四階の講義室 修正後
手紙のことをぼかし過ぎでは?
とのご指摘をいただいたので、少し詳しくしてみました。
その他、ちょくちょく手を加えております。
七月も中旬に差し掛かり、照り付ける日光はいよいよ凶器じみて、俺たちの精神を蝕んでいく。この時期は何かにつけ厄介だ。食べ物はすぐに腐っていく。汗があちこちに染みを作る。寝るのも起きるのもかったるい。月末には期末テストが、凶悪な笑みを浮かべて待ち構えている。というのに、たいていの人は暑さによって――良くも悪くも――おかしくなって、テストどころでなくなってしまう。
「あぁぢぃー・・・。」
机上にぐだっと伸びて舌を出しているソイツは、どこからどうみても熱中症の犬。濃い茶色の髪は、まさに犬の毛皮のようで、見ているこっちの方が暑苦しくなってきた。クリアファイルを取り出す。ソイツは目敏く――おやつの匂いを嗅ぎつけた犬がごとく――反応した。
「お、いいねぇソレ。俺を扇いでいいぞ、許す。」
「何様のつもりだ。」
「俺様ー。」
にへら、と笑う。別に負けたわけではないが、結局俺は扇いでやる。ファイルの中にプリントが一枚と手紙が一通入っていた。プリントを見て「うっげ、そうだった。」と呻く犬。内容は課題のことだ。提出締め切りが明日に迫ったレポート課題。
「うーわー、忘れてたー。最悪ー・・・。」
俺はぼんやりとファイルを振る。レポートは昨晩書き終えた。この手紙は何だったっけ? 表に見えている部分は封筒の裏面。真っ白だ。昨日見た表面では、流麗なペン字が名前を――俺じゃない。この犬の名前を――呼んでいた。あぁ、そうだった。これは、日射しに狂った末路。気候の変化に追い立てられて、思い余ったあの子が書いたもの。
「あー、なぁ。いま俺考えたんだけど。すげーこと思い付いちゃったんだけど。」
「ふぅん。」
「聞きたいか?」
聞かなくても話し出す。それを分かっている俺は黙っていた。
「防災訓練でさ、俺一回、小学生の頃に使ったことあんだけど・・・四階とかから安全に降りんのにさ、窓から、こう―――輪っかになってる布を滑っていくヤツがあんだよね。分かる?」
と、言いながら、机によぼよぼの線を引く。長方形の、頭の方の側面から斜めに棒が二本。棒と棒の内側で、棒人間が両手を上げている。
「あれなぁ、この大学にもあんだって。」
「へぇ。」
「うちの大学、坂だらけじゃん? だからさー、あれを適当な斜面に設置してさ、あん中に水 流して、『夏季限定特設ウォータースライダー 一回三百円!』とかって言ってやったら、結構稼げると思うんだけど、どうだろう?」
どうもこうもないだろう。「いいんじゃないか。」と適当に返しておいた。どうせコイツは言うだけだ。こう見えて案外、常識と非常識の境界線は弁えている。
「だよなー、いいよなぁー。ぜってぇ稼げると思うんだけど。どうすりゃ使わせてもらえんのかなぁ。学務に行く? 教授に頼む? いっそ、無許可でやっちまえば、それで勝ちかなぁ。」
そんなことに頭を使ってる暇があったら、この手紙の存在に気づけよ。あの子がお前ばっかり見てることに気づけよ! 苛立ちを隠すためにわざと冷たく「さぁな。」と相槌を打った。最悪だ、俺。預かった手紙を目の前で振るだけで、渡そうとしないなんて。忘れた振りして、ソイツが自分から気付くのを待ってるなんて。意気地なし。
始業時間を十分過ぎ、ようやくやって来た教授が調子の悪いマイクを構える。
俺はわざとファイルを机上に置いた。偶然が手を下してくれることを祈って。
「いろいろ水に流してぇことばっかだし、なぁ。」
ソイツは何気なくそう言った。