あなたのことがどうしようもなくすきなんです
その人は奥さんのいる人だった。
奥さんも子供もいる人だった。
会社では信用されていて、部下が大変な時にちゃんとフォローを入れてくれる立派な上司だった。
でも、私はだめな人間だから。
だから私は、彼に恋をしてしまった。
「こんなおじさんに、そんな冗談を言っちゃだめだよ」
「冗談なんかじゃないんです」
仕事上でのことで相談があるといって、私は彼を居酒屋に誘い出すことに成功した。
いつも子供の顔を見るためにと速攻で帰宅してしまう彼を、短い時間でも独占できたことに高揚してしまったのだ。
過ぎた酒は口を滑らせてた。
彼は一瞬驚いたように目を見開き、そしていつものようににこりと笑った。
その目じりによった皺にさえ、私は恋をしていた。
「聞かなかったことにしてあげるから」
そう言って立ち上がりかけたその人の、スラックスのすそを掴んだ。
どこまでも必死で形振り構わない、醜くてモラルの欠如した私。
軽蔑しないでください。蔑まないでください。
それでもあなたが好きなんです。
「わかってます。でも好きなんです。どうしようもないんです」
無理やりにでも個室にしてよかった。
隣の個室では多分大学生たちが、酒に浮かれて騒いでいる。
顔を見る勇気がなくて、視線を落とせば自分のストッキングが少しだけ伝線していた。
よれてねじれて正しくなくて見苦しい。
それが、今の私には相応しい。
どれほどの時間がたったのか。
その人は私を振り払いもせず、優しく私の指をはずした。
そして私の手を取り、言ったのだ。
「俺にいじめられたいか?くそやろう」