迷子君とミント
今回は、淳一君(水瀬花屋バイト、高校2年生)の目線でのお話しです。
今日は土曜日。俺は水瀬花屋で閉店までバイトだ。土曜日くらい思いっきりうだうだしていたいけど、、バイト先の事が気になるんだ。なにせ、店長はホケホケして人に騙されそうだし、バイトの飛鳥先輩は、本人しっかりしてるつもりらしいけど、肝心な所が抜けてる。
俺は、開店前の準備業務をこなし、途中、長めの休み時間をとり、閉店時間がせまってる。
”おし。今日は何事もなく忙しいだけで終わりそうだ”と思った矢先、小さな子供の客がきた。やれやれ。ここは迷子案内所か。
飛鳥先輩がサっと駆け寄っていった。
「いらっしゃい。ぼく。あれ?お母さんどうしたのかな?」
途端、迷子君は、大きな声で泣き出した。まあ泣き出されるのはしょうがないな。先輩、ちょっと慌ててる。
「淳一、この子、急に泣き出しちゃって。本格的な迷子ね。商店街に放送かけてもらうわ。
黒のジャケット・白いパンツの6歳ぐらいの男のお子様を、水瀬花屋で保護してます。って。」
「ちょっと待って。先輩はバスケットのアレンジフラワー作りを続けて下さい。店長から細かい指示、でてましたよね。この子は、俺が対応しますから」
先輩から逃げるように、”迷子君”は、俺の後ろに隠れた。その事に飛鳥先輩は不満げだ。
”隠れる”のには、ちゃんと理由があるんだけどね。
「で、ボウズは何が欲しくて来たんだ?ここは花屋だぞ」
俺の思い切り上から目線にもめげず、しっかり返事を返してきた。
「あのね、緑色のこのくらいの葉っぱで、ニオイをかぐと、胸がスースーするやつ。僕はかいだことないけどさ。あのね、母さんがね、もう死にそうなんだ。少しでも楽になるといいなと思って。兄弟で相談して、手分けして探してる。ここにあるかな」
うむ、俺はそんな花は知らないな。店長ならわかるかも。店の裏の倉庫にいたな。今時分、冬に向かっての鉢物の手入れをしてる。今日は売れ残った寄せ植えなどの鉢物を解体すると言ってたな。俺は、迷子君をつれ、倉庫に行く。
倉庫は 雑然としていた。天井にはドライフラワーが下がっていて、床には土と肥料が散乱してる。店長に迷子君の探しものを聞いてみると、店長は、奥から、わりと背の高い植物の鉢を持ってきた。
「ええと、それは多分、このミントの事かな。これ嗅いでみて。」
葉を一枚ちぎって、鼻に近づけた。
「うん、胸がスースーするから、多分これ」
「じゃあ、一枝、あげるよ。淳一君、彼を送って行って。それと飛鳥君に、これ渡しておいて。」
渡されたのは、小さな匂い袋。少しだけ甘い香りがする。なるほどな。この香りでごまかせって事か。まあ、どっちにしても、バレると面倒なんで、先輩が忙しいスキをみて、俺は、彼の母親の処へ”配達”へ行った。ミント一枝と注文主・迷子君。
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公園の低木の茂みの中、今にも死にそうな老婦人が横たわっていた。正確にいうと、老婦人の姿は透き通ってみえる。体の下のほうにキジトラの年寄り猫がみえるが、あれが本体だろう。
あれがボウズの母親に違いない。
迷子のボウズは、子供の姿に見えるが体が透けていた。本当は小さなと黒白のブチの子猫だ。俺も店長も”視える”体質のようだが、飛鳥先輩は、、本体が見えてないらしい。ボウズが猫であることに気ずかず、商店街にアナウンスされる所だった。危ない危ない。
「母さん、これ、スースーする葉っぱもらってきた。この兄ちゃんのおかげ」
ボウスがミントを母猫の側に置くと、母猫は目を細めて、深呼吸をした。
「ああ、いい気持だね。お兄さん。本当にありがとう。いい気分のまま天に昇っていけるよ。」
期せずして臨終の場面に立ち会う事になった。老母猫は、痩せこけてはいるが、怪我はない。老衰で死んでいくのだろう。
ミントの葉が役にたったのか、母猫は体を起こして、俺に頭を下げてきた。
「優しいお兄さんと見込んで頼みがある。後生だ。聞いておくれな。この3匹の子供たちは、私の最後の子供なんだ。どうか冬の間だけでも、お兄さんの家の中に入れてくれないだろうか。玄関でいいんだ。」
北海道の冬は厳しい。もう10月も終わり、隣街で初雪だったそうだ。今年の夏に生まれただろう子猫は、納屋や物置をねぐらに見つけても、冬はこせるかどうかだ。
ボウズが花屋に来たときから、そう頼まれるのは覚悟してたが。
「心配ない。冬だけならなんとかしてやるから。」
家で3匹は無理かもだけど、いざとなれば、花屋の倉庫を潜ませておくか。
それに、母猫も未練なく天に帰りたいだろう。
「ありがたやありがたや。これで心置きなく逝けるよ。おや?甘いニオイの風が吹いて来たね。
あの風にのっていけそうだね。」
そういうと母猫は、ゆっくり呼吸を止めた。
「淳一、心配だから私もきたけど、迷子君はどこ?」
やっぱり追いかけて来たか。さすがに足が速いな。俺は簡単に迷子君と母親の事を話すと、先輩は目を丸くして驚いてた。だから抜け作なんだ。
飛鳥先輩は、母猫に手を合わせて。子猫を抱こうとした。 子猫3匹は、逃げの体制にはいった処、俺がまとめてかかえ保護した。
先輩はめげなかった。子猫に顔を近づけけ、笑いかけても”シャー”とか威嚇されてる。猫パンチまでくらってるし。店長くれた小さなにおい袋では、瀕死の母親は騙せても、これだけ近づかれると、さすがに子猫も気づく。
「どうも、私、犬や猫に嫌われる体質なんだよね。なつかないし、威嚇までされる。私、猫も犬も大好きなのに。子猫、かわいいのにな。」
そう、先輩の”体質”上、絶対に無理。理由は店長から硬く口止めされてる。先輩に子猫を入れるダンボールをお願いして、俺は母猫の体を見えない所に隠した。後で埋葬しにこよう。
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「そうでしたか。最後に役に立ってよかった。」
「店長、あの植物はなんすか?やたら猫が喜んでましたけど」
母猫も、他の子猫も目を細めうっとりしていた。頬をすりよせる仔もいた。
「ミントにはいろんな種類があるんですよ。あれはキャットミントと言って、猫の喜ぶミントなんです。あれを庭に植えると、猫が寄ってきます。で。淳一君、あの3匹、どうしますか?なんなら淳一君のところで、飼ったらどうです?飛鳥ちゃんの処では絶対無理ですけど、事情をしったら、きっと強引に連れて帰りそうですよ」
グ!倉庫ではあずかれないと来たか。しょうがねえ。ウチの婆の処にでも置いてもらえるよう、お願いするか。ちょっとしゃくだけどな。
子猫3匹は、事情がわかったのか、急に俺にベタベタ甘えて来た。
短編は、水曜日深夜(木曜日午前1時ごろ)に投稿します。