか……?」


 先程の騒動が果たして敵からの攻撃であったのかすら定かではない。

 僕はまだ何も理解できてないのだ。


「まあ、そうじゃな。あやつは敵。儂と同じ具象化されたどこぞの誰かの”非常識”」


 非常識。

 まただ、同じようなことを図書室に居たおかしな先輩、京坂黒杜も言っていた。


「なあ、それって……」

「ん〜、もう追いついてきたか」

 と、悪魔は頭をぽりぽりと掻きながら呟いた。


 その直後、ずどん、と鈍い地響きのような衝撃を感じる。

 床面に無数の亀裂が走り、粉砕されたコンクリがめくり上がる。

 僕達のいるビルの屋上に勢いよく着地したそれはこの場に似つかわしくない姿をしていた。

 2mはあるであろう巨体にまるで牧師のような黒いローブに身を包み山高帽をかぶっている。

 片手には蛇が絡みついたような長い杖、もう片方には古びた分厚い書物を携えている。

 顔には血に濡れた包帯が雑に巻かれ、その表情をうかがい知ることはできない。


「……アスクレピオスの杖を持った牧師。なかなか面白い非常識を持っているやつのようじゃな」

 と、悪魔はよくわからないことを言っている。


「ここ、これより、あ、悪魔祓いを、しし執行するウウ……」


 カタカタ小刻みに身体を震わせながら巨体の牧師は小脇に抱えた書物を片手で器用に開く。

 すると、悪魔はその場から飛び上がった。

 その直後、悪魔が居た場所であの丸い球体が破裂した。

 後に残ったのは、そこだけ空間が丸く切り取られたようにえぐられた床だけだ。

 やはりはっきりとは球体を視認できず、あれを避けるのは僕にはとても無理そうだ。


「きょきょきょ教義に反する悪魔は、きき消え去るのダァァァ!」

「ふん、自分たちに都合の悪いものをみな悪魔と見做して、その存在を否定するか!」


 悪魔はそのほぼ見えない球体の範囲からうまく逃れているようだ。

 だが、悪魔にしても球体が見えているわけではなく、破裂する瞬間の僅かな予兆で、かろうじて避けているという感じだ。

 球体が破裂すると、その内部にあったものはごっそりなくなっている。

 ―僕の眼には破裂してからようやくそこに球体があったことが分かる―

 球体は生まれては弾け、次々と悪魔の逃げる先を追うように発生しているのが分かる。

 ジャージ姿の悪魔は見えない球体の攻撃をただ避けるのに必死で防戦一方だ。

 どうやら牧師は悪魔に夢中で僕のことは眼中にないようだ。


「やはり見えぬか、厄介な攻撃じゃ……!」

「これは神の奇跡なのだァァァ! いいいい加減諦めよオオオ!」

「っ!」


 悪魔が球体を避けるために高く飛んだそのとき。

 牧師が、その似つかわしくない巨体が宙を舞った。

 そのまま空中に飛んだ悪魔にしがみつき、身軽に動いていたその動きを止めた。


「な、このっ!」

「悪魔捕まえたァァァ!」


 そのまま二人揃って床に叩きつけられるが、マウントをとったのは体格に勝る牧師だった。


「げはぁぁアア……!」


 下卑た笑いのような音を発した牧師は手に持っていた杖をすばやく悪魔の身体に突き刺す。


「ふふ封印ンンン!」

「がはっぁ!」


 まるで両手足が床に打ち付けられたかのように悪魔の動きがピタッと止まった。

 悪魔の身体には謎の刻印が浮かび上がっている。


「こ、これは……」


 身体を貫いた杖は引き抜かれその場に放り投げられたが、その刻印のせいなのか、悪魔は身動きが取れないままだ。

 牧師は悪魔が着ていたジャージをその手で鷲掴み引き裂いた。

 悪魔のふくよかな胸を覆っていた布は無残にも散り散りになった。


「こここれから、あああ悪魔の証明を執り行うぅぅウウ」


 身動きの取れない悪魔は、なされるがままだ。

 小雨だった雨脚がかなり強くなってきて、むき出しになった悪魔の滑らかな裸体にいくつもの水滴が流れ落ちる。

 僕は牧師にいよいよ陵辱を受けんとするその無残で非道な光景を見ているだけでしかない。

 これはただの高校生がどうこうできる事態ではない。

 だが、しかし。


「ぐふふふうぅぅ、抵抗できないであろうウウ」

「……っ」


 目の前の悪魔に夢中になっている牧師は僕の存在を完全に忘れているようだった。

 悪魔は激しい嫌悪に顔を歪ませながらも、苦笑した。


「くくっ……」

「……? つつついに諦めたのかぁ悪魔ァァ?」

「いや、違う……。お前は常識を疎かにしすぎた……」

 と、悪魔は覆いかぶさっている陵辱者に言い放った。


 この場で唯一の”常識”であった僕は、そこに転がっていた蛇の杖で牧師の胴を貫いた。


「……うごぁああああッッッ!!!」


 ”非常識”なそいつは、意味をなさない叫び声を挙げ、背後に居た僕をギロッと睨みつけた。

 牧師に対する攻撃で封印が解かれたらしい悪魔は、牧師の拘束からすばやく抜け出し、僕に言った。


「そこを離れよ」


 僕が返事をする前に悪魔は、すばやく僕を抱え少し離れた場所に着地した。

 床に乱暴に放られた僕だが、どうやら助かった。

 牧師がいつの間にか懐にしまいこんでいたあの書物をすばやく取り出していたからだ。

 自らの杖に貫かれ、身動きの取れない牧師だがあの球体の攻撃がある以上まだ危険だ。

 だが、僕はそこで異変に気付く。

 

「……?」


 例の球体を今度は牧師自身の周囲にいくつもばらまいたようだ。

 機雷のように浮かぶ球体、あれではうかつに接近するものは巻き込まれてしまうだろう。

 攻撃に使っていたものを今度は防御に使っているということだ。

 しかし、見えないはずのそれが今、”はっきりと見えている”。

 何故かと一瞬考えたが、すぐに答えが分かった。


「ふふっ、どうやら天の神とやらも我らに味方したようだぞ」

 と悪魔はほくそ笑んだ。


 何の事はない、雨脚が強くなったせいで直線的に降る雨の軌道が球体の場所で大きく逸れ、空間の歪み=球の攻撃範囲がはっきりと認識できるようになったのだ。

 それまで不可視の攻撃であったはずの空間を切り取る球体のタネ明かしだ。

 悪魔は球体に触れないように、牧師までの最短距離をすごい速さで走り抜ける。


「なななな何で避けれるルル!? 神の裁きが……」

「神は信じても今日の天気予報は信じなかったのか?」


 最接近した悪魔の手が牧師の胴に刺さったままだった杖を握った。


「うおおりゃあああ!」


 そして、一本背負いの要領で杖ごと牧師を床に叩きつけた。

 牧師の脳天が直撃したコンクリートの床面は見事に崩壊し、ボロ布のようになった牧師はそのまま下の階まで落下していった。

 僕はその迫力に度肝を抜かれていた。


「なんて非常識な怪力だ……」


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