第5.5話 とある騎士団長の独白
幕間というわけで、別視点の話です。
正直、私、イネア家騎士団長であるケイン・マクレはこれからイネアに戻り、つい先程遭遇した”トンでもない出来事”を私の主である領主様に報告しなければならないと思うと気が重かった。
その”トンでもない事”とは領主様のご息女であられるセレス・イネア様がイネア家の名代として出席したハーリア家主催による夜会。
その帰りの道中に野盗達の待ち伏せによる襲撃にあったのだ。傭兵崩れの凶悪な野盗達がこの辺り一帯を根城にして猛威を振るっていたのは、セレスお嬢様の今回の旅の護衛の任務につく前から知っていたので、普段の時よりもセレスお嬢様の旅路の護衛の任につく騎士達の数を増やし、実力もイネア家に仕える騎士団の中でも腕のたつ者ばかりを選んで出立した。
だがそれでも私の認識は甘かったというのを思い知らされるハメとなった!
野盗達は我々が思っていたよりも数が多く、何より野盗一人一人の強さが想像以上に強かったのである。
そして馬車の歩を停めるハメとなり、我々はセレスお嬢様をお守りするために野盗達に応戦したのだが、野盗達の数もあり、野盗達の数もかなり減らしたのだが、気づいた時には護衛は私を含み3人だけとなってしまった。
ここまで聞くとこれが”トンでもない出来事”と思うだろうが、我々が遭遇した”トンでもない出来事”とは実はその後に起きた事なのである。
野盗達は護衛が私達3人だけとなったのを見て、自分達の勝利だと思ったのか、護衛の一人が女で、見たてもそれなりに良いので、私ともう一人の護衛を殺した後、お嬢様と一緒に”楽しもう”とでも思ったのか下卑た笑みを浮かべていた。
だが結果的には野盗達はその目的を果たす事なく全滅するハメになった。
私がこの窮地をどう切り抜けるべきかと、焦燥と後悔の中、思案している時に”彼ら”が突然やって来た。
引き締まった凄まじい筋肉を持ち、ところどころから赤い魔力を放出している身体に、3つの犬の頭部を持った4足歩行の犬型モンスターと強固と思われる白い鱗に覆われ、ところどころに白い羽毛のようなものもある身体に大きな4枚の羽を持った龍に乗ったどう見ても10代の男女が現れたのだ。
いや、正直に言って最初、彼らを見たときは乗っていると言うよりはあのモンスター達に乗せられていると言った印象を受けた。
それほどまでに彼らの組み合わせは、かみあっていなかった。
それほどまでに彼らの乗っていたモンスター達は圧倒的な存在感と威圧感を放っていたのである。
あれらを見た瞬間にこの場にいる全員が悟らざるを得なかった。
あのモンスター達はこの場において圧倒的な強者であり、このような場にいる事がおかしい存在であると・・・。
私達3人だけでなく、野盗達はおろか横目で馬車が映ったが、その中にいるお嬢様ですら予想外の存在が突然に現れた事により、時が止まった様に呆然と見ていた。
野盗一人が我に帰り、”彼ら”を激しく問いただしていると突然にそれは起きた。
3つの犬の頭部を持った4足歩行の犬型モンスターに乗っていた”少年”が手をわずかに動かした瞬間、3つの犬の頭部の1つが、問いただしていた野盗を食い殺したのである。
自らが手を下すまでもないということなのだろうか。
それを見て激高する野盗達。
しかし”少年”は全く意にも介さず白い龍に乗っていた”少女”と話している。
それを見て野盗の頭目は怒声を発し、我々と対峙ししている部下だけを残し、”彼ら”に襲い掛かからせた。
それを見て犬型モンスターから降りて対峙する”少年”。
この時、この”少年”をよく見る事になったのだが、黒髪の16~18才ぐらいの中世的な顔立ちをしており、その服装は上質と思われるタキシードに外側が黒で内側が赤の長いマントを羽織っており、右腰には細長い黒い鞘に収められた剣が差されているが、正直、不釣り合いなモノにしか見えなかった。
どう見てもどこかの貴族のご子息といった感じしか受けられず、あのモンスターが従っている事が不思議にしか感じられなかった。
野盗達も同じように思ったらしく、先程と同じく下卑た笑みを浮かべていた。
しかし、それはとんでもない間違いであった事をすぐに思い知らされる事になった。
突如、”少年”の身体がぶれたかと思うと次の瞬間、野盗の一人の前に立っていた。
見えなかった!”少年”が移動したのが!!
そしてそのまま野盗の身体を手刀で綺麗に切断した。
「手刀斬」を使ったのは解ったが、まさかあれ程の切れ味をみせるとは!?
「手刀斬」は使い手の技量が高ければ高いほど切れ味を増す、あれほどの鋭利な切れ味を見せるとは、あの”少年”の技量はどれほどだと言うのか?!
”少年”は今度は「閃光脚」と思われる鋭い勢いのついた蹴りを野盗の頭部に放ち、それを喰らった野盗の頭部は砕け散った。
それを見て強く動揺する野盗達。だがそれは私達も同じだった。
そしてここからは”少年”による一方的な討伐だった。それも瞬く間にである。
あまりの少年の強さに我々と対峙していた野盗達が、”少年”の方に気をとられて、我々がその隙を突いてあっけなく討伐できたぐらいである。
”少年”が部下の野盗の最後の一人を「手槍突き」で胸部を貫き通すというこれまた信じられない威力を見せ付けて討つと、野盗の頭は情けない声を出しながら逃げ出した。
だが、私はそれを嘲る事ができなかった。むしろ賢明な判断を下したと思ったぐらいだ。
だが、”少年”が両手の平の下と下を合わせて構え、それを左腰に持っていき、瞬く間に手の中の輝きが溢れんばかりに輝やかせて、勢いよく逃げる野盗の頭目の背中に目掛けて両手を突き出して「気功破」を放つと野盗の頭目は肉片となって砕け散らせ、そのまま遥か後方にある樹にまで飛んでいき、樹の身体まで破壊して横に倒したのだった。
その威力を見せられて我々は再び驚愕した。
そして同時に悟らされた。この”少年”はその気になれば我々など歯牙にも掛けない強者であると・・・。
そして恥を曝すが”少年”が構えを解いて我々の方を見た瞬間、我々は恐怖により身体を硬直させ、助けられた側とは思えない程の警戒と緊張感を漂わせしまうという失態を犯してしまった。
もし、この失態により”少年”が我々を敵と認識してしまっていたのならば、我々はおろかお嬢様も殺されていたかもしれない・・・。
だが、そこにいつの間にか龍から降りていた相方の”少女”が嬉しそうに駆け寄ってくれたおかげで一触即発の空気を払拭してくれた。
”少年”は我々の無事を確認すると、我々の礼を受けとる事もなく、少女と共に乗っていたモンスターへと踵を返したので、私を慌てて”彼ら”を引きとめようとすると急に”少女”が振り向いて、負傷をしていないかを訊ねてきた。
その時にこの”少女”をよく見たのだが、この”少女”も”少年”と同じく10代の中頃で、いささかふりふりが多くついてはいるが、一目見ただけで高価と思われるドレスを着ており、どこかの姫君にしか見えない。
正直、その手に持っている白くて細長くその先端に握り拳ぐらいの赤と蒼と緑の3つの宝玉が付いた杖が全然似合わないと思ったぐらいである。
”少女”の問いに多少の負傷はあるが問題ないと答えたんだが、”少女”は回復魔法であるリカバリーウインドーを掛けてくれた。
私がそれについても新ためて礼を述べると、”少女”は私の後ろにあるお嬢様の乗っている馬車の方を見て、杖を大地に差して詠唱し、凄まじい魔力が放出された。
”少女”のいきなりのその行動とその信じられない魔力に、我々は思わず何事かと思い、警戒しまったのだが、”少女”は意にも介さず詠唱し続け、”少年”は隣でそれを見ているだけだった。
そして間をおかずに”少女”は杖を勢いよく引き抜き天に掲げると、”少女”を中心に大規模な魔方陣が現れ、それが輝いたと同時に騎士達の亡骸に光が注がれていき、やがて魔法陣が消えていった。
私は何をしたのかと追求しようとした時、騎士達の亡骸全てがうめき声を上げて、目を開いたり、頭に手を当てながら上半身を起こしたりしたのである。
これには正直、私はいや私達は驚きのあまり声も出なかった。
そして私は同時に”少女”の唱えた魔法が複数の死者を蘇生させる最上級魔法である「オール・リバイバル」であると気づき愕然とした。
「オール・リバイバル」、複数の死者を蘇生させる最上級魔法であり、この魔法を使いこなせるのはこの国、いやこの大陸でもわずかにしかいないと聞いていた。
しかも、最上級魔法故に凄まじい魔力と長い詠唱時間が必要となってくると聞いたんだが、目の前の”少女”はわずかな詠唱時間で最上級魔法である「オール・リバイバル」を発動させたのである。
正直に言って私は「ありえない!」と大きな声で叫びたい衝動に駆られた。
同時にこの二人は一体何者なのだという疑問だけが私の頭を占め、部下達を蘇生していただいた礼を述べるのも忘れてしまった。
だが”彼ら”は今度こそもうここに用はないと見たのか、乗っていたモンスターへと向かい始めたので、私は慌てて”彼ら”を引き止め様とした。
礼のこともそうだが、内心でこれだけの”力”を持つ”彼ら”をこのまま行かせるも勿体無いなく、うまく味方にできれば、我々にとっても大きな得となるという打算も働いたからである。
”彼ら”は遠慮しつつも断り行こうとしたが、私もこのまま引き下がるつもりもなく、どうにかして”彼ら”をイネアに来て貰おうと思った時だった。
物凄い殺気が私を貫き、恐怖で身体が動かなくなった。
何とか目だけを動かして殺気を出した方を見ると、犬型モンスターの3つの首全てがこちらを見ていた。
そしてその目ははっきりと伝えていた。
-これ以上、主の手を煩わせるなー
”少年”がポンポンと犬型モンスターを軽く叩くと殺気は消えたが、もう”彼ら”を引き止め様と思わなかった。
これ以上、”彼ら”の邪魔をすれば”彼ら”の僕である モンスター達に殺されると理解できたからだ。
”彼ら”は私に一声掛けてくれたので、改めて礼を述べると”彼ら”はモンスターに乗り、あっという間に消えていた。
これがつい先程、私いや私達が遭遇した”トンでもない出来事”である。
私は兵達を纏めてイネアに向かう道中、改めて思い出したがあまりにも現実離れした出来事だった。
そこにセレスお嬢様が声をお掛けになられた。
「ケイン、どうかされたのですか?」
「あ、いえ、何もございませぬお嬢様。」
「そうですか。しかしいつもは凛としたイネア家の騎士団長ともあろうお方が、顔を俯かせていますよ。」
セレスお嬢様に指摘されて自分の状態に気づいた。
自分でも気づかないうちに俯いていたらしい。
「・・・先程の”彼ら”の事を考えていたのですか?」
私の様子を見て、何を考えていたか気づいたご様子だった。
故にセレスお嬢様に今、思っていた事を伝えた。
「・・・確かに先程の話、お父様からしたら冗談のような話にしか聞こえないでしょうね。私達全員が証言しても・・・」
「・・・はい。」
「でも、やはりありのままを報告するしかないでしょうね。」
「・・・はい。」
「でも、今はお父様は半信半疑でもしばらくしたら事実だと思う様になりますよ。」
「何故でしょうか?」
「だってあれ程の”力”をもった者達が、何事もないまま過ごすなんて考えられませんもの。」
セレスお嬢様のお言葉に成程と納得した。
そこに部下からイネアの街が見えてきたと報告を受けた。
領主様に報告する前にまずはセレスお嬢様をお屋敷までお送りする任務を完遂すべく、私は部下達に檄を飛ばした。
話を書いていたら、何故か最後の部分でお嬢様も出てきました。