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最低な愛の形

 アツシは平気で嘘をついた。

 息を吸うように自然に私を騙すことが出来た。


 いつまでも好きになれないショートホープのにおい。

 合コンでは趣味は株だってお決まりの嘘(本当はスロット)。

 私の財布からお金を抜いたことだって一度や二度じゃない。

 だらしなくて、仕事が嫌いで、賭け事と女の子が大好きだった。


 最低な男。


 ユウコの吐き捨てた声が、今も耳に木霊している。

 それはしつこくへばり付いて、飲み込めなかった安いレバーみたいに私の気持ちを苦くした。


 アツシのセックスは、ちっとも気持ち良くない。幸せですらない。

 動けるだけ動いて、乱暴に突き上げられて、アツシが出したら、それではいさよなら。


 こんな男のどこがいいの。

 どうして離れられないの。

 何度問いかけたことだろう。

 今はそれすら虚しい。


 過去の幸せな日々が、私をアツシから離れられなくさせる。

 さっさと諦めろ。その方が幸せになれる。

 頭では分かっても、実行には移せない。


 最低な男。

 最低な男。


 愛の分だけ憎しみが増す。

 かつて幸せだった分だけ、その不幸は深くなる。

 アリジゴクみたいに抜け出せない。

 もがいても。もがいても。



 剥げかけた爪を、百均のネイルで固めた。

 何度も頭の中でしたシュミレーションを、今夜も繰り返す。

 今日でちょうど二年になるよ。

 アツシは覚えてもいないのかもしれないけど。


「なんだー?なんかいいことでもあった?」


「ふふ」


「すっげえ料理。俺って誕生日だっけ?」


「違うでしょ。もちろん私でもないよ」


「じゃあなんだよ」


「いいから、はやく食べて。がんばったんだから」


「おう。いただきます」


 ずっとイライラしていた間違った箸使いも、今なら許せる気がした。




「…なんだ、これ…?」


「あ、目が醒めたんだ」


 遅すぎず早すぎず、ちょうどいいタイミングだ。

 ネットの怪しいサイトで買った薬の割に、いい仕事をしてくれたと思う。


「あっつ…なんか…あつくね?」


 アツシはまだぼんやりとしているようで、現状を理解していない。

 私が布団で巻いてグルグル巻きにしてしまったから、その姿は芋虫にそっくりだ。

 何とか起き上がろうとするが体に力が入らないらしく、やがては再び弛緩した芋虫に戻った。

 その格好にはつっこまないのねと、私は思わず笑ってしまった。


「お…まえ、なにやって……んだよ」


「なにって、わからない?」


「ふざけてねーで…早くこれ外せって…」


「いやよ」


「きゅうに…なんなんだよ。俺なんか、悪いことした?」


 悪いことなら、山ほどしただろう。

 その自覚がないなんて、ある意味感心してしまう。

 そんな男だからこそ、私は思い切ってここまでできてしまったのかもしれない。


「あっつー…なんで、こんな…」


「それは燃えてるから」


 ボウボウと、私の背後でカーテンを上った炎が天井を舐めた。

 それを目撃したアツシは、目を丸くして息をのんだ。


「な!なんだよこれ!にげ、早く逃げなきゃッ」


「ダメ。アツシは逃げちゃだめ。その為に縛ったんだから」


 煙に咽そうになりながら、それでも私は思わず口元が緩んでしまうのを止められなかった。


「ふっ…ざけんなクソ女!死ぬなら一人で死ねよ!」


 そう言って、芋虫は力の限り暴れだした。

 ああ、そんなことはしない方がいいと思うのだけれど。


「暴れてもいいけど、気付かない?その布団のニオイ」


「ニオイ…だ?」


「そう。わからないの?せっかくいっぱい掛けてあげたのに」


 そう言うとアツシは事態を悟ったのか、顔色が真っ青になった。

 人の顔って本当に真っ青になるんだな。

 私は場違いな感慨を抱いた。


「おま…これ…」


「そう。たっぷりのガソリンだよ。運ぶの大変だったんだから。それが燃え移ったら。アツシ一瞬で火だるまになれるよ」


 ああ、私はこの瞬間のために、この二年間を生きてきたのだな。

 今それがはっきりとわかった。

 あなたが死んだ日以来、こんなに嬉しい日なんてなかったもの。


「なんでだよォ!謝るから!金盗んだの悪かったよ!もう浮気もしないし、真面目に働くから許してくれよォ!!」


 涙と涎に塗れた、汚い顔。

 あんた、本当にそれで許されると思うの?


「別に、お金なんかいくらでも盗めばいい。女遊びだって勝手にすればいいし、別に最初から働いてほしいなんて思ってない」


「じゃあなんでこんなことすんだよ!」


「アツシ…今日が何の日だかわかった?」


「はぁ?こんな時に何言って…」


「分かったか聞いてんのッ!」


 そう言って畳にナイフを突き立てると、アツシは大人しくなった。


「何の日だか、わかる?」


「わ、わかりませ…ごめんなさい…」


 大の男が涙でべしゃべしゃになった顔なんて、別に見ていたくないのよ。


「今日はね、私の大切な人の命日なの」


「は…?」


「ユウコって、覚えてる?」


 そう笑顔で尋ねると、無様な顔をしていたアツシは目を見開き、口を開けたまま固まってしまった。

 どうやら名前まで忘れたわけではないようだけれど、だからと言って私には何の救いにもならない。


「あんたが振り回すだけ振り回して、仲間内で遊ぶだけ遊びつくして、最後にAVにまで出させて貢がせた彼女の事、忘れちゃったの?」


 ユウコ。ユウコ。

 私の元を離れて、子供が欲しいからと男の恋人を作り、それに騙されて自殺した哀れな私の恋人。

 あなたには幸せになって欲しかった。だから別れを切り出されても了承したのに、私は女だというだけでこの男に負けたの?こんなクズに勝てなかったの?


 もう何度も繰り返した自問自答も、今日でようやく終わる。

 ユウコがいない世界で苦痛を感じながら、アツシをホイコーローみたいに刻んで生ごみに捨ててやりたいって妄想を抱かなくて済む。

 ユウコのいない世界に、絶望を抱きながら生きながらえなくて済む。

 それが今は幸せなの。


 ユウコ、待っていて。

 アツシを連れて、もうすぐ私もそっちに行くからね。



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