エピローグ
次元の歪みとの戦いから数百年が経った。
俺はメイド服姿のリナが淹れてくれた紅茶を飲みつつ、今までのことを振り返ってみた。
――返…して…私の…大切、な……。
――あああああああづいあづいあづい!
――あ…ぐっ、ゲホ、ゲホ。
――永遠にお慕い致しますわ、シュガー様。
――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
――えっ、何で……。
――ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
…が、思い出したら胃が痛くなり、考えるのを止めた。
…うん、本当に色々とあったんだな。
罪悪感を覚えつつ何の味もしない紅茶を味わっていると、側に侍立していたリナが、
「ご主人様、おかわりいかがなさいますか?」
と聞いてきた。
「ああ、お願い」
そうやってティーカップに注がれた紅茶を再び味わってから――相変わらず何の味もしなかった――俺は彼女にもう一度確認してみた。
「ところで、本当に大丈夫か? 参加しなくても」
「私は大丈夫です。何日も『作品』に没頭する時間があったら、私はその時間をご主人様のためにお使えしますよ」
「それが私の本望ですので」と微笑む彼女を見ていると、チクッと心が痛くなってきた。
…絶対に幸せにしないとな。
そう強く思いつつリナと共にしばらくの間心穏やかな時間を過ごしていると、急にドカンと扉が蹴り開けられた。
「ああ、我が主、我が神、シュガー様! お喜び下さいませ! 私、遂に完成致しましたわ!」
ローブの裾をはためかせながら入ってきたのはロナ。
彼女から熊をも殴り殺せそうなほどの分厚い本を渡された俺は、タイトルに目を通した。
そこには、『バイブル』と書いてあった。
この時点で既に嫌な予感がしてきたが、可愛い恋人が幾夜も夜更かしし書き上げた『作品』を見もせず却下するわけにはいかなかったので、俺は仕方なくページをめくった。
すると、目に入ったのは――
迷宮創造記 第1章
はじめに混沌とシュガー様があった。
シュガー様は「光あれ」と言われた。
すると光が――
俺は静かに本を閉じ、ロナに問いかけた。
「あのさ、ロナ。オリに送る作品のテーマ、覚えてる?」
「勿論ですわ! 『恋愛』と『青春』ですわよね? それで作りましたの! 恋愛のバイブルを!」
…恋愛のバイブル?
なるほど。彼女もそれなりに考えていたというわけか。
俺は再びページをめくってみた。しかし、500ページ後にも第1章が続いていた。
勿論、恋愛要素など微塵もなかった。
「ちゃんとありますわ。2600ページ目、第1章2節。『シュガー様はまた言われた、「愛あれ」。するとこの世に愛が生まれた』」
「うん、却下」
「何でですの⁉︎」
「いや、逆に何で問題ないと思ったんだよ」
オリにこんなもの送れるか。
というか、この本の中の俺、2600ページでもまだ休んでいないのか。
流石に働きすぎじゃない? いい加減休ませてくれよ。
俺はため息をつき、バイブルを亜空間に収納した。
普段は賢い子なのに、何でこのような時には残念な子になるのだろうか。
まあ、しかしあれだ。
ロナは狂信徒…ではなく、俺を褒め称えてしまう傾向が強いので少しあれな方向に行ってしまったが、他の子たちはきっと上手くやってくれるはずだ。
そう自分を洗脳していると、今度はレナが、沢山の料理が乗ったワゴンを運んできた。
そこにあったのは、肉、肉料理、肉、そして肉料理。
それを見てケッ、と言ってしまうロナ。
リナの表情はロナが入ってきたのと同時に被った仮面に隠れて見えてはいないが、恐らく似ている顔になっているだろう。
「シュー。作品、完成した」
俺は作品を探そうとレナが指差した所を見たが、そこには肉と肉料理しかなかった。
「あたしの肉料理。最大の愛情表現」
「気持ちはありがたいけど、却下だな」
「どうして? もう、飽きた?」
俺は不安そうにこちらを見上げてくるレナを必死に慰めた。
飽きたなんて、とんでもない。レナの肉料理は相変わらず最高だ。だが、
「俺はただ、他の連中に渡したくないだけだよ」
「? あたしも、同じ。これ、シュー専用。」
何ということだ。彼女は作品とは関係なく、単に料理を作っていたようだ。
後で全部食べるからと言い、料理を亜空間に入れると、今度は恵理が台車を運んできた。
その台車には、外付けハードディスクドライブが山積みになっていた。
「先輩! 完成しました! 先輩の全てを収録した、私が贈る愛のダイアリー! 名付けて、4964835376日間の先輩観察日記――」
…うん、却下だな。
それにしても、何ということだ。
ロナもレナも恵理も全員ハズレだったとは。
まさかとは思うが、誰も作品を完成しなくて、このままこの世界ごと消滅するのでは……。
俺は不吉な予感を追い払い、残りのハーレムメンバーたちに期待することにした。
すると、メルとラナがゲームCDを持ってやってきた。
「マスター」「シュガー」
「完成しました(完成したよ)!」
ふむふむ、どうやら2人で協力して作ったようだ。これはかなり期待できそう――
「「ドキドキ迷宮メモリアル!」」
……うん? 迷宮?
俺はとんでもなく嫌な予感がしたが、取り敢えずプレイしてみた。散歩前に進んだところで、ヒロインが死亡した。
ちょっと待て、これ完全にリョナゲー――
「うう、リョナゲーじゃなくて、恋愛シミュレーションですよ!」
と主張するラナ。うん、お前は後でお仕置きだ。
「だって、シュガーに初めて出会ったのは迷宮の中だったもん」
と照れ臭そうに笑うメル。可愛すぎるが、流石にアウトだ。
これはもうルナに期待するしかないか。
「ふっふっふ。どうやら妾の力が必要のようだな。良いだろ……見るが良い! これこそ我が作品、『中二病でも恋がした――』」
「はい却下」
「どうしてですか⁉︎」
「いや、色々と危ないから、それ」
それでも一抹の希望を抱いて読んではみたが、内容自体も恋とはかけ離れていた。
あのタイトルは一体何だったんだ。
まさか誰も作品を完成しなかったとは……。
俺は盛大にため息をつき、彼女たちに提案した。
「じゃ、みんなで作ろうか」
◆ ◆ ◆
「やはりここは純白のメイド服姿のヒロインではないかと」
「純白って、何も分かってないですね。そこは漆黒、或いは鮮血でしょ」
「ううん、それは流石にないんじゃないかな」
「メル様、愚かな妹にビシッと言ってください。真の恋愛とは主従関係だと!」
「貴方こそ何を仰っているのかしら? 真の愛とは神様の愛、そして神様への愛! そう、信仰こそが至高の愛ですわ」
「シュー、あーん、して」
「はい、そこ。どさくさ紛れに先輩に接近しない」
活発に議論しつつ作品を作っていく恋人たち。
彼女たちを見ながら、俺は再三強く思った。
俺のせいで散々辛い思いをしてきた彼女たちを、俺の全てをかけて幸せにすると。
…そのためにも、先ずは作品を作らなきゃ。
そうやってアイディアを探ってしばらく過去の記憶を反芻し続けていた俺を現実に戻したのは、彼女たちの声だった。
「「「それで、シュガー(マスター)(お父様)(ご主人様)(先輩)(シュー)(シュガー様)は、どう思うの(思いますか)?」」」
「さぁな……」
恋愛に青春、な。
そういえば、俺の場合はどうだったっけ。
俺は少し熟考した後、愛する彼女たちに言った。
「やっぱりヤンデレかな?」
と。




